信号処理論入門 第5章 §5.2 ★★★ サンプリング定理・エイリアシング
標本化とは、連続信号 x(t) を間隔 Ts(サンプリング周波数 fs=1/Ts、ωs=2π/Ts)ごとに読み取り、数列 x(nTs) を得る操作である。この節が答える問いはただ一つ——飛び飛びの点でしか測っていないのに、点と点のあいだを失わずに x(t) を完全に復元できるのはどういうときか。以下では、標本化を周波数領域で見るための三つの「なぜ」を順に押さえ、その結論としてサンプリング定理を導く。
(1)なぜ「標本化=デルタ列を掛ける」なのか。
標本化を連続時間の掛け算として書き直すのがコツである。周期的デルタ列(インパルス列)III(t)=n∑δ(t−nTs) を用意する。デルタの選び取り性質x(t)δ(t−nTs)=x(nTs)δ(t−nTs)(δ が立つ一点で x の値が確定する)より、x にデルタ列を掛けると
xs(t)≡x(t)III(t)=n∑x(nTs)δ(t−nTs)
と、各標本値 x(nTs) を重み(面積)にもつインパルスの列になる。これが標本化信号のモデルである(実際の AD 変換器が出すのは数列 x[n] であって物理的なインパルスではない。インパルス列モデルは、連続時間の Fourier 変換・畳み込み定理をそのまま使うための数学的な道具立てである)。
(2)なぜデルタ列の変換が再びデルタ列になるのか。
1本のデルタなら F[δ](ω)=1(定数)で「時間で最も局在 ↔ 周波数で最も広がる」だが、デルタ列は周期 Ts の周期関数である点が決定的に違う。周期関数は Fourier 級数に展開できて、1周期にデルタが1本だけだから係数は ck=Ts1∫−Ts/2Ts/2III(t)e−jkωstdt=Ts1(どの高調波も等重み)。ゆえに III(t)=Ts1∑kejkωst。これを項ごとに変換し、1個の複素正弦波が1本のデルタに写る事実 F[ejkωst]=2πδ(ω−kωs)を使うと
F[III](ω)=Ts2πk∑δ(ω−kωs)=ωsk∑δ(ω−kωs).
「時間で周期的 ⇒ 周波数は離散(第2章)」がデルタ列を高調波 kωs に限定し、その一つ一つがデルタになる——時間の櫛が周波数の櫛に写る(コムはほぼ自己双対)。検算:Ts→∞(デルタ1本)とすると ωs→0 で周波数側の間隔が詰まって連続化し、定数 1 に戻る。
(3)Xs(ω) の式はどこから来るか(畳み込み定理)。
標本化信号は時間領域の積 xs(t)=x(t)III(t) だった。ここで畳み込み定理——「時間領域の積は、周波数領域では畳み込みになる」——を使う(第3章の性質。積 fg の変換は2π1F∗G)。よって xs のスペクトルは、X(ω) とデルタ列の変換 F[III] の畳み込み(の 2π1 倍)になる:
Xs(ω)=2π1X(ω)∗F[III](ω),F[III](ω)=ωsk∑δ(ω−kωs) ((2)より).
畳み込みの中身は難しくない。関数を「1本のずれたデルタ」と畳み込むと、その分だけ平行移動する((1)の選び取り性質の周波数版):X(ω)∗δ(ω−kωs)=X(ω−kωs)。デルタ列はデルタを ωs 間隔で並べたものだから、X をそれと畳み込むとX の平行移動コピーが ωs 間隔でずらりと並んで足し合わさる。係数を整理すると(2πωs=Ts1)
Xs(ω)=2π1[X(ω)∗ωsk∑δ(ω−kωs)]=Ts1k=−∞∑∞X(ω−kωs).
すなわち標本化とは、元のスペクトル X(ω) を ωs 間隔で無限にコピーしてTs1 倍して足し合わせることである(k=0 が元のスペクトル、k=±1 が ±ωs に移った複製…)。この複製の重ね合わせという描像が、次の(4)の折り返しとサンプリング定理をそのまま生む。
(4)お気持ち:帯域制限=「速く振動できない」という速度制限。
元信号が帯域制限(∣ω∣>ωmax で X=0)だと、コピーどうしが重ならず1周期を切り出すだけで X を復元できる。逆に重なると隣のコピーの高周波が自分の低周波側に足し込まれ分離不能になる——これが折り返し(エイリアシング)で、「重ならない条件」がそのままサンプリング定理である。なぜ帯域制限が効くのかを直感で言えば、帯域制限は「この信号はある速さより速く振動できない」という制約であり、だから標本点のあいだにこっそり余分な山や谷をねじ込めない——間の振る舞いが両隣の標本値に縛られて自由度がない。言い換えれば帯域幅は情報のレートで、帯域 ωmax の信号は Nyquist レートで測ればその自由度を過不足なく拾いきる。「2 倍」は、最も速い正弦波の山と谷を区別するには1周期に最低 2 点要る、という数え上げから来る(2点未満だと速い波が遅い波に化ける)。
(4′)どことどこがぶつかるのか(コピーの「台」で見る)。
コピー X(ω−kωs) は矩形に断ち切ったものではなく、元の広がったスペクトル X をkωs だけ横へずらしただけである。ここで効くのが帯域制限で、X が値をもつ範囲(台)が[−ωmax,ωmax] に収まっているから、k 番目のコピーの台は[kωs−ωmax, kωs+ωmax]——中心 kωs・幅 2ωmax の有限のバンプになる。隣り合う二つ(k=0 と k=1)だけ見れば十分で、
k=0 の右端=+ωmax,k=1 の左端=ωs−ωmax.
ぶつかるのは右端が左端を追い越すとき、すなわちωmax>ωs−ωmax⟺ωs<2ωmax。ぶつかる場所は両者の中間ω≈ωs/2 付近で、そこで X(ω) と X(ω−ωs) が足し合わさって分離不能になる(=エイリアシング)。逆に ωs>2ωmax なら右端 +ωmax と左端 ωs−ωmax の間にすき間が空き、復元窓 [−ωs/2, ωs/2] には元のコピーだけが入る。要点:コピーが「広がっている(矩形でない)」からこそ隣とぶつかりうる。もし X が帯域制限されていない(台が無限に伸びる)なら、どんなに ωs を大きくしても裾が常に触れ合いすべてのコピーがどこでも重なる——救えない。帯域制限とは、その広がりを幅 2ωmax の有限の台に閉じ込め、コピーの間に「すき間」を作れるようにすることに他ならない。

図 5.1 標本化によるスペクトルの複製。各コピー X(ω−kωs) は矩形でなく、帯域制限された元スペクトル(ここでは三角バンプ、台 [−ωmax,ωmax])を kωs だけずらしたもの。上:ωs>2ωmax ではコピー間にすき間が空き、復元窓[−ωs/2,ωs/2](緑)には k=0 の元スペクトルだけが入る(完全復元)。下:ωs<2ωmax では隣のコピーの裾が ω≈ωs/2 付近で侵入して足し合わさり(赤)、合成 Xs(黒)が本来の k=0(青)から持ち上がる=エイリアシング。
要点
サンプリング定理(Nyquist–Shannon)。信号 x(t) が最高角周波数 ωmax で帯域制限されているとき、
ωs>2ωmax(すなわち fs>2fmax)
を満たせば、標本値 {x(nTs)} から x(t) を完全に復元できる。限界の fs=2fmax を Nyquist レート、fs/2 を Nyquist 周波数と呼ぶ。
(5)復元:各標本を sinc でなめらかに繋ぐ。
復元は、重ならないスペクトルの1周期を理想低域通過フィルタ(周波数領域の矩形窓)で切り出すことに対応する。式で追うと4段である。① 基本帯域では Xs=Ts1X:重なりが無いので ∣ω∣<ωs/2 には k=0 のコピーしか無く
Xs(ω)=Ts1X(ω)(∣ω∣<ωs/2).
② 理想 LPF で X を取り出す:通過域 ∣ω∣<ωc(ωc=ωs/2)・利得 Ts(標本化で付いた Ts1 を打ち消す)のフィルタHr(ω)=Ts (∣ω∣<ωc)、他 0 を掛けると、k=0 だけが元の大きさで残り他は切れてHr(ω)Xs(ω)=X(ω)(厳密一致)。③ その時間波形が sinc:周波数で掛ける=時間で畳み込むので、フィルタのインパルス応答は
hr(t)=2π1∫−ωcωcTsejωtdω=2πTs⋅t2sinωct=πTsωc⋅ωctsinωct=ωc=π/Tssinc(Tsπt)
——周波数の矩形 ↔ 時間の sinc(矩形パルスの変換の双対)そのもので、前因子と利得 Ts がちょうど打ち消して係数が 1 になる。④ 畳み込む:標本インパルス列xs(t)=∑nx(nTs)δ(t−nTs) に hr を畳み込むと、δ の選び取りで
x(t)=(xs∗hr)(t)=n=−∞∑∞x(nTs)hr(t−nTs)=n=−∞∑∞x(nTs)sinc(Tsπ(t−nTs))
とsinc 補間が出る。これで完全に元へ戻る理由は、sinc の零点が他のすべての標本時刻にちょうど乗っているからである。t=mTs では sinc(πm)=πmsinπm が m=0 で 1・他で 0 となり、自分(n=m)の sinc だけが残る——標本値をそのまま再現し、点の間は「帯域制限された信号として唯一許されるなめらかな繋ぎ方」で埋まる。帯域制限が「繋ぎ方は一通り」を保証し、sinc がその唯一の繋ぎ方を実現している。
(6)なぜ「1本」に決まるのか(一意性)。
同じ標本 {x(nTs)} を通る連続関数は無数にある(間で暴れる曲線をいくらでも描ける)。それらは、帯域制限された唯一の復元 xBL に、全標本点でゼロになる関数 d(d(nTs)=0, ∀n)を足したものと必ず書ける。鍵になる補題は次の一行である:帯域制限(∣ω∣<ωs/2)されていて、かつ全標本点でゼロなら、その関数は恒等的に 0 しかない。(理由:さもなければ xBL と xBL+d という二つの帯域制限信号が同じ標本を与え、上の復元の一意性に反する。)対偶を取ると、非ゼロで全標本を通る d は必ず ωs/2 以上=バンド外の成分を持つ。実際 d(t)=sin(πt/Ts) は t=nTs で 0 だが周波数はちょうど fs/2、また cos(2πft) と cos(2π(fs−f)t)(fs−f>fs/2)は同じ標本を与える——いずれもバンド外の“おばけ”成分である。だから「∣ω∣<ωs/2」という条件がこれらをすべて禁じ、標本を通る帯域制限信号を1本に確定させる。これが「間の情報は消えるはず」という直観に対する答えで、消えたように見える情報は最初から「帯域制限」という前提の形で標本の外に保存されている。境界 fs/2 ちょうどの sin が標本に映らないことが、定理を等号なしの fs>2fmax で書く理由でもある。
実務のお気持ち:先に帯域制限してから測れ。
現実の信号は完全な帯域制限ではないから、標本化する前にアナログのアンチエイリアシングフィルタで ωs/2 以上を削ぎ落とす。いったん折り返して混入した偽信号はデジタル処理では二度と除けないためである。「ストロボで観察すると速すぎる回転が止まって・逆回転して見える」(wagon-wheel 効果)のは折り返しの日常例で、サンプリング周波数がストロボの点滅周期の逆数に対応する。
(7)標本列 x[n]=x(nTs) の DTFT と元信号の CTFT の橋渡し。
標本化で抜き出した x[n]=x(nTs) はただの数列で、物理的な時間刻み Ts を忘れている(n は無次元の番号)。両者を結ぶのが、やはりインパルス列モデル xs(t)=∑nx(nTs)δ(t−nTs) である。その CTFT を定義通りに書くと(δ(t−nTs)↔e−jωnTs)
Xs(ω)=n∑x(nTs)e−jωnTs,
一方で数列 x[n] の DTFT は XD(Ω)=∑nx[n]e−jΩn=∑nx(nTs)e−jΩn。両者は指数の中を見比べれば Ω=ωTs(正規化周波数=1サンプルあたりの位相回転量)で一致する。すなわち XD(Ω)=Xs(ω)ω=Ω/Ts。これに複製の式 Xs(ω)=Ts1∑kX(ω−kωs)を代入すると(kωs=2πk/Ts)、CTFT と DTFT を直接結ぶ橋が得られる。
要点
CTFT ↔ DTFT の橋渡し(Ω=ωTs)
XD(Ω)=Ts1k=−∞∑∞X(TsΩ−2πk).
DTFT は、元の CTFT を ωs 間隔で複製し Ts1 倍して Ω=ωTs で正規化して並べたもの。ω=ωs↔Ω=2π、Nyquist ω=ωs/2↔Ω=π。DTFT が 2π 周期なのはΩ→Ω+2π が k を1つずらすだけで和が不変だから(=時間の離散化が周波数を周期化する双対の正体)。
折り返しが無いとき(帯域制限+ωs>2ωmax)は ∣Ω∣<π に k=0 のコピーしか無く、
XD(Ω)=Ts1X(TsΩ)(∣Ω∣<π),
すなわちDTFT は元の CTFT を横に 1/Ts 伸縮・縦に 1/Ts 倍したコピーである。Ts を知っていれば[−π,π] の DTFT を Ts 倍して ω=Ω/Ts と伸ばし直すだけで X(ω) を復元でき、DTFT のピーク Ω0 は物理周波数 f=2πΩ0fs に対応する。折り返しがあれば ∣Ω∣<π の中で隣の k=±1 コピーが重なり込み、XD が複数コピーの和になって X を取り出せない。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com