俺には弟がいる。名を凛太郎という。当年十歳の男である。俺は四人兄弟で、彼はその末っ子である。
彼について少しばかり記しておこうと思う。いつの日か彼を忘れてしまわぬために。
彼は威風堂々と、それでいて足取り軽やかに歩く。胸を張って太陽の中を歩く。いつも俺の前を歩いている。そのしゃんとした足取りをみているだけでこちらの気分まで晴れやかになる。彼が歩くと、彼のよく締まった胸や肩や尻がゆっさりと揺れる。どれだけみていても飽きない。
彼はとてもよい体格を持つ。太っているわけでも、ほっそりしているわけでも、かといって不恰好にただ筋肉がつけてあるわけでもなく、しっかりと締まりのある筋肉が、必要なだけ足腰についている。とても素敵な体つきを持っている。
彼は基本的にゆるりとしている。日がな一日眠りこけていることもある。大抵のことはいちいち気に留めたりしない。そしてとても無口である。無口で気難しいということではなく、活気があり陽気でありながら無口なのである。彼の天真爛漫な笑顔も、自分の身の回りの世界を興味津々に見つめるのが楽しくって仕方がないというような様子も、例えようもなく愛らしい。
彼を抱きしめると、太陽の匂いがする。すこし食パンに似た匂いもする。手足からは枝豆のような匂いがする。
彼は背丈が俺よりもずいぶん低い。それに俺よりも随分鼻がいい。彼にはどんな世界が見えているのだろう。俺よりもずっと身近に土の匂いを感じ、川の流れを見、蝶の舞う様をなんとも面白そうに追いかけている。彼は鳥になりたいんだそうだ。よく鳥の集まっているのを見かけると駆けていって、仲間にしてくれという様子である。鳥は逃げる。鳥も凛太郎も可哀想である。
彼の好物は、さつまいも、煮干し、それにツナ缶である。どれも、俺が持っていたらすぐに来て取っていってしまう。俺も凛太郎が喜んでいるのが嬉しいから、ついついやりすぎてしまう。まァ旨いもんなあ。俺も好きだ。
俺と凛太郎はよく決闘する。夜に両親の寝室で、凛太郎専用の毛布を引っ張りあって、闘う。普段はおおらかな凛太郎もこの時だけは盛り上がる。頭を低くし、尻を釣り上げ、尻尾を振り回しながら、しかし顔は真剣である。グルグルと唸ってガオガオ吠える。俺も楽しいから、ずっと懲りもせずにガオガオ吠えてやる。そうすると、眠ろうとしているのに騒がしい愚息たちを父親が怒るから、俺も凛太郎もしゅんとなって部屋を出て、凛太郎はソファで、俺は俺の部屋で眠る。
彼はじきに死ぬ。彼の寿命は短い。もって五年、あと十年生きたら大往生なんだそうだ。十年後、おれはまだ三十歳である。
彼はお酒が飲めない。にんにくも食えない。惜しいなあ。凛太郎と一緒にお酒が飲みたかったなあ。ペペロンチーノでもつくってやって、旨いって言わせたかったしなあ。にんにく料理を食えないなんて、損だ。
凛太郎が死んだら、凛太郎と散歩もいけないし、決闘することもできない。これはなんともつまらん。俺は凛太郎がいない世の中など考えられない。なあもっと長生きしてくれないと、俺がどうしようもなくなるぞ。お前の毛並みは世界一だ。まだまだあどけない顔をしているだろう、十歳なんてまだまだ人生これからじゃあないか。大人になったら、一緒に旨いビールを飲もうよ。俺はまだお前とちゃんと話したこともない。ガオガオ唸っただけだ。なんでそうやって無口で莞爾と笑っているんだ。
お前はゆるりとしているから、たぶん自分が死ぬのも、あんまり気にしていないんだろうな。

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木下智貴
大学三年次恋愛関係の敗北は、私の魅力の敗北であった以上に、私の若い忍耐力の敗退であった。私の忍耐が風雅なるネイルを施した麗しき栗毛の乙女に対して如何に無力であり、単なるあだ花に過ぎなかったかを、私は身を以て体験し痛感した。近代恋愛文化の摂取にとって、共学大学入学以後二年と半年の歳月は決して短かすぎたとは言えない。にもかかわらず、近代恋愛文化の伝統を確立し、自由な批判と柔軟な良識に富む文化ある人間として自らを形成することに私は失敗して来た。そしてこれは、私への文化の普及滲透を任務とする私の責任でしかなかった。
二〇二六年以来、私は再び振出しに戻り、第一歩から踏み出すことを余儀なくされた。これは大きな不幸ではあるが、反面、これまでの怠惰・未熟・先延ばしの中にあった私の生活に秩序と確たる基礎を齎らすためには絶好の機会でもある。木下書店は、このような私の個人的危機にあたり、微力をも顧みず再建の礎石たるべき抱負と決意とをもって出発したが、ここに創立以来の念願を果すべく木下文庫を発刊する。これまで発見されたあらゆる私の特性の長所と短所とを検討し、古今東西の不朽の典籍とは程遠い薄っぺらな内容を、悪意に満ちた編集のもとに、無償に、そして本棚にふさわしからざる醜本として、多くのひとびとに押し付けてやろうとする。しかし私は徒らに名文の模倣書を作ることを目的とせず、あくまで自分の日常に秩序と再建への道を示し、この文庫を木下書店の栄ある事業として、今後永久に継続発展せしめ、道楽と若気の至りとの殿堂として鼻で笑われんことを期したい。多くの読書子は木下文庫などという馬鹿なものには目をくれずに、是非とも角川文庫の名作の数々を読み、角川文庫への愛情ある忠言と支持とによって、角川書店が角川文庫の希望と抱負とを完遂せしめられんことを願う。
二〇二六年九月二十日