相対論入門 第2章 §2.2 ★★★ 同じ変換を「何を固定して何を測るか」の2通りで読むと、時間の遅れと長さの収縮になる
Lorentz 変換は1組の式であるが、そこから引き出す結論は「どの事象の組を比べるか」で変わる。時間の遅れと長さの収縮は、比べる事象の組の選び方が違うだけで、同じ式 (2.12) の帰結である。どちらの場合も、測定の手続きを先に決めてから変換に代入する。
時間の遅れ
K′ の原点 x′=0 に時計を固定する。この時計が時刻 t1′ と t2′ を指す2つの事象を考える。2つの事象は K′ では同じ場所で起きるので、その時刻の差 Δτ=t2′−t1′ は、時計と一緒に動く1個の時計で読める量である。このように、2つの事象と同じ場所に静止した1個の時計が測る時間を固有時と呼び、τ で書く。
同じ2つの事象を K で見る。逆変換 (2.13) で Δx′=0 と置けば
cΔt=γ(cΔτ+β⋅0)⟹Δt=γΔτ(2.16)
を得る。γ≥1 なので Δt≥Δτ である。K で測る経過時間は、動く時計が刻んだ時間より γ 倍だけ長い。これを時間の遅れと呼ぶ。
ここで K の側は、複数の時計で Δt を測っている。時計は通り道に沿って並べ、K で互いに合わせて(同期して)ある。2つの事象は K では別の場所(Δx=vΔt)で起きるので、1個の時計では測れないからである。この非対称が、次の「お互いさま」の話を矛盾なく成り立たせる。
時間の遅れはお互いさま
K′ から見れば、K の方が逆向きに動いている。したがって K に固定した時計は、K′ の時計の列と比べて遅れて見える。「K の時計が遅れる」と「K′ の時計が遅れる」は両立する。2つの主張では、比べている事象の組が違うからである。
K の1個の時計を、K′ の複数の時計と比べる場合を考える。K′ の時計の列は K′ で同期させてある。K から見るとその同期はずれていて、ずれは Δt′=−γvΔx/c2 である。このずれを勘定に入れると、どちらの主張も(2.12) の同じ帰結になる(確認テスト 2.2-4)。
長さの収縮
次に、K′ に静止して x′ 軸に沿って置かれた棒を考える。両端の x′ 座標の差 L0=x2′−x1′ は時刻によらず、棒と一緒に動く物差しで測れる。これを棒の固有長と呼ぶ。
K で棒の長さを測るとは、この系の同じ時刻に両端の位置 x1,x2 を読み、その差をとることである。K の同じ時刻 Δt=0 に (2.12) の第2式を使うと
L0=Δx′=γ(Δx−v⋅0)=γΔx⟹L=Δx=γL0=L01−β2(2.17)
を得る。動いている棒は、運動の方向に 1/γ 倍に縮んで測られる。これを長さの収縮(Lorentz 収縮)と呼ぶ。運動に垂直な方向の長さは (2.6) により変わらない。
時間の遅れでは Δx′=0 を、長さの収縮では Δt=0 を課した。課す条件が異なる系にあるので、「時間は γ 倍に伸びるから長さも γ 倍に伸びる」という類推は成り立たない。
長さの測定には、K での同時刻という条件が入る。その2事象が K′ では同時刻でないことが、γ が逆数で現れる理由である。実際、両端を同時に読んだ2事象は、K′ では Δt′=−γvΔx/c2 だけ時刻がずれている。

図 2.2 γ=1/1−β2 のグラフ。β=0.5 でも γ=1.15 にとどまり、β→1 で急に大きくなる。
図 2.2 のとおり、γ は β が小さいうちはほとんど 1 のままである。テイラー展開すると
γ=1+21β2+83β4+O(β6)(2.18)
であり、時間の遅れの割合 γ−1 は β2/2 の大きさである。秒速300メートルで飛ぶ旅客機では β=1.0×10−6 で、γ−1=5×10−13 にすぎない。
ミューオンの寿命
時間の遅れが目に見える大きさで現れる身近な例が、宇宙線のミューオンである。宇宙から来た高いエネルギーの陽子が大気の上層の原子核に衝突すると、パイ中間子が生まれ、それが崩壊してミューオンができる。
ミューオンは不安定な粒子で、静止しているときの平均寿命は τ0=2.197 μs である。生成からの時間 τ のあいだ崩壊せずに残る確率は、exp(−τ/τ0) である。ここで τ はミューオンと一緒に動く時計で測った時間、すなわち固有時である。
ミューオンが光速に近い速さで飛んでも、時間の遅れが無ければ平均で cτ0≈660 m しか進まない。ところが、高さ十数キロメートルで生まれたミューオンは地表でたくさん観測される。これは時間の遅れで説明できる。
例題 2.2 宇宙線ミューオンが地表に届く割合 ★★★
オリジナル高さ h=15.0 km の大気で生まれたミューオンが、速さ v=0.995c で鉛直に地表へ向かうとする。平均寿命は τ0=2.197 μs、光速は c=2.998×108 m/s とする。
- 地表の系で測った平均寿命 γτ0 と、平均の飛行距離 γvτ0 を求めよ。
- 地表に届くまで崩壊しない確率を求め、時間の遅れを無視した場合の確率と比べよ。
- ミューオンの静止系では大気の厚さはいくらか。その系で同じ確率を計算し、(2) と一致することを確かめよ。
解答
(1) γ=1/1−0.9952=1/0.009975=10.01 である。地表の系での平均寿命は
γτ0=10.01×2.197 μs=22.0 μs,
平均の飛行距離は
γvτ0=10.01×0.995×2.998×108 m/s×2.197×10−6 s=6.56 km
である。時間の遅れが無いときの vτ0=0.656 km の10倍になる。
(2) 地表の系で、地表に届くまでの時間は
Δt=vh=0.995×2.998×108 m/s1.50×104 m=50.3 μs
である。ミューオン自身の時計で経過する時間(固有時)は (2.16) により Δτ=Δt/γ=5.02 μs で、崩壊しない確率は
exp(−τ0Δτ)=exp(−2.1975.02)=e−2.29=0.102
である。約1割が地表に届く。時間の遅れを無視して Δt をそのまま使うとexp(−50.3/2.197)=e−22.9=1.1×10−10 となり、ほとんど1個も届かない。観測されるミューオンの数は前者と合う。
(3) ミューオンの静止系では、大気(地表とその上の空気)が速さ v で近づいてくる。大気の厚さは、地表の系で静止しているときの長さh が固有長なので、(2.17) により
h′=γh=10.0115.0 km=1.50 km
に縮む。地表がミューオンに届くまでの時間は h′/v=1.50×103 m/(0.995c)=5.02 μs で、これはミューオンの静止系の時間なのでそのまま τ として使える。確率は exp(−5.02/2.197)=0.102 で (2) と一致する。地表の系では「時計が遅れる」、ミューオンの系では「距離が縮む」という別の説明になるが、どちらも同じ Lorentz 変換から出る同じ予言である。
宇宙線のミューオンは速さも生成の高さもばらばらなので、上の例題は一つのモデルの見積もりである。速さをそろえた実験としては、加速器の貯蔵リングでミューオンを周回させ、崩壊までの時間を測る方法がある。1970年代に CERN で行われた実験では、γ≈29.3 のミューオンの寿命が約 64 μs と測られた。これは γτ0=29.3×2.197 μs=64.4 μs とよく一致する。
確認テスト
オリジナル
2.2-1 列車の中の乗客が、自分の腕時計で駅を2つ通過するあいだの時間を測った。地上の観測者が駅の時計2つで同じ時間を測った。どちらの時間が固有時か。どちらが長いか。
2.2-2 荷電パイ中間子の静止したときの平均寿命は 26.0 ns である。β=0.990 のパイ中間子のビームが実験室で崩壊までに進む平均の距離を求めよ(c=2.998×108 m/s)。
2.2-3 K′ に、長さ 1.00 m の棒が静止している。棒は x′y′ 面内にある。x′ 軸と棒のなす角は 60∘ である。 K′ の速さを β=0.8 とする(標準配置)。K で測った棒の長さと、棒が x 軸となす角を求めよ。
2.2-4 K の原点に時計を固定する。この時計が t=0 と t=T を指す2つの事象を考える。K′ の速さを v とする(標準配置)。
- (a) K′ で、この2つの事象の時刻の差が γT になることを Lorentz 変換から示せ。
- (b) 2つ目の事象と K′ で同時刻にある、K′ の時計の事象を考える。この事象が K では2つ目の事象と同時刻でないことを、式で示せ。
- (c) 「お互いに相手の時計が遅れる」が矛盾しない理由を説明せよ。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com