ビニール袋を引き伸ばすと静電気を帯びる?伸ばすと何が起きている?
問いは木下が出したもので、答えは Claude Code と調べて書いたものです。
Q. ビニール袋を引き伸ばすと静電気をまとったような感じがするのは気のせいか。そもそも金属結合でもないのに、引き伸ばすと物理的には何が起きているのか。アモルファスなのか。静電気を帯びやすいのは、非局在化した π 軌道が巨大分子に広がっていることと関係するのか。
A. 気のせいではない。ただし帯電の主因は「伸ばすこと」そのものより、伸ばすときに指でこすり、密着していたフィルムどうしを引き剥がす接触と分離(摩擦帯電)にある。袋が手にまとわりついたり腕の毛が引かれたりするのは、表面に数 kV 級の電位が実際に立っているから。冬の乾燥した日に強く感じるのは、湿度が高いと表面の水の膜を伝って電荷が逃げるのに、乾燥するとそれが起きないためである。
まず材料の確認から。いわゆる「ビニール袋」は、ほとんどがポリ塩化ビニル(PVC)ではなくポリエチレン(PE、)である。PE はアモルファス一色ではなく「半結晶性」で、鎖が折りたたまれて並んだ厚さ 10 nm ほどの結晶ラメラと、鎖が絡み合ったアモルファス領域が交互に積み重なっている。結晶化度はレジ袋に多い LDPE で 4〜5 割、シャカシャカした HDPE で 7 割前後。アモルファス部分のガラス転移温度は 前後なので、室温ではゴムのように柔らかい状態にある。
引き伸ばすと起きることは二段階に分かれる。伸びの小さいうちは、アモルファス部分の絡み合った鎖が引っ張られて伸び(ゴムと同じエントロピー弾性)、離せばおおむね戻る。ある所で降伏すると「ネッキング」が起き、一部だけが急に細くなってそこが広がっていく。このとき結晶ラメラが小さなブロックに砕け、折りたたまれていた鎖が引き抜かれて伸びる方向にそろい、細い繊維(フィブリル)の束へ組み直される(冷延伸)。伸ばした所が白く濁るのは、内部に微小な空隙ができて光を散乱するためで、そろった鎖はその方向に強くなるので、伸ばしきった部分はかえって切れにくい。
金属結合が無くても延びる理由は、変形の担い手が違うからである。金属では原子面が転位の移動で滑る。PE では鎖の骨格の C–C 共有結合はほとんど切れず、鎖と鎖の間の弱いファンデルワールス力だけが組み替わって、鎖が互いに滑ったり、折りたたみがほどけたりする。強い結合は鎖の中、弱い結合は鎖の間、という二重構造が「伸びるのにちぎれにくい」を生む。
帯電しやすさの本質は「電荷をつくりやすい」ことより「一度ついた電荷が逃げない」ことにある。こすり合わせると、どんな材料の組でも接触面で電荷のやりとりは起きる。金属ならそれがすぐ流れて消えるが、PE は抵抗率がおよそ という極端な絶縁体で、ついた電荷がその場に何分も何時間も居座る。帯電列では PE も PVC も負の側にあり、皮膚や髪とこすると電子をもらって負に帯電する。高分子の摩擦帯電の仕組みはいまも決着しておらず、表面の欠陥や酸化で生じた準位への電子の移動、表面に吸着した水由来のイオンの移動、こすった際にちぎれた微小な破片の移動、の三説が併存している。
π 軌道の仮説は、方向が逆である。PE は単結合だけでできた飽和炭化水素で、π 電子を一つも持たない。電子はすべて C–C・C–H の σ 結合に局在し、バンドギャップは約 8.8 eV と非常に大きい。だから電子が動けず、電荷が逃げない。逆に π 軌道が鎖全体に非局在化した高分子(ポリアセチレンなど)は、ドープすると金属並みに電気を通す導電性高分子になり、静電気はたまらずに流れてしまう(この発見が2000年のノーベル化学賞、白川英樹ら)。帯電防止の袋は、この逆を狙って表面に水を吸う添加剤を混ぜ、薄い水の膜で電荷を逃がしている。
補足(帯電列とは)。帯電列(摩擦帯電列)は、2つの物をこすり合わせたときにどちらが正・どちらが負に帯電するかを、実験で調べて一列に並べた表である。列の正の側にある物ほど電子を手放しやすく、負の側にある物ほど電子を受け取りやすい。2つをこすると、列で正寄りの物が電子を失って正に、負寄りの物が電子を得て負に帯電し、列の上で離れている組ほど帯電量が大きくなりやすい。おおよその並びは、正の側から乾いた皮膚・ガラス・髪・ナイロン・羊毛・絹、真ん中あたりに紙・綿、そこから負の側へゴム・ポリエステル・ポリエチレン・ポリプロピレン・塩ビ、いちばん端にテフロン(PTFE)となる。「PE が負の側にある」とは、手や髪とこすると PE が電子をもらって負に、手のほうが正になる、という意味である。下敷きで髪の毛が立つのも同じ組み合わせで、髪が正、下敷き(塩ビ)が負になる。金属どうしなら電子の取り出しやすさ(仕事関数)で順位がほぼ説明できるが、絶縁体では表面の汚れ・酸化・湿度で順番が入れ替わることがあり、同じ素材どうしをこすっても帯電する例まである。だから帯電列は物性定数ではなく、実験から得た目安の順位表と考えるのが正確である。
補足(帯電列は実験則か理論か)。半分ずつ、というのが答えになる。金属どうしについては理論がある。2つの金属を接触させると、フェルミ準位がそろうまで電子が仕事関数の小さい側から大きい側へ流れ、接触電位差 が生じる。引き離すとその分の電荷が残るので、金属の帯電列は仕事関数の順にほぼ一致し、移る電荷の量も仕事関数の差と接触時のすき間からおおむね見積もれる。
絶縁体、とくに高分子には、そのまま使える理論がない。熱平衡で決まるフェルミ準位が表面ではっきり定まらず、電荷を受けるのは結晶の帯でなく、表面の欠陥・酸化物・不純物がつくる準位だからである。そこで1960〜80年代に、高分子をさまざまな金属と接触させて「この高分子は仕事関数何 eV の金属とつり合う」という実効仕事関数を測り、その順に並べる試み(Davies、Lowell と Rose-Innes ら)が行われた。これで帯電列はおおむね再現できるが、理論から出した値ではなく測った値である。
化学的な傾向は電気陰性度とよく合う。フッ素を持つテフロン、塩素を持つ塩ビのように、電子を引く電気陰性度の高い原子を含む高分子ほど負の端に寄り、窒素を含むアミド基を持つナイロンや、タンパク質でできた羊毛・髪・皮膚は正の側に寄る。分子軌道計算で求めた電子親和力やイオン化エネルギーと順位が相関するという報告もある。ただし、ある組がどれだけ帯電するかを第一原理から定量的に予言することはまだできない。電子の移動のほかに、表面の水に由来するイオンの移動や、こすって削れた破片の移動が混ざり、どれが効くかが湿度や表面状態で変わるからである。同じ素材どうしでも帯電することや、絶縁体の表面が正と負のまだらに帯電していること(2011年に Baytekin・Grzybowski らが観察)も、単純な一次元の順位表では説明できない。2019年には液体金属の水銀を相手に条件をそろえて測り、帯電列を電荷密度の数値つきの表にした研究(Zou・Wang ら)が出て、ようやく再現性のある定量表ができた段階にある。
補足(静電気はどこまで分かっているか)。分かっている部分と分かっていない部分がはっきり分かれる。いったん電荷が表面に乗った後のことは完全に分かっている。電荷がどんな電場をつくり、どう引き合うかはマクスウェル方程式の静電場の部分で計算でき、未知はない(放電はこれだけでは決まらない。次の補足)。分かっていないのは電荷が生まれる瞬間、つまり2つの表面が触れて離れる間に何が何個どちらへ移るか、のほうである。ここは原子の尺度の化学(電子・イオン・破片の移動)と、マイクロメートルの尺度の機械(表面の凹凸どうしが実際に触れる面積・押しつけ・摩擦)が絡み、湿度や汚れひとつで結果が変わるので、きれいな理論になりにくい。2019年ごろからは Marks・Mizzi らが、凹凸の先端が押されて曲がると、ひずみの勾配に比例する分極(フレクソエレクトリック効果)が生じ、それが電荷の移動を駆動するという説を出していて、「こすると帯電する」をひずみの力学から説明しようとしている。同じ粒どうしがぶつかって帯電する現象は、砂嵐の中の放電や火山雷の原因として地球科学でも未解決の問題になっている。紀元前600年ごろのタレスの琥珀以来いちばん古く知られた電気現象なのに、発生の段階はいまも研究の最前線にある。
補足(放電もマクスウェル方程式で計算できるか)。先の「どう放電するかまで計算できる」は言い過ぎで、放電は静電場だけでは決まらない。マクスウェル方程式が与えるのは電場の強さまでで、そこで放電が始まるかどうかは、間にある気体の性質で決まる。空気中にはもともと宇宙線や自然放射線でできた自由電子がわずかにあり、強い電場で加速された電子が空気の分子にぶつかって新しい電子をたたき出し、それがまた加速されて…と雪崩式に増える(タウンゼントの電子なだれ)。陽イオンが電極に当たって出す電子も含めて、この増え方が自分で続くようになる電圧が放電開始電圧で、間隔 と気圧 の積だけで決まるパッシェンの法則 にまとまる。 は気体ごとの定数、 は陽イオンが当たったとき電極から出る電子の数で、どれも測って決める値なので、理論の形は物理から出るが数値は実験で埋める半経験則である。大気圧の空気で 1 cm 程度の間隔なら目安は約 、どんなに条件を選んでも約 未満では火花が飛ばない(間隔が数 μm のときが最小)。ドアノブで指先にパチッと来るのは、体が数 kV に帯電していて、指を近づけて間隔が縮むと開始電圧を下回るからである。始まるかどうかまではこれでかなり正確に言えるが、始まった後に細い光の筋(ストリーマ)が伸びて火花や雷になる過程は、電場・電子・イオン・光電離が絡み合う非線形の問題で、数値計算に頼る部分が大きく、雷の発生のしくみには未解決の点も多い。
補足(パッシェンの法則の導き方)。材料は3つで、電子なだれの増え方・電離の確率・放電が自分で続く条件である。
電子なだれ。電子は距離 進むごとに 個の新しい電子をたたき出すとする( はタウンゼントの第一係数)。すると陰極を出た 個の電子は陽極で 個になる。
の形。電子の平均自由行程を とすると、分子の密度は圧力に比例するので と書ける。単位長さあたりの衝突は 回で、その衝突で電離が起きるには、直前の自由飛行で電離エネルギー 以上を得ていなければならない。必要な飛行距離は で、自由行程がそれを超える確率は なので、
自分で続く条件。1個の電子のなだれで新しい電子は 個でき、陽イオンも同数できる。陽イオンが陰極に当たると 個の電子を出す。これが1個に届けば、最初の種電子が無くても次のなだれが起き続けるので、条件は
合わせる。一様電場 を2に入れて3に代入すると で、 について解くと 距離と圧力が の組でしか現れないのは、(間に何回衝突できるか)と (1回の飛行で得るエネルギー)がどちらも と だけで書けるからである。
曲線に最小があるのは2つの効果の綱引きで、 が小さすぎると間で衝突がほとんど起きず、大きすぎると1回の自由飛行で得るエネルギーが足りない。微分して0とおくと最小は 、値は ( はネイピア数)。空気の典型値 、、 を入れると約 305 V、大気圧で間隔約 11 μm になり、実測の約 330 V とよく合う(sympy で最小の位置と値を検算した)。左側で が に近づくと分母が0に近づき、間隔を詰めすぎるとかえって火花が飛びにくくなる急な壁ができる。近似としては、電場を一様とし、 を電子が毎回の衝突でエネルギーを全部失う単純な模型で出している点が粗く、だから は理論値でなく実測で合わせる。