痔になった。
尻の穴の横に、小豆大の腫瘍ができている。ズボンの上から触れるとぷにぷにとして弾力がある。それだけであれば可愛げのあるものだが、これが大変に痛い。触れれば天地が逆さまになるほどの激痛なのはもちろんのこと、椅子に座るだけでもじりじりとずっと痛んでいる。便をひり出す時分など地獄の再現と化すためになんとも億劫である。
思えば、興味本位で「梅流し」なる胃腸リセットデトックス飯に手を出したのが全ての始まりであった。「梅流し」とは、薄切りの大根とたたいた梅干しと水と白だしを火にかけて炊くだけの単純極まる食い物だが、なかなかにうまそうだったんで大量に作って食ってしまった。三十分と立たぬうちに襲いかかるは猛烈な便意。たまらず便所に駆け込み、その日から三日三晩ほど便が止まらず、俺の中にある全内蔵が便器の中にひきづり出されたのではと錯覚するほどの調子であった。
痔は、そのころに、気付けば鎮座していた。まるでもとからここを根城にしていたんですよご主人と言わんばかりの図々しさで、しれっとそこにいたのである。おおかた多量を極めた便の負荷に穴が耐えきれなくなり、叛逆の寵児として送り込まれたものであろう。大変迷惑な話である。
俺の生活は、尻の穴に居候する醜い同居人との二人三脚となってしまった。いつでも傍らの痔のことで頭はいっぱいである。痔の機嫌を取るために振る舞い、痔がその怒り故に牙をむく行動(排便や着席など)については、努めてこれを避けるようにした。痔に優しい食い物を食い、痔に気に入られるために弛まぬ努力に勤しむ日常となった。
近頃など、宝塚歌劇団の東京興行の観覧に行った際にも、学科の友人の演奏があるというので安田講堂にブラスバンドのコンサァトに行った際にも、身を委ねて愉しみたかったというのに頭の半分では激痛との格闘である。
なにも相手が美麗なる栗毛の乙女とあれば俺とてこのように頭のなかをいっぱいにして尽くすのもやぶさかではない。しかし、相手は尻の穴の横にできたなんとも醜き腫瘍である。しかも尻にあるせいでこちらからは見えない。わざわざ奴の面をよくよく観察するために下半身を露出して滑稽きわまる格好を鏡の前に露わにする気も起きない。
肛門科のお医者にかかればよいと言われればそれだけの話であるが、しかし自らでも観察したことのない己の尻の穴を他人につぶさに観察されるとはなんたる恥辱か。我が未熟さゆえにそのような恥辱に耐えることができるかどうかわからぬ恐怖から肛門科の予約を取るのも億劫である。というかそもそもお医者にかかる手持ちもない。
本日もこの後パァトタイムジョブで五時間も椅子に座りっぱなしで事務作業である。なんとも億劫である。できる限り刺激せぬようにしつつ、耐え抜くしかない。あァ毎日が地獄の試練である。日常で不道徳の限りを尽くすと、死なずとも三途の川を渡航させられるというのが身にしみてわかる。これからはお天道様のもと、性根も腐さず善く生きていきますから許して何卒と神仏に祈るけれども、普段の信心が塵芥のようなので当然願い下げである。懐事情は閑古鳥だが、次の正月の初詣には、いつもよりちょいと多めに賽銭でもいれようかしらん。

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木下智貴
大学三年次恋愛関係の敗北は、私の魅力の敗北であった以上に、私の若い忍耐力の敗退であった。私の忍耐が風雅なるネイルを施した麗しき栗毛の乙女に対して如何に無力であり、単なるあだ花に過ぎなかったかを、私は身を以て体験し痛感した。近代恋愛文化の摂取にとって、共学大学入学以後二年と半年の歳月は決して短かすぎたとは言えない。にもかかわらず、近代恋愛文化の伝統を確立し、自由な批判と柔軟な良識に富む文化ある人間として自らを形成することに私は失敗して来た。そしてこれは、私への文化の普及滲透を任務とする私の責任でしかなかった。
二〇二六年以来、私は再び振出しに戻り、第一歩から踏み出すことを余儀なくされた。これは大きな不幸ではあるが、反面、これまでの怠惰・未熟・先延ばしの中にあった私の生活に秩序と確たる基礎を齎らすためには絶好の機会でもある。木下書店は、このような私の個人的危機にあたり、微力をも顧みず再建の礎石たるべき抱負と決意とをもって出発したが、ここに創立以来の念願を果すべく木下文庫を発刊する。これまで発見されたあらゆる私の特性の長所と短所とを検討し、古今東西の不朽の典籍とは程遠い薄っぺらな内容を、悪意に満ちた編集のもとに、無償に、そして本棚にふさわしからざる醜本として、多くのひとびとに押し付けてやろうとする。しかし私は徒らに名文の模倣書を作ることを目的とせず、あくまで自分の日常に秩序と再建への道を示し、この文庫を木下書店の栄ある事業として、今後永久に継続発展せしめ、道楽と若気の至りとの殿堂として鼻で笑われんことを期したい。多くの読書子は木下文庫などという馬鹿なものには目をくれずに、是非とも角川文庫の名作の数々を読み、角川文庫への愛情ある忠言と支持とによって、角川書店が角川文庫の希望と抱負とを完遂せしめられんことを願う。
二〇二六年九月二十日