近似の数理 第1章 §1.3 ★★★ 3つの型の振る舞いの違いを、厳密値の分かる問題で数値として見る
3つの型の違いを、厳密値が数値的に求まる1次元の問題で見ておく。非調和振動子
H=2p2+2x2+λx4,p=−idxd(ℏ=m=ω=1)(1.1)
の基底エネルギー E(λ) を、λ=0.1 で求める。λx4 が入ると Hψ=Eψ は閉じた形では解けない。調和振動子の固有関数を大量に(120個)使った対角化で得た値
E(0.1)=0.559146327⋯
を「厳密値」として基準にする(検算スクリプト)。
A型その1:線型部分空間への射影(Ritz法)
調和振動子の固有関数 ϕ0,ϕ1,… のうち、基底状態と同じ偶パリティの ϕ0,ϕ2,…,ϕ2K−2 の K 個が張る部分空間 VK に試行関数を制限し、H の期待値を最小化する。これは K×K 行列 (⟨ϕ2i∣H∣ϕ2j⟩) の最小固有値を求めることと同じである(第4章で示す)。K=1 では ⟨ϕ0∣H∣ϕ0⟩=21+43λ=0.575 となり、これは1次摂動の値と一致する。
A型その2:曲がった集合への制限(ガウス変分)
試行関数を幅だけが可変なガウス関数 ψs(x)∝exp(−x2/4s) に制限する。⟨x2⟩=s、⟨p2⟩=1/(4s)、⟨x4⟩=3s2 なので
EG(s)=8s1+2s+3λs2.
これを s で最小化する。ガウス関数の全体は線型空間ではない(2つのガウス関数の和はガウス関数でない)。この制限の仕方は、多体波動関数を Slater 行列式に制限する Hartree–Fock 法と同じ構造をもつ。変分原理により EG≥E は保証されるが、集合を大きくしていく列が無いので、誤差を 0 に近づける手段が無い。λ=0.1 での最小は s=0.40943⋯、EG=0.560307⋯ である。
B型:小さいパラメータについての展開(摂動級数)
λ を小さいパラメータとみなして E(λ)=∑kckλk と展開する。Rayleigh–Schrödinger 摂動論で係数を厳密に計算すると
E(λ)=21+43λ−821λ2+16333λ3−12830885λ4+256916731λ5−102465518401λ6+⋯
となる(検算スクリプト で6次まで再計算)。係数の比 ∣ck+1/ck∣ は k とともに増え続け、実際この級数の収束半径は 0 である(Bender と Wu が係数の増え方 ck∼(−1)k+1定数⋅3kΓ(k+21) を求めた)。
表 1.1 非調和振動子 λ=0.1 の基底エネルギー(厳密値 0.5591463272)。誤差は近似値−厳密値| A型:Ritz(偶関数基底 K 個) | B型:摂動級数の部分和 |
| K | 近似値 | 誤差 | 次数 | 部分和 | 誤差 |
| 1 | 0.5750000000 | +1.6×10−2 | 0 | 0.500000 | −5.9×10−2 |
| 2 | 0.5595649110 | +4.2×10−4 | 1 | 0.575000 | +1.6×10−2 |
| 4 | 0.5591659502 | +2.0×10−5 | 2 | 0.548750 | −1.0×10−2 |
| 6 | 0.5591466072 | +2.8×10−7 | 3 | 0.569562 | +1.0×10−2 |
| 8 | 0.5591463324 | +5.3×10−9 | 4 | 0.545434 | −1.4×10−2 |
| 10 | 0.5591463274 | +2.1×10−10 | 5 | 0.581243 | +2.2×10−2 |
| 14 | 0.5591463272 | +2.2×10−13 | 6 | 0.517261 | −4.2×10−2 |
| A型(曲がった集合):ガウス変分 EG=0.5603073711、誤差 +1.2×10−3(これ以上改善する手段が無い) |

図 1.1 非調和振動子(λ=0.1)での3つの近似の誤差。Ritz は基底を増やすと指数的に誤差が減る。摂動級数は2〜3次で誤差が最小になり、その先は悪化する。ガウス変分は1点で止まる
表1.1と図1.1から、3つの近似の性格の違いが読み取れる。
線型部分空間への射影(Ritz法)は、すべての近似値が厳密値より大きく(上界)、基底を増やすと単調に下がり、誤差はおよそ指数的に 0 へ近づく。上界性と単調性は min-max 原理(第3章)から、速い収束は基底状態の波動関数が非常に滑らか(実解析的)であることから来る(第4章)。分子の計算でガウス型基底の収束がこれよりずっと遅いのは、真の波動関数が原子核や電子どうしの衝突点で尖っていて(Kato のカスプ)、滑らかなガウス関数ではその尖りを表せないためである。
曲がった集合への制限(ガウス変分)は上界を与えるが、基底を2個にした Ritz(誤差 4.2×10−4)よりも悪い。ガウス関数の集合をどう広げれば厳密解に近づくかという手順が、この集合自体には含まれていない。Hartree–Fock 法の誤差(相関エネルギー)が、計算をどれだけ精密にしても消えないのと同じ構造である(第5章)。
摂動級数は、λ=0.1 では2〜3次で打ち切ると誤差 10−2 程度で、それ以上次数を上げると悪化する。これは級数が漸近級数であることの現れで、各次数 k について λ→0 で E(λ)−∑j≤kcjλj=O(λk+1) は成り立つが、λ を固定して k→∞ とすると発散する。実際 λ=0.01 では3次までの部分和の誤差は 2.1×10−6 まで小さくなる(検算スクリプト)。B 型の近似は、パラメータが十分小さいときには極めて正確だが、パラメータを固定したまま精度を上げる手段は持たない(第7章)。
「近似を上げれば正確になる」とは限らない
A 型の線型版だけが「計算量を増やせば必ず厳密解に近づく」という性質をもつ。曲がった集合への制限は改善の手段を持たず、漸近級数は次数を上げると悪化しうる。物理の近似で「次の次数まで計算すれば良くなるはず」と考えるときは、それがどの型の近似かを確認する必要がある。
例題 1.3 基底2個の Ritz 法を手で解く ★★
オリジナル非調和振動子 (1.1) で、調和振動子の固有関数 ϕn について次の行列要素が成り立つ(x=(a+a†)/2 から計算できる)。
⟨ϕ0∣x4∣ϕ0⟩=43,⟨ϕ2∣x4∣ϕ2⟩=439,⟨ϕ0∣x4∣ϕ2⟩=232,⟨ϕ0∣x4∣ϕ4⟩=26.
- (1) K=2(ϕ0,ϕ2 の2個)の Ritz 法の 2×2 行列を書き、λ=0.1 での最小固有値を求めて表1.1の値と比べよ。
- (2) その最小固有値を λ について2次まで展開し、厳密な2次の係数 −821 と比べよ。足りない分は ϕ4 からの寄与であることを確かめよ。
解答
(1) ⟨ϕn∣H∣ϕn⟩ の調和振動子部分は n+21 なので、
H2=(21+43λ232λ232λ25+439λ).
λ=0.1 では対角成分が a=0.575、d=3.475、非対角成分が b=0.212132 で、最小固有値は
2a+d−(2d−a)2+b2=2.025−2.1025+0.045=0.5595649⋯
となり、表の K=2 の値 0.5595649110 と一致する。
(2) 2×2 行列の最小固有値は、非対角成分について2次まで a−b2/(d−a)+⋯ である。d−a=2+O(λ)、b2=29λ2 なので、λ の2次までで
21+43λ−49λ2.
厳密な係数との差は −821+49=−83。2次摂動は −∑n≥1∣⟨ϕ0∣x4∣ϕn⟩∣2/n で、偶パリティで ϕ0 とつながるのは ϕ2 と ϕ4 だけである。ϕ4 の項は −(6/2)2/4=−83 で、ちょうど足りない分に一致する。部分空間 V2 に入っていない ϕ4 の方向の寄与が欠けた分だけ、Ritz の値は厳密値より上に残る。−49 は例題「ガウス変分のエネルギー」で得た係数と同じで、どちらの試行関数も x2 の方向にしか形を変えられないことを反映している(検算スクリプト)。
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