統計熱力学入門 第2章 §2.5 ★★★ 極小原理の第一の応用。相の選択・共存・Clausius–Clapeyron・Maxwell 構成。
相の選択:G の低い方が勝つ
T,p を固定したとき平衡では G が最小になるから、同じ物質に複数の相(固体・液体・気体)がありうるとき、実現するのは1粒子あたりの Gibbs 自由エネルギー g=G/N=μ が最も低い相である。図2.3のように、圧力を固定して g を温度の関数として描くと、各相の曲線の傾きは∂g/∂T=−s(1粒子あたりエントロピーの符号反転)で与えられる。液体は固体よりエントロピーが大きいから曲線の傾きはより急な右下がりであり、低温では固相の曲線が下、高温では液相の曲線が下になって、交点が融点 Tm である。

図 2.3 圧力固定での2相の G(T)(模式図)。交点で実現する相が乗り換わり、乗り換え点では G は連続だが傾き −S が跳ぶ。この一階微分の跳びが「一次相転移」の名前の由来である。
交点では G 自体は連続だが、傾き −S が不連続に跳ぶ。エントロピーの跳び ΔS は転移点で系に出入りする熱、すなわち潜熱 L=TΔS に対応する。同様に p 方向の傾き ∂G/∂p=V の跳びが体積変化 ΔV である。一階微分が跳ぶ転移を一次相転移と呼ぶ。
共存条件と Clausius–Clapeyron 式
2相が共存する(どちらも消えずに混ざって釣り合う)条件は、粒子がどちらの相に居てもG が変わらないこと、すなわち
μ1(T,p)=μ2(T,p)(2.9)
である。これは (T,p) 平面上の1本の曲線(共存線)を定める。共存線に沿って微小に (T,p) を動かすと、式(2.9)は動かした先でも保たれるから、両辺の全微分が等しい。1粒子あたりの Gibbs–Duhem 関係式 dμ=−sdT+vdp(s,v は1粒子あたりのエントロピーと体積)を両相に使うと
−s1dT+v1dp=−s2dT+v2dp
となり、整理して
title=★★★ Clausius–Clapeyron 式
dTdp共存=ΔvΔs=TΔvL(2.10)
Δs=s2−s1、Δv=v2−v1 は相1から相2への跳び、L=TΔs は1粒子(または1モル)あたりの潜熱。共存線の傾きが、2相のエントロピー差と体積差の比だけで決まる。
この式は測定可能な量だけでできており、適用範囲が広い。たとえば氷は水より体積が大きい(Δv<0)のに融解でエントロピーは増える(Δs>0)から、氷と水の共存線は左に傾く。圧力をかけると氷が融ける(融点降下)という日常の事実が、式(2.10)の符号だけから読み取れる。van der Waals 気体の共存線について、式(2.10)の右辺と共存圧力の数値微分が一致することを確かめたのが検算 [6] である(還元温度 t=0.9 で両者とも dpr/dt=3.071)。
例題(label=ex:fuji)
富士山頂で米が生煮えになる理由オリジナル水の蒸発の潜熱を L=40.7kJ/mol(温度依存は無視)、蒸気は理想気体とみなし、液体の体積は蒸気に比べて無視できるとする。
- (1) Clausius–Clapeyron 式(2.10)を積分し、飽和蒸気圧 p(T) の式を導け。
- (2) 富士山頂の気圧を 0.63atm として、山頂での水の沸点を求めよ(海面での沸点は T0=373.15K、R=8.314J/(molK))。
解答
(1) 蒸気1モルの体積を理想気体の状態方程式で vg=RT/p と書き、液体の体積を落とすとΔv≃RT/p。式(2.10)に入れて
dTdp=T⋅RT/pL=RT2Lp⟹pdp=RLT2dT.
両辺を (T0,p0) から (T,p) まで積分すると
lnp0p=−RL(T1−T01).
飽和蒸気圧は 1/T に対して指数的に立ち上がる。これが積分形の Clausius–Clapeyron 式である。
(2) 沸騰は飽和蒸気圧が外圧に達したときに起こるから、p/p0=0.63 を代入して T について解く:
T1=T01−LRlnp0p=373.151−406608.314×ln0.63=2.680×10−3+9.45×10−5 K−1,
よって T=360.4K=87.3∘C(検算 [7])。沸点が 13 度下がるため、山頂では沸騰水でも米の澱粉が糊化しきらない。
van der Waals 気体と Maxwell 構成
★★★ 凸性の破れた等温線を極小原理が修復する仕組み。等面積則と二重接線の等価性。
相転移を状態方程式のレベルで見るために、van der Waals 気体を還元変数(臨界点の値で規格化した v=V/Vc、t=T/Tc、p/pc)で書く:
p(v,t)=3v−18t−v23.(2.11)
t<1 の等温線は図2.5のように S 字を描き、中央の区間では ∂p/∂v>0 となる。体積を増やすと圧力が上がる状態は力学的に不安定であり(わずかな膨張が膨張を加速する)、実現しない。この不健全な区間を、F 極小の原理が次のように修復する。
1粒子あたりの Helmholtz 自由エネルギー f(v) は p=−∂f/∂v を満たすから、等温線の情報は f(v) の傾きの情報である(式(2.11)の還元単位ではf(v)=−38tln(3v−1)−3/v に温度だけの定数を足したもの)。∂p/∂v>0 の区間は f が上に凸(f′′<0)の区間に対応する。ここで、与えられた平均体積 v の系が一様である必要はないことに気づくのが本質である。系は体積 vℓ の液相と体積 vg の気相に分離し、割合 λ:(1−λ) で混ざることができる。このとき自由エネルギーは2点を結ぶ弦の上の値 λf(vℓ)+(1−λ)f(vg) になるから、f の凹んだ(上に凸の)区間では、曲線上の一様状態よりも弦の方が必ず低い。F 極小の原理により系は自発的に相分離し、実現する自由エネルギーは曲線を下から支える共通接線(二重接線)に置き換わる(図2.4)。

図 2.4 van der Waals 気体の f(v)(t=0.9)と二重接線。接点の間では、一様状態(曲線)より2相の混合(接線上の点)の方が f が低いので、系は相分離する。接線の傾きが共存圧力 −ps を与える。
二重接線の条件を数式にする。接点 vℓ,vg で傾きが等しく、かつ弦の傾きとも等しいから
f′(vℓ)=f′(vg)=−ps,f(vg)−f(vℓ)=−ps(vg−vℓ).(2.12)
第1式は「両相の圧力が等しい」である。第2式を移項するとf(vℓ)+psvℓ=f(vg)+psvg、左右はそれぞれ両相の1粒子あたり Gibbs 自由エネルギー g=f+pv だから、これは化学ポテンシャルの相等 μℓ=μg(式(2.9))に他ならない。さらに p=−f′ を積分すると
∫vℓvgp(v)dv=f(vℓ)−f(vg)=ps(vg−vℓ),
左辺は等温線の下の面積、右辺は高さ ps の長方形の面積である。両者が等しいことは、図2.5の水平線が等温線から切り取る2つの面積 A1,A2 が等しいことと同値であり、これがMaxwell の等面積則である。すなわち
二重接線⟺μℓ=μg⟺等面積則
の3つは同じ条件の3通りの表現である。t=0.9 でこの3条件が同じ値ps=0.6470、vℓ=0.6034、vg=2.3488 を与えることを数値で確かめたのが検算 [5] である。

図 2.5 van der Waals 等温線(t=0.9)と Maxwell 構成。A1=A2 となる高さ ps が共存圧力であり、vℓ<v<vg では系は水平線上(2相共存)を通る。数値は検算 [5] による。
準安定状態
図2.4で接線より上に浮く区間のうち、f′′>0 が保たれている両端の部分(vℓ と極小圧力点の間、および極大圧力点と vg の間)は、局所的には安定である。これが過熱液体・過冷却蒸気などの準安定状態であり、核生成のきっかけがあると本当の平衡(相分離)へ落ちる。f′′<0 の中央区間(スピノーダル領域)は微小な揺らぎに対しても不安定で、待ち時間なしに分離する。「極小」には大域的極小(真の平衡)と局所的極小(準安定)の区別があることを、この例は示している。
例題(label=ex:maxwell)
Maxwell 構成の実行オリジナル還元 van der Waals 気体(式(2.11))について、以下に答えよ。
- (1) 共存圧力 ps と共存体積 vℓ,vg を決める連立条件を書き下せ。
- (2) t=0.9 における数値解を用いて、等面積則が満たされていることを確認する検算の手順を述べよ。
- (3) 温度を臨界温度に近づける(t→1−)とき、vℓ,vg,ps はどう振る舞うか、等温線の形から定性的に述べよ。
解答
(1) 未知数は vℓ,vg,ps の3つ。条件は、両接点が等温線上にあること2式と等面積則1式:
p(vℓ,t)=ps,p(vg,t)=ps,∫vℓvgp(v,t)dv=ps(vg−vℓ).
第3式の代わりに二重接線の第2条件(式(2.12))を使ってもよい。本文で示したとおり両者は同値だからである。
(2) t=0.9 の数値解は (ps,vℓ,vg)=(0.6470, 0.6034, 2.3488) である。検算は、(i)p(vℓ) と p(vg) がともに ps に一致すること、(ii)積分 ∫vℓvgpdv と長方形面積 ps(vg−vℓ) の差が数値誤差の範囲で 0 であること、(iii)独立に、f(vg)−f(vℓ)+ps(vg−vℓ) が 0 であること(μ の相等)、の3点を確認すればよい。実装と実行結果は検算 [5](3条件とも誤差 10−9 以下で成立)。
(3) t→1− では等温線の S 字のくびれが浅くなり、極大圧力点と極小圧力点が近づく。それに挟まれる vℓ,vg も互いに近づき、t=1 で臨界点 v=1、p=1 に合流してΔv=vg−vℓ→0 となる。潜熱 L=TΔs も 0 に向かい、一次相転移は臨界点で連続転移に変わる。臨界点の条件が ∂p/∂v=∂2p/∂v2=0(変曲点で水平)であることも、この合流の言い換えである。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com