確率論入門 第14章 §14.4 ★★★ 現在が分かれば過去は要らない。同時分布は初期分布と遷移確率の積、n ステップの遷移は行列の n 乗
マルコフ連鎖の定義
この節と次の節では、離散時間の過程 (Xn)n≥0 を扱う。状態空間 S は有限集合か可算集合とする。状態は i,j,k などの文字で表す。
定義 14.20(マルコフ連鎖 ★★★)
S 上の数の組 P=(pij)i,j∈S が
pij≥0,j∈S∑pij=1(i∈S)
を満たすとき、P を確率行列(遷移確率行列)と呼ぶ。状態空間上の確率 μ=(μi)i∈S と確率行列 P をとる。過程 (Xn)n≥0 が次の2条件
- (M1) P(X0=i)=μi(i∈S)
- (M2) 条件の事象の確率が正であるすべての時刻と状態について
P(Xn+1=j∣X0=i0,…,Xn−1=in−1,Xn=i)=pij
を満たすとき、初期分布 μ・遷移確率行列 P の(時間的に一様な)マルコフ連鎖と呼ぶ。
(M2) がマルコフ性である。次の時刻の状態の条件つき分布は、これまでの履歴のうち現在の状態 Xn=i だけで決まる。それ以前の経路 i0,…,in−1 にはよらない。
さらに、その分布 pi⋅ が時刻にもよらないことを「時間的に一様」という。この章では時間的に一様な連鎖だけを扱う。確率行列の各行は「状態 i から1歩でどこへ行くか」の確率分布で、行の和が 1 になっている。
初期状態を X0=i と固定した連鎖についての確率と期待値を
Pi(⋅)=P(⋅∣X0=i),Ei[⋅]
と書く。初期分布 μ のときは Pμ と書く。全確率の公式から Pμ=∑iμiPi である。
マルコフ連鎖の例
- ランダムウォーク。状態空間は S=Z で、遷移確率は次のとおりである。
pi,i+1=p,pi,i−1=1−p
独立増分を持つ整数値の過程はマルコフ連鎖である(確認テスト 14.4-4)。2. ギャンブラーの破産。状態空間は S={0,1,…,M} である。所持金が 1≤i≤M−1 の賭け手は、1回ごとに確率 p で 1 増やし、残りの確率で 1 減らす。所持金が 0 か M になったら止める(p00=pMM=1)。3. Ehrenfest の壺。2つの箱に合わせて M 個の球がある。毎回すべての球から1個を等確率で選び、もう一方の箱へ移す。箱 A の球の個数 Xn は S={0,…,M} 上のマルコフ連鎖で、遷移確率は次のとおりである。
pk,k−1=Mk,pk,k+1=MM−k
気体の拡散の素朴な模型である。4. 2状態の連鎖。S={1,2}、0≤a,b≤1 として
P=(1−aba1−b).
晴れ(状態1)と雨(状態2)の翌日の天気の模型として読むことができる。
落とし穴
- マルコフ連鎖の関数はマルコフ連鎖とは限らない。状態をまとめると、まとめた状態の中のどこにいるかという情報が過去の経路に残り、マルコフ性が壊れることがある(確認テスト 14.4-3)。
- マルコフ性は独立性ではない。Xn+1 と Xn は一般に独立でなく、強く依存してよい。マルコフ性が要求するのは、現在 Xn を固定すれば、次の値 Xn+1 と過去が切り離されることである。
同時分布と存在
定理 14.21(有限次元分布 ★★★)
次の2つは同値である。
- (Xn) は、与えられた初期分布と遷移確率行列 P をもつマルコフ連鎖である。
- 次の等式が成り立つ。
すべての n と i0,…,in∈S について
P(X0=i0,X1=i1,…,Xn=in)=μi0pi0i1pi1i2⋯pin−1in(14.11)
である。
証明
必要性。Ak={Xk=ik} と置き、乗法公式 (14.1) を使う。P(A0∩⋯∩Ak−1)>0 である限り、(M2) から次が成り立つ。
P(Ak∣A0∩⋯∩Ak−1)=pik−1ik
これを P(A0)=μi0 と掛け合わせて (14.11) を得る。
途中のある k で P(A0∩⋯∩Ak−1)=0 になるときは、左辺は 0 である。このとき右辺も 0 になる。実際、k についての帰納法で次が成り立つ。
P(A0∩⋯∩Ak−1)=μi0pi0i1⋯pik−2ik−1
その値が 0 なら、右辺の因子のどれかが 0 である。
十分性。(14.11) で n=0 とすると (M1) が出る。(M2) の条件の事象の確率が正なら、条件つき確率の定義と (14.11) から
P(Xn+1=j∣X0=i0,…,Xn=i)=μi0pi0i1⋯pin−1iμi0pi0i1⋯pin−1ipij=pij.
(14.11) は、経路 i0→i1→⋯→in をたどる確率が「出発点の確率×各歩の遷移確率」の積になることを述べている。有限次元分布がこれで決まるので、マルコフ連鎖の法則は初期分布と遷移確率行列だけで決まる。逆に、任意の μ と P に対して連鎖は存在する。次の構成は、計算機で連鎖を動かす方法でもある。
定理 14.22(マルコフ連鎖の構成 ★★)
状態に S={s1,s2,…} と番号をつける。各 i∈S について、関数 f(i,⋅):(0,1)→S を
f(i,u)=sm(l<m∑pisl<u≤l≤m∑pisl)
と定める(u が入る区間の番号の状態を返す。第3章 §3.5 の逆変換法)。X0 を分布 μ に従う確率変数とする。U1,U2,… を、X0 と独立な独立同分布の一様乱数の列とする。そのうえで
Xn+1=f(Xn,Un+1)(n=0,1,2,…)
と置く。こうして作った (Xn) は、与えられた初期分布と遷移確率行列をもつマルコフ連鎖である。
証明
U∼U(0,1) とすると、各状態で P(f(i,U)=j)=pij である。関数の値が j となる点の集合が、長さ pij の区間だからである。Xn は (X0,U1,…,Un) の関数である。まとめ方の補題(第4章 §4.2)により、Un+1 は (X0,…,Xn) と独立である。したがって
P(X0=i0,…,Xn=in,Xn+1=j)=P(X0=i0,…,Xn=in, f(in,Un+1)=j)=P(X0=i0,…,Xn=in)pinj.
1行目は、事象 {Xn=in} の上で Xn+1=f(in,Un+1) となることによる。時刻についての帰納法で (14.11) が成り立ち、定理 14.21 から結論を得る。
この構成の形 Xn+1=f(Xn,Un+1) は、「現在の状態と、過去と独立な新しい乱数から次の状態を作る」というマルコフ性の内容をそのまま表している。独立同分布の一様乱数の列が存在することは、第4章 §4.2 で [0,1) 上に具体的に作った。
Chapman–Kolmogorov 方程式
n ステップの遷移確率を
pij(n)=P(Xm+n=j∣Xm=i)
と書く。時間的に一様な連鎖では、これは m によらないことを次の定理で示す。0 ステップと1ステップの値は次のとおりである(δij は i=j なら 1、そうでなければ 0)。
pij(0)=δij,pij(1)=pij
定理 14.23(マルコフ性の一般形 ★★★)
A を、時刻 m−1 までの値で決まる事象とする。つまり A∈σ(X0,…,Xm−1) である。さらに P(A∩{Xm=i})>0 とする。このとき
P(Xm+1=j1,…,Xm+n=jnA∩{Xm=i})=pij1pj1j2⋯pjn−1jn=Pi(X1=j1,…,Xn=jn).
すなわち、Xm=i のもとで、その時刻以後の過程 (Xm+n)n≥0 は過去の事象によらない。それは初期状態 i の連鎖と同じ法則を持つ。
証明
S が可算なので、A は次の形の排反な事象の和に書ける。
{X0=i0,…,Xm−1=im−1}((i0,…,im−1)∈D)
ここで D は可算集合である。各項に (14.11) を使って和をとると
P(A, Xm=i, Xm+1=j1,…,Xm+n=jn)=D∑μi0pi0i1⋯pim−1i⋅pij1⋯pjn−1jn=P(A, Xm=i)⋅pij1⋯pjn−1jn.
2行目は、1行目の和のうち D に依存する部分が、(14.11) により P(A,Xm=i) に等しいことによる。これで割ると第1の等号を得る。第2の等号は、(14.11) で初期分布を μ=δi(i に確率 1)とした式である。
定理 14.24(Chapman–Kolmogorov 方程式 ★★★)
n ステップの遷移確率は、行列の積 Pn の対応する成分に等しい。さらに m,n≥0 について
pij(m+n)=k∈S∑pik(m)pkj(n)(14.12)
が成り立つ。初期分布 μ を行ベクトルと見ると、時刻 n の分布は次のとおりである。
Pμ(Xn=j)=(μPn)j
証明
定理 14.23 で A=Ω とする。P(Xm=i)>0 のとき、中間の状態 j1,…,jn−1 について和をとって
P(Xm+n=j∣Xm=i)=j1,…,jn−1∑pij1pj1j2⋯pjn−1j=(Pn)ij
となる。右辺は行列の積の定義そのもので、m によらない。
S が無限集合のときも、非負の項の和なので和の順序を自由に入れ替えてよい。したがって行列の積は結合法則を満たす。(14.12) は Pm+n=PmPn の成分の式である。最後の主張は、全確率の公式 Pμ(Xn=j)=∑iμipij(n) による。
(14.12) は、2点のあいだを m+n 歩で行くことを、途中の m 歩目にいる場所で場合分けして足し合わせた式である。とくに、ある1つの k の項だけを残すと
pij(m+n)≥pik(m)pkj(n)(14.13)
が得られる。§14.5 ではこの不等式を繰り返し使う。
強マルコフ性
定理 14.23 は決まった時刻 m で過程を切り直す主張だった。この時刻を停止時刻に置き換えることができる。
定理 14.25(強マルコフ性 ★★★)
自然なフィルトレーション Fn=σ(X0,…,Xn) の停止時刻 τ をとる。事象 A が「τ までの情報で決まる」、すなわち
A∩{τ=m}∈Fm(m=0,1,2,…)
を満たすとする。さらに P(A, τ<∞, Xτ=i)>0 とする。このとき
P(Xτ+1=j1,…,Xτ+n=jnA, τ<∞, Xτ=i)=Pi(X1=j1,…,Xn=jn).
証明
{τ<∞}=⋃m{τ=m} と排反に分ける。A∩{τ=m}∈Fm なので、この事象は (X0,…,Xm) で決まる。したがって {Xm=i} との共通部分は、次の形に書ける。
Am∩{Xm=i},Am∈σ(X0,…,Xm−1)
定理 14.23 を各 m に使うと(確率 0 の項は両辺とも 0)
P(A, τ<∞, Xτ=i, Xτ+1=j1,…,Xτ+n=jn)=m=0∑∞P(A, τ=m, Xm=i, Xm+1=j1,…,Xm+n=jn)=m=0∑∞P(A, τ=m, Xm=i)Pi(X1=j1,…,Xn=jn)=P(A, τ<∞, Xτ=i)Pi(X1=j1,…,Xn=jn).
両辺を P(A,τ<∞,Xτ=i) で割ればよい。
強マルコフ性から、たとえば次のことが分かる。
- 状態 j に初めて戻った時刻 Tj で過程を切ると、その後は同じ状態から出発した新しい連鎖と同じで、それまでの経路と独立である。
第15章では、この性質を使って状態への戻りの回数の分布を求め、再帰と過渡を判定する。
例題 14.5 3状態の連鎖の計算 ★★
オリジナルS={1,2,3} 上のマルコフ連鎖の遷移確率行列を
P=2141021212104121
とする。
- P2 を計算せよ。
- P1(X1=2,X2=3,X3=3) を求めよ。
- P1(X3=3) を求めよ。
- 初期分布が μ=(21,0,21) のとき、X2 の分布を求めよ。
解答
(1) 行と列の積を成分ごとに計算する。たとえば (1,1) 成分は 21⋅21+21⋅41+0⋅0=83 である。全成分は
P2=834181212121814183.
各行の和が 1 になっていることで検算することができる(確率行列の積は確率行列)。
(2) (14.11) で μ=δ1 とすると、P1(X1=2,X2=3,X3=3)=p12p23p33=21⋅41⋅21=161 である。
(3) Chapman–Kolmogorov 方程式で p13(3)=∑kp1k(2)pk3 を計算する。
p13(3)=83⋅0+21⋅41+81⋅21=81+161=163.
(4) 時刻 2 の分布は行ベクトル μP2 で、
μP2=21(83,21,81)+21(81,21,83)=(41,21,41).
例題 14.6 2状態の連鎖の n ステップ遷移 ★★★
オリジナル2状態の連鎖
P=(1−aba1−b)(0<a+b<2)
について、次のように置く。
Π=a+b1(bbaa),D=a+b1(a−b−ab)
と置く。
- 次の4つを確かめよ。
P=Π+(1−a−b)D,Π2=Π,D2=D,ΠD=DΠ=O
そのうえで Pn=Π+(1−a−b)nD を示せ。2. a=0.3 かつ b=0.1 とする。5ステップで状態1から状態1へ移る確率 p11(5) を求めよ。
解答
(1) Π+D=a+b1(a+b00a+b)=I である。したがって Π+(1−a−b)D=I−(a+b)D で、
I−(a+b)D=(1−aba1−b)=P
となる。次に、Π の各行は (b,a)/(a+b) で、各列ベクトルとの積を計算すると
Π2=(a+b)21(b(b+a)b(b+a)a(b+a)a(b+a))=Π,ΠD=(a+b)21(ba−abba−ab−ba+ab−ba+ab)=O.
D=I−Π なので、次の2式も出る。
D2=I−2Π+Π2=I−Π=D,DΠ=Π−Π2=O
2つの行列は積が零行列で、互いに可換である。したがって二項展開の交差項がすべて消える。
Pn=(Π+(1−a−b)D)n=Πn+(1−a−b)nDn=Π+(1−a−b)nD(n≥1).
成分で書くと
p11(n)=a+bb+a+ba(1−a−b)n,p21(n)=a+bb−a+bb(1−a−b)n.
(2) a+b=0.4、1−a−b=0.6 なので
p11(5)=0.40.1+0.40.3⋅0.65=0.25+0.75×0.07776=0.30832.
∣1−a−b∣<1 なので、ステップ数を増やすと Pn→Π となる。どちらから出発しても、状態 1 にいる確率は b/(a+b)=0.25 に近づく。この極限の一般論は第15章 §15.3 で扱う。
確認テスト
オリジナル
- 14.4-1 公正なサイコロを繰り返し振り、n 回目までに出た目の最大値を Xn とする。(Xn)n≥1 がマルコフ連鎖であることを示し、遷移確率 pij を書け(状態は1から6)。
- 14.4-2 次の2状態の連鎖について、p21(3) と p11(3) を求めよ。
P=(0.90.50.10.5)
3. 14.4-3 S={1,2,3} 上で、1→2→3→1 と確定的に巡る連鎖を考える。つまり p12=p23=p31=1 である。初期分布を一様にして動かす。関数 g を次のように置く。
g(1)=g(2)=a,g(3)=b
Yn=g(Xn) がマルコフ連鎖でないことを示せ。4. 14.4-4 ξ1,ξ2,… を独立同分布の整数値の確率変数とする。X0 をそれらと独立な整数値の確率変数とし、Xn=X0+ξ1+⋯+ξn と置く。(Xn) が遷移確率 pij=P(ξ1=j−i) のマルコフ連鎖であることを示せ。また Chapman–Kolmogorov 方程式が分布の畳み込みの式になることを確かめよ。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com