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有限のゲート集合で近似する:Solovay–Kitaev の定理

2026年10月15日12分で読めますAI生成教科書『虎の巻』第6部 第1章 回路モデルと万能性
目次
  1. なぜ近似で満足するのか
  2. 誤りはゲートごとに足し算で積み上がる
  3. 有限のゲート集合で回転を埋め尽くす
  4. Solovay–Kitaev の定理
  5. 木下の層

AI 生成・木下が未勉強

相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第6部 第1章 §6.1.3 ★★★ 有限個のゲートの積は数えられるだけしかないので、万能性は「任意の精度で近似できる」の意味になる。誤りはゲートごとに足し算で積み上がり、必要なゲートの数は精度の対数の多項式で済む

なぜ近似で満足するのか

2節の万能性は「すべての1量子ビットのユニタリ」という連続無限個のゲートを前提にしていた。実際の装置で用意できるのは有限個の種類のゲートで、とくに誤り訂正の中(第6部第5章)では、誤りに強く作れるゲートが H,S,T,CNOTH,S,T,\mathrm{CNOT} のような少数のものに限られる。有限個の種類のゲートを有限個並べた積は、数えられる個数しかない。一方 nn 量子ビットのユニタリ全体は、全体の位相を除いて 4n−14^n-1 次元の連続な集合である。したがって有限のゲート集合では、ほとんどのユニタリは厳密には作れない。求めるのは近似である。

定義 6.1.7(近似の意味での万能性)

ゲートの集合 G\mathcal G が万能であるとは、任意の nn、任意の nn 量子ビットのユニタリ UU、任意の ε>0\varepsilon >0 について、G\mathcal G の元の有限個の積 VV と位相 eiφ\mathrm{e}^{\mathrm{i}\varphi} で∥U−eiφV∥<ε\lVert U-\mathrm{e}^{\mathrm{i}\varphi}V\rVert <\varepsilon となるものがあることをいう。

誤りはゲートごとに足し算で積み上がる

近似を許すなら、各ゲートを少しずつ違うもので置き換えたとき、回路全体でどれだけずれるかを知る必要がある。

補題 6.1.8(誤りの積み上がり ★★★)

ユニタリ U1,…,UmU_1,\dots,U_m と V1,…,VmV_1,\dots,V_m について

∥Um⋯U1−Vm⋯V1∥≤∑i=1m∥Ui−Vi∥.(6.1.5)\lVert U_m\cdots U_1-V_m\cdots V_1\rVert \le\sum_{i=1}^m\lVert U_i-V_i\rVert .\tag{6.1.5}

証明

m=2m=2 のとき、U2U1−V2V1=U2(U1−V1)+(U2−V2)V1U_2U_1-V_2V_1=U_2(U_1-V_1)+(U_2-V_2)V_1 と分け、ユニタリを掛けても作用素ノルムは変わらないことを使えば∥U2U1−V2V1∥≤∥U1−V1∥+∥U2−V2∥\lVert U_2U_1-V_2V_1\rVert \le\lVert U_1-V_1\rVert +\lVert U_2-V_2\rVert。一般の mm は、m−1m-1 個の積を1つのユニタリとみなして同じ分け方を繰り返せばよい。

誤りが掛け算でなく足し算で増えるのは、ユニタリが長さを変えないからである。回路の大きさが LL で全体の誤りを ε\varepsilon 以下にしたければ、各ゲートを ε/L\varepsilon /L の精度で近似すれば足りる。

作用素ノルムの差が、測定の結果にどう現れるかも確かめておく。同じ入力 ∣ψ⟩| \psi \rangle に UU と VV を当てた2つの純粋状態 ∣a⟩=U∣ψ⟩| a \rangle =U| \psi \rangle、∣b⟩=V∣ψ⟩| b \rangle =V| \psi \rangle のトレース距離はT(∣a⟩⟨a∣,∣b⟩⟨b∣)=1−∣⟨a∣b⟩∣2T(| a \rangle \langle a |,| b \rangle \langle b |)=\sqrt{1-\lvert \langle a | b \rangle \rvert ^2} である。x=∣⟨a∣b⟩∣≤1x=\lvert \langle a | b \rangle \rvert \le1 と置くと∥∣a⟩−∣b⟩∥2=2−2Re⁡⟨a∣b⟩≥2−2x≥1−x2\lVert | a \rangle -| b \rangle \rVert ^2=2-2\operatorname{Re}\langle a | b \rangle \ge2-2x\ge1-x^2(最後は (1−x)2≥0(1-x)^2\ge0)なので、

T(∣a⟩⟨a∣,∣b⟩⟨b∣)≤∥∣a⟩−∣b⟩∥≤∥U−V∥.(6.1.6)T(| a \rangle \langle a |,| b \rangle \langle b |)\le\lVert | a \rangle -| b \rangle \rVert \le\lVert U-V\rVert .\tag{6.1.6}

第3部第1章(第3部第1章)の Helstrom の結果によれば、2つの状態を1回の測定で見分ける成功確率は最善でも 12(1+T)\tfrac12(1+T) である。したがって、全体の誤りが ∥U−V∥≤ε\lVert U-V\rVert \le\varepsilon の回路は、どんな測定をしても、理想の回路と確率 12(1+ε)\tfrac12(1+\varepsilon ) を超えて見分けられない。測定の結果のどの確率も、理想の値から ε\varepsilon 以上ずれない。

有限のゲート集合で回転を埋め尽くす

1量子ビットのゲートのうち HH と SS が生成する群(Clifford 群)は、全体の位相を除いて24個の元しか持たない有限群である。Clifford 群のゲートと CNOT と Pauli 行列の測定だけからなる回路は、古典の計算機で効率よく真似できる(Gottesman–Knill の定理1D. Gottesman (1998), arXiv:quant-ph/9807006。下の脚注へ。スタビライザーの言葉は 第3部第9章)。万能にするには Clifford 群の外のゲートが要り、TT がその標準の選び方である。

命題 6.1.9(T⋅HTHT\cdot HTH の回転角は π\pi の無理数倍 ★★)

例題 6.1.1 の回転 U=T HTHU=T\,HTH の角 θ\theta(cos⁡(θ/2)=cos⁡2(π/8)\cos(\theta/2)=\cos^2(\pi/8))について、θ/π\theta/\pi は無理数である。

証明

cos⁡θ=2cos⁡2(θ/2)−1=2cos⁡4(π/8)−1\cos\theta=2\cos^2(\theta/2)-1=2\cos^4(\pi/8)-1 に cos⁡2(π/8)=(2+2)/4\cos^2(\pi/8)=(2+\sqrt2)/4 を入れると cos⁡θ=(22−1)/4\cos\theta=(2\sqrt2-1)/4。x=2cos⁡θ=(22−1)/2x=2\cos\theta=(2\sqrt2-1)/2 は 4x2+4x−7=04x^2+4x-7=0 を満たし、この2次式は有理数の範囲で因数分解できない(判別式 128128 は平方数でない)。したがって xx の最小多項式は x2+x−7/4x^2+x-7/4 で、係数が整数でないから xx は代数的整数でない。もし θ/π\theta/\pi が有理数なら eiθ\mathrm{e}^{\mathrm{i}\theta} は1の冪根で、1の冪根は代数的整数なので、その和 x=eiθ+e−iθx=\mathrm{e}^{\mathrm{i}\theta}+\mathrm{e}^{-\mathrm{i}\theta} も代数的整数になるはずである。矛盾。

角が π\pi の無理数倍なら、U,U2,U3,…U,U^2,U^3,\dots の回転角 kθk\theta を 2π2\pi で割った余りは [0,2π)[0,2\pi) の中に稠密に並ぶ(鳩の巣原理:NN 個の角のうち2つは 2π/N2\pi/N 以内に入り、その差の倍数で円を細かく刻める)。したがって、軸 n\bm{n} のまわりの任意の角の回転を、UU の冪で任意の精度に近似することができる。HH で挟んだ HUHHUH は軸を (cos⁡π8,−sin⁡π8,cos⁡π8)(\cos\frac\pi8,-\sin\frac\pi8,\cos\frac\pi8) の向きに移した回転で、n\bm{n} と平行でない。平行でない2本の軸のまわりの任意の角の回転を有限個掛ければ、任意の回転を作ることができる。こうして {H,T}\{H,T\} は1量子ビットで万能になり、CNOT を足した {H,T,CNOT}\{H,T,\mathrm{CNOT}\} は2節の結果と合わせて万能になる。

Solovay–Kitaev の定理

万能であることは分かったが、上の「冪で角を合わせる」やり方では、精度 ε\varepsilon を得るのに 1/ε1/\varepsilon に比例する長さの積が要る。これをはるかに短くできることを保証するのが次の定理である。

定理 6.1.10(Solovay–Kitaev の定理 ★★★)

1量子ビットのゲートの有限集合 G\mathcal G が逆元について閉じていて(g∈Gg\in\mathcal G なら g†g^\dagger も積で書ける)、G\mathcal G が生成する群が回転全体の中で稠密であるとする。このとき、任意の回転 UU と ε>0\varepsilon >0 について、G\mathcal G の元を O(ln⁡c(1/ε))\mathcal{O}(\ln^c(1/\varepsilon )) 個並べた積で UU を精度 ε\varepsilon で近似できる。cc は G\mathcal G によらない定数である。

定理は Solovay と Kitaev が独立に得たもので、Kitaev の論文2A. Yu. Kitaev (1997), Russian Mathematical Surveys 52, 1191–1249。下の脚注へに証明がある。Dawson と Nielsen3C. M. Dawson and M. A. Nielsen (2006), Quantum Information and Computation 6, 81–95。下の脚注へは積を実際に組み立てる手順を与え、その長さを O(ln⁡3.97(1/ε))\mathcal{O}(\ln^{3.97}(1/\varepsilon )) と見積もった。証明の考え方は、粗い近似を作ってから、残った小さなずれを「群の交換子 VWV†W†VWV^\dagger W^\dagger」で打ち消す操作を再帰的に繰り返すことにある。小さい回転 V,WV,W の交換子はさらに小さい回転になり、ずれの大きさが1段ごとにおよそ 3/23/2 乗で小さくなる一方、積の長さは5倍にしかならない。この比から指数 c=ln⁡5/ln⁡(3/2)≈3.97c=\ln5/\ln(3/2)\approx3.97 が出る。

定理の内容を言い換えると、近似の精度を上げる手間は精度の桁数の多項式で済む。2節の回路が厳密なゲートで LL 個のとき、各ゲートを ε/L\varepsilon /L の精度で G\mathcal G の積に置き換えれば(補題 6.1.8)、全体の大きさは O(Lln⁡c(L/ε))\mathcal{O}(L\ln^c(L/\varepsilon )) で、もとの LL に対数の多項式が掛かるだけである。したがって、どの万能なゲート集合を選んでも、効率よく解ける問題の範囲は変わらない。

図

図 6.1.2 HH と TT だけを LL 個以下並べた語で、回転 Rz(1)R_z(1) にどこまで近づけるか(点線、すべての語を数え上げた厳密な値)。距離は位相を除いた作用素ノルムmin⁡φ∥Rz(1)−eiφV∥\min_\varphi\lVert R_z(1)-\mathrm{e}^{\mathrm{i}\varphi}V\rVert。実線は、位相を除いて異なる元の数 NLN_L から見積もった目安 NL−1/3N_L^{-1/3}。NLN_L は1文字ごとに約 1.301.30 倍に増え、L=42L=42 で 1.39×1061.39\times10^6 個になる。最小距離は階段状に下がりながら、目安の線に沿って指数的に小さくなる。

図 6.1.2 は、{H,T}\{H,T\} の語をすべて数え上げて、回転 Rz(1)R_z(1) への最小距離を調べたものである。T8=1T^8=\mathbf 1 や Clifford 群の関係で同じ元が何度も現れるので、位相を除いて異なる元の数は 2L2^L よりずっと少なく、1文字ごとに約 1.301.30 倍にしか増えない。それでも最小距離は、異なる元の数を NLN_L として NL−1/3N_L^{-1/3} の線に沿って下がる。指数 −1/3-1/3 の理由は4節の数え上げで説明する。

例題 6.1.3 誤りの予算を配る ★★

オリジナルあるアルゴリズムの回路に、{H,T}\{H,T\} で近似しなければならない1量子ビットの回転が m=106m=10^6 個含まれている。それ以外のゲートは誤りなく作れるとする。

  1. 回路全体の誤り(作用素ノルム)を 0.010.01 以下にするには、1個の回転をどの精度 ε1\varepsilon _1 で近似すれば足りるか。
  2. そのとき、理想の回路と実際の回路を1回の測定で見分ける成功確率の上限を求めよ。
  3. 回転全体(3次元)を精度 ε1\varepsilon _1 で覆うには、およそ ε1−3\varepsilon _1^{-3} 個の異なる元が要る。{H,T}\{H,T\} の語が1文字ごとに高々2倍にしか増えないことから、1個の回転に要る語の長さの下限の目安を求めよ。また Solovay–Kitaev の見積もり ln⁡3.97(1/ε1)\ln^{3.97}(1/\varepsilon _1) と比べよ。
解答

(1) 補題 6.1.8 から、全体の誤りは mε1m\varepsilon _1 以下である。mε1≤0.01m\varepsilon _1\le0.01 より ε1=10−8\varepsilon _1=10^{-8} で足りる。

(2) 式 (6.1.6) から出力の状態のトレース距離は 0.010.01 以下で、Helstrom の結果から成功確率は 12(1+0.01)=0.505\tfrac12(1+0.01)=0.505 以下である。当て推量の 0.50.5 をわずか 0.0050.005 しか上回れない。

(3) 長さ ℓ\ell の語は高々 2ℓ2^\ell 個なので、2ℓ≳ε1−32^\ell\gtrsim\varepsilon _1^{-3} が要る。ℓ≳3log⁡2(1/ε1)=3×26.6=79.7\ell\gtrsim3\log_2(1/\varepsilon _1)=3\times26.6=79.7 である。Solovay–Kitaev の見積もりは ln⁡3.97(108)=18.423.97=1.06×105\ln^{3.97}(10^8)=18.42^{3.97}=1.06\times10^5 で(定数を除く)、下限の目安よりはるかに長い。Solovay–Kitaev の定理は多項式で済むことの保証で、最短の長さを与えるものではない。{H,T}\{H,T\} と Clifford 群については、数の性質を使って下限の目安と同じ程度の長さ(TT の個数がおよそ 3log⁡2(1/ε)3\log_2(1/\varepsilon ))で zz 軸の回転を近似する方法が知られている4N. J. Ross and P. Selinger (2016), Quantum Information and Computation 16, 901–953。下の脚注へ。

1 D. Gottesman (1998), arXiv:quant-ph/9807006。

2 A. Yu. Kitaev (1997), Russian Mathematical Surveys 52, 1191–1249。

3 C. M. Dawson and M. A. Nielsen (2006), Quantum Information and Computation 6, 81–95。

4 N. J. Ross and P. Selinger (2016), Quantum Information and Computation 16, 901–953。

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