近似の数理 第6章 §6.4 ★★★ 多体の方程式から一体の方程式を作ろうとすると「閉じない」階層が現れ、平均場近似はその打ち切りに当たる
縮約密度行列
量子系では N 個のボソンの波動関数 ψN(x1,…,xN)(変数の入れ替えで対称、∥ψN∥=1)を考える。古典系の k 粒子周辺分布に当たるのがk 体縮約密度行列
γN(k)(x1,…,xk;y1,…,yk)=∫ψN(x1,…,xk,z)ψN(y1,…,yk,z)dz(6.7)
である(z=(zk+1,…,zN) について積分する。これを部分トレース γN(k)=Trk+1,…,N∣ψN⟩⟨ψN∣ と書く)。この核を持つ積分作用素 γN(k) は正(⟨u,γu⟩≥0)でトレースが 1 であり、k 粒子までの観測量の期待値はすべて γN(k) で決まる。たとえば ⟨ψN,A1ψN⟩=Tr(AγN(1)) である。積状態 ψN=φ⊗N なら γN(k)=∣φ⟩⟨φ∣⊗k になる。
縮約密度行列の差を測るにはトレースノルムを使う。自己共役なトレースクラスの作用素 A(固有値の絶対値の和が有限なもの)について∥A∥1=Tr∣A∣=∑∣λn∣ と定める。∥A∥1 が小さいことは、すべての有界な観測量 B について ∣Tr(BA)∣≤∥B∥∥A∥1 が小さいことを意味する。古典の W1 に当たる量だが、量子では状態が波動関数(重ね合わせ)なので、点の輸送のような幾何は無く、作用素のノルムで足りる。
BBGKY 階層の導出
ハミルトニアン (6.1) で h=−Δ とし、i∂tψN=HNψN に従う時間発展を考える。
命題 6.8(BBGKY 階層 ★★★)
k=1,…,N について
i∂tγN(k)=j=1∑k[hj,γN(k)]+λN1≤i<j≤k∑[Wij,γN(k)]+λN(N−k)j=1∑kTrk+1[Wj,k+1,γN(k+1)].(6.8)
ここで Wij は W(xi−xj) を掛ける作用素、Trk+1 は k+1 番目の変数についての部分トレースである。
証明
k=1 の場合を核で計算する(一般の k も同じ計算である)。(6.7) を時間微分して i∂tψ=Hψ を使うと
i∂tγ(1)(x;y)=∫[(Hψ)(x,z)ψ(y,z)−ψ(x,z)(Hψ)(y,z)]dz
となる。H の項を一つずつ見る。
- h1:x と y にそれぞれ作用して (hx−hy)γ(1)(x;y)、これは作用素として [h,γ(1)] の核である。
- hj(j≥2):zj について積分しているので、h の自己共役性(部分積分)から ∫(hjψ)ψˉdzj=∫ψhjψdzj となって打ち消し合う。
- Wij(i,j≥2):掛け算の作用素で、x 側と y 側で同じ値 W(zi−zj) を掛けるので差は 0。
- W1j(j≥2):[W(x−zj)−W(y−zj)]ψ(x,z)ψ(y,z) を積分する。zj 以外を積分すると γ(2)(x,zj;y,zj) が現れ、∫[W(x−zj)−W(y−zj)]γ(2)(x,zj;y,zj)dzj となる。これは Tr2[W12,γ(2)] の核であり、ボソンの対称性から N−1 個の j で同じ値になる。
以上を合わせて i∂tγ(1)=[h,γ(1)]+λN(N−1)Tr2[W12,γ(2)] を得る。
式 (6.8) の最後の項が要点である。γ(1) の方程式には γ(2) が、γ(2) の方程式には γ(3) が現れ、どの段も次の段を含む。有限の k で切ると方程式が閉じない。全体は k=N で N 体の Schrödinger 方程式そのものに戻るので、階層は元の問題と同じ難しさを持つ。この構造は量子に固有のものではなく、古典の Liouville 方程式から周辺分布の方程式を作っても同じ階層が現れる(BBGKY は Bogoliubov・Born・Green・Kirkwood・Yvon の頭文字である)。第9章で扱う乱流のクロージャー問題、つまり平均流の方程式に2次相関(Reynolds 応力)が現れ、その方程式に3次相関が現れる、という無限の連鎖も同じ構造をしている。違いは、平均場スケーリングには小さいパラメータ 1/N があり、閉じ方が極限として導かれるのに対し、乱流にはそれが無く、閉じ方をモデルとして置くしかない(C 型)ことである。
平均場スケーリングでの極限と、積状態による閉包
λN=1/(N−1) とすると、(6.8) の第2項の係数は 1/(N−1)→0、第3項の係数は (N−k)/(N−1)→1 になる。形式的に N→∞ とすると、Hartree 階層
i∂tγ(k)=j=1∑k[hj,γ(k)]+j=1∑kTrk+1[Wj,k+1,γ(k+1)](6.9)
を得る。これも閉じていない無限の連立方程式だが、特別な解を持つ。
命題 6.9(積状態は階層を閉じる ★★★)
φt が Hartree 方程式
i∂tφ=−Δφ+(W∗∣φ∣2)φ(6.10)
を満たすなら、γ(k)=∣φt⟩⟨φt∣⊗k(k=1,2,…)は Hartree 階層 (6.9) の解である。
証明
p=∣φ⟩⟨φ∣、V=W∗∣φ∣2 とおく。鍵になる恒等式は
Tr2[W12(p⊗p)]=Vp,Tr2[(p⊗p)W12]=pV(6.11)
である。左の式の核は ∫W(x−z)φ(x)φ(z)φ(y)φ(z)dz=(W∗∣φ∣2)(x)φ(x)φ(y) で、これは Vp の核に等しい。右の式も同様である。これを γ(k+1)=p⊗(k+1) の j 番目と k+1 番目に使うとTrk+1[Wj,k+1,p⊗(k+1)]=[Vj,p⊗k] となり、(6.9) の右辺は ∑j[hj+Vj,p⊗k] になる。一方、(6.10) から i∂tp=[h+V,p] であり、積の微分で i∂tp⊗k=∑j[hj+Vj,p⊗k]。両辺が一致する。
この命題が平均場近似の「閉じ方」の正体である。多体の相関を捨てて「2粒子の状態は1粒子の状態の積」と置くと、階層は第1段で閉じ、1粒子の非線形方程式(Hartree 方程式)になる。ポテンシャル V=W∗∣φ∣2 は「他のすべての粒子が平均としてつくる場」である。
階層による証明の難所
命題 6.9 は「積状態は極限の階層を満たす」と言っているだけで、「N 体の解の極限が積状態になる」とは言っていない。後者を階層の方法で示すには、(1) γN(k) の部分列が何かに収束し、(2) その極限が Hartree 階層を満たし、(3) Hartree 階層の解が初期値から一意に決まる、の3段階が要る。(3) が難所で、有界な W なら級数展開で示せる(Spohn)が、クーロン型や接触型の相互作用では Erdős–Schlein–Yau による長大な組合せ論的評価が必要になった。次節では、この難所を迂回する別の方法を述べる。
例題 6.4 BBGKY 第1式と閉包の確認 ★★★
オリジナル[標準的な題材を自作]
N=2 のボソン系 H=h1+h2+W12(λ=1)を考える。
- γ(1) の方程式が i∂tγ(1)=[h,γ(1)]+Tr2[W12,γ(2)] になることを、γ(2)=∣ψ⟩⟨ψ∣ に注意して確かめよ。
- ψ=φ⊗φ を仮に代入したとき、右辺が [h+W∗∣φ∣2,γ(1)] になることを示せ。
- (2) の右辺が正しい γ(1) の時間微分と一致し続けないのはなぜか。N=2 と N→∞ で何が違うかを述べよ。
解答
(1) 命題 6.8 の証明で N=2、λN=1 とすれば、W1j の項は j=2 の1つだけで、係数 λN(N−1)=1 である。N=2 では γ(2) は2体の状態そのもの ∣ψ⟩⟨ψ∣ であり、階層は2段で閉じている(第2段は Schrödinger 方程式)。
(2) γ(2)=p⊗p とすれば恒等式 (6.11) から Tr2[W12,p⊗p]=Vp−pV=[V,p]、V=W∗∣φ∣2。γ(1)=p なので右辺は [h+V,γ(1)] になる。
(3) 時刻 0 で積状態でも、W12 は2粒子をもつれさせるので、ψt は直ちに積状態でなくなる。そのずれ γ(2)−γ(1)⊗γ(1) はN=2 では O(1) の大きさで育ち、Hartree 方程式からのずれも O(1) になる。N→∞ で λN=1/(N−1) のときは、1対あたりのもつれが O(1/N) に抑えられ、粒子1に関わる N−1 対の寄与を合わせても、粒子1が凝縮から外れる確率は O(1/N) にとどまる。これを定量化するのが次節の定理である(BBGKY 第1式そのものは有限次元の数値微分で検算スクリプト)。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com