場の量子論入門 第4部 第3章 §4.3.2 ★★★ 背理法の核心:エネルギーが下に有界でなくなり、因果律も破れる
Dirac 場をスカラー場と同じように扱い、正準交換関係[ψa(x),πb(y)]=iδabδ3(x−y)、すなわちモードについて
[bpr,bqs†]=(2π)3δ3(p−q)δrs,[cpr,cqs†]=(2π)3δ3(p−q)δrs
を課したとしよう。このとき −cc†=−c†c−(2π)3δ3(0) なので、式(4.3.5)は
H=∫(2π)3d3pEps∑(bs†bs−cs†cs)−(無限大の定数)(4.3.7)
となる。cs†cs は個数演算子なので固有値は 0,1,2,… である。したがって c 型の量子を1個足すたびに、系のエネルギーは Ep ずつ下がる。反粒子をいくらでも作れば、エネルギーはいくらでも低くできる。つまりハミルトニアンが下に有界でなくなる。基底状態が存在せず、真空は不安定になり、理論として成り立たない。
この病を「c と c† の役割を入れ替える」ことで回避できないか、と考えたくなる。つまり c† の方を消滅演算子とみなし、c†∣0⟩=0 で真空を定義する。すると1粒子状態は ∣1⟩=c∣0⟩ になるが、そのノルムは
⟨1∣1⟩=⟨0∣c†c∣0⟩=⟨0∣cc†−[c,c†]∣0⟩=−1
となり負である。確率が負になるので、これも物理的に許されない。交換関係で量子化する限り、「エネルギーが下に有界でない」か「ノルムが負」かのどちらかを必ず踏むことになる。
因果律の破れ
もう1つ独立な病がある。場の理論で因果律が要求するのは、空間的に隔たった2点で測った観測量が互いに影響しないこと、すなわち交換することである(第2部 第4章)。Dirac 場そのものは観測量ではないが、観測量は ψˉΓψ の形の双線形式なので、ψ どうしの交換子か反交換子のどちらかが空間的分離で消えれば、双線形式どうしは交換する。
計算すると、スカラー場の正振動数2点関数D(x−y)=∫(2π)3d3p2Ep1e−ip⋅(x−y) を使って
{ψ(x),ψˉ(y)}[ψ(x),ψˉ(y)]=(i∂x+m)[D(x−y)−D(y−x)],=(i∂x+m)[D(x−y)+D(y−x)](4.3.8)(4.3.9)
となる(前者は反交換関係で量子化した場合、後者は交換関係で量子化した場合の値)。D は Lorentz 不変な関数であり、空間的分離 (x−y)2<0 ではx−y と y−x が連続的な Lorentz 変換で移り合うので D(x−y)=D(y−x) が成り立つ。したがって式(4.3.8)の括弧は空間的分離で恒等的に消えるが、式(4.3.9)の括弧は 2D(x−y)=0 で消えない。交換関係で量子化した Dirac 場では、空間的に隔たった観測量が交換せず、因果律が破れる。
なお同じ計算をスカラー場について行うと、符号の役割がちょうど入れ替わる。[ϕ(x),ϕ(y)]=D(x−y)−D(y−x) は空間的分離で消えるが、{ϕ(x),ϕ(y)}=D(x−y)+D(y−x) は消えない。つまりスカラー場を反交換関係で量子化しても因果律が破れる。「どちらの統計を選ぶか」は場の種類ごとに決まっており、選び間違えると必ず何かが壊れる。
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