量子力学入門 第8部 第1章 §8.1.5 ★★★ 黄金律。連続スペクトルへの遷移。
ここまでの遷移先はすべて離散準位だった。しかし現実の実験——光電効果で電子が連続的な自由状態へ飛び出す、励起原子が光を放って崩壊する、粒子が散乱される——では、終状態がほぼ連続に分布している。このとき長時間極限で意味をもつのは「時刻 t での確率」ではなく単位時間あたりの遷移レートであり、それを与えるのが Fermi の黄金律(golden rule)である。時間依存摂動論の最重要の応用がここにある。
一定値摂動と δ 関数の出現
★★★ δ(E) の出現=エネルギー保存。
摂動が t=0 で突然オンされ以後一定(V^(t)=V^、t≥0)の場合、§1.2 の Point「時間依存摂動論と時間非依存摂動論の関係」で求めた1次振幅から、f=i への遷移確率は万能公式の ω=0 版
Pi→f(t)=ℏ2ωfi24∣Vfi∣2sin22ωfit=ℏ2∣Vfi∣2f(2ωfi,t),f(α,t)≡(αsinαt)2
となる。関数 f(α,t) を α の関数として眺めるのが要点だ:α=0 に高さ t2 のピークをもち、幅は ∼π/t、そして面積は
∫−∞∞f(α,t)dα=t∫−∞∞(ysiny)2dy=πt
(y=αt と置換;∫(siny/y)2dy=π は記号計算で確認済み)。高さが t2 で伸び、幅が 1/t で狭まり、面積が t に比例して増える——これはまさに δ 関数へ収束する族であり、
f(α,t) ⟶ πtδ(α)(t→∞)
と書ける。ピークの幅 ∣ωfi∣≲π/t は「時間 t の観測はエネルギーを ΔE∼ℏ/t までしか分解できない」(§1.2 で見たエネルギー・時間の不確定性)の再現で、t→∞ でエネルギー保存 Ef=Ei が厳密化していく、と読める。
遷移レートと黄金律
★★★ w=(2π/ℏ)∣V∣2ρ(E)。
δ 関数極限を確率の式に入れると、δ(α)=δ(ωfi/2)=2δ(ωfi)=2ℏδ(Ef(0)−Ei(0)) に注意して
Pi→f(t) ⟶ ℏ2πt∣Vfi∣2δ(Ef(0)−Ei(0))
——確率が時間に比例して増える。よって「単位時間あたりの遷移レート」が時間によらぬ定数として定義でき、
wi→f=tPi→f=ℏ2π∣Vfi∣2δ(Ef(0)−Ei(0))
これが Fermi の黄金律である。δ 関数は単独の離散準位では意味をもたず、連続に分布した終状態について足し上げて(積分して)初めて有限の数を返す。終状態のエネルギー分布を状態密度 ρ(E)(E と E+dE の間の状態数が ρ(E)dE)で表して積分すると
wi→(近傍の連続状態)=∫dEfρ(Ef)ℏ2π∣Vfi∣2δ(Ef−Ei)= ℏ2π∣Vfi∣2ρ(Ei)
(∣Vfi∣2 は同じエネルギーの終状態にわたる平均)。レート=結合の強さ ∣V∣2 × 行き先の多さ ρという因数分解が黄金律の読み方のすべてである:選択則・偏光依存性などの「物理の個性」は行列要素に、運動学・次元性は状態密度に入る。
「レート」が意味をもつ時間の窓
黄金律は二重の極限の上に立っている。(i) δ 関数近似には t が十分長いこと——ピーク幅 ℏ/t が終状態分布の広がりより狭く、かつ終状態の離散間隔より粗いこと——が要る。(ii) 一方、摂動論の大前提 ∑fPi→f=wt≪1 には t が十分短いこと(t≪1/w)が要る。両立する窓 ℏ/ΔE≪t≪1/w の中で「一定レートの崩壊」という描像が成立する。窓を超えて t∼1/w まで追うと初期状態の減衰(指数崩壊 e−wt)を自己無撞着に扱う必要が生じ、これは黄金律を無限次まで部分的に足し上げる理論(Wigner–Weisskopf 理論)の領分になる。なお2準位系(Rabi 問題)で確率が sin2 振動して戻ってくるのは、終状態が離散で δ 関数が立たない——黄金律の適用外——だからである。
周期的摂動:吸収と誘導放出
★★ 吸収・誘導放出。
光を当てる状況を表す単色の周期摂動
V^(t)=F^e−iωt+F^†eiωt(ω>0)
に黄金律を拡張する(F^ はエルミートでなくてよい;電磁波と電子の相互作用 2m1(p^+eA^)2 は単色光では実際この形に書ける——極小結合は第5部『電磁場中の荷電粒子とゲージ』の第1章)。1次振幅は §1.2 の定石どおり
cf(1)(t)=−ℏi∫0t[Ffiei(ωfi−ω)t1+(F†)fiei(ωfi+ω)t1]dt1
と2項に分かれ、∣cf(1)∣2 には各項の2乗と交差項が現れる。t→∞ で δ 関数に育つのは位相が止まれる2項の2乗だけで(交差項は e±2iωt で回り続けて平均が消える)、共鳴条件ごとに分離したレートを得る:
wi→f(a)=ℏ2π∣Ffi∣2δ(Ef(0)−Ei(0)−ℏω),wi→f(e)=ℏ2π∣(F†)fi∣2δ(Ef(0)−Ei(0)+ℏω)
第1式は Ef=Ei+ℏω——外場からエネルギー ℏω をもらう吸収、第2式は Ef=Ei−ℏω——外場へ返す誘導放出である。(F†)fi=(Fif)∗ より、準位対 n↔k の上りと下りのレートは等しい(wn→k(a)=wk→n(e))。この対称性(詳細つり合い)が、反転分布さえ作れば光が増幅される——レーザーの原理——を保証する。なお、外場を古典場として扱うこの計算に自然放出は現れない(誰も揺すっていないのに光る過程には電磁場自体の量子化が要る)。
応用:光電効果の(半古典的)レート
★★ 光電効果。
黄金律の使い方の実演として、金属(あるいは原子)中の束縛電子が単色光で連続状態へ叩き出される光電効果を扱う。初期状態はエネルギー E0(<0)の束縛状態 ∣0⟩、終状態は運動量 ℏk の自由電子 ∣k⟩(E=ℏ2k2/2m)、摂動は上の単色型で吸収項だけが効くとする。
黄金律のまとめ
一定・周期摂動の1次確率は t→∞ で δ 関数を生み、レート w=ℏ2π∣Vfi∣2δ(ΔE)(周期摂動なら ΔE∓ℏω)が定義できる。連続終状態では w=ℏ2π∣V∣2ρ(E)——結合の2乗×状態密度。吸収と誘導放出のレートは等しく(レーザーの土台)、自然放出には場の量子化が要る。適用条件は「終状態が実質連続」×「ℏ/ΔE≪t≪1/w の時間窓」。
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