量子力学入門 第4部 第1章 §4.1.2 ★★ スピン歳差・Larmor 周波数。Heisenberg 描像の典型例
回転演算子の主戦場は時間発展である。z 方向の磁場中のスピンのハミルトニアン
H^=2ℏωσ^z
(ω:Larmor 振動数)のもとで、Bloch ベクトルがどう動くかを Heisenberg 描像で追う。Heisenberg 方程式 dA^/dt=ℏi[H^,A^] に Pauli 行列の交換関係 [σ^i,σ^j]=2iεijkσ^k を使うと
dtdσ^x=2iω[σ^z,σ^x]=−ωσ^y,dtdσ^y=+ωσ^x,dtdσ^z=0.
期待値 ai:=⟨σ^i⟩ をとれば(Heisenberg 描像では状態が動かないので期待値の方程式は同形)
ax(t)=ax(0)cosωt−ay(0)sinωt,ay(t)=ax(0)sinωt+ay(0)cosωt,az(t)=az(0),
まとめて
dtda=ωez×a
——Bloch ベクトル(図 1.1)は z 軸のまわりを角速度 ω で歳差運動(precession)する。これは磁場中の古典的なコマ(角運動量ベクトル)の運動方程式 dL/dt=μ×B∝B×L と完全に同じ形であり、「スピンは本当に角運動量である」ことの力学的な示唆を与える。
状態ベクトルの側でも確認できる。Bloch 球上の点 (θ,φ0) に対応する状態 cos2θ∣↑⟩+eiφ0sin2θ∣↓⟩ に U^=e−iωtσ^z/2 を作用させると
e−iωtσ^z/2(cos2θeiφ0sin2θ)=e−iωt/2(cos2θei(φ0+ωt)sin2θ)
——観測にかからない全体位相 e−iωt/2 を除けば、φ0→φ0+ωt となり、Bloch 球上の点が等速で経度方向に回る。時間発展とは「ハミルトニアンの軸まわりの回転が回り続けること」であり、第8部『時間依存摂動論とダイナミクス』の Rabi 振動(回転系に移ってから歳差を読む)・磁気共鳴はすべてこの描像の延長線上にある。
定石:Bloch ベクトルの周期は 2π/ω、状態ベクトルの周期は 4π/ω ★★
歳差の周期を問われたとき、何の周期を聞かれているかで答えが2倍違う。上の2つの式を並べると理由がはっきりする。
Bloch ベクトルの周期は Ta=2π/ω である。ax(t),ay(t) は cosωt,sinωt で書かれているので、t=2π/ω でちょうど a(0) に戻る。
状態ベクトルの周期は Tψ=4π/ω である。t=2π/ω を状態の式に入れると、方位角の側は φ0+ωt=φ0+2π で元に戻る一方、全体位相の因子が e−iωt/2=e−iπ=−1 になり、
∣ψ(2π/ω)⟩=−∣ψ(0)⟩,∣ψ(4π/ω)⟩=+∣ψ(0)⟩
となる。θ,φ0 の値によらず必ずこうなる。
この −1 の正体は次節 §4.1.3 の「2π 回転の −1」そのものである。時間発展演算子はe−iH^t/ℏ=e−iωtσ^z/2=U^(ez,ωt) と、回転演算子で回転角を θrot=ωt と読み替えたものに等しい。したがって t=2π/ω は z 軸まわりの 2π 回転にほかならず、スピン 21 の状態は −1 を受け取る。
なぜ Bloch ベクトルは −1 を見ないか。ai=⟨ψ∣σ^i∣ψ⟩ は ∣ψ⟩ について双一次(ブラ側とケット側に1回ずつ現れる)なので、全体位相 eiϕ は e−iϕeiϕ=1 と相殺する。同じことを密度行列で言えば ρ^=∣ψ⟩⟨ψ∣ が ∣ψ⟩→−∣ψ⟩ で不変ということで、状態ベクトルから Bloch ベクトルへの対応が2対1である事実(SU(2)→SO(3) の2重被覆と同じ2対1)が周期の2倍の差として現れている。
使い分け。a(t) の周期や歳差の周期を問うなら答えは 2π/ω である。状態ベクトルが初期状態に戻る時刻を問うときだけ 4π/ω になり、2π/ω では全体位相 −1 が残る。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com