確率論入門 第8章 §8.2 ★★★ 0 の近くで有限なら、すべてのモーメントを Taylor 係数として持ち、分布を決める。裾の重い分布では有限にならない
定義と定義域
確率母関数は非負整数値の確率変数にしか使えない。s=et と置き換えれば sX=etX となる。この形なら、実数値の確率変数一般に意味を持つ。
定義 8.8(積率母関数)
確率変数 X に対して、
MX(t):=E[etX]∈(0,∞](t∈R)(8.10)
を X の積率母関数と呼ぶ。etX>0 なので期待値は常に定まるが、値が +∞ になることがある。MX が有限になる点の集合を
DX={t∈R:MX(t)<∞}
と書く。
MX(0)=1 だから、DX は少なくとも0を含む。非負整数値の X では MX(t)=GX(et) である。これは t≤0 では常に有限である。
命題 8.9(定義域は区間)
DX は0を含む区間である。
証明
0<s<t で t∈DX とする。次の2つの場合に分ける。
- x≥0 なら esx≤etx である。
- x<0 なら esx≤1 である。
したがって、どの点でも esx≤1+etx である。期待値をとると MX(s)≤1+MX(t)<∞ となり、s∈DX である。t<s<0 の場合も、不等号の向きを入れ替えて同じように示せる。したがって、DX は0と自分の点のあいだをすべて含み、区間である。
定義域が {0} だけになる分布もある。Cauchy 分布(密度 f(x)=π(1+x2)1)を考える。t>0 とする。非負の x では etx≥2(tx)2 だから
MX(t)≥∫0∞2π(1+x2)t2x2dx=∞
となる。1+x2x2→1 なので被積分関数が0に近づかないことが、発散の理由である。t<0 も対称性から同じで、DX={0} となる。裾が ∣x∣−2 の速さでしか減らない分布では、指数関数で重みをつけた期待値は有限にならない。
代表的な分布の積率母関数を計算する。
- 正規分布 N(μ,σ2) では、指数の中を平方完成して
tx−2σ2(x−μ)2=−2σ2(x−μ−σ2t)2+μt+2σ2t2
となる。平均 μ+σ2t の正規密度の積分が1であることを使って
MX(t)=exp(μt+2σ2t2)(t∈R)(8.11)
を得る。
- ガンマ分布 Ga(α,λ) では、t<λ のとき
MX(t)=∫0∞Γ(α)λαxα−1e−(λ−t)xdx=(λ−t)αλα∫0∞Γ(α)(λ−t)αxα−1e−(λ−t)xdx=(λ−tλ)α(8.12)
である。最後の積分は、レート λ−t のガンマ密度の積分で1である。t≥λ では、被積分関数が x→∞ で0に近づかない。したがって MX(t)=∞ である。
- 指数分布 Ex(λ)=Ga(1,λ) では、t<λ で次のようになる。
MX(t)=λ−tλ
- 離散分布では、確率母関数に s=et を代入すればよい。
結果を表 8.1 にまとめる。
表 8.1 代表的な分布の積率母関数と特性関数。特性関数の列は §8.3 で導く。| 分布 | MX(t) | DX | φX(t) |
| Bernoulli(成功確率 p) | 1−p+pet | R | 1−p+peit |
| Bin(n,p) | (1−p+pet)n | R | (1−p+peit)n |
| Po(λ) | exp(λ(et−1)) | R | exp(λ(eit−1)) |
| 一様 U(−a,a) | atsinhat | R | atsinat |
| Ex(λ) | λ−tλ | (−∞,λ) | λ−itλ |
| Ga(α,λ) | (λ−tλ)α | (−∞,λ) | (λ−itλ)α |
| N(μ,σ2) | exp(μt+21σ2t2) | R | exp(iμt−21σ2t2) |
| Laplace(密度 21e−∣x∣) | 1−t21 | (−1,1) | 1+t21 |
| Cauchy(密度 π(1+x2)1) | ∞ (t=0) | {0} | e−∣t∣ |
モーメントを Taylor 係数として持つこと
名前の由来は次の定理にある。積率(モーメント)E[Xk] が、0における Taylor 係数として順に並ぶ。
定理 8.10(積率母関数とモーメント)
ある δ>0 について (−δ,δ)⊂DX とする。このとき次が成り立つ。
- すべての k≥1 について E[∣X∣k]<∞ である。
- ∣t∣<δ で、右辺の級数は絶対収束し、
MX(t)=k=0∑∞k!E[Xk]tk.(8.13)
3. MX は (−δ,δ) で無限回微分可能である。また MX(k)(0)=E[Xk] である。
証明
0<r<δ を固定する。er∣x∣≤erx+e−rx だから
E[er∣X∣]≤MX(r)+MX(−r)<∞
である。
(1) 指数関数の級数の1項を取り出すと、k!rk∣x∣k≤er∣x∣ である。したがって
E[∣X∣k]≤k!r−kE[er∣X∣]<∞.
(2) ∣t∣≤r とする。部分和 Sn=∑k=0nk!(tX)k は、各点で etX に収束する。また
∣Sn∣≤k=0∑nk!∣tX∣k≤er∣X∣
を満たす。右辺は可積分だから、優収束定理により
MX(t)=E[n→∞limSn]=n→∞limE[Sn]=n→∞limk=0∑nk!E[Xk]tk
となる。絶対収束は、単調収束定理から次が成り立つことによる。
k∑k!∣t∣kE[∣X∣k]=E[e∣tX∣]<∞
r<δ は任意だったので、∣t∣<δ のすべてで (8.13) が成り立つ。
(3) (8.13) は収束半径 δ 以上のべき級数である。したがって (−δ,δ) で項別に何回でも微分できる。k 階導関数の原点での値は E[Xk] である。
(1) の証明の評価 E[∣X∣k]≤k!r−kC を見る。積率母関数が0の近くで有限な分布では、モーメントが k!r−k 程度より速く増えない。この増え方の制限が、次の小節で「モーメントが分布を決める」ための条件として現れる。
正規分布と指数分布のモーメント
標準正規分布では
M(t)=et2/2=j≥0∑2jj!t2j
である。(8.13) と係数を比べると、奇数次のモーメントは0である。偶数次は
E[Z2j]=2jj!(2j)!=(2j−1)(2j−3)⋯3⋅1
となる。たとえば E[Z4]=3、E[Z6]=15 である。
指数分布 Ex(λ) では、∣t∣<λ で次の展開が成り立つ。
λ−tλ=k∑λktk
したがって E[Xk]=k!/λk である。どちらも積分を直接計算するより短い。
例題 8.3 ガンマ分布のモーメント ★★
オリジナルX∼Ga(α,λ) とする。
- 積率母関数 (8.12) を原点のまわりで展開し、次を示せ。
E[Xk]=λkα(α+1)⋯(α+k−1)
2. 平均と分散を求めよ。3. α=25、λ=2 とする。3次のモーメント E[X3] を求めよ。それが、密度の積分 ∫0∞x3f(x)dx を Gamma 関数で書いた値と一致することを確かめよ。
解答
- ∣t∣<λ で MX(t)=(1−t/λ)−α である。∣u∣<1 での一般の二項展開
(1−u)−α=k≥0∑k!α(α+1)⋯(α+k−1)uk
に u=t/λ を代入すると
MX(t)=k≥0∑λkα(α+1)⋯(α+k−1)⋅k!tk
となる。定理 8.10 の (8.13) と係数を比べれば主張を得る(べき級数の係数は一意である)。2. (1) で k=1,2 とすると、次のようになる。
E[X]V[X]=λα,E[X2]=λ2α(α+1),=λ2α(α+1)−λ2α2=λ2α.
3. (1) から E[X3]=825⋅27⋅29=64315 である。一方、直接の積分は
∫0∞x3Γ(α)λαxα−1e−λxdx=Γ(α)λ3Γ(α+3)=λ3(α+2)(α+1)α
で、同じ値315/64になる。ここで Γ(z+1)=zΓ(z) を3回使った。
独立和と一意性
命題 8.11(独立和の積率母関数)
X,Y が独立なら、すべての実数 t で次が成り立つ(両辺が無限大の場合も含む)。
MX+Y(t)=MX(t)MY(t)
証明
et(X+Y)=etXetY である。2つの因子はそれぞれの確率変数の非負の関数だから、(8.2) を非負の場合に使えばよい。
たとえば独立な X1,…,Xn∼Ex(λ) の和の積率母関数は、(λ/(λ−t))n である。これは Ga(n,λ) の積率母関数 (8.12) に等しい。ここから「和はこのガンマ分布に従う」と結論するには、積率母関数が分布を決めることが必要になる。
定理 8.12(積率母関数の一意性)
ある δ>0 をとる。区間 (−δ,δ) の上で MX=MY であり、その値は有限であるとする。このとき2つの確率変数は同分布である。
この定理の証明の筋を3段で書く。完全な証明は第9章で示す。
- 複素数 z に対して E[ezX] を考える。定理 8.10 と同じ評価によって、これは帯 {∣Rez∣<δ} の上の正則関数になる(収束するべき級数で表せる)。
- 2つの確率変数から作った正則関数は、実軸上の区間 (−δ,δ) で一致する。複素関数論の一致の定理によって、帯全体で一致する。
- とくに虚軸上 z=it で一致する。これは特性関数 φX=φY を意味する。特性関数が分布を決めることは、第9章 §9.2 の一意性定理で示す。
この定理を認めると、次の2つが従う。どちらも第6章 §6.3 の主張と一致する。
- 独立な Ex(λ) を個数ぶん足した和は、ガンマ分布 Ga(n,λ) に従う。
- 独立な N(μ1,σ12) と N(μ2,σ22) の和の積率母関数は、(8.11) の積
exp((μ1+μ2)t+21(σ12+σ22)t2)
である。したがって和は N(μ1+μ2,σ12+σ22) に従う。
積率母関数と Chernoff 限界
t>0 で etx は増加関数である。したがって {X≥a} の上で etX≥eta である。第10章 §10.1 の Markov の不等式をこの関数に使うと
P(X≥a)≤e−taMX(t)(t>0)
となる。右辺を t について最小にしたものが Chernoff 限界である。DX が0の右側に広がっているほど、裾の確率は指数的に小さく抑えられる。詳しくは第10章 §10.3 で扱う。
モーメントだけでは分布は決まらない
定理 8.12 は「積率母関数が0の近くで有限」という仮定を必要とする。この仮定を外すと、すべてのモーメントが一致しても分布が異なる例がある。
Z∼N(0,1) として X=eZ と置く。X の分布を対数正規分布と呼ぶ。対数が正規分布に従うことが名前の由来である。変数変換(第7章 §7.1)から、X の密度は x>0 で
f(x)=x2π1exp(−2(logx)2)
である。(8.11) で t=k と置くと、次のようにすべてのモーメントが有限である。
E[Xk]=E[ekZ]=ek2/2
しかし t>0 では MX(t)=E[exp(teZ)]=∞ である。実際、被積分関数は
exp(tez)2π1e−z2/2
で、その指数部分 tez−z2/2 は、z→∞ で正の無限大に発散する。したがって被積分関数が0に近づかない。
モーメントの増え方 ek2/2 は、定理 8.10 の証明で得た k!r−k の程度よりはるかに速い。
例題 8.4 同じモーメントをもつ異なる分布 ★★
オリジナルf を対数正規分布の密度とする。∣a∣≤1 について、次のように置く。
ga(x)=f(x)(1+asin(2πlogx))(x>0)
- すべての整数 k≥0 について、次を示せ。
∫0∞xkf(x)sin(2πlogx)dx=0
2. ga が確率密度であることを示せ。また、その分布のモーメントがすべて対数正規分布のモーメントに等しいことを示せ。3. a=0 のとき、ga の分布と対数正規分布が異なることを示せ。
解答
- x=ey と置換すると、次のようになる。
dxky−2y2=eydy,xkf(x)dx=eky2π1e−y2/2dy,=−2(y−k)2+2k2(指数の中を平方完成した)
したがって
∫0∞xkf(x)sin(2πlogx)dx=ek2/2∫−∞∞2π1e−(y−k)2/2sin(2πy)dy
となる。さらに u=y−k と置く。k が整数なので、次が成り立つ。
sin(2πy)=sin(2πu+2πk)=sin(2πu)
残る積分 ∫2π1e−u2/2sin(2πu)du は、奇関数の積分なので0である(被積分関数の絶対値は正規密度以下で可積分)。2. ∣asin(⋅)∣≤1 から ga≥0 である。(1) を k=0 で使うと ∫ga=∫f=1 である。したがって ga は確率密度である。一般の k では
∫xkga=∫xkf+a∫xkfsin(2πlogx)=ek2/2
となり、モーメントはすべて一致する。3. a=0 とする。点 e1/4 では sin(2πlogx)=1 である。その近くに、正弦の値が1/2を超える区間 B がとれる。したがって
∫Bga−∫Bf=a∫Bfsin(2πlogx)=0.
2つの分布は B に異なる確率を割り当てるので、異なる分布である。
図 8.2 にパラメータが1/2の場合を示す。目で見て明らかに違う2つの密度が、すべての次数のモーメントを共有している。

図 8.2 対数正規分布の密度 f(太線)と、例題 8.4 の g1/2=f(1+21sin(2πlogx))(細線)。logx が整数だけ進むごとに同じ形の揺れが入るが、すべての k で ∫xkf=∫xkg1/2=ek2/2 が成り立つ。
確認テスト
オリジナル
- 8.2-1 定数 a=0 と b をとる。MaX+b(t)=ebtMX(at) を示せ。また、DX=(−1,2) のとき D−2X+1 を求めよ。
- 8.2-2 X∼Po(λ) の積率母関数を3回微分して、次を示せ。
E[X3]=λ3+3λ2+λ
3. 8.2-3 X∼U(0,1) の積率母関数を求めよ。原点のまわりの展開から、E[Xk]=k+11 を導け。4. 8.2-4 密度 21e−∣x∣ の Laplace 分布を考える。∣t∣<1 で MX(t)=1−t21 を示せ。また E[X2] と E[X4] を求めよ。5. 8.2-5 E[∣X∣]<∞ とする。不等式 ey≥1+y を用いて、すべての実数で MX(t)≥etE[X] を示せ。また MX が DX の上で凸関数であることを示せ。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com