近似の数理 第4章 §4.4 ★★ 上界だけでは誤差が分からない。分散を使うと真の固有値を両側から挟める
Rayleigh–Ritz 法は上界しか出さない。上界が −0.4950 と出ても、真の値が −0.4951 なのか −0.6 なのかは上界だけからは分からない。誤差の幅を知るには、何らかの下界が要る。そのための最も基本的な量はエネルギーの分散
σ2:=⟨H2⟩−⟨H⟩2=∥(H−⟨H⟩)ψ~∥2(∥ψ~∥=1, ⟨H⟩=⟨ψ~,Hψ~⟩)
である。ψ~ が固有関数なら Hψ~=Eψ~ なので σ=0。σ は「ψ~ が固有関数からどれだけ外れているか」をエネルギーの単位で測る。
定理 4.11(Weinstein の評価 ★★)
ψ~∈D(H)、∥ψ~∥=1 のとき、区間 [⟨H⟩−σ, ⟨H⟩+σ] は H のスペクトルの点を少なくとも1つ含む。
証明
スペクトル分解で ψ~ をスペクトル測度 dν(λ)(∫dν=1)に分解するとσ2=∫(λ−⟨H⟩)2dν(λ)≥dist(⟨H⟩,σ(H))2∫dν。よって dist(⟨H⟩,σ(H))≤σ。
Weinstein の評価は誤差を σ の1乗で押さえる。これに対して、エネルギーの誤差は波動関数の誤差の2乗であり、σ は波動関数の誤差の1乗程度なので、σ の1乗の評価は粗すぎる。次の Temple の不等式は、第2の固有値についての情報を少し使う代わりに、σ2 の評価を与える。
定理 4.12(Temple の不等式 ★★)
E0 を H の最低固有値とし、E0 の次のスペクトルの点が ε 以上であるような数 ε を知っているとする。ψ~∈D(H)、∥ψ~∥=1 で ⟨H⟩<ε ならば
⟨H⟩−ε−⟨H⟩σ2 ≤ E0 ≤ ⟨H⟩.(4.9)
証明
右の不等式は変分原理である。左を示す。スペクトルの点 λ は λ=E0 か λ≥ε のどちらかなので、いずれの場合も (λ−E0)(λ−ε)≥0 である。スペクトル分解で期待値をとると
⟨ψ~,(H−E0)(H−ε)ψ~⟩=⟨H2⟩−(E0+ε)⟨H⟩+E0ε≥0.
E0 について整理すると E0(ε−⟨H⟩)≥ε⟨H⟩−⟨H2⟩。仮定 ε−⟨H⟩>0 で割り、⟨H2⟩=σ2+⟨H⟩2 を代入するとE0≥(ε⟨H⟩−⟨H⟩2−σ2)/(ε−⟨H⟩)=⟨H⟩−σ2/(ε−⟨H⟩)。
Temple の不等式の使い方と弱点
ε には第2固有値 E1 の下界が要る。E1 の上界なら Rayleigh–Ritz で簡単に得られるが、下界は一般に難しい。対称性で E1 を遠ざける(例えば s 状態だけの部分空間で考えれば、比べる相手は次の s 状態になる)、別の簡単な比較問題から下界を借りる、といった工夫が必要になる。またこの評価には ⟨H2⟩、すなわち ∥Hψ~∥2 が要る。ψ~ が H の定義域に入っていない(例えばカスプ条件を破っていて Hψ~ が 1/r の特異性を持つ)と、⟨H2⟩ が大きくなり、評価は急に弱くなる。この点は次節で数値で確かめる。
例題 4.4 スレーター型試行関数の Temple 下界 ★★
オリジナル水素原子(原子単位、H=−21Δ−r1)の基底状態を、試行関数 ψ~ζ=ζ3/πe−ζr で近似する。
- Hψ~ζ=(−2ζ2+rζ−1)ψ~ζ を示し、⟨H⟩ と σ2 を求めよ。ただし ⟨1/r⟩=ζ、⟨1/r2⟩=2ζ2 を使ってよい。
- ζ=0.9 のとき、s 状態の第2固有値 −1/8 を ε にとって、Temple 下界と Weinstein の区間を求めよ。
解答
(1) 動径関数 f(r)=e−ζr について Δf=f′′+r2f′=(ζ2−r2ζ)f。よってHψ~ζ=(−2ζ2+rζ−r1)ψ~ζ。期待値をとって⟨H⟩=−2ζ2+(ζ−1)ζ=2ζ2−ζ。また
⟨H2⟩=∥Hψ~ζ∥2=4ζ4−ζ2(ζ−1)⟨r1⟩+(ζ−1)2⟨r21⟩=4ζ4−ζ3(ζ−1)+2ζ2(ζ−1)2.
⟨H⟩2=4ζ4−ζ3+ζ2 を引くと、σ2=ζ4−2ζ3+ζ2=ζ2(ζ−1)2、すなわち σ=ζ∣ζ−1∣。ζ=1 で σ=0 となり、厳密な固有関数であることと整合する。
(2) ζ=0.9 で ⟨H⟩=0.405−0.9=−0.495、σ2=0.81×0.01=0.0081。ε=−1/8 とすると ε−⟨H⟩=0.37>0 なのでTemple の不等式が使えて
−0.495−0.370.0081=−0.51689 ≤ E0 ≤ −0.495.
真の値 −0.5 はこの区間に入っている。Weinstein の区間は [−0.495−0.09,−0.495+0.09]=[−0.585,−0.405] で、幅は Temple の約4倍ある。上界の誤差 0.005 に対して Temple 下界の誤差は 0.017 で、同じ桁に収まっている(検算スクリプト)。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com