近似の数理 第6章 §6.6 ★★ 時間発展でなく基底状態でも、1粒子あたりのエネルギーが Hartree 汎関数の最小値に収束する
正定値な相互作用での初等的な証明
外場 Uext(無限遠で +∞ に増える閉じ込めポテンシャル)の中のボソン系
HN=j=1∑Nhj+N−11i<j∑W(xi−xj),h=−Δ+Uext
の基底エネルギーを EN、Hartree 汎関数(例題 6.1)の最小値を eH=inf∥φ∥=1EH[φ] とする。
定理 6.12(正定値な相互作用での基底エネルギー ★★)
W は連続・有界・偶関数で正定値(フーリエ変換 W^≥0)とし、EH の最小値を与える φH が存在するとする。このとき
NeH−2(N−1)NW(0)≤EN≤NeH,とくにNEN−eH≤2(N−1)W(0).
証明
上界は変分原理(第3章の min-max 原理の最も簡単な場合)による。試行関数 φH⊗N のエネルギーは例題 6.1 (3) によりちょうど NEH[φH]=NeH である。
下界は、相互作用を一体の作用素で下から抑えることで得る。D(μ,ν)=∬W(x−y)dμ(x)dν(y) と書く。W が正定値なので、符号つきの測度 σ について D(σ,σ)=∫W^∣σ^∣2≥0 である。σ=∑iδxi−ρ(ρ は任意の密度)に使って展開すると
i,j∑W(xi−xj)≥2i∑(W∗ρ)(xi)−D(ρ,ρ),
左辺の i=j の項 NW(0) を除いて2で割ると ∑i<jW(xi−xj)≥∑i(W∗ρ)(xi)−21D(ρ,ρ)−2NW(0) となる。ρ=(N−1)∣φH∣2=:(N−1)ρH を代入し N−1 で割ると、作用素の不等式
HN≥j=1∑N(h+W∗ρH)j−2N−1D(ρH,ρH)−2(N−1)NW(0)
を得る。右辺の一体部分の最小値は、平均場の作用素 hMF=h+W∗ρH の最低固有値 μ1 の N 倍である。ここで EH[∣φ∣]≤EH[φ](∣∇∣φ∣∣≤∣∇φ∣ による)なので最小化元は φH≥0 にとれる。最小化の条件(Euler–Lagrange 方程式)は hMFφH=μφH であり、Schrödinger 作用素の固有関数のうち符号を変えないものは基底状態に限られる(基底状態は正で縮退しないので、別の固有関数は基底状態と直交し、符号を変えざるをえない)。したがって μ1=μ=⟨φH,hMFφH⟩=eH+21D(ρH,ρH)。代入して
EN≥NeH+2ND(ρH,ρH)−2N−1D(ρH,ρH)−2(N−1)NW(0)≥NeH−2(N−1)NW(0).
この証明では、上界は第5章と同じ変分原理(A 型の論理)から、下界は相互作用の正定値性から出ている。A 型の近似が単独では上界しか与えないのに対し、平均場極限では下界が別の議論で得られ、上界と下界がそろうことで「厳密になる」が言える。前節の2モード模型(W は同じモードの対にだけ働くので正定値)でEN/N−eH を計算すると、N=10,40,160,640 で −2.9×10−3、−6.5×10−4、−1.6×10−4、−4.0×10−5 と1/N で 0 に近づき、定理の範囲 [−U/(2(N−1)),0] に収まっている(検算スクリプト)。
例題 6.6 調和結合ボソン:厳密解と平均場 ★★★
オリジナル[標準的な題材を自作]
1次元の N 個のボソンHN=∑j(−21∂xj2+21xj2)+Ng∑i<j21(xi−xj)2(g>0)を考える。
- 正規モードに分解して、基底エネルギーの厳密値 EN を求めよ。
- 積状態 φ⊗N に限ったときの最小エネルギー ENH を求めよ。
- EN/N と ENH/N が同じ極限を持ち、ENH−EN が N→∞ で正の定数に近づくことを示せ。これは「1粒子あたりのエネルギーの相対誤差が O(1/N)」と「全エネルギーの誤差は O(1) で消えない」のどちらを意味するか。
解答
(1) ∑i<j(xi−xj)2=N∑ixi2−(∑ixi)2 を使うと、ポテンシャルは21∑ixi2(1+g)−2Ng(∑ixi)2=21xTKx、K=(1+g)I−Ng11T となる。K の固有ベクトルは重心方向 1/N(固有値 1+g−g=1)と、それに直交する N−1 方向(固有値 1+g)である。質量 1 の調和振動子の零点エネルギーは ω/2 なので
EN=21+2N−11+g.
重心は相互作用を感じず、相対運動だけが固くなる。
(2) 対称性から ⟨φ,xφ⟩=0 の φ を考えればよい(ずらしても運動・相互作用のエネルギーは下がらない)。対ごとの期待値は 21⟨(xi−xj)2⟩=⟨x2⟩、対は N(N−1)/2 個なので
⟨φ⊗N,HNφ⊗N⟩=N[⟨−21∂2⟩+21(1+gNN−1)⟨x2⟩].
括弧の中は角振動数 Ω=1+g(N−1)/N の調和振動子のエネルギーで、最小値は Ω/2。よって ENH=2N1+g(N−1)/N。
(3) 1+g−g/N=1+g−2N1+gg+O(N−2) から
ENH=2N1+g−41+gg+O(1/N),ENH−EN→21+g−21−41+gg=41+g(1+g−1)2>0.
両者とも E/N→1+g/2 で、1粒子あたりの相対誤差は O(1/N) である。一方、全エネルギーの差は O(1) で消えない(g=3 で 1/8)。差が正なのは変分原理(上界)と整合する。全エネルギーの O(1) の差は、平均場が落とした相関(Bogoliubov の零点揺らぎ)のエネルギーである。平均場極限の保証は「1粒子あたり」の一致までにとどまる。なお厳密な基底状態の1体密度行列を計算すると、凝縮から外れた割合 1−λ0(λ0 は γ(1) の最大固有値)はg=3 で N=10,100,1000 に対し 1.10×10−2、1.23×10−3、1.25×10−4 と 1/N で減る。一方、波動関数そのものは積状態にならない(重心と相対運動の振動数が違う)。「波動関数は近づかないが、1体密度行列とエネルギー密度は近づく」という平均場極限の典型が、厳密に解ける形で現れている(検算スクリプト)。
この例の W(x)=2gx2 は有界でも正定値でもないので、定理 6.12 の仮定の外にある。仮定は証明の都合であって、平均場極限そのものはもっと広く成り立つ。一般の場合を扱う道具が次の de Finetti 定理である。
量子 de Finetti 定理
古典確率論には de Finetti の定理(Hewitt–Savage による一般化)がある。無限個の確率変数の列で、どの有限個の番号を入れ替えても同時分布が変わらないもの(交換可能な列)は、独立同分布の列の重ね合わせ(確率混合)に限る、という主張である。量子版は次のとおりである。
定理 6.13(量子 de Finetti(Størmer, Hudson–Moody) ★★)
1粒子のヒルベルト空間を H とする。各 k について H⊗k の対称部分上の密度行列 γ(k) が与えられ、Trk+1γ(k+1)=γ(k)(両立性)を満たすとする。このとき H の単位球面上の確率測度 μ がただ一つ存在し、すべての k で
γ(k)=∫∣u⟩⟨u∣⊗kdμ(u).
意味は次のとおりである。N→∞ の極限で得られる対称な状態の縮約密度行列は、どれも積状態の重ね合わせになる。これを基底状態の問題に使うと、1粒子あたりのエネルギーは HN の係数を 1/(N−1) にしたことで
NEN=Tr(hγN(1))+21Tr(W12γN(2))
と、γ(1),γ(2) だけで厳密に書ける。極限で γ(2)=∫∣u⟩⟨u∣⊗2dμ となれば右辺は ∫EH[u]dμ(u)≥eH となり、下界が得られる。上界は積の試行関数で得られるので EN/N→eH が従う。定理 6.12 のような相互作用の符号の仮定は要らない。
難所は、極限をとる段階にある。N→∞ で粒子の一部が無限遠へ逃げると(閉じ込めのない系ではありうる)、γN(k) の極限はトレースが1より小さくなり、定理 6.13 の両立性の仮定が崩れる。Lewin–Nam–Rougerie(2014)は、質量の損失を許す弱い形の de Finetti 定理を用意し、相互作用に一般的な条件を課すだけで EN/N→eH を示した。de Finetti 定理は「平均場では状態が積になる」という直観の正確な形であり、同時に「積状態の重ね合わせまでしか言えない」という限界も示している(μ が一点に集中するのは Hartree 汎関数の最小化元が一意なときである)。
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