光学と量子エレクトロニクス 第29章 §29.2 ★★★ π/2 パルスは原子の波束を2つの運動量に等分するビームスプリッタ、π パルスは運動量を入れ替える鏡になる。パルスごとに光の位相が波束に写し取られ、π/2–π–π/2 の干渉計の出口の確率は ϕ1−2ϕ2+ϕ3 だけで決まる
パルスの行列
有効な2準位系に、2光子の共鳴(δ=0)で、長さ τ の一定の強さのパルスを当てる。光の位相を ϕ とすると、回転座標の Hamiltonian は −2ℏΩeff(eiϕσ++e−iϕσ−)(σ+=∣s⟩⟨g∣)である。括弧の中の演算子は2乗すると単位行列になるので、時間発展の演算子は
U^(Θ,ϕ)=cos2Θ1^+isin2Θ(eiϕ∣s⟩⟨g∣+e−iϕ∣g⟩⟨s∣),Θ=Ωeffτ(29.4)
になる。Θ は第19章のパルスの面積である。この式の読み方は2つある。1つは、∣g⟩ から ∣s⟩ へ移る振幅が ieiϕsin(Θ/2)、逆に ∣s⟩ から ∣g⟩ へ移る振幅が ie−iϕsin(Θ/2) だということで、光子を吸収する向きの遷移には光の位相 ϕ が、放出する向きには −ϕ が付く。もう1つは、運動量の言葉で、∣s⟩ へ移った波束は運動量 ℏkeff をもらって速度を変え、∣g⟩ に残った波束は速度を変えないということである。
光の位相 ϕ は、パルスの時刻 ti に原子がいる位置 r での、2本の光の位相の差である。2本の光の位相の差は keff⋅r−Φ(t) と書ける(Φ(t) は周波数の差 ω1−ω2 を時間で積分した位相を、共鳴の周波数で回る基準から測ったもの)。したがって
ϕi=keff⋅r(ti)−Φ(ti)+ϕi(0)(29.5)
で、ϕi(0) は実験者が光の位相変調器で加えられる位相である。原子の位置が光の波長 2π/keff≈390nm だけ動くと、写し取られる位相は 2π 変わる。原子干渉計が位置と加速度に敏感なのは、この写し取りのためである。
Θ=π/2 のパルス(π/2 パルス)は ∣g,p⟩ を ∣g,p⟩ と ∣s,p+ℏkeff⟩ の等しい重ね合わせにする。2つの成分は速度が ℏkeff/m だけ違うので、時間とともに空間で離れていく。これが物質波のビームスプリッタである。Θ=π のパルス(π パルス)は ∣g⟩ と ∣s⟩ を入れ替える。∣g,p⟩ は運動量をもらって ∣s,p+ℏkeff⟩ になり、∣s,p+ℏkeff⟩ は運動量を返して ∣g,p⟩ になる。離れていく2つの波束の速度を入れ替えて、互いに近づかせるので、これが物質波の鏡である。
Mach–Zehnder 型の干渉計
時刻 0, T, 2T に π/2, π, π/2 のパルスを当てる(図 29.2)。はじめの状態を ∣g,p⟩ とし、最後に ∣s⟩ にいる確率を求める。∣s⟩ の出口へ至る経路は2本ある。上の経路は、時刻 0 で ∣s⟩ へ移り(振幅 ieiϕ1/2)、時刻 T で ∣g⟩ へ戻され(ie−iϕ2)、時刻 2T で再び ∣s⟩ へ移る(ieiϕ3/2)。下の経路は、時刻 0 で ∣g⟩ に残り(1/2)、時刻 T で ∣s⟩ へ移り(ieiϕ2)、時刻 2T で ∣s⟩ に残る(1/2)。2本の振幅の和は
−2iei(ϕ1−ϕ2+ϕ3)+2ieiϕ2=2ieiϕ2(1−eiΔϕ)
で、その絶対値の2乗から
Ps=21−cosΔϕ,Δϕ=ϕ1−2ϕ2+ϕ3(29.6)
を得る。2本の経路は、どちらも時間 T だけ ∣s⟩ に、時間 T だけ ∣g⟩ にいるので、内部状態のエネルギーの差による位相(Ramsey の方法が読む位相)は打ち消し合い、残るのは光の位相の組み合わせだけである。

図 29.2 重力の中で落ちる原子の Mach–Zehnder 型の干渉計の時空図(keff は上向き、反跳の速さは誇張してある)。赤の実線が ∣s⟩(運動量を1つ多く持つ)、青の実線が ∣g⟩ の波束。時刻 0 の π/2 パルスで分かれ、時刻 T の π パルスで速度を入れ替え、時刻 2T の π/2 パルスで重なる。一様な重力の中でも2本の経路は時刻 2T にちょうど同じ点で閉じる
真ん中の π パルスの役割
2つの π/2 パルスだけを時間 T 離して当てると(第24章の Ramsey の方法と同じ順序)、同じ計算で Ps=(1+cos(ϕ1−ϕ2))/2 になる。光の位相の差 ϕ1−ϕ2=keff⋅(r(0)−r(T)) には、原子のはじめの速度 v0 が −keff⋅v0T の形で入る。雲の中の原子は速度がばらばらなので、縞の位相も原子ごとにばらばらになり、平均すると縞が消える。Mach–Zehnder 型の組み合わせでは、等速の運動 r(t)=r0+v0t に対して
r(0)−2r(T)+r(2T)=0
なので、はじめの位置と速度が位相から消える。残るのは2階差分で拾われる加速度だけである。真ん中の π パルスは、第19章のスピンエコーで不均一な広がりによる位相のずれを打ち消した π パルスと同じ働きをしている。エコーが周波数のばらつきを打ち消したように、原子干渉計の π パルスは速度のばらつきを打ち消す。
例題 29.2 Raman の Ramsey の縞が消える理由 ★★
オリジナル温度 4.85μK の 87Rb の雲に、向かい合う Raman の光で π/2 パルスを2つ、時間 T=1ms 離して当てる。
- (1) 縞の位相 ϕ1−ϕ2 のうち、原子の速度 v(keff の向きの成分)で決まる部分を書き、Gauss 分布の速度で平均した縞のコントラストを求めよ。
- (2) 同じことを波束の重なりで説明せよ。2つの出口の波束の間隔と、熱的 de Broglie 波長 λth=h/2πmkBTc(Tc は雲の温度)を比べよ。
- (3) π/2–π–π/2 では、時刻 2T に2本の経路の波束の間隔がいくらになるか。
解答
(1) ϕ1−ϕ2=keff(z(0)−z(T))=−keffvT(重力の分を除く)なので、速度の分布が平均 0、広がり σv の Gauss 分布なら
⟨cos(keffvT)⟩=e−(keffσvT)2/2
である。keffσvT=(1.61×107)(2.15×10−2)(10−3)=347 なので、コントラストは e−3472/2 で実質的に 0 である。
(2) 時刻 0 で ∣s⟩ へ移った成分は、時刻 T までに ∣g⟩ に残った成分より ℏkeffT/m=11.8μm だけ先へ進む。時刻 T の π/2 パルスの後、出口 ∣s⟩ には「時刻 0 に移った成分」と「時刻 T に移った成分」があり、両者は位置が 11.8μm ずれている。一方、温度 Tc=4.85μK の原子の波束が干渉できる長さの目安は λth=85nm である。ずれはその約 140 倍なので、2つの成分は重ならず干渉しない。(1) の速度の平均で縞が消えることと、波束が重ならないことは、同じ事実を運動量の表示と位置の表示で見たものである。
(3) 図 29.2 のとおり、時刻 T の π パルスで2つの成分の速度が入れ替わり、時刻 2T に間隔はちょうど 0 に戻る。重力が一様なら、この閉じ方は重力に影響されない(29.3節)。
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