信号処理論入門 第9章 §9.5 ★★ 極零が鏡像対で|H|=1
最大位相と最小位相の商を取るとどうなるか。
HAP(z)=Hm(z)HM(z)=b0+b1z−1+⋯+bQz−QbQ+bQ−1z−1+⋯+b0z−Q
振幅応答は ∣HM∣=∣Hm∣ より
HAP(ejΩ)=1(∀Ω)
と恒等的に 1 になる。すべての周波数を素通しするので全域通過(all-pass)システムと呼ぶ。位相はargHAP=argHM−argHm≤0 で、振幅を一切変えずに位相だけを遅らせることができる。極零配置で言えば、分母の零点(=システムの極、単位円内)と分子の零点(単位円外)が単位円に関して鏡像のペアをなす:1次なら
HAP(z)=1−αz−1z−1−α(極 z=α, 零点 z=1/α)
が基本形である(∣α∣<1、実係数なら α∈R)。用途は位相の補償(等化器)と、第11章で扱う IIR フィルタの周波数変換である。
混合位相系の分解(最小位相 × 全域通過)
★★ 混合位相系を最小位相と全域通過に分解する
零点が単位円の内側にも外側にもある系は、最小位相でも最大位相でもないので混合位相系と呼ばれる。この場合に見通しを与えるのが任意の有理伝達関数を「最小位相 × 全域通過」に分解する見方である。
作り方は機械的である。円外の零点 c(∣c∣>1)を一つ選び、単位円に関する共役逆数点 1/c(これは円内)へ映す。この操作を支えているのは次の恒等式で、単位円上に限れば零点を鏡像へ移しても振幅は変わらない。
ejΩ−c1=∣c∣1ejΩ−c(∀Ω).(9.1)
(証明は両辺を2乗するだけである。ejΩ−a2=1−2Re(ae−jΩ)+∣a∣2 をa=1/c と a=c の二通りに使い、Re(e−jΩ/c)=Re(ce−jΩ)/∣c∣2 に注意すると、どちらも 1+1/∣c∣2−2Re(ce−jΩ)/∣c∣2 になる。)移した零点をもつ系を Hm、元へ戻すための因子を A とすれば
H(z)=Hm(z)∣c∣⋅H(z)⋅z−cz−c1⋅A(z)∣c∣1z−c1z−c,A(ejΩ)≡1
と書ける。A の振幅が 1 になるのは、式(9.1)より単位円上でejΩ−c/ejΩ−1/c=∣c∣ が成り立ち、前に置いた 1/∣c∣ とちょうど打ち消し合うからである。A は極 1/c(円内)と零点 c(円外)が鏡像対をなす1次の全域通過であり、円外の零点が複数あればそれぞれについて同じ操作を繰り返せばよい。
要点
定石:混合位相 = 最小位相 × 全域通過
- 零点を単位円の内外に仕分ける。円外の零点 c をすべて洗い出す。
- 各 c を 1/c へ反射した系を Hm とする(極は動かさない。安定な系なら極はもともと円内にある)。
- 反射で失った分を1次全域通過 A(z)=∣c∣1⋅z−1/cz−c の積として戻す。
何が保存され、何が変わるか:振幅応答は ∣H∣=∣Hm∣ で不変(式(9.1)による)。変わるのは位相だけで、円外の零点1個につき全域通過が1次ぶん、一周で −2π の位相を上乗せする(平均群遅延が1サンプル増える)。
答案での使い所:混合位相系の位相応答や群遅延を問われたら、「最小位相部+全域通過部」に割って、前者で振幅を、後者で余分な遅れを説明すると、α,β のようなパラメータ依存を見通しよく書ける。検算=検算スクリプト の第5節。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com