逆位相の波を当てて打ち消したとき、波のエネルギーはどこへ行くのか
問いは木下が出したもので、答えは Claude Code と調べて書いたものです。
(この件を図つきの文書にまとめた:干渉とエネルギー)
そういえば、逆位相の音(とか波とか光波)を当てて打ち消しあって波が消える時、波のエネルギーはどこに消えてるの?
答え:消えていない。①打ち消した場所の分だけ別の場所で強め合っている(場所の付け替え)か、②そもそも波源が波を出さなくなっている(波源の仕事が減る)かのどちらかである
① 場所の付け替え。 エネルギー密度は振幅の2乗に比例するので、2つの波を重ねると となり、最後の干渉項が場所によって正にも負にもなる。暗い場所で負になった分は、明るい場所の正の分とちょうど釣り合い、空間全体で積分すると干渉項は 0 になる。ヤングの二重スリットの暗線は、その分のエネルギーが明線へ回っているだけである。マイケルソン干渉計では、出口の一方を真っ暗にすると、全部のエネルギーがもう一方の出口(光源側へ戻る口)から出てくる。レンズの反射防止膜も同じで、反射光を打ち消した分だけ透過光が強くなる。
② 波源が仕事をしなくなる。 「どこでも打ち消す」場合、たとえば同じ位置に逆位相の波源を2つ置くと、遠くではどの方向でも波が消える。このとき消えたエネルギーはどこかへ流れたのでなく、最初から出ていない。波源が出す仕事率は「振動板の速度 × 振動板が押し返される力(その場の圧力)」で決まり、その場の圧力にはもう一方の波源が作った圧力も入る。逆位相の相手がいると、振動板が前へ出る瞬間に相手の作った負圧に引かれ、押す相手がいないので仕事をしない。スピーカーなら、駆動回路から引き出す電力が減る。ノイズキャンセリングや管路の騒音制御も、突き詰めるとこの仕組みである。打ち消し用のスピーカーが騒音のエネルギーを吸い込む(逆に仕事をされる)配置や、元の騒音源に向けて反射を返し、騒音源の出す仕事率そのものを下げる配置になっている。
補足:イヤホンのノイズキャンセリングの場合
イヤホンは鼓膜の前の小さな空間だけで音を消している。外の騒音のエネルギーは耳の外で減っておらず、イヤホンの中では、打ち消し用の振動板が外から入ってくる圧力変動に押され、それに合わせて動くことで仕事を受け取っている(受け取った分は最後に回路とコイルの熱になる)。その外の空間では、打ち消し音と騒音が重なって、強め合う場所も弱め合う場所もでき、①の付け替えになっている。
補足:2つの波が重なっているのに、エネルギーが単純な足し算にならないのはなぜか
強め合いの波は、波のエネルギーは振幅に線形じゃなくて2乗に比例するけど、これ二つ波が重なってるのになんでエネルギーが単純な足し算にならないの?
足し算になるのは波の振幅(変位・圧力・電場)であって、エネルギーではない。媒質の各点は1つしかないので、2つの波が重なった点では、媒質は「波1の分と波2の分を別々に」持つことができず、合わせた1つの変位 で動く。エネルギーはその合計の変位の2乗で決まるので、 となり、交差項 が残る。
交差項の正体は「すでに動いている物を、さらに押すときの仕事」である。仕事は力×速度なので、波1がすでに媒質を速度 で動かしているところへ、波2が同じ向きに力を加えると、波2は止まっている媒質を押すときより多く仕事をする。ブランコを揺れに合わせて押すと、少しの力で大きく揺れるのと同じである。逆位相なら、波2は動いてくる媒質を押し返すことになり、仕事を受け取る側に回る。
同じ大きさの波を同じ位置で強め合わせると、エネルギーは 倍でなく 倍になるが、無から湧いているわけではない。同じ位置に置いた同位相の2つの音源は、それぞれが相手の作った分も含めて2倍の圧力を押すことになり、1つずつが単独のときの2倍の仕事をする。2つ合わせて4倍の仕事を波源がしている。空間に広がった干渉では、強め合う場所の 倍と弱め合う場所の 倍を平均して、全体では 倍=単純な足し算に戻る。
単純な足し算がそのまま成り立つのは、2つの波の位相の関係がでたらめに変わる場合(インコヒーレント)である。交差項 は時間平均すると 0 になるので、電球2個の明るさや、2人の話し声の音量はエネルギーの足し算になる。干渉縞が見えるのは、位相のそろったレーザーや同じ音源から分けた音のように、交差項が平均で消えない場合だけである。
補足:平面波どうしの場合
平面波の場合
向きが違う平面波(交差・対向)。 波数 の2つの平面波を重ねると、交差項は ()となり、空間に縞を作る。縞1周期で平均すると交差項は 0 なので、平均のエネルギー密度は の単純な足し算になる。正面衝突()は定在波で、節と腹ができるが、空間平均は同じく足し算になる。エネルギーの流れ(ポインティングベクトル)の時間平均も に比例し、交差項は残らない。2つの波は互いを素通りしている。
周波数が違う平面波。 交差項は時間について で振動するうなりになり、時間平均で 0 になる。これも平均では足し算になる。
同じ向き・同じ周波数の平面波。 この場合だけ、どこを見ても縞ができない。2つの波は実は1つの平面波 であり、同位相なら全空間で4倍、逆位相なら全空間で0になる。付け替える先の場所が無いので、①の説明は使えない。答えは「そういう重ね方は、損失のない装置では作れない」である。
2本のビームを同じ向きへ合わせるには、ビームスプリッタのような合波器を使う。損失のない合波器は出口が必ず2つあり、入口の振幅 を出口 と へ振り分ける(散乱行列がユニタリ)。片方の出口で強め合うと、もう片方の出口では必ず弱め合い、2つの出口の合計は にちょうど等しい。合計で4倍になることも0になることもない。1つの出口に全部を集めて ( のとき)になっても、それは入ってきた2本分であって4倍ではない。
それでも同じ向きの1つの波として4倍を作ることはできるが、それは②の場合で、波源が余分に仕事をしている。たとえば1枚の振動板を2倍の振幅で動かすと、出る波のエネルギーは4倍になり、そのとき振動板は4倍の仕事をしている。逆位相で全空間0になるのは、2つの波源が互いを打ち消して振動板が動かない(または仕事をしない)場合で、そもそも波が出ていない。
補足:水面の波で考える
水面とかを考えている
なぜ2乗か。 水面の波のエネルギーは、持ち上げた水の位置エネルギーと水の運動エネルギーの和で、面積あたり平均で ( は振幅)になる。2乗になる理由は、位置エネルギーで見ると分かりやすい。水面を高さ まで持ち上げると、持ち上がる水の量が に比例し、その水の重心の高さも で に比例する。量×高さで になる。
交差項の正体。 波1がすでに水面を 持ち上げている場所で、波2がさらに 持ち上げると、波2は底からでなく高さ の上に水を積む。高い所へ積むほど仕事が要るので、余分に の仕事が要る。これが交差項 の半分(位置エネルギーの分)で、残りの半分は水の速度どうしの交差項(運動エネルギーの分)から来る。逆に波1がへこませている場所では、波2の持ち上げは楽になる。
池に石を2つ投げた場合(向きの違う波)。 2つの波紋が交わると、高く盛り上がる点とほとんど動かない点が網目状に並ぶ。網目1周期で平均すると交差項は消えるので、全体のエネルギーは2つの波紋の足し算になる。動かない点のエネルギーが高く盛り上がる点へ移っただけである。
岸壁で反射する波(向かい合う波)。 入ってくる波と反射波が重なると定在波(クラポティ)になる。腹では水面が2倍の高さで上下し、節では水面がほとんど動かない。ただし節でエネルギーが0になっているわけではない。節では水面の上下が止まる代わりに水が横へ大きく往復していて、エネルギーは運動エネルギーとして存在する。位置エネルギーと運動エネルギーを合わせ、空間で平均すると足し算に戻る。
造波水槽の板を2枚並べた場合(同じ向きの波)。 水槽の端で板を前後に動かして平面波を作るとき、板を2枚並べて同位相で動かすと、全体が1枚の板と同じになる。振幅2倍の波が出てエネルギーは4倍になるが、板が押す水は、もう一方の板が押した分だけすでに盛り上がっているので、板1枚あたりの押し返す力が2倍になり、それぞれが2倍の仕事をする。合わせて4倍で、波源が余分に仕事をしている。逆位相で動かすと、片方の板が押した水がもう片方の板の空けた場所へ流れ込むだけで、板は重い水を押さずに済み、遠くへ波がほとんど出ない。
補足:すでにできている2本の波を後から1本に合わせる(ビームスプリッタ)
すでにできている2本の波を、後から1本に合わせる方法もあります(光ならビームスプリッタ)。この場合、波源の仕事は変わらないので、全体のエネルギーも2倍のままです これについて詳しく教えて
ビームスプリッタ(ハーフミラー)は、光の半分を通し半分を反射する板である。入口が2つ(A・B)、出口が2つ(C・D)あり、どちらの入口から入った光も、半分ずつC・Dへ分かれる。エネルギーが半分になるので、振幅は 倍になる。
2本の光を両方の入口から入れると、出口Cには「Aを通った光+Bを反射した光」、出口Dには「Aを反射した光+Bを通った光」が届き、それぞれの出口で干渉する。損失のない鏡では、反射の位相が表と裏で符号が逆になる(ストークスの関係 )ため、
となる。2本が同じ強さ・同位相()なら、、。出口Cのエネルギーは で、入ってきた2本分がすべてCに集まり、Dは真っ暗になる。振幅は足されて2倍になっているが、分けるときの がかかるので、4倍にはならない。位相を逆にすれば、全部がDから出る。どの位相でも が成り立つ。
この符号の逆転は、エネルギー保存そのものから決まっている。もし両方の出口が なら、同位相の入力で出口の合計が4倍になり、鏡がエネルギーを作り出してしまう。損失のない鏡は、片方の出口で強め合うなら必ずもう片方で弱め合う。干渉で「場所」の間でエネルギーを付け替えていたのが、ここでは「出口」の間で付け替えている。
位相がそろっていない光は合わせられない。 2本の光の位相がばらばらに変わる場合(別々のレーザー2台、電球2個)、エネルギーは時間平均でCとDに半分ずつ出る。損失のない鏡で、別々の光源の光を1本のビームに束ねることはできない(明るさの保存=輝度不変則)。強いレーザーを作るとき、何台ものレーザーの位相をそろえる(位相同期)か、色や偏光を変えて別々の出口として重ねるのはこのためである。
補足:ビームスプリッタ以外でも作れないのか・エネルギー保存より手前の理由
ビームスプリッタ以外でも、うまく作れないの? エネルギー保存則より、ではなくもっとプリミティブに示せない?
どんな装置でも作れない。理由は「逆再生できる」と「重ね合わせが効く」の2つだけで示せる。 損失のない波の方程式は、時間 を に置き換えても形が変わらない( は符号を変えない)。そのため、波の動きを撮った映像を逆再生したものも、実際に起こりうる波の動きである。
仮に、入口Aから入れた光も、入口Bから入れた光も、すべて同じ1本の出口ビームCになって出てくる装置があったとする。
- 「Aだけ入れた」映像を逆再生すると、Cから逆向きに光を入れれば、光はすべてAへ戻る。
- 「Bだけ入れた」映像を逆再生すると、Cから逆向きに光を入れれば、光はすべてBへ戻る。
- ところが2つの場合の出口ビームは、同じ形の1本のビームで、違うのは強さと位相(定数倍)だけである。重ね合わせが効くので、定数倍しただけの波は、同じ行き先へ定数倍で進む。同じ形の波を入れて、片方ではすべてAへ、もう片方ではすべてBへ行くことはありえない。
したがって、少なくとも一方の入力は、C以外のどこか(もう1つの出口)へ漏れなければならない。漏れる量まで決めるには、もう1つ、相反性(AからCへの通りやすさとCからAへの通りやすさが等しい。磁場を使わない装置では成り立つ)を足す。すると「Aから来た出口の波」と「Bから来た出口の波」は、互いに重なりがゼロ(直交)でなければならない、という条件になる。直交する2つの波は、重ねても交差項が全体で消えるので、エネルギーは足し算にしかならない。エネルギー保存は、この可逆性から出てくる結果と見てよい(損失がある=熱になって逆再生できない場合だけ、この議論は崩れる)。
ほかの装置での「もう1つの出口」。 隠れているだけで、どの装置にもある。
- Y分岐の光導波路:2本の細い導波路を1本にまとめる部品。同位相で2本入れると全部が出口へ行くが、1本だけ入れると半分しか出口に入らず、残り半分は周りのガラス(クラッド)へ散って逃げる。逆位相なら全部が逃げる。周りへ散るのが隠れた出口Dである。
- レンズで2本を1点に集める:焦点で重なっているように見えるが、2本は違う角度で入ってくるので、焦点には干渉縞ができるだけで、焦点を過ぎるとまた2本に分かれる。1本になったわけではない。
- 偏光ビームスプリッタ・ダイクロイックミラー:縦偏光と横偏光、赤と緑のように、区別できる2本なら、損失なく1本のビームに重ねられる。2本は直交したままなので、干渉せず、エネルギーは足し算になる。光ファイバーの波長多重や、高出力レーザーの偏光合成はこれを使っている。
まとめると、空間的に1本に見えるビームに重ねることはできるが、「区別のつかない1つの波」に2本を合わせることは、損失なしではできない。