量子コンピュータの現状(方式・何を量子にするか・どれが来そうか)
問いは木下が出したもので、答えは Claude Code と調べて書いたものです。
量子コンピュータの現状は?各種方式やスケーラビリティ、なにを量子として扱うのか、今後どれがきそうだと現状言われているのかなど教えてほしい。
答え:いまは「物理量子ビットの数」から「誤り訂正した論理量子ビットを何個・どれだけ長く保てるか」へ競争の軸が移った段階で、役に立つ誤り耐性計算機(FTQC)はまだ無い。方式は超伝導・イオントラップ・中性原子の3強に光と半導体スピンが続き、2024〜26年は中性原子が規模で急伸して「超伝導一強」が崩れた、というのが大方の見方である
何を量子ビットにするか。 量子ビットに要るのは、よく孤立した2準位()で、重ね合わせを長く保ち(コヒーレンス)、外から狙って回転させられ(1ビットゲート)、2つを相互作用させてもつれさせられ(2ビットゲート)、最後に読み出せることである。方式の違いは「どの物理系の2準位を使うか」の違いにすぎない。
- 超伝導:ジョセフソン接合を含む LC 回路の量子化された電荷・位相の状態(トランズモン)。人工原子。約 10 mK の希釈冷凍機が要る。操作はマイクロ波。IBM・Google・中国の Zuchongzhi など。
- イオントラップ:電場で宙に浮かせたイオン(、、)の超微細準位など。操作はレーザーやマイクロ波。Quantinuum・IonQ。
- 中性原子:光ピンセット(集光レーザー)で並べた中性原子(Rb、Cs、Yb)の超微細準位。もつれはリュードベリ状態(高く励起した巨大な原子)同士の強い相互作用で作る。QuEra/Harvard・Atom Computing(Microsoft と組む)・Pasqal・Infleqtion。
- 光:光子の偏光・経路・時間ビン、または光のスクイーズド状態(連続量)。室温で通信と相性がよい。PsiQuantum、Xanadu、日本の古澤研・OptQC。
- 半導体スピン:シリコン量子ドットに閉じ込めた電子1個のスピン。既存の半導体製造が使えるので集積の夢が大きい。Intel、Diraq、日本の理研・日立。
- トポロジカル:マヨラナ零モードという準粒子の非局所的な状態に情報を隠し、雑音に原理的に強くする狙い。Microsoft が 2025 年に Majorana 1 を発表したが、トポロジカル量子ビットと言えるかは物理学者の間で懐疑が強い。
方式ごとの得意・不得意(スケーラビリティ)。
- 超伝導:ゲートが速い(数十 ns)のが最大の武器で、回路を深く回せる。弱点は配線と冷凍機。量子ビット1個ごとに制御線が要り、冷凍機1台に収まるのは数千が限界とされるので、チップ間・冷凍機間をつなぐ技術が鍵になる。結合が隣同士に限られるので表面符号と相性がよい。Google は 2024 年の Willow で、符号距離を 3→5→7 と大きくするほど論理誤り率が下がる「閾値以下」を初めて示した。
- イオントラップ:ゲート忠実度が最高水準(2ビットで 99.9% 超)で、全結合(どのイオン同士でも直接ゲート)ができる。弱点はゲートが遅い(μs〜ms)ことと、1本のトラップに並べられる数に限りがあること。イオンを電極で運ぶ QCCD 方式や光でトラップ同士をつなぐ方式で広げようとしている。
- 中性原子:数を増やすのが圧倒的に得意で、数百〜数千原子の配列が既にあり、原子を光ピンセットで物理的に動かして好きな組み合わせでゲートできる。弱点は1回の測定・計算サイクルが遅いこと、原子が途中で抜けること(再装填が必要)、測定で周りを乱しやすいこと。2023 年末に Harvard/QuEra が 48 論理量子ビットの回路を走らせ、注目が一気に集まった。
- 光:配線も冷凍もほぼ不要で通信網と直結できるが、光子同士は相互作用しないので確率的なもつれ生成に頼る。光子が失われるのも致命的で、巨大な工場規模を前提に設計されている。
- シリコンスピン:1個が非常に小さく、CMOS 工場で作れる。ただし量子ビットのばらつきが大きく、まだ数十個規模。
いまの到達点。 物理量子ビットは超伝導で百〜千個級、中性原子で数千個級。2ビットゲートの誤り率はおおむね 前後で、誤り訂正の閾値(表面符号で約 )は下回った。これを受けて、論理量子ビットの実証(Google の閾値以下、Quantinuum と Microsoft による物理より約800倍低い論理誤り率、QuEra のマジック状態)が相次いだ。一方、実用的な問題(例えば RSA-2048 の素因数分解には、近年の見積もりで物理量子ビット百万個弱を1週間程度)に要る規模にはまだ2〜3桁足りない。「量子優位」の実証はランダム回路サンプリングのような有用性の乏しい問題に限られ、化学・材料の計算で古典計算機に明確に勝った例はまだ議論の段階である。
今後どれが来そうと言われているか。
- 主流の見方は「当面は三つ巴、決着はついていない」。超伝導は速さと産業基盤、イオンは精度、中性原子は数で勝つ。
- 2024〜26年は中性原子の評価が最も上がった。Google が 2026 年に中性原子の研究部門を立ち上げたと報じられており、超伝導の本家が保険をかけた形になっている。Microsoft も Atom Computing と組み、50 論理量子ビット級の機械を 2027 年初めまでに動かす計画を出している。
- 長期(2030 年代)の工業的な大規模化では、半導体製造に乗る方式(シリコンスピン)や光が逆転する可能性も言われるが、現時点では遅れている。
- 企業の工程表(IBM の 2029 年に誤り耐性機 Starling、など)は大枠で「2029〜2030 年代前半に数百論理量子ビット」で揃っているが、これまでの量子分野の工程表は遅れがちだった点は割り引いて読む必要がある。
- 結局どの方式でも核心は誤り訂正の効率で、表面符号より少ない物理量子ビットで済む符号(qLDPC 符号など、IBM が推進)を回せるかどうかが、方式の勝敗以上に重要になる。
補足:物理的なやりやすさと装置の大きさ
物理的にやりやすさとかね(たとえば超伝導とかは極低温つくるの難しそうだしね)。装置の大きさなどについても教えてほしい。
超伝導の極低温は「作れるが、配線が詰まる」。 約 10 mK は希釈冷凍機(He-3 と He-4 の混合液で冷やす)で到達でき、Bluefors などから市販品を買える時点で、温度を出すこと自体はもう難所ではない。難しいのは冷却能力が極端に小さいことで、10 mK 段で取り除ける熱は数十 μW しかない。量子ビット1個ごとに室温から同軸線を何本も引き下ろすので、その線を伝う熱と、線の物理的な本数が規模の上限を決める。冷凍機は高さ 2〜3 m・直径 1 m 程度の円筒で、中の金色の多段構造(シャンデリア)の最下段の数 cm のチップが本体である。周りに制御用のマイクロ波電子機器のラックが並ぶので、1台で小部屋1つ分になる。He-3 の供給が限られていることも量産の不安材料である。
イオントラップは「温度より真空とレーザー」。 必要なのは Torr 級の超高真空で、イオン自体はレーザー冷却で μK 近くまで冷やすため、装置全体を極低温にする必要はない(雑音を減らすため 4 K に冷やす機種もある)。手間がかかるのは、元素ごとに違う波長のレーザーを何本も安定に揃え、μm 精度でイオンに当て続ける光学系である。チップ型の表面電極トラップ自体は数 cm だが、光学定盤とレーザー群で部屋1つ分になる。IonQ はこれをデータセンターのラック数本へ詰めた製品も出している。
中性原子は「室温の装置で原子だけ冷やす」。 真空容器は数 cm 角のガラスセルで、原子はレーザー冷却で μK まで冷やすので、冷凍機は要らない。ここが超伝導に対する大きな利点である。代わりに、光ピンセットを数千本作る大出力レーザーと空間光変調器、リュードベリ励起用の高安定レーザーが要り、光学定盤数 +ラックで、やはり部屋の一角くらいの大きさになる。原子は真空中の残留ガスに叩かれて数秒〜数十秒で抜けていくので、計算中に補充する仕組みが最近の焦点である。
光は「室温だが検出器が冷たい」。 光子の伝搬は室温でよいが、単一光子を高効率で数える超伝導ナノワイヤ検出器は 1〜4 K に冷やす。mK よりずっと楽な温度で、冷却能力にも余裕がある。ただし誤り耐性に必要な規模は巨大で、PsiQuantum はデータセンター1棟規模の施設を前提に設計している。
シリコンスピンは「少し温かくてよい超伝導の親戚」。 通常は 0.1 K 以下で動かすが、1 K 前後で動く「ホット量子ビット」の実証があり、1 K なら冷却能力が桁違いに大きいので、制御回路を量子ビットのすぐ横に置ける見込みがある。量子ビット1個は 100 nm 級で、方式の中で最も小さい。
まとめると。 「冷凍機がいらない」方式(イオン・中性原子)も、レーザーと光学系という別の重さを背負っており、どの方式も今は部屋1つ分の装置である。大規模化で効いてくるのは、量子ビット1個あたりに必要な制御線・レーザー光・電力が、数を増やしたときにどう増えるかで、ここを桁で減らせた方式が勝つと見られている。
補足:家庭用や一企業のサーバとして置けそうなのはどれか
「家庭用量子コンピュータ」とか「一会社の量子コンピュータサーバ」みたいなのをかんがえたときに原理的に実現できそうなのはどの方式?
原理的な禁止はない。 量子計算を妨げるのは環境との相互作用(デコヒーレンス)なので、量子ビットを周りから切り離せれば温度や大きさに原理的な下限はない。問題は工学と経済である。
一企業のサーバ(ラック数本)は既に現実。 IBM の超伝導機は企業や大学へ据え置きで納入されているし、IonQ のイオントラップや一部の中性原子機はデータセンターのラックに収まる形で売られている。ただしどれも数十〜数百物理量子ビットの「誤り訂正前」の機械である。誤り耐性に要る 10 万〜100 万物理量子ビットを一企業の部屋に置けるかは、配線と冷凍機の制約がある超伝導より、室温の装置で数を増やせる中性原子・イオン、または半導体工場で量子ビットとレーザー光学をチップに集積できたときのイオン・中性原子・シリコンスピンの方が見込みがあると言われる。
家庭用に近いのは「冷凍機のいらない方式のチップ化」。 候補は次のとおり。
- ダイヤモンド NV 中心:ダイヤモンド中の窒素と空孔の組の電子スピンで、室温でも量子性が保たれる珍しい系。Quantum Brilliance が室温動作の小型機をラックに載せて売っているが、量子ビット数はまだ数個で、多数をつなぐ方法が大きな課題である。
- 中性原子・イオンの集積化:真空セルを mm 級に、レーザーを光導波路と半導体レーザーへ置き換えて、原子時計がチップ化されたのと同じ道をたどれば小型化できる。原子時計がその前例として挙げられる。
- 卓上 NMR:SpinQ などが 2〜3 量子ビットの教育用卓上機を売っている。室温で液体中の分子の核スピンを使うが、量子ビット数を増やすと信号が指数的に弱くなるので、大規模化は原理的に望めない。
ただし家庭に置く理由が乏しい。 量子コンピュータが速くなる問題(分子・材料のシミュレーション、素因数分解、一部の最適化)は家庭で日常的に回すものではなく、古典計算の加速器として必要なときだけ使えばよい。そのため、スーパーコンピュータと同じく「大きな施設に置いてクラウド経由で使う」形が主流であり続ける、というのが大方の見方である。現実的な順番は、クラウド(今)→企業や研究所への据え置き(今〜2030 年代)→小型化した特殊用途機、であり、家庭用の汎用機は見通しに入っていない。
補足:方式ごとの主な企業と研究拠点
各種方式の研究拠点とか、研究企業とかについても教えてほしい
| 方式 | 主な企業 | 主な大学・研究拠点 | 日本 |
|---|---|---|---|
| 超伝導 | IBM、Google Quantum AI、Rigetti、AWS(猫量子ビットの Ocelot)、Alice & Bob(仏)、IQM(フィンランド)、OQC(英) | Yale(Schoelkopf)、ETH Zürich(Wallraff)、MIT、UC Berkeley、Delft の QuTech、中国科学技術大学(祖沖之号) | 理研 量子コンピュータ研究センター(中村泰信)と富士通の国産機、東大、NEC |
| イオントラップ | Quantinuum(Honeywell 系)、IonQ(2025年に Oxford Ionics を買収)、AQT(墺) | Innsbruck(Blatt)、Oxford、NIST・JILA、Duke・Maryland(Monroe) | 大阪大学などに研究室がある程度で、企業は少ない |
| 中性原子 | QuEra、Atom Computing(Microsoft と提携)、Pasqal(仏)、Infleqtion、planqc(独) | Harvard・MIT(Lukin、Greiner、Vuletić)、Caltech(Endres)、Princeton(Thompson)、Wisconsin(Saffman)、Institut d'Optique(Browaeys) | 分子科学研究所(大森賢治)、京大(高橋義朗。Yb 原子) |
| 光 | PsiQuantum、Xanadu(加)、Quandela(仏)、QuiX(蘭) | 中国科学技術大学(潘建偉の九章)、Bristol | 東大 古澤明研とそこから出た OptQC、NTT |
| シリコンスピン | Intel、Diraq(豪)、Silicon Quantum Computing(豪)、Quantum Motion(英) | UNSW(Dzurak、Simmons)、QuTech(Vandersypen) | 理研(樽茶清悟)、日立 |
| トポロジカル | Microsoft | Microsoft の Station Q、コペンハーゲン大 | — |
| NV 中心 | Quantum Brilliance(豪独) | QuTech(Hanson。量子ネットワーク) | 東工大、QST |
国のレベルでは、米国(国家量子イニシアチブ・DARPA の実用性評価計画)、中国(中国科学技術大学が超伝導と光の両方で旗艦)、EU(Quantum Flagship)がそれぞれ大型の予算を組み、日本は理研・産総研の G-QuAT・QST が拠点になっている。分野の勢いを知るには、Google・IBM・Quantinuum・QuEra の発表と、Nature・Science に出る論理量子ビットの実証論文を追うのが早い。
補足:光方式をもう少し詳しく
光は?
根本の難しさは、光子同士が相互作用しないこと。 室温で雑音を受けにくいのは光子が何とも相互作用しないからだが、同じ理由で2量子ビットゲート(もつれの生成)が作れない。そこで光方式は「ゲートを測定で置き換える」。先に大きなもつれ状態(クラスター状態)を用意し、それを1つずつ測定していくと、測定の選び方で計算が進む(測定型量子計算)。もつれの生成も、ビームスプリッタと光子検出の組み合わせで確率的に起こす。
2つの流派。
- 離散変数(光子1個=1量子ビット):単一光子源→干渉計→光子検出器。もつれ生成が確率的で一定の割合で失敗するので、同じ試みを大量に並列に走らせて成功したものだけを使う(多重化)。小さなもつれ状態を測定でつなぐ「融合型量子計算」が PsiQuantum の設計である。単一光子を必ず1個出す光源として、半導体量子ドットを使う Quandela もこの流派。
- 連続変数(光の振幅・位相の揺らぎを使う):スクイーズド光(片方の揺らぎを真空より小さく絞った光)を決定論的に作れるのが強み。誤り訂正には GKP 状態という特殊な状態を量子ビットとして埋め込む。Xanadu と東大の古澤研、そこから出た OptQC。古澤研は光パルスを時間方向に並べ、ループ1本で数万〜数百万モードのクラスター状態を作る「時間領域多重」で知られる。部品の数を増やさずに量子ビットを増やせるのが特徴である。
主な誤りは光子の損失。 導波路・接続・検出器を通るたびに光子が少しずつ失われ、誤り耐性に許される損失は経路全体で数 % 程度と厳しい。連続変数ではスクイーズの強さが足りないことが同じ問題になり、GKP で誤り耐性に乗るには 10 dB 台後半が要るとされ、実験はその手前である。部品の損失を桁で減らすことが光方式の最大の課題になっている。
温度と装置。 光の伝搬と導波路チップは室温でよい。ただし単一光子を高効率で数える超伝導ナノワイヤ検出器は 1〜4 K、量子ドット光源も数 K に冷やす。mK の希釈冷凍機と違ってこの温度は楽で、冷却能力にも余裕がある。
現状。 中国科学技術大学の九章(2020 年)がガウシアン・ボソンサンプリングで量子優位を主張したのが最初の大きな成果で、有用な計算ではない。Xanadu は 2025 年にチップ上での GKP 状態の生成と、多数のチップを光ファイバでつないだモジュール型の実証機を発表した。PsiQuantum は GlobalFoundries の半導体工場で光チップを量産し、10 億ドル規模の資金でオーストラリアのブリスベンとシカゴに百万量子ビット級の施設を建てる計画を進めている。一方、誤り訂正した論理量子ビットの実証では超伝導・イオン・中性原子に遅れている。
どう見られているか。 「最初から工場で量産して一気に大規模化する」という賭けで、損失の問題を解ければ規模の伸びは最も大きいが、小さな実証を積み上げる他方式と比べて途中経過が見えにくい、というのが大方の評価である。勝敗とは別に、光は他の方式でも必須になる。超伝導やイオンのモジュール同士、冷凍機同士をつなぐのは結局光で、量子ネットワークの担い手としての地位はほぼ確実である。