量子力学入門 第8部 第0章 §8.0.1 ★★★ この部で使う記号の約束。
本章は、この部の主題(相互作用描像・時間依存摂動論・磁気共鳴・断熱定理と Berry 位相)に入るための助走である。必要な道具は三つしかない:使う記号の約束、Schrödinger 方程式による時間発展の見方、そして Schrödinger 描像と Heisenberg 描像の区別である。とくに最後の描像の議論は、第1章冒頭で導入する相互作用描像——両者のちょうど中間——を理解するための直接の前提になるので、速度を落として押さえておきたい。
→ 基礎の道具立て(測定の公理・不確定性関係・時間発展・調和振動子・描像・スピンと Bloch 球・テンソル積)の詳細は、第1部『基礎の道具立て』を参照。本節は、この部だけで読み進められるようにするための最小限の要約である。
この部が繰り返し使う舞台は調和振動子とスピン 21 の二つである。どちらもこの部より前に一度は学んでいるはずのものなので、ここでは導出を追わず記号の約束だけを確認しておく(一から解き起こす議論は第6部『摂動論と変分法』ほかを参照)。
調和振動子の梯子演算子。
H^0=2Mp^2+2Mω2x^2 に対し、ℏ,M,ω から作れる唯一の長さ x0≡ℏ/Mω を尺度として、昇降(生成消滅)演算子を
a^=2ℏMω(x^+Mωip^),a^†=2ℏMω(x^−Mωip^)
と定義する。[x^,p^]=iℏ から基本の交換関係 [a^,a^†]=1 が出て、これだけを使って
H^0=ℏω(a^†a^+21),En=ℏω(n+21),a^∣n⟩=n∣n−1⟩,a^†∣n⟩=n+1∣n+1⟩
が導かれる(N^=a^†a^ が数演算子で N^∣n⟩=n∣n⟩)。逆に解けば
x^=2Mωℏ(a^+a^†)=2x0(a^+a^†),p^=2ix0ℏ(a^†−a^)
であり、摂動 V^∝x^ を梯子演算子で書き直すときにこの形をそのまま使う。
スピン 21 と Pauli 行列。
スピン演算子を S^i=2ℏσ^i と書き、無次元部分 σ^i をPauli 行列と呼ぶ。σ^z の固有状態を ∣±⟩(σ^z∣±⟩=±∣±⟩)にとる基底では
σ^x=(0110),σ^y=(0i−i0),σ^z=(100−1),
すなわち ∣+⟩=(1,0)T, ∣−⟩=(0,1)T である。基本性質は
σ^i2=1^,[σ^i,σ^j]=2ik∑εijkσ^k,{σ^i,σ^j}=2δij1^
で、n^ を単位ベクトルとするとき n^⋅σ^ の固有値は ±1、より一般に b⋅σ^ の固有値は ±∣b∣ である。磁気共鳴の章ではこの形の Hamiltonian が主役になる。
記法の注意:∣±⟩・∣0⟩,∣1⟩・成分 ψ±
同じ2準位系でも文献ごとに記法が揺れるので、この部の約束を明示しておく。(i) ∣±⟩ は σ^z の固有状態(Bloch 球の北極・南極)で、列ベクトルでは ∣+⟩=(1,0)T, ∣−⟩=(0,1)T。(ii) ψ±(t)=⟨±∣ψ(t)⟩ はベクトルではなく複素数——この基底での成分(確率振幅)である。「ψ+(0)=1, ψ−(0)=0」と「∣ψ(0)⟩=∣+⟩」は同じことの二つの書き方。(iii) 調和振動子の ∣0⟩,∣1⟩,… は N^ の固有状態(無限次元の梯子の段)であって2準位の基底とは別物。第1章では両者が同じ章に同居するため、この部ではスピン側に ∣±⟩ を使って衝突を避けている。(iv) 量子情報の文献では2準位を ∣0⟩=(1,0)T, ∣1⟩=(0,1)T(計算基底)と書き、さらに ∣±⟩ を (∣0⟩±∣1⟩)/2——この部の ∣x±⟩、Bloch 球の赤道——の意味で使う。他書を併読するときは「その本の ∣+⟩ は z の上向きか、x の重ね合わせか」を最初に確認する癖をつけること。
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