近似の数理 第6章 §6.5 ★★★ 有界な相互作用なら、Hartree 方程式が N→∞ で厳密になることを数ページで証明できる
主張
定理 6.10(有界な相互作用での量子平均場極限 ★★★)
W:R3→R は偶関数で有界(∥W∥∞<∞)とし、
HN=j=1∑N(−Δj)+N−11i<j∑W(xi−xj)
とする。φ0∈L2(R3)、∥φ0∥=1 に対し、ψN(t)=e−iHNtφ0⊗N、φt を Hartree 方程式 (6.10) の解とする。このとき
αN(t):=⟨ψN(t),q1ψN(t)⟩≤7(N−1)e7∥W∥∞t−1,TrγN(1)(t)−∣φt⟩⟨φt∣≤2αN(t)+2αN(t).
ここで p=∣φt⟩⟨φt∣、q=1−p で、添字 1 は第1粒子に作用することを表す。とくに固定した t で γN(1)(t)→∣φt⟩⟨φt∣(トレースノルム)。
αN(t) は「第1粒子が凝縮状態 φt から外れている確率」であり、ボソンの対称性から「凝縮から外れた粒子の割合の期待値」とも読める。この量に Grönwall 型の評価をかけるのが Pickl の方法の骨子で、階層の一意性という難所を通らずに済む。Hartree 方程式は、W が有界なら非線形項 φ↦(W∗∣φ∣2)φ が L2 で局所リプシッツであり、∥φt∥=1 が保存されるので、大域的に一意な解を持つ(第2章の Picard の論法がそのまま使える)。
α とトレースノルムの関係
補題 6.11(★★)
γ を正でトレース 1 の作用素、p=∣φ⟩⟨φ∣、q=1−p、α=Tr(qγ) とするとα≤∥γ−p∥1≤2α+2α。
証明
γ−p=(pγp−p)+pγq+qγp+qγq と分ける。pγp=⟨φ,γφ⟩p=(1−α)p なので第1項のトレースノルムは α。qγq は正なのでトレースノルムはトレース α に等しい。pγq=∣φ⟩⟨qγφ∣ は階数1で、トレースノルムは∥qγφ∥≤∥qγ1/2∥∥γ1/2φ∥≤Tr(qγq)⋅1=α(∥qγ1/2∥2=∥qγq∥≤Tr(qγq) を使った)。qγp も同じ。合計で上界を得る。下界は α=Tr(q(γ−p))≤∥q∥∥γ−p∥1 による。
αN=⟨ψN,q1ψN⟩=Tr(qγN(1)) なので、補題から αN→0 と γN(1)→p(トレースノルム)は同値である。
例題 6.5 補題の上界の α は落とせない ★★
オリジナル2次元の1粒子空間で、正規直交な φ,χ をとり、p=∣φ⟩⟨φ∣ とする。0<α<1 として次の2つの状態を考える。
γmix=(1−α)∣φ⟩⟨φ∣+α∣χ⟩⟨χ∣,γpure=∣ψ⟩⟨ψ∣,ψ=1−αφ+αχ.
- (1) どちらも Tr(qγ)=α であることを確かめよ。
- (2) ∥γmix−p∥1=2α、∥γpure−p∥1=2α を示せ。
- (3) α=0.01 のとき2つの値と補題の上界 2α+2α を比べ、定理 6.10 のトレースノルムの速さが N−1/2 になる理由を述べよ。
解答
(1) q=∣χ⟩⟨χ∣ である。Tr(qγmix)=α は直接読める。Tr(qγpure)=∣⟨χ,ψ⟩∣2=α。
(2) 基底 (φ,χ) で行列に書く。γmix−p=diag(−α,α) なので固有値の絶対値の和は 2α。γpure−p=(−αα(1−α)α(1−α)α) はトレースが 0 で、行列式が −α2−α(1−α)=−α なので固有値は ±α、トレースノルムは 2α。
(3) α=0.01 で混合状態は 0.02、純粋状態は 0.2、補題の上界は 0.22 である。凝縮から外れた成分が凝縮と干渉する(非対角要素 pγq を持つ)と、トレースノルムは α でなく α の大きさになる。補題はこの最悪の場合を含むので、αN=O(1/N) から言えるトレースノルムの速さは O(N−1/2) にとどまる。実際の γN(1) では非対角要素も 1/N で小さいことが別の方法で示され、トレースノルムでも 1/N になる(検算スクリプト)。
証明
定理 6.10 の証明(前半)
ψ=ψN(t)、V=W∗∣φt∣2、∥W∥=∥W∥∞ と略記する。∥V∥∞≤∥W∥ である。以下の計算は ψ と φt が十分滑らかとして行う(有界な W では HN の定義域は −Δ のものと同じなので、滑らかな初期値で示してから近似で一般の L2 の初期値へ広げられる)。
(i) α の時間微分。 i∂tφt=(h+V)φt から ∂tp=−i[h+V,p]、よって ∂tq1=i[h1+V1,q1]。また dtd⟨ψ,Aψ⟩=⟨ψ,(∂tA+i[HN,A])ψ⟩ なので
dtdα=i⟨ψ,[HN−h1−V1,q1]ψ⟩.
HN のうち q1 と交換しないのは h1 と W1j(j≥2)だけで、h1 は引き算で消える。ボソンの対称性から W1j の寄与はすべて W12 と同じなので、N−11∑j≥2W1j は W12 に置き換えてよく、A:=W12−V1 として
dtdα=i(⟨ψ,Aq1ψ⟩−⟨ψ,q1Aψ⟩)=−2Im⟨ψ,Aq1ψ⟩.
左に 1=p1+q1 を挿むと、⟨ψ,q1Aq1ψ⟩ は実数(A は自己共役)なので虚部に寄与しない。さらに左右に 1=p2+q2 を挿むと、dtdα=−2Im(a+b+c+d) で
a=⟨ψ,p1p2Aq1p2ψ⟩, b=⟨ψ,p1p2Aq1q2ψ⟩, c=⟨ψ,p1q2Aq1p2ψ⟩, d=⟨ψ,p1q2Aq1q2ψ⟩.
(ii) Hartree の場が打ち消すもの。 恒等式 (6.11) の作用素版 p2W12p2=V1p2 からp1p2Aq1p2=p1(p2W12p2−V1p2)q1=0、すなわち a=0。これが平均場 V=W∗∣φ∣2 を選んだ理由そのものである。平均場は「粒子2が凝縮にいるときに粒子1が感じる力」を正確に差し引くので、凝縮どうしの相互作用は α を変えない。b と d の V1 の部分は p2V1q2=V1p2q2=0 で消え、c の V1 の部分も q2V1p2=0 で消える。c=⟨ψ,p1q2W12q1p2ψ⟩ は、粒子1と2の入れ替えで作用素がその共役に移り、ψ が対称なので実数になる。よって
dtdα≤2∣b∣+2∣d∣.
残る b と d を評価する。
定理 6.10 の証明(後半)
(iii) d の評価(凝縮から外れた粒子が関わる項)。 ∥q2ψ∥2=∥q1ψ∥2=α(対称性)、∥q1q2ψ∥≤∥q1ψ∥ を使い
∣d∣=∣⟨p1q2ψ,(W12−V1)q1q2ψ⟩∣≤∥q2ψ∥⋅2∥W∥⋅∥q1ψ∥=2∥W∥α.
(iv) b の評価(2粒子が同時に凝縮から飛び出す項)。 素朴には ∣b∣≤∥W∥∥q1q2ψ∥≤∥W∥α で、これでは α′≲α となって α(0)=0 から小ささが出ない。そこで、対称性を使って W12 を N−1 本に広げ直す。
∣b∣=N−11j=2∑N⟨q1qjψ,W1jp1pjψ⟩=N−11⟨q1ψ, j=2∑NqjW1jp1pjψ⟩≤N−1αj=2∑NqjW1jp1pjψ.
右辺のノルムの2乗を展開すると、j=k の項は N−1 個でそれぞれ ∥W∥2 以下。j=k の項では、qk が粒子 1,j の作用素と、qj が粒子 1,k の作用素と交換するので
⟨ψ,p1pjW1jqjqkW1kp1pkψ⟩=⟨qkψ,p1pjW1jW1kp1pkqjψ⟩
と並べ替えられ、大きさは ∥W∥2∥qkψ∥∥qjψ∥=∥W∥2α 以下である。こちらは (N−1)(N−2) 個あるので
∣b∣≤N−1α∥W∥(N−1)+(N−1)2α≤∥W∥(α+N−1α)≤∥W∥(23α+2(N−1)1).
最後に ab≤(a+b)/2 を使った。ここで 1/N が出てくる仕組みが見える。2粒子が同時に凝縮から飛び出す振幅は、1対あたり 1/(N−1) と小さく、異なる対どうしの交差項は、どちらの側にも凝縮から外れた粒子を含むので α 程度に小さく、振幅の和の2乗は (N−1)2 でなく N−1 程度(と αN2)にしかならない。
(v) Grönwall で閉じる。 (ii)〜(iv) から
dtdα≤2∥W∥(23α+2(N−1)1)+4∥W∥α=∥W∥(7α+N−11).
α(0)=0(初期値が積状態)なので、(e−7∥W∥tα)′≤∥W∥e−7∥W∥t/(N−1) を積分してα(t)≤(e7∥W∥t−1)/(7(N−1))。トレースノルムの評価は補題 6.11 による。
この定理が保証する収束の速さは、トレースノルムで N−1/2(α で N−1)である。実際にはトレースノルムでも 1/N の速さが成り立つことが、揺らぎを Bogoliubov 理論で追う別の方法で知られている。いずれにしても、評価の時間依存 e7∥W∥t は Dobrushin の定理と同じく最悪の場合のもので、近似の保証は有限時間に限られる。
数値による確認
定理の証明は1粒子のヒルベルト空間が何であっても同じように通る。そこで1粒子空間を2次元(2つのモード a,b)にとった模型
HN=−Jj∑(∣a⟩⟨b∣+∣b⟩⟨a∣)j+N−1Ui<j∑Wij,Wij=c=a,b∑(∣cc⟩⟨cc∣)ij
(同じモードにいる対だけが U のエネルギーを持つ。∥W∥=1)で、J=U=1、φ0=(cos0.3,sin0.3) として αN(t) を厳密に計算した(Fock 基底で N+1 次元の行列になる)。表 6.1 のとおり NαN(2) はほぼ一定で、αN∝1/N が確認できる。定理の上界 (e14−1)/(7(N−1)) は N=10 で約 1.9×104 であり、N 依存は正しいが時間依存は大幅な過大評価である(検算スクリプト)。
表 6.1 2モード模型での凝縮からの外れ αN(t=2)。| N | 10 | 40 | 80 | 160 | 320 |
| αN(2) | 1.14×10−2 | 2.57×10−3 | 1.26×10−3 | 6.27×10−4 | 3.12×10−4 |
| NαN(2) | 0.114 | 0.103 | 0.101 | 0.100 | 0.100 |
特異な相互作用での難所
クーロン相互作用 W(x)=1/∣x∣ では ∥W∥∞=∞ なので、上の証明のどこが壊れるかを見ておく。(iv) の b 項は生き残る。W1j の右に pj があり、∥W12p2∥2=supx∫∣W(x−y)∣2∣φ(y)∣2dy はHardy の不等式 ∫∣u∣2/∣x∣2≤4∫∣∇u∣2 によって φ∈H1 なら有限になるからである。凝縮状態 p が特異性をならしてくれる。壊れるのは (iii) の d 項で、W12 が q1q2ψ、つまり凝縮から外れた二つの粒子に直接作用する。これを抑えるには外れた粒子の運動エネルギー ∥∇1q1ψ∥ が要るが、エネルギー保存からはこれが O(1) であることしか分からず、小さいことは出てこない。Knowles と Pickl はこの困難に対し、α の代わりに「外れた粒子の割合」を非線形に重み付けた量を数え、エネルギーの差も合わせて追跡することで、クーロン型を含む特異な場合の平均場極限を示した。必要な道具は、Hartree 方程式の解が H1 に留まるという正則性(第2章の意味でのアプリオリ評価)と、多体のエネルギーと Hartree エネルギーの差が初期に小さいという仮定である。特異な相互作用では、有界の場合の短い証明が使えないこと自体が、物理的に「近接した二粒子の相関は平均場では表せない」ことの反映である。
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