量子力学入門 第8部 第0章 §8.0.3 ★★★ Heisenberg 描像(スピンの回転の記述に使う)。
出発点:観測されるのは期待値(と確率)だけ
★★ 観測されるのは期待値と確率だけ。
描像の話が分かりにくいのは、「状態が動く」「演算子が動く」という言葉が何の記述の話なのかが曖昧なまま進むからだ。原点に立ち返ろう。実験で得られるのは測定値の統計、すなわち確率と期待値だけである。時刻 t での観測量 A^ の期待値を、時間発展演算子 U^(t)=e−iH^t/ℏ で書くと
⟨A^⟩(t)=⟨ψ(t)∣A^∣ψ(t)⟩=⟨ψ(0)∣U^†(t)A^U^(t)∣ψ(0)⟩.
真ん中の式は「動く状態 ∣ψ(t)⟩ に固定した A^ を挟む」と読める。右の式は「固定した状態 ∣ψ(0)⟩ に動く演算子 U^†A^U^ を挟む」と読める。同じ数を二通りに読んだだけ——時間依存性という「荷物」を状態に背負わせるか演算子に背負わせるか、その簿記の流儀が描像である。
二つの描像の定義
Schrödinger 描像:状態が動き ∣ψ(t)⟩=U^(t)∣ψ(0)⟩、演算子 A^ は(あらわな時間依存がなければ)固定。これまで波動関数 ψ(x,t) を解いてきた流儀。
Heisenberg 描像:状態を ∣ψ⟩H=∣ψ(0)⟩ に固定し、演算子が動く:
A^H(t)=U^†(t)A^U^(t)=eiH^t/ℏA^e−iH^t/ℏ
定義から明らかに、両描像は同一の期待値・確率を与える。物理は描像に依らない。
古典力学との対応が腑に落ちる近道だ。古典力学では「粒子の位置 x(t) が時間の関数として動く」と考える——Heisenberg 描像はこれの量子版で、演算子 x^H(t) が古典軌道 x(t) に対応する。一方 Schrödinger 描像では、時間変化を担うのは確率の雲 ψ(x,t) で、物差しの目盛りにあたる演算子 x^ は固定されている。
何が動いて何が動かないか(誤解の潰し方)
★★ 描像間の誤解を潰す。
最大の誤解ポイントを先に潰す。「Schrödinger 描像では演算子が固定」と言っても、期待値 ⟨x^⟩(t) はもちろん動く。雲 ψ(x,t) が動けば ⟨x^⟩(t)=∫x∣ψ(x,t)∣2dx は当然動く。固定なのは演算子 x^ そのものであって、読み取り値ではない。両描像で違うのは「裏方として動かしているのが雲(状態)か目盛り(演算子)か」だけで、読み取り値(期待値)は同一である。
| 対象 | Schrödinger 描像 | Heisenberg 描像 |
| 状態ベクトル | 動く(U^∣ψ(0)⟩) | 動かない(∣ψ(0)⟩ に固定) |
| 演算子 | 動かない | 動く(U^†A^U^) |
| 期待値・確率 | 動く | 動く(同じ値) |
| 時間依存の置き場所 | 状態が全部背負う | 演算子が全部背負う |
「動く/動かない」を口にするときは必ず主語を明示すること。期待値は常に動き、描像に依らず一致する。
Heisenberg の運動方程式
★★★ A˙=[A,H^]/iℏ。演算子の時間発展。
Heisenberg 描像の演算子はどんな方程式に従うか。A^H=U^†A^U^ を微分する。U^˙=−ℏiH^U^、U^˙†=+ℏiU^†H^ を使うと(A^ 自身が時間を含まない場合)
dtdA^H=ℏiU^†H^A^U^−ℏiU^†A^H^U^=ℏiU^†[H^,A^]U^= ℏi[H^,A^H]
(最後は H^ が U^ と可換なので U^†[H^,A^]U^=[H^,A^H]。)これがHeisenberg の運動方程式。A^ があらわに時間を含む場合(例:外場 cosωt が定義に入っている)は右辺に (∂A^/∂t)H が加わる。古典力学の正準方程式 A˙={A,H}PB(Poisson 括弧)と見比べると、対応 {⋅,⋅}PB↔iℏ1[⋅,⋅] が読み取れる——交換子は Poisson 括弧の量子版である。
重要な即座の帰結:[H^,A^]=0 なら A^H は時間に依らず、A^ は保存量。「対称性・保存量」の議論が Heisenberg 描像で見通しよくなる理由がこれだ。
例題 0.2
オリジナル★★★ aH(t),xH(t)。Heisenberg 方程式の計算例。調和振動子 H^=ℏω(a^†a^+21) について a^H(t) と x^H(t) を求めよ。
解答
[H^,a^]=ℏω[a^†a^,a^]=ℏω[a^†,a^]a^=−ℏωa^ より、運動方程式は
a^˙H=ℏi[H^,a^H]=−iωa^H⟹ a^H(t)=a^e−iωt,a^H†(t)=a^†eiωt
演算子の微分方程式が、古典と同じ1階線形方程式として解けた。位置は
x^H(t)=2x0(a^e−iωt+a^†eiωt)=x^cosωt+Mωp^sinωt
となり、古典解 x(t)=x(0)cosωt+Mωp(0)sinωt と同じ形で初期条件が演算子になっただけ。この a^H(t)=a^e−iωt は第1章の強制振動子でそのまま使う。
Ehrenfest の定理:古典への橋
★★ 古典力学への橋。
Heisenberg 方程式の期待値をとると(あるいは Schrödinger 描像で直接計算しても同じ)、
dtd⟨A^⟩=ℏi⟨[H^,A^]⟩.
H^=p^2/2M+V(x^) に適用すると dtd⟨x^⟩=⟨p^⟩/M、dtd⟨p^⟩=−⟨V′(x^)⟩——期待値は(ほぼ)Newton 方程式に従う(Ehrenfest の定理)。「ほぼ」なのは右辺が −V′(⟨x^⟩) でなく −⟨V′(x^)⟩ である点で、波束が広くポテンシャルが非線形だと両者はずれ、量子効果が顔を出す。
どの描像をいつ使うか
★ 描像の使い分けの指針。
描像の使い分け
- Schrödinger 描像が有利:波動関数の形が欲しいとき(束縛状態・トンネル・散乱)、偏微分方程式や数値計算で解くとき。学部の量子力学の大半はこれ。
- Heisenberg 描像が有利:代数だけで解ける問題(調和振動子、Landau 準位、スピン歳差)。保存量と対称性の議論。古典力学との対応を見たいとき。場の量子論では標準の言語。
- 相互作用描像(第1章で導入):H^=H^0+V^ と分けられ、H^0 は解けていて V^ が小さい・時間依存する場合の摂動論。自明な時間発展(H^0 の速い位相回転)を演算子に押し付けて視界から消し、摂動 V^ が引き起こす本質的な変化だけを状態に残す。Schrödinger と Heisenberg のちょうど中間に位置する。
どれを選んでも観測量は同じ。「計算が一番楽になるように時間依存の置き場所を選ぶ」——それだけのことである。
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