量子力学入門 第9部 第0章 §9.0.2 ★★★ スピンの合成。三重項・一重項(CG 係数)。
2つの系を合わせる:テンソル積
★★★ 2系の合成=テンソル積。
第2章では電子が2個登場する。複数の系を合わせた全体の状態空間はどう作るか——答えはテンソル積である。系1の基底 {∣ui⟩}(次元 d1)と系2の基底 {∣vj⟩}(次元 d2)から、ペア
∣ui⟩⊗∣vj⟩≡∣uivj⟩(d1d2 個)
を全体の基底とする空間を作る(次元は積 d1d2)。スピン 21 が2つなら 2×2=4 次元で、基底は
∣↑↑⟩,∣↑↓⟩,∣↓↑⟩,∣↓↓⟩
(左が粒子1、右が粒子2)。系1の演算子は自分の因子だけに作用する:S^1z∣↑↓⟩=+2ℏ∣↑↓⟩、S^2z∣↑↓⟩=−2ℏ∣↑↓⟩。
重ね合わせの原理はこの4次元空間全体で成り立つから、∣↑↓⟩−∣↓↑⟩ のような、どちらの粒子の状態も単独では確定していない状態(もつれた状態)が必然的に存在する。これから作る1重項がまさにそれで、第2章の交換相互作用の主役になる。
全スピンという良い量子数
★★★ S^2 と S^z の同時固有状態。
2粒子の全スピンを S^=S^1+S^2 と定義する。各成分は角運動量の交換関係を満たすので、S^2 と S^z は可換で同時対角化でき、固有値を
S^2∣S,M⟩=ℏ2S(S+1)∣S,M⟩,S^z∣S,M⟩=ℏM∣S,M⟩
とラベルできる(M=−S,…,S)。問題は:4次元空間は (S,M) でどう分類されるか。答えを先に言えば S=1(3状態)と S=0(1状態)に分かれる——4=3+1。これを昇降演算子で完全に構成する。全スピンの昇降演算子は
S^±=S^x±iS^y=S^1±+S^2±,S^±∣S,M⟩=ℏS(S+1)−M(M±1)∣S,M±1⟩
(2行目は、調和振動子の梯子を固定したのと同じ論法——ノルムの非負性と昇降演算子——を角運動量代数に適用して得られる一般公式。1粒子には S^1−∣↑⟩=ℏ∣↓⟩, S^1−∣↓⟩=0 として働く)。
昇降演算子による1重項・3重項の導出
★★★ S^± で三重項・一重項を構成(CG 係数)。
Step 1:てっぺんから出発。 ∣↑↑⟩ は M=21+21=1 をもつ4次元空間で唯一の状態。M=1 が存在する以上 S≥1、かつ2つのスピン 21 からは M=2 は作れないので S=1 が最大。ゆえに
∣1,1⟩=∣↑↑⟩.
Step 2:S^− で降りる。 左辺に一般公式、右辺に S^1−+S^2− を作用させる:
S^−∣1,1⟩=ℏ2∣1,0⟩,(S^1−+S^2−)∣↑↑⟩=ℏ(∣↓↑⟩+∣↑↓⟩).
両者を等置して
∣1,0⟩=21(∣↑↓⟩+∣↓↑⟩)
規格化係数 2 が自動的に合っていることに注意(公式の S(S+1)−M(M−1)=2 と、右辺のノルム ℏ2 が一致)。
Step 3:もう一度降りる。 S^−∣1,0⟩=ℏ2∣1,−1⟩ と(S^1−+S^2−)21(∣↑↓⟩+∣↓↑⟩)=2ℏ(∣↓↓⟩+∣↓↓⟩)=ℏ2∣↓↓⟩ から
∣1,−1⟩=∣↓↓⟩.
(さらに S^− を掛けると零:梯子はここで正しく止まる。)以上の3つが3重項(triplet、S=1)。
Step 4:残り物が1重項。 4次元のうち3つを使った。残る1状態は M=0 の部分空間(∣↑↓⟩,∣↓↑⟩ が張る2次元)の中で ∣1,0⟩ に直交するもの:
∣0,0⟩=21(∣↑↓⟩−∣↓↑⟩)
これが1重項(singlet、S=0)。実際 S^±∣0,0⟩=0(上にも下にも行けない=孤立した S=0)と、S^2∣0,0⟩=0 が確かめられる。S^2 の直接確認には恒等式
S^2=S^12+S^22+2S^1⋅S^2,2S^1⋅S^2=2S^1zS^2z+S^1+S^2−+S^1−S^2+
が便利で、各基底ベクトルへの作用を機械的に計算できる(3重項で S^2=2ℏ2=ℏ2⋅1⋅2、1重項で 0 となることが確かめられる)。
対称性:ここが第1章の伏線
★★ 対称・反対称と統計への伏線。
得られた4状態を、粒子1と2の入れ替えに対する対称性で分類し直すと:
| 状態 | (S,M) | 入れ替え対称性 |
| ∣↑↑⟩ | (1,1) | 対称 |
| 21(∣↑↓⟩+∣↓↑⟩) | (1,0) | 対称 |
| ∣↓↓⟩ | (1,−1) | 対称 |
| 21(∣↑↓⟩−∣↓↑⟩) | (0,0) | 反対称 |
3重項はすべて対称、1重項は反対称——例外なくきれいに分かれる。これは偶然ではない:入れ替え演算子は S^ と可換なので、同じ S の多重項(S^± で互いに結ばれる)はすべて同じ対称性をもつしかない。第1章ではこの表が主役になる。電子2個の全波動関数(空間 × スピン)は反対称でなければならないから、スピンが3重項(対称)なら空間は反対称、1重項(反対称)なら空間は対称——スピンの向きが空間分布を縛り、エネルギーを左右する(交換相互作用)。なお、3スピン以上への合成(8=4+2+2 と経路ラベル S^122)は第4部『スピンと角運動量合成』の第3章で、テンソル積の一般論・縮約密度行列・エンタングルメントは第10部『開いた量子系と量子情報』の第1・2章で、本節を土台に展開している。
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