統計熱力学入門 第1章 §1.2 ★★★ 基本関係式・示強変数の定義・Euler/Gibbs–Duhem・各ポテンシャル。熱力学の土台になる節。
基本関係式と第一法則
★★★ dU=TdS−pdV+μdN と示強変数の微分定義。全ての起点。
熱力学的平衡状態は、少数のマクロ変数で完全に指定される。単純な一成分系では (S,V,N)(エントロピー・体積・粒子数)を選び、内部エネルギーを
U=U(S,V,N)
の形に書く。これをエネルギー表示の基本関係式と呼ぶ。「基本」というのは、この一つの関数 U(S,V,N) さえ分かれば、その微分から全ての示強変数・状態方程式・応答関数が導けるという意味である。
第一法則(エネルギー保存)と第二法則(準静的過程で dQ=TdS)を合わせると、準静的過程に対して
dU=TdS−pdV+μdN
を得る。各項は順に「熱」「力学的仕事」「化学的仕事」である。これを U(S,V,N) の全微分
dU=(∂S∂U)V,NdS+(∂V∂U)S,NdV+(∂N∂U)S,VdN
と比較すれば、示強変数が U の一階偏微分として定義される。
定義 (title=★★★ 示強変数(共役量)の定義)
T≡(∂S∂U)V,N,p≡−(∂V∂U)S,N,μ≡(∂N∂U)S,V.
(S,T), (V,−p), (N,μ) がそれぞれ共役な対をなす。示量変数 S,V,N を微分すると、対応する示強変数 T,p,μ が現れる構造に注意。
エントロピー表示とエネルギー表示
★★ 1/T=∂S/∂U 等。温度の微視的定義への橋渡し。
U(S,V,N) は S について単調増加(T>0)なので S について解け、
S=S(U,V,N)
というエントロピー表示も等価な基本関係式になる。その全微分は
dS=T1dU+TpdV−TμdN
であり、
(∂U∂S)V,N=T1,(∂V∂S)U,N=Tp,(∂N∂S)U,V=−Tμ.
統計力学では S=kBlnW(U,V,N)(W は微視状態の数)という形でエントロピー表示が自然に現れるため、1/T=∂S/∂U という関係が温度の微視的定義の出発点になる(第1.3.3節)。なお本書では状態数を W、グランドポテンシャルを Ω と書き分ける(文献によっては状態数に Ω を当ててグランドポテンシャルを J と書く。その場合はJ=Ω=−pV と読み替えればよい)。
一次同次性・Euler 関係式・Gibbs–Duhem 関係式
★★★ U=TS−pV+μN、SdT−Vdp+Ndμ=0。G=μN・Ω=−pV の根拠になる。
示量変数 S,V,N を一斉に λ 倍すると U も λ 倍になる(系を λ 個コピーする操作)。すなわち U は (S,V,N) について一次同次関数である:
U(λS,λV,λN)=λU(S,V,N).
この式で本質的なのは、等号がある特定の λ でなく、すべての λ>0 について成り立つ点である。λ の恒等式は λ で微分してもやはり恒等式なので、両辺を λ で微分してよい。左辺は合成関数の微分になる。U の第1引数を x1=λS、第2引数を x2=λV、第3引数を x3=λN と見るとdx1/dλ=S、dx2/dλ=V、dx3/dλ=N だから
dλdU(λS,λV,λN)=SU1(λS,λV,λN)+VU2(λS,λV,λN)+NU3(λS,λV,λN)
(Ui は第 i 引数についての偏導関数)、右辺は d(λU)/dλ=U(S,V,N) である。係数に λS でなく S が現れるのは、鎖の内側 λS を λ で微分した結果が S だからで、この一手がここでの唯一の計算上の勘所である。
得られた等式もまた任意の λ で成り立つ。そこで λ=1 と選ぶと偏導関数の評価点が元の (S,V,N) に戻り、
S(∂S∂U)V,N+V(∂V∂U)S,N+N(∂N∂U)S,V=U
という、1点での微分だけの関係式が残る。ここに T=(∂U/∂S)V,N、−p=(∂U/∂V)S,N、μ=(∂U/∂N)S,V を代入すれば Euler 関係式が出る。λ=1 を選ぶのは結果を特別扱いしているのではなく、任意の λ で成り立つ等式のうち最も見やすい断面を取っているだけである。
この手続きが何をしたのかを言葉にすると、「系を λ 倍すると U も λ 倍になる」という大域的な性質を、λ 微分によって1点での偏微分どうしの関係式に翻訳した、ということである。同じ手順は次数 n の同次関数f(λx)=λnf(x) にそのまま通用し、∑ixi∂f/∂xi=nf を与える(n=2 の例 f=x2+xy で x(2x+y)+y⋅x=2x2+2xy=2f と確かめられる)。
なお一次同次性は数学的な仮定ではなく物理的な仮定である。表面(境界)の寄与が体積の寄与に比べて無視でき、相互作用が長距離でない場合にはじめて成り立つ。逆に言えば、熱力学極限を取れない小さな系や、重力のような長距離力が効く系では Euler 関係式もそのままでは使えない。
title=★★★ Euler 関係式
U=TS−pV+μN
これは dU=TdS−pdV+μdN を「積分した」形であり、一次同次性ゆえに成り立つ非自明な恒等式である。両辺の全微分をとり、第一法則と引き比べると示強変数の間の拘束が出る:
dU=TdS+SdT−pdV−Vdp+μdN+Ndμ
だが左辺は TdS−pdV+μdN なので、残りが消えねばならない:
title=★★★ Gibbs–Duhem 関係式
SdT−Vdp+Ndμ=0
T,p,μ の3つの示強変数は独立でなく、1つの関係で結ばれている。ゆえに独立な示強変数は2つ。これは「示強変数だけでは系の大きさが決まらない」という事実の数式的表現である。
熱力学ポテンシャル=ルジャンドル変換
★★★ F,H,G,Ω を部分ルジャンドル変換で系統的に得る。G=μN・Ω=−pV。
ここで第1.1節の機械を熱力学に適用する。U(S,V,N) の独立変数の一部を、その共役な示強変数に部分ルジャンドル変換で付け替えると、制御しやすい変数を独立変数とする新しいポテンシャルが得られる。
定義 (title=★★★ 4 つの主要な熱力学ポテンシャル)
内部エネルギーHelmholtz 自由エネルギーエンタルピーGibbs 自由エネルギーグランドポテンシャルU(S,V,N)F=U−TSH=U+pVG=U−TS+pVΩ=U−TS−μNdU=TdS−pdV+μdNdF=−SdT−pdV+μdNdH=TdS+Vdp+μdNdG=−SdT+Vdp+μdNdΩ=−SdT−pdV−Ndμ
たとえば F=U−TS は、U(S,…) の S を温度 T=∂U/∂S にルジャンドル変換したものである。実際、変換の符号規約に注意すると
F(T,V,N)=Sinf[U(S,V,N)−TS]
であり(U が S の凸関数なので sup ではなく inf;符号反転した変換)、停留条件 ∂U/∂S=T が温度の定義そのものである。微分形 dF=−SdT−pdV+μdN から、独立変数が (T,V,N) に替わり、S=−∂F/∂T と「逆向きに」共役量が読めることが分かる。
Euler 関係式からの帰結
U=TS−pV+μN を各ポテンシャルに代入すると、極めて有用な簡約が得られる:
G=μN,Ω=−pV.
すなわち Gibbs 自由エネルギーは「1粒子あたり μ」、グランドポテンシャルは「−pV」に等しい。後者は統計力学で Ω=−kBTlnΞ と圧力 p を直結させる際の鍵になる。
平衡条件と各ポテンシャルの最小性
★★ 拘束ごとに S 最大/F,G,Ω 最小。浴接触=ルジャンドル変換の物理的意味。
なぜ「自由エネルギー」を考えるのか。孤立系ではエントロピー最大が平衡条件だが、現実の系は熱浴や圧力浴と接している。そのとき平衡は「適切なポテンシャルの最小化」で特徴づけられる。
title=★★ 拘束条件ごとの平衡判定量
| 固定する変数 | 平衡で極値をとる量 | 向き |
| U,V,N(孤立) | エントロピー S | 最大 |
| T,V,N(熱浴) | Helmholtz F | 最小 |
| T,p,N(熱浴+圧力浴) | Gibbs G | 最小 |
| T,V,μ(熱浴+粒子浴) | グランドポテンシャル Ω | 最小 |
論理は共通である。系+浴を合わせた全体は孤立系なので全エントロピー Stot が最大になる。浴が十分大きく温度・圧力・化学ポテンシャルが一定とみなせるとき、Stot の最大化を系の変数だけで書き直すと、ちょうど対応するポテンシャルの最小化に翻訳される。これがルジャンドル変換が浴との接触を記述する物理的理由である。
Maxwell 関係式と応答関数
★★ Maxwell 関係式・CV,κT≥0 の安定性。凸性の破れ=相転移。
各ポテンシャルは滑らかな状態関数なので、二階偏微分の順序交換からMaxwell 関係式が出る。たとえば F(T,V,N) について ∂2F/∂T∂V=∂2F/∂V∂T より
(∂V∂S)T,N=(∂T∂p)V,N.
同様に各ポテンシャルから一組ずつ得られる:
(∂V∂T)S=−(∂S∂p)V (U),(∂p∂T)S=(∂S∂V)p (H),(∂p∂S)T=−(∂T∂V)p (G).
これらは「測りにくい量(例:∂S/∂V)を測りやすい量(例:∂p/∂T)で表す」ための辞書であり、実験と理論をつなぐ。
凸性・凹性と熱力学的安定性
ルジャンドル変換は凸性を保存するが、符号反転を含むため、ポテンシャルの凸凹は変数ごとに決まる。U(S,V,N) は各示量変数について凸(系が安定であるための条件)である。このことから F は T について凹、V について凸、というように混合した曲率を持つ。これらの曲率(二階微分)は応答関数に対応する:
CV=T(∂T∂S)V=−T(∂T2∂2F)V≥0,κT=−V1(∂p∂V)T≥0.
熱容量 CV≥0 や等温圧縮率 κT≥0 という安定性条件は、まさにポテンシャルの凸凹性、すなわちルジャンドル変換が破綻しない(一価である)ための条件と同値である。凸性が破れる点こそが相転移であり、そこではルジャンドル変換が特異になる(後述)。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com