信号処理論入門 第7章 §7.1 ★★★ ROC必須。右側/左側・有限長の型は後半全問の前提
ここから後半に入る。後半の主役は「システム」、すなわち入力信号を出力信号へ変換する装置であり、その解析と設計のための道具が本章の z 変換である。DTFT(第4章)は ∑n∣x[n]∣ が発散する信号(例えばステップ u[n] やランプ nu[n])には素直に適用できなかった。z 変換は、複素正弦波 ejΩn の代わりに振幅も変わる複素指数列 zn=(rejΩ)n を基底に採ることでこの制限を取り払う。r という「減衰・増幅の自由度」を持たせたぶん、収束する信号の範囲が広がる—これが z 変換の発想である。
定義 (z変換)
数列 x[n](n∈Z)の z 変換を
X(z)=n=−∞∑∞x[n]z−n(z∈C)
と定義する。X(z)=Z[x[n]]、x[n]⟷X(z) とも書く。
定義を眺めると、これは x[n] を係数とする z=0(と z=∞)まわりのLaurent 級数
X(z)=⋯+x[−1]z1+x[0]z0+x[1]z−1+⋯
にほかならない。したがって z 変換の理論は複素関数論の Laurent 展開の理論そのものであり、後で見る逆変換の公式も Laurent 係数を取り出す複素積分として自然に出てくる。
なぜ zn を基底に選ぶのか。理由は第1章の畳み込みに戻ると明快で、vn=zn は畳み込み演算の固有関数だからである。実際、任意の数列 hn に対して
(h∗v)n=k∈Z∑vn−khk=k∈Z∑zn−khk=固有値 λz=H(z)(k∈Z∑hkz−k)vnzn
となり、畳み込みという「面倒な演算」がスカラー倍に化ける。固有値として現れる ∑khkz−k は h の z 変換そのものである。この一行が後半全体の種になる(第8章で伝達関数として結実する)。
z 変換は無限級数なので、どの z で収束するかを常に添えなければならない。収束する z の集合
ROC={z∣∣X(z)∣<∞}
を収束領域(region of convergence)と呼ぶ。絶対収束で評価すると
∣X(z)∣≤n=−∞∑∞∣x[n]∣∣z∣−n
であり、右辺は ∣z∣ にしか依らない。ゆえに ROC は原点を中心とする円環状の領域になる。収束の判定には n の符号で和を二つに割るのが便利で、
X(z)=Xleft(z)n=−∞∑−1x[n]z−n+Xright(z)n=0∑∞x[n]z−n
と分けて、それぞれを左側 z 変換・右側 z 変換と呼ぶ(両方合わせたものを区別のため両側 z 変換と呼ぶこともある)。右側の和は ∣z∣−n(n≥0)の級数だから、∣z∣ が大きいほど収束しやすく、ROC は最大の極 zR の外側 ∣z∣>∣zR∣ となる。左側の和は逆に ∣z∣ が小さいほど収束しやすく、ROC は最小の極 zL の内側∣z∣<∣zL∣ となる。両側信号の ROC は両者の共通部分、すなわち円環∣zR∣<∣z∣<∣zL∣ である(共通部分が空なら z 変換は存在しない)。
X(z) が有理関数 X(z)=PN(z)/PD(z) で表されるとき、分子多項式の根(X(z)=0 となる z)を零点、分母多項式の根(X(z) が発散する z)を極と呼ぶ。極では級数が収束しようがないから、ROC は極を含まず、極が ROC の境界を定める。
例題7.1(基本 z 変換対 — ステップと「反転ステップ」)★★★
オリジナル次の信号の z 変換と ROC を求めよ。(1)δ[n]、(2)u[n]、(3)x[n]=−u[−n−1](n≤−1 で −1、n≥0 で 0)。
解答
(1)X(z)=∑nδ[n]z−n=z0=1。有限和だから全平面で収束しROC=C 全体。
(2)X(z)=∑n=0∞z−n=1+z−1+z−2+⋯。これは公比 z−1 の等比級数だから ∣z∣>1 で収束し、
u[n]⟷1−z−11,ROC={z∣∣z∣>1}.
零点は z=0、極は z=1 で、ROC は極 z=1 の外側になっている。
(3)X(z)=−∑n=−∞−1z−n=−∑m=1∞zm=1−z−z=1−z−11。公比 z の等比級数だから今度は∣z∣<1 で収束し、
−u[−n−1]⟷1−z−11,ROC={z∣∣z∣<1}.
(2)と(3)は式の形はまったく同じで、ROC だけが違う。
落とし穴
ROC を書かない z 変換は答えとして不完全である。例題7.1の(2)と(3)が示すように、同じ X(z)=1/(1−z−1) でもROC が ∣z∣>1 なら因果的なステップ、∣z∣<1 なら非因果的な反転ステップと、異なる信号に対応する。X(z) と ROC の組で初めて信号が一意に定まる。
同じ等比級数の計算で、減衰指数列に対する最重要の対
αnu[n]⟷1−αz−11,ROC={z∣∣z∣>∣α∣}
が得られる(α=1 がステップ)。また DTFT の対 anu[n]↔1/(1−ae−jΩ)(第4章)は、この式で z=ejΩ と置いたものにほかならない。
例題7.2(ランプ関数の z 変換)★★
オリジナルr[n]=nu[n] の z 変換と ROC を求めよ。
解答
定義から直接書き下すと
X(z)=0+z−1+2z−2+3z−3+⋯
である。これはステップの変換 U(z)=1/(1−z−1)(∣z∣>1)から作れる。ランプは遅延ステップの積み重ね r[n]=∑m=1∞u[n−m] と書けるから、時間シフトの性質(次節)Z[u[n−m]]=z−mU(z) を使って
X(z)=m=1∑∞z−m1−z−11=1−z−11⋅1−z−1z−1=(1−z−1)2z−1,ROC={z∣∣z∣>1}.
零点は z=0、極は z=1(二重)である。別解として、U(z) を z−1 で微分してから z−1 を掛けても同じ式が出る(等比級数の項別微分)。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com