物質の基本定数はどう測るか — 長さ・エネルギー・質量・電磁気・固体・熱の実測法
問いは木下が出したもので、答えは Claude Code と調べて書いたものです。
目次
- 0. 全体を貫く考え方
- 0.1 測りやすい量へ翻訳する
- 0.2 直接は測れず、理論と組み合わせて出す
- 0.3 外挿とサイクル
- 0.4 2019年の SI 改定で「測る量」が入れ替わった
- 1. 長さ:結合距離と分子の形
- 1.1 回転分光(気体の分子の最も精密な方法)
- 1.2 気体電子線回折
- 1.3 結晶の回折:X線と中性子
- 1.4 クーロン爆発イメージング
- 2. 原子・イオンの大きさ
- 3. エネルギー
- 3.1 振動数と結合の強さ(力の定数)
- 3.2 結合解離エネルギー
- 3.3 イオン化エネルギー
- 3.4 電子親和力
- 3.5 格子エネルギー
- 4. 質量
- 4.1 原子の質量:ペニングトラップ
- 4.2 アボガドロ数と原子を数える実験
- 4.3 高分子の質量
- 5. 電気・磁気の性質
- 5.1 電気双極子モーメント
- 5.2 分極率
- 5.3 磁気モーメントと 因子
- 5.4 磁化率
- 6. 結晶・固体の定数
- 6.1 格子定数:X 線回折
- 6.2 バンドギャップ
- 6.3 バンドの形・有効質量・フェルミ面
- 6.4 フォノン・デバイ温度・弾性定数
- 6.5 仕事関数
- 6.6 キャリア密度と移動度
- 7. 熱力学量
- 7.1 比熱
- 7.2 生成熱・反応熱
- 7.3 エントロピー:2通りの測り方が合うか
- 7.4 蒸気圧・潜熱・臨界点
- 7.5 ボルツマン定数(音響気体温度計)
- 8. 輸送係数
- 9. 一覧表
- 10. まとめ
2026-10-16 の会話で「水素分子の結合距離はどうやって実測するの?」から始まり、分光法とは何か、結合エネルギーはどう測るか、と質問が続いた。その流れで「この手の物質の基本的な物理定数の実測方法を詳しくまとめてほしい」と頼まれて書いた教材。入口の3問の答えはふとした疑問の「水素分子の結合距離はどうやって実測するのか」にある。
教科書の表に並ぶ数値(結合距離 0.74 Å、イオン化エネルギー 13.6 eV、双極子モーメント 1.85 D、格子定数 5.43 Å…)は、すべて誰かが何かを測って出した値である。この教材では、量ごとに「何を測っているのか」「なぜそれで分かるのか」「どこに落とし穴があるのか」を順に見ていく。
0. 全体を貫く考え方
0.1 測りやすい量へ翻訳する
物理量のなかで群を抜いて精密に測れるのは周波数(振動数)である。原子時計は秒を 、光格子時計は の桁で刻む。周波数は「1秒に何回振動したか」を数えるだけで決まり、物差しの伸び縮みや目盛りの読み取りの誤差が入らないからである。そのため精密測定の多くは、測りたい量を周波数へ翻訳するところから始まる。長さは回転スペクトルの線の位置へ、質量は磁場の中でイオンが回る周波数へ、エネルギーは光の振動数へ翻訳される。
周波数の次に強いのは数を数えることである。結晶の中の原子の数、干渉縞の本数、光子や電子の個数は整数なので、原理的には誤差がない。
0.2 直接は測れず、理論と組み合わせて出す
「結合距離」や「原子の半径」は、物差しを当てて読む量ではない。実際に測っているのはスペクトル線の位置や回折の角度で、そこから距離を出すにはモデル(剛体回転子、ブラッグの条件など)を通す必要がある。だから同じ名前の量でも、測り方が違えば値が少しずつ違うことがよく起こる。結合距離には ・・ などの区別があり、原子半径には共有結合半径・イオン半径・ファンデルワールス半径がある。表の数値を使うときは、どの定義の値かを確かめる必要がある。
0.3 外挿とサイクル
直接は届かない量を出す定石が2つある。1つは外挿で、測れる範囲のデータを延ばして、測れない点の値を推定する。系列線の収束点からイオン化エネルギーを、低温の比熱から絶対零度でのふるまいを出すのがその例である。もう1つは閉じたサイクルで、エネルギーは経路によらないので、測れる過程を組み合わせて測れない過程の値を出す(ヘスの法則、ボルン–ハーバーサイクル)。
0.4 2019年の SI 改定で「測る量」が入れ替わった
2019年5月に SI が改定され、プランク定数 、電気素量 、ボルツマン定数 、アボガドロ定数 は定義値になった(誤差ゼロ)。それまでこれらは測る対象だったが、今は値を固定し、その値を使ってキログラムやケルビンを実現する側に回っている。たとえば後で出てくるシリコン球で原子を数える実験は、以前は を測る実験だったが、今は を使って1 kg を作る実験として使われている。
1. 長さ:結合距離と分子の形
1.1 回転分光(気体の分子の最も精密な方法)
二原子分子の回転準位はで、準位の間隔に結合距離 が入っている。回転定数 をスペクトルから読めば、換算質量 は分かっているので が出る。多原子分子では慣性モーメントが3つ(主慣性モーメント)あり、それぞれに対応する回転定数を測る。
- マイクロ波分光:極性分子(永久双極子を持つ分子)は、回転準位間の遷移でマイクロ波を直接吸収する。線の幅が狭く、周波数は kHz 以下の精度で決まる。
- 回転ラマン分光: や のように双極子がない分子は、マイクロ波を吸収しない。代わりにレーザー光の散乱で、回転準位の差だけ振動数のずれた光を見る。
- 電子スペクトルの回転構造:紫外・可視の電子遷移に回転の細かい線群が重なるので、そこからも読める。
未知数が足りない問題と同位体置換。 3原子以上の分子では、結合距離と結合角の数が、測れる慣性モーメントの数より多くなることがある。そこで原子1つを同位体に置き換える(C→C、H→D など)。核の質量が変わると慣性モーメントは変わるが、電子の作るポテンシャルはほとんど変わらないので、形は同じとみなせる。置き換える前後の慣性モーメントの差から、置き換えた原子の重心からの座標が出る(クライチマンの式)。こうして求めた構造を 構造と呼ぶ。
と 。 分子は零点振動で常に揺れていて、測った は振動で平均した値である。複数の振動準位で を測り、 でポテンシャルの底の値 へ外挿したものが (平衡核間距離)、 の値をそのまま使ったものが である。理論計算と比べるのは で、軽い原子ほど差が大きい( で Å、 Å)。
1.2 気体電子線回折
高速の電子線を気体の分子に当てると、分子の中の原子の組ごとに散乱波が干渉し、同心円の縞ができる。縞の強度を散乱角の関数として測ると、そのフーリエ変換が「原子間距離の分布」になる。回転分光は小さくて極性のある分子が得意だが、電子線回折は大きな分子や対称性の高い分子(双極子がなくマイクロ波で見えないもの)でも使える。
得られる距離は振動の熱平均 で、 とも とも少し違う。また散乱の強さは原子番号のおよそ2乗で増えるので、重い原子どうしの距離はよく決まるが、水素の位置は決まりにくい。
1.3 結晶の回折:X線と中性子
結晶なら回折で原子の位置が全部決まる(§6.1)。ここで注意したいのは、X線は電子に散乱されるので、X線回折で見えるのは電子密度の山の位置だという点である。水素は電子を1個しか持たず、その電子は結合の側へ引き寄せられているので、X線で求めた C–H や O–H の距離は、原子核どうしの距離より 0.1 Å 程度短く出る。
中性子は原子核に散乱されるので、核の位置がそのまま見える。しかも水素(とくに重水素)の散乱の強さは重い原子と同程度なので、水素結合の構造を決めるときは中性子回折が使われる。
1.4 クーロン爆発イメージング
強いフェムト秒レーザーで分子の電子をまとめてはぎ取ると、裸になった原子核どうしがクーロン反発で飛び散る。全部の破片の運動量を同時に測ると、はぎ取った瞬間の原子の配置を逆算できる。1分子ずつ測るので、平均値だけでなく零点振動による距離の分布まで見える点が他の方法と違う。
2. 原子・イオンの大きさ
原子の電子雲は指数関数的に薄れていくだけで、どこにも端がない。だから「原子の半径」は測る量ではなく、決め方の約束である。主な約束は3つある。
- 共有結合半径:同じ原子どうしの単結合の距離の半分(C–C 1.54 Å なら C は 0.77 Å)。異なる原子の結合距離は、だいたい2つの半径の和になる。元の数値は §1 の方法で測った結合距離である。
- イオン半径:イオン結晶の陽イオン–陰イオン間距離は回折で精密に測れるが、それをどう2つに分けるかは決まらない。そこで基準のイオンの半径を1つ決めて( を 1.40 Å とするポーリング以来の慣習など)、残りを差し引きで割り振る。シャノンの表が標準で、配位数ごとに値が違う。
- ファンデルワールス半径:結合していない原子どうしが最も近づける距離の半分。分子結晶の中で隣の分子の原子と接する距離から出す(ボンディの表)。気体の状態方程式の排除体積 や粘性率から見積もる方法もあり、こちらは原子を剛体球とみなしたときの大きさになる。
同じ塩素でも、共有結合半径 0.99 Å とファンデルワールス半径 1.75 Å ではかなり違う。どの半径を比べているのかを揃えないと議論が成り立たない。
3. エネルギー
3.1 振動数と結合の強さ(力の定数)
結合をばねとみなすと、振動の角振動数は である。振動準位の間隔は赤外分光(極性の変わる振動)またはラマン分光(分極率の変わる振動)で測れ、そこから力の定数 が出る。実際のポテンシャルは調和型でなく、上の準位ほど間隔が詰まる。その詰まり方(非調和定数 )まで測ると、モースポテンシャルなどの形が決まる。
3.2 結合解離エネルギー
ポテンシャルの底から解離極限までを 、零点振動の準位から解離極限までを と呼び、直接測れるのは である。 と換算する。
- 振動準位の収束:準位の間隔を上へ外挿して0になる点を探す(バージ–スポーナー外挿)。
- 吸収の連続部:光のエネルギーが解離極限を超えると、吸収が鋭い線から連続帯に変わる。その境目を読む。
- 光解離と破片の速度:決まった振動数 の光で分子を壊し、飛び散る破片の速度を画像で測る(速度マップイメージング)。 から破片の運動エネルギーを引いた残りが である。
- 熱化学サイクル: の最高精度の値は から出す。右辺の第2・第3項は電子1個の系なので理論でほぼ厳密に分かり、実測するのは だけになる。結果は (4.478 eV)で、精度は 程度、QED 補正込みの理論値と一致している。
- 熱量測定:一般の分子の「平均結合エネルギー」の表は、燃焼熱などの反応熱をヘスの法則でつないで作られている(§7.2)。
3.3 イオン化エネルギー
電子を1個取り去るのに要るエネルギーで、測り方は3つある。
- リュードベリ系列の収束(最も精密):電子を外側の軌道へ上げていく吸収線は の形で並び、 で に収束する。線を高い まで測り、この式でフィットして収束点を出す( は内側の電子による補正=量子欠損)。水素原子の13.598 eV もこの形の系列から出てくる。
- 光電子分光(PES):振動数の分かった光(紫外光や X 線)を当て、飛び出した電子の運動エネルギー を測る。 である。どの軌道の電子でも一度に見えるので、内殻まで含めた「軌道エネルギーの地図」が得られる(ただし は抜いたあとの電子の再配置も含んだ量で、軌道エネルギーそのものではない=クープマンスの定理は近似)。
- 電子衝撃:電子線のエネルギーを上げていき、イオンが出始める閾値を読む。簡便だが精度は低い。
3.4 電子親和力
中性原子が電子を1個受け取ると放出するエネルギーで、陰イオンから電子をはがす実験で測る(光脱離)。陰イオンのビームにレーザーを当て、振動数を下げていって電子が出なくなる閾値を探す。閾値付近の断面積の立ち上がり方は理論で決まっている(ウィグナーの閾値則)ので、それでフィットして閾値を正確に出す。塩素の 3.61 eV はこの方法の値である。
3.5 格子エネルギー
イオン結晶をばらばらの気体イオンにするエネルギーは、直接は測れない。そこで「金属の昇華 → 原子のイオン化 → 気体分子の解離 → 電子親和 → 結晶の生成熱」を一周するボルン–ハーバーサイクルを組み、測れる量だけから差し引きで出す。理論(クーロン力の和+反発項)で計算した値と比べると、結合がどれだけイオン結合的かの目安になる。
4. 質量
4.1 原子の質量:ペニングトラップ
一様な磁場 の中で電荷 、質量 のイオンは角振動数で回る(サイクロトロン運動)。強い磁場と電場の組み合わせ(ペニングトラップ)にイオンを1個だけ閉じ込めてこの周波数を測る。 の値は正確に分からなくても、2種類のイオンを同じトラップで交互に測れば が消え、質量の比が周波数の比として出る。基準を C(定義で 12 u)に取れば、原子質量が相対 程度の精度で決まる。陽子の質量や電子の質量もこの方法で測られている。
日常的な分析では質量分析計(磁場や電場での曲がり方・飛行時間でイオンを分ける)を使う。元素の「原子量」は、各同位体の質量に同位体存在比(これも質量分析で測る)を掛けて平均した値で、産地によって存在比がばらつくので、IUPAC は一部の元素で原子量を幅で示している。
4.2 アボガドロ数と原子を数える実験
純度を極めた Si の単結晶を、真球度が数十 nm の球に磨く。球の直径をレーザー干渉計で、格子定数を X 線干渉計(§6.1)で測ると、球の中のシリコン原子の数が「体積 × 8 / 」(ダイヤモンド構造は単位胞あたり8個)で数えられる。これに原子1個の質量を掛ければ球の質量になる。SI 改定の前はこれで を決め、今は逆に の定義値から1 kg を実現する方法の1つになっている(X 線結晶密度法、XRCD 法)。
4.3 高分子の質量
タンパク質や合成高分子では、エレクトロスプレーや MALDI でイオン化して質量分析にかけるのが主流である。それ以前からの方法として、浸透圧(ファントホッフの式 で数平均の質量)、光散乱(散乱強度から重量平均の質量)、超遠心での沈降速度がある。合成高分子は長さがそろっていないので、方法によって平均の取り方が違い、値が一致しないのが普通である。
5. 電気・磁気の性質
5.1 電気双極子モーメント
- シュタルク効果(気体・最も精密):分子に電場 をかけると、回転準位が電場とのエネルギー の分だけずれたり分かれたりする。マイクロ波の線の分裂の大きさを電場の関数として測ると が出る。
- 誘電率の温度変化(デバイの方法):気体や希薄溶液の誘電率 から、モル分極を求める。永久双極子は熱運動で向きが乱されるので に比例する項を作り、分極率 の項は温度によらない。 を に対してプロットすると、傾きから 、切片から が分かれて出る。水の 1.85 D はこの種の測定の値である。
5.2 分極率
電場をかけたとき電子雲がどれだけずれるかを表す量で、光の屈折率から出せる。ローレンツ–ローレンツの式は、上のデバイの式で永久双極子の項を落とし、光の振動数では と置いたものである(光の振動は速すぎて、分子の向きが追いつかない)。
5.3 磁気モーメントと 因子
- シュテルン–ゲルラッハの実験:不均一な磁場の中を原子線を通すと、磁気モーメントの向きごとに曲がり方が違い、ビームが離散的に分かれる。分かれた本数と間隔から、角運動量の量子数と磁気モーメントが分かる(1922年の銀原子の実験は、スピンの存在を示した歴史的実験でもある)。
- 電子スピン共鳴(ESR)と核磁気共鳴(NMR):磁場 の中でスピンの向きの違う準位は だけ離れ、その差に等しい振動数の電磁波(ESR はマイクロ波、NMR はラジオ波)を吸収する。共鳴の振動数から 因子や、まわりの電子による遮蔽(化学シフト)が分かる。
- 電子の 因子:ペニングトラップに電子を1個閉じ込め、サイクロトロン周波数とスピンの歳差の周波数の比を測る。相対精度 の桁に達しており、QED の計算と比べて微細構造定数を決める最も精密な方法の1つになっている。
5.4 磁化率
物質を不均一な磁場に置いたときに受ける力(グイ天秤)や、SQUID 磁束計で測った磁化から求める。常磁性体の磁化率は温度に反比例する(キュリーの法則 )ので、温度を変えて測った傾きから、原子1個あたりの磁気モーメント、つまり不対電子の数が分かる。錯体化学で「この金属イオンは高スピンか低スピンか」を判定するのはこの測定である。
6. 結晶・固体の定数
6.1 格子定数:X 線回折
結晶に波長 の X 線を当てると、面間隔 の格子面で反射した波が(ブラッグの条件)を満たす角度でだけ強め合う。回折の角度から面間隔、つまり格子定数が出る。多数の回折点の強度まで測ってフーリエ合成すれば、単位胞の中の電子密度の分布、つまり原子の配置(結晶構造)が決まる。
精度の頭打ちと X 線干渉計。 ブラッグの条件で長さを出すには X 線の波長を知っていなければならず、その波長は昔は結晶の格子定数を基準に決めていた(堂々巡り)。これを断ち切ったのが X 線・光組み合わせ干渉計である。シリコン単結晶で作った X 線干渉計の一部を少しずつ動かすと、格子面1枚分動くごとに X 線の強度が1周期変わる。その移動距離を、波長が周波数標準から決まっているレーザーの干渉計で同時に測る。X 線の縞の数を数えて割れば、格子定数がメートルの定義に直結した形で出る。シリコンの格子定数(約 5.431 Å)はこの方法で の桁まで決まっている。
6.2 バンドギャップ
- 光吸収の吸収端:光のエネルギーがギャップを超えると吸収が急に増える。吸収係数の立ち上がり方は直接遷移と間接遷移で違う(直接遷移は 、間接遷移は)ので、それに合わせた直線化プロット(トークプロット)で切片を読む。
- 発光(フォトルミネッセンス):励起した電子が伝導帯の底から価電子帯の頂上へ落ちるときの光のエネルギーを見る。
- 電気伝導の温度変化:真性半導体のキャリア数は に比例するので、抵抗の温度変化の傾きからもギャップが出る。
シリコンの 1.12 eV(室温)は温度で少し変わるので、どの温度の値かも確かめる必要がある。
6.3 バンドの形・有効質量・フェルミ面
- 角度分解光電子分光(ARPES):光電子の運動エネルギーと飛び出す角度を同時に測ると、エネルギーと結晶運動量の関係、つまりバンド分散そのものが見える。
- サイクロトロン共鳴:磁場の中で結晶中の電子は で回るので、吸収されるマイクロ波・遠赤外の振動数から有効質量 が出る(§4.1 と同じ式で、質量だけが結晶の中の有効質量に置き換わる)。
- ド・ハース–ファン・アルフェン効果:低温・強磁場で磁化が の周期で振動する。その周期はフェルミ面の断面積に比例するので、磁場の向きを変えながら測るとフェルミ面の形が描ける。
6.4 フォノン・デバイ温度・弾性定数
- 非弾性中性子散乱:熱中性子はエネルギーも波長も格子振動と同程度なので、散乱でやりとりしたエネルギーと運動量から、フォノンの分散関係(振動数と波数の関係)がそのまま測れる。
- 低温の比熱:絶縁体の格子比熱は低温で (デバイの 則)になり、その係数からデバイ温度が出る。金属では電子の寄与 が加わるので、 を に対してプロットすると、切片から (フェルミ準位での状態密度に比例)、傾きからデバイ温度が分かれて出る。
- 超音波の音速:結晶の向きごとに縦波・横波の音速 を測ると、 から弾性定数が決まる。
6.5 仕事関数
金属表面から電子を1個取り出すエネルギー。光電効果の閾値の振動数()、光電子分光での電子の分布の端、または2つの金属の接触電位差を振動する電極で測るケルビンプローブで求める。表面の汚れや結晶面の向きで 0.数 eV 変わるので、超高真空で清浄な面を作って測る。
6.6 キャリア密度と移動度
ホール効果を使う。電流を流した試料に垂直に磁場をかけると、キャリアがローレンツ力で片側に寄り、横向きの電圧(ホール電圧)が立つ。ホール係数 から、キャリアの密度 と、電荷の符号(電子か正孔か)が分かる。抵抗率(端子の接触抵抗が入らないように4端子法で測る)と組み合わせると移動度も出る。
7. 熱力学量
7.1 比熱
試料を熱的に孤立させ、既知の熱量を加えて温度上昇を測る(断熱熱量計)。少量の試料には、基準と並べて加熱し熱流の差を測る示差走査熱量測定(DSC)や、温度を少し上げてからの緩和の時定数で測る緩和法が使われる。相転移は比熱の跳びやピークとして現れる。
7.2 生成熱・反応熱
燃焼熱はボンベ熱量計(酸素を詰めた密閉容器の中で燃やし、まわりの水の温度上昇を測る)で測る。燃焼熱をヘスの法則でつなぐと生成熱が出て、生成熱の表からあらゆる反応熱が計算できる。
7.3 エントロピー:2通りの測り方が合うか
エントロピーには独立な2つの求め方がある。1つは熱量測定で、絶対零度近くから比熱を測り、(相転移があればその潜熱 も足す)と積分する(第三法則で と置く)。もう1つは分光と統計力学で、分光で測った回転・振動の準位から分配関数を作り、エントロピーを計算する。
2つはふつう一致するが、氷では約 3.4 J/(K·mol) 熱量測定のほうが小さい(ジオークとスタウト、1936年)。ポーリングは、氷の中で水素原子の並び方に多数の選択肢が残ったまま凍りつき、絶対零度でも J/(K·mol) が残る(残余エントロピー)と説明した。2つの独立な測定を突き合わせて初めて見えた現象の例である。
7.4 蒸気圧・潜熱・臨界点
蒸気圧を温度ごとに測り、クラウジウス–クラペイロンの式 の傾きから蒸発熱 が出る。臨界点は、密閉容器の中で液体と気体の境目(メニスカス)が消える温度・圧力として目で見て決められる(臨界点の近くでは光が強く散乱され、白く濁る=臨界タンパク光)。
7.5 ボルツマン定数(音響気体温度計)
単原子気体の音速は ()で、温度と原子の質量だけで決まる。アルゴンを詰めた球形の共鳴器で音響共鳴の振動数を測り、共鳴器の寸法をマイクロ波の共鳴で測ると、水の三重点の温度での音速、つまり が出る。SI 改定ではこの種の測定の結果から の定義値が決まり、今は逆に、この装置が熱力学温度を直接測る温度計として使われている。
8. 輸送係数
- 粘性率:細い管を流れる流量(ハーゲン–ポアズイユの式)、液中を落ちる球の終端速度(ストークスの式)、回転円筒や振動円板の抵抗から測る。
- 熱伝導率:試料の両端に温度差をつけて流れる熱流を測る定常法と、細い線を急に加熱して温度の上がり方を見る非定常法(熱線法)がある。
- 拡散係数:濃度分布の時間変化を追うほか、NMR で磁場勾配をかけてスピンの移動を測る方法(磁場勾配 NMR)がある。
気体分子運動論では、粘性率・熱伝導率・拡散係数がどれも「平均自由行程 × 平均速度」に比例する。粘性率から逆算した分子の大きさ(衝突断面積)は、§2 のファンデルワールス半径とおおむね合う。
9. 一覧表
| 量 | 主な方法 | 実際に測っているもの | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 結合距離(気体) | マイクロ波・ラマン分光 | 回転線の振動数 | と の区別 |
| 結合距離(大きい分子) | 気体電子線回折 | 干渉縞の強度 | 熱平均 ・水素に弱い |
| 結晶構造 | X 線・中性子回折 | 回折の角度と強度 | X 線は電子雲の中心を見る |
| 原子・イオン半径 | 結合距離の割り振り | 原子間距離 | 定義が3種類ある |
| 力の定数 | 赤外・ラマン分光 | 振動線の振動数 | 非調和性 |
| 解離エネルギー | 分光・熱化学サイクル | 連続部の端・反応熱 | と |
| イオン化エネルギー | リュードベリ系列・光電子分光 | 系列の収束点・電子の運動エネルギー | 軌道エネルギーとは別物 |
| 電子親和力 | 陰イオンの光脱離 | 閾値の振動数 | 閾値則でフィット |
| 原子の質量 | ペニングトラップ | サイクロトロン周波数の比 | 基準は C |
| 双極子モーメント | シュタルク効果・誘電率 | 線の分裂・ の傾き | 分極率と分離する |
| 因子・磁気モーメント | ESR・NMR・磁化率 | 共鳴振動数・ | キュリー則からのずれ |
| 格子定数 | X 線回折・X 線干渉計 | 回折角・縞の数 | 波長の基準 |
| バンドギャップ | 吸収端・発光 | 光の振動数 | 直接と間接・温度 |
| 有効質量・フェルミ面 | サイクロトロン共鳴・dHvA | 共鳴振動数・振動の周期 | 低温・強磁場が要る |
| キャリア密度 | ホール効果 | 横向きの電圧 | キャリアが2種だと複雑 |
| 比熱・エントロピー | 熱量測定 | 熱量と温度上昇 | 分光からの値と照合 |
| ボルツマン定数 | 音響気体温度計 | 音速 | 2019年から定義値 |
10. まとめ
表を眺めると、使っている手段は意外に少ない。光の振動数を読む分光、波の干渉で長さを読む回折、磁場の中の回転の周波数で質量や有効質量を読む共鳴、そして熱量を読む熱量測定である。物質の定数を測るとは、測りたい量をこの4つのどれかに翻訳し、翻訳に使ったモデルの仮定(剛体回転子・ブラッグの条件・理想気体…)を把握したうえで逆算することだと言える。だから同じ量でも方法ごとに少しずつ値が違い、その違いそのもの( と 、X 線と中性子、氷の残余エントロピー)が新しい物理を教えてくれることがある。