量子力学入門 第2部 第2章 §2.2.1 ★★ 量子版 Noether。[H^,G^]=0⟺G^ 保存
対称性があると何が嬉しいのか。線形代数の一般論——可換な演算子は同時固有基底をもつ——がここでの作業原理である。ポテンシャルの対称性(反転・並進)を表すユニタリ演算子 U^ が [H^,U^]=0 を満たせば、H^ の固有状態を U^ の固有値でラベルできる。このラベル(パリティ ±1、結晶運動量 k)が保存量であり、問題を対称性のセクターごとに分割して劇的に簡単化する。
個々の対称性(反転・並進)に入る前に、すべてを支配する一般定理を先に立てておく。以下の各節は、この定理の実例として読むことができる。
まず「保存量」の意味を確認する。Heisenberg 方程式(第8部『時間依存摂動論とダイナミクス』の第0章§0.3)
dtdA^=ℏi[H^,A^]
より、時間に陽に依存しない演算子 A^ について
[A^,H^]=0⟹dtd⟨A^⟩=0 (任意の状態で)
——H^ と可換な観測量は保存する。さらに、可換なら同時固有基底が取れ、A^ の固有値は時間発展で変わらない「良い量子数」になる。
次に「対称性」を演算子の言葉にする。連続パラメータ c∈R をもつユニタリ変換の族を、エルミートな生成子 G^ を使って
U^(c)=exp(−ℏicG^)
と書く(並進 T^(a)=e−iap^/ℏ はまさにこの形で G^=p^)。系がこの変換で対称であるとは、ハミルトニアンが変換で不変、すなわち
U^†(c)H^U^(c)=H^(∀c)
が成り立つことをいう。c が微小のとき U^≃1^−ℏicG^ を代入して展開すると
U^†H^U^=H^−ℏic[H^,G^]+O(c2)
(1次の項は ℏicG^H^−ℏicH^G^ をまとめたもの)。よって全 c での不変性は1次の係数の消滅と同値であり(逆に [H^,G^]=0 なら U^=e−icG^/ℏ は G^ の関数だから全次数で可換)、次を得る。
定理 (対称性と保存量)
連続変換 U^(c)=e−icG^/ℏ について、次の3条件は同値である:
(i) U^†(c)H^U^(c)=H^ (∀c)⟺(ii) [H^,G^]=0⟺(iii) G^ は保存量.
すなわち連続対称性があれば、その生成子が保存量である(逆もまた然り)。
代表的な対応をまとめる:
| 対称性(変換) | 生成子=保存量 | 変換の作用 |
| 空間並進 x→x+c | 運動量 p^ | U^=e−icp^/ℏ、U^†x^U^=x^+c、U^∣x⟩=∣x+c⟩ |
| 空間回転(n 軸) | 角運動量 n⋅L^ | U^=e−iθn⋅L^/ℏ(第4部『スピンと角運動量合成』の第1章) |
| 時間並進 t→t+c | エネルギー H^ | U^=e−icH^/ℏ(H^ が t に陽に依存しなければ常に成立) |
時間並進の行は「[H^,H^]=0 は自明」ゆえ、孤立系ではエネルギーが必ず保存することを述べている。この定理は解析力学の Noether の定理(連続対称性1つにつき保存量1つ)の量子力学版であり、古典で「Poisson 括弧」が担った役割を交換子がそっくり引き継いでいる。
なお、本章で最初に扱うパリティは c で連続につながる変換ではない(離散対称性)が、「H^ と可換なユニタリの固有値でスペクトルを分類する」という使い方は同じである——保存量が連続変換の生成子(エルミート)から、変換そのもの(ユニタリかつここではエルミート)に代わるだけである。
◆解析力学との対応:Poisson 括弧と Noether の定理
★ 発展。正準量子化 {f,g}→[f^,g^]/iℏ の背景
上の定理が「量子版 Noether」であることを、解析力学の側から少し丁寧に見ておく(解析力学そのものの体系的な整備——最小作用・正準方程式・Hamilton–Jacobi——は 第7部『半古典近似WKB』の第2章にまとめたので、あやふやな場合はそちらを先に読むとよい)。
古典力学の Hamilton 形式では、状態は位相空間の点 (x,p) で、任意の物理量 f(x,p) の時間発展はPoisson 括弧
{f,g}:=∂x∂f∂p∂g−∂p∂f∂x∂g
を使って
dtdf={f,H},{x,p}=1
と書ける。この2行を本節の量子力学の2行
dtdA^=ℏi[H^,A^]=iℏ1[A^,H^],[x^,p^]=iℏ
と並べると、対応
{f,g}⟷iℏ1[f^,g^]
が浮かび上がる(Dirac の対応原理;「Poisson 括弧を [⋅,⋅]/iℏ に読み替えよ」が正準量子化の処方箋である)。この辞書のもとで
古典: {G,H}=0 ⟺ G 保存⟷量子: [G^,H^]=0 ⟺ G^ 保存
——本節の定理は、古典力学で Noether の定理(連続対称性1つにつき保存量1つ:並進不変 ⇒ 運動量保存、回転不変 ⇒ 角運動量保存、時間並進不変 ⇒ エネルギー保存)として知られていた構造の、忠実な量子版である。しかも量子側の証明(微小展開1行)は古典側より簡単ですらある:古典では「変換で作用が不変 ⇒ Euler–Lagrange 方程式に沿って保存流が組める」という変分計算を要するのに対し、量子では対称性・保存則・生成子がすべて同じ交換子 [H^,G^] に畳み込まれているからである。
対応がずれる点も一つ注意しておく。Poisson 括弧の量子化には演算子の順序の曖昧さが残る(xp を x^p^ とするか p^x^ とするか等;差は O(ℏ))。x^,p^ の1次・2次の組合せでは問題にならないが、一般には「古典論から量子論は一意に決まらない」——量子論の方が根源的で、古典力学はその ℏ→0 の影(第7部『半古典近似WKB』の第1章)である、という視点をもっておくとよい。
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