相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第2部 第4章 §2.4.2 ★★★ 区画平均も相関を忘れる操作も、平衡の密度との D を減らす。減った量は捨てた情報 D(ρ∥粗視化したρ) に正確に等しい(Pythagoras の等式)
2つの粗視化
実験で見分けられるのは、相空間の細かい点ではなく、もっと粗い量である。このことを2通りの操作で表す。
定義 2.4.3(区画平均と周辺の積)
(i) 相空間を互いに重ならない区画 A1,…,AK に分け、区画 Ak の体積を ∣Ak∣、そこに入る確率を Pk:=∫AkρdΓ とする。各区画の中で密度をならした
(Cρ)(Γ):=∣Ak∣Pk(Γ∈Ak)(2.4.5)
を区画平均と呼ぶ。
(ii) 相空間が2つの部分 Γ=(Γ1,Γ2) に分かれているとき(2つの部分系、または位置と運動量)、周辺の密度 ρ1,ρ2 の積
(Mρ)(Γ1,Γ2):=ρ1(Γ1)ρ2(Γ2)(2.4.6)
を周辺の積と呼ぶ。部分が3つ以上でも同じに定める。
区画平均は、各点から同じ区画の中の一様な点へ飛ばす確率の規則 K(Γ∣Γ′)=1/∣Ak∣(Γ,Γ′∈Ak)で書けるので、線型な通信路である。区画の中で一様な密度(区画ごとに一定の値をとる密度)は区画平均で動かない。とくに全体の一様分布は動かない。周辺の積の方は ρ について線型でないが、部分ごとの密度の積で書ける密度は動かさない。
Pythagoras の等式
定理 2.4.4(粗視化の Pythagoras の等式 ★★★)
(i) σ が区画の中で一様なら
D(ρ∥σ)=D(ρ∥Cρ)+D(Cρ∥σ).(2.4.7)
(ii) σ=σ1σ2 が周辺の積の形なら
D(ρ∥σ1σ2)=I(Γ1;Γ2)ρ+D(ρ1ρ2∥σ1σ2),I(Γ1;Γ2)ρ=D(ρ∥ρ1ρ2).(2.4.8)
証明
(i) D(ρ∥σ)=∫ρln(ρ/Cρ)dΓ+∫ρln(Cρ/σ)dΓ と分ける。第1項は D(ρ∥Cρ) である。第2項の ln(Cρ/σ) は各区画の中で一定の値をとるので、それを ρ で平均しても Cρ で平均しても同じになる(区画ごとの確率 Pk だけで決まる)。したがって第2項は ∫Cρln(Cρ/σ)dΓ=D(Cρ∥σ) である。
(ii) 同じく ln(ρ1ρ2/σ1σ2)=ln(ρ1/σ1)+ln(ρ2/σ2) は Γ1 だけの関数と Γ2 だけの関数の和なので、その平均は周辺の密度だけで決まり、ρ で平均しても ρ1ρ2 で平均しても同じになる。
右辺はどちらの項も 0 以上なので、ただちに
D(Cρ∥σ)≤D(ρ∥σ),D(Mρ∥σ1σ2)≤D(ρ∥σ1σ2)(2.4.9)
が従い、等号は ρ がはじめから粗視化した形のときに限る。C は通信路なので左の不等式はデータ処理不等式そのものだが、定理 2.4.4 は不等式の両辺の差の値まで正確に与える。差 D(ρ∥Cρ) は「区画の中での細かい分布」の情報、差 I(Γ1;Γ2)ρ は部分どうしの相関の情報で、どちらも粗視化で捨てた情報の量である。
σ を一様分布 u(全体の体積 ∣Ω∣)にとると、D(ρ∥u)=ln∣Ω∣−H(ρ) なので、式 (2.4.7)・(2.4.8) はエントロピーの式
H(Cρ)−H(ρ)=D(ρ∥Cρ)≥0,H(ρ1)+H(ρ2)−H(ρ)=I(Γ1;Γ2)ρ≥0(2.4.10)
になる。粗視化で増えるエントロピーは、捨てた情報に等しい。例題 2.4.1 の周辺の和の増え 21ln(1+τ2) は、位置と運動量の相互情報量 I(x;k) である。

図 2.4.1 粗視化の Pythagoras の等式(定理 2.4.4)。横の線は区画の中で一様な密度(または周辺の積の形の密度)の集まりを表す。Cρ はその集まりの中で ρ に最も近い点で、斜辺 D(ρ∥σ) は2辺の和に分かれる。D は距離ではないが、この等式は直角三角形の辺の2乗の関係と同じ形をしている。
図 2.4.1 が表すもう1つの内容は、Cρ が「粗視化した形の密度のうちで ρ に最も近いもの」だということである。実際、区画の中で一様な任意の τ について式 (2.4.7) の σ を τ にすると D(ρ∥τ)=D(ρ∥Cρ)+D(Cρ∥τ)≥D(ρ∥Cρ) で、最小は τ=Cρ のときに達する。この意味で、粗視化は D についての射影である。2.4.5 節の最大エントロピーへの粗視化も同じ形の射影になる。
例題 2.4.2 4つの状態での2つの粗視化 ★★
オリジナル
- 4つの状態の上の分布 p=(0.5,0.1,0.3,0.1) を、区画 {1,2}・{3,4} で区画平均した Cp を求めよ。u を一様分布として D(p∥u)、D(p∥Cp)、D(Cp∥u) を求め、式 (2.4.7) を確かめよ。
- 2つの2値の変数の結合分布 p(0,0)=p(1,1)=0.4、p(0,1)=p(1,0)=0.1 について、周辺の積との差 I を求め、エントロピーが粗視化でいくら増えるかを答えよ。
解答
(1) 区画の確率は P1=0.6、P2=0.4 で、各区画に2状態ずつあるので Cp=(0.3,0.3,0.2,0.2) である。H(p)=1.168、H(Cp)=1.366、ln4=1.386 なので
D(p∥u)=ln4−H(p)=0.218,D(p∥Cp)=H(Cp)−H(p)=0.198,D(Cp∥u)=ln4−H(Cp)=0.020.
0.198+0.020=0.218 で、等式が成り立つ。区画平均で D(⋅∥u) は 0.218 から 0.020 に減り、減った 0.198 nat は区画の中の偏り(状態1と2の 0.5:0.1、3と4の 0.3:0.1)の情報である。
(2) 周辺はどちらも (0.5,0.5) で、H の和は 2ln2=1.386 である。結合の H は −2(0.4ln0.4+0.1ln0.1)=1.193 なので、I=1.386−1.193=0.193 nat で、これは ln2−hb(0.2) に等しい(一方を知ると他方は確率 0.8 で同じ値)。周辺の積に置き換えると、エントロピーは 0.193 nat 増える。
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