近似ごとの正当化の状況
AI 生成・木下が未勉強
近似の数理 第11章 §11.1 ★★★ 第1章の問い (i)〜(iii) への答えの一覧
第1章では、物理の近似について (i) 元の方程式とどういう数学的関係にあるか、(ii) 誤差について何が定理として言えるか、(iii) 物理的直観は定理のどの仮定に対応するか、を問うた。第2〜10章の結果を、近似ごとに表11.1にまとめる。「証明の状況」の欄は、この巻で述べた範囲の要約であり、各章の本文で主張の正確な形と前提を確認してほしい。
| 近似 | 型 | 数学が保証すること | 証明の状況 | 破綻する場面 |
| LCAO・基底展開・CI(第4章) | A | 上界、基底を増やすと単調に下がる、完全系なら収束。速さは解の正則性で決まる | 証明済み(min-max 原理・交互定理・Céa の補題) | 収束は保証されるが遅い(カスプ、電子間の尖り) |
| Hartree・Hartree–Fock(第5・10章) | A(曲がった集合) | 上界。中性原子・正イオンで最小解が存在 | 存在は証明済み(Lieb–Simon)。誤差(相関エネルギー)の評価は無い | 結合の解離(静的相関)、負イオン |
| 平均場極限(第6章) | B | ・相互作用 で多体の解が積状態に近づく。誤差 型の評価 | 古典の滑らかな相互作用、量子の有界な相互作用では証明済み。クーロンは部分的 | 粒子数が少ない、相互作用が強い・特異 |
| Thomas–Fermi(第6章) | B | でエネルギーの比が1に近づく。Scott・Schwinger 補正 | 証明済み(Lieb–Simon ほか) | 有限 の化学結合(Teller の定理) |
| 展開・有効核電荷(第10章) | B と A | 摂動1次は上界でもある。 の級数は収束半径が正 | 収束半径が正であることは証明済み(加藤)。ヘリウム()で収束することは数値研究による | 負イオン( が臨界値に近い) |
| Born–Oppenheimer(第7章) | B | 質量比 による展開、電子・振動・回転の階層 | 電子のエネルギーにギャップがあれば証明済み | 円錐交差(ギャップが閉じる) |
| 境界層・WKB(第7章) | B | 内部解と外部解の接合、誤差 が一様に成り立つ | モデル問題・線型問題では証明済み。Navier–Stokes の非粘性極限は未解決 | 剥離、転回点 |
| Boltzmann 方程式(第8章) | B | Boltzmann–Grad 極限で粒子系の1体分布が従う | 短時間は証明済み(Lanford)。長時間はプレプリント段階 | 稠密な気体、長時間 |
| 流体方程式(第8章) | B | で Euler・Navier–Stokes が出る。粘性率の式 | 弱解の意味で証明済み(非圧縮)。Navier–Stokes 自体の滑らかな解の大域存在は未解決 | 希薄気体、衝撃波の内部、壁近傍の Knudsen 層 |
| 均質化(第9章) | B | 微細構造の周期 で有効係数の方程式。関数は強く、勾配は弱く収束 | 証明済み(周期・ランダム) | スケール分離が無い媒質 |
| 乱流モデル(第9章) | C | なし(Kolmogorov の 4/5 則だけが例外的に導ける) | 正当化の手段が無い | 想定外の流れ(剥離・旋回など) |
| DFT の近似汎関数(第9章) | C | 厳密な汎関数の存在(Hohenberg–Kohn)だけ。近似汎関数は上界も下界も保証しない | 存在は証明済み、近似の評価は無い | 強相関、分散力、電荷移動 |
表から読み取れることを3点挙げる。
第一に、A 型の正当化はほぼ完成している。線型部分空間への射影は、上界・単調性・収束の3つが一般的な定理で保証される。残っているのは「どれだけ速く収束するか」で、それは解の正則性の問題に帰着する。量子化学で基底関数の選び方が研究され続けているのは、正当化が欠けているからではなく、カスプのせいで収束が遅いからである。
第二に、B 型は、極限そのものは証明できても、現実の系がその極限に十分近いかは別問題である。平均場は で、Thomas–Fermi は で正しいが、炭素原子()や水素分子がその極限に近いという保証は定理からは出てこない。定理が与えるのは誤差の次数(、 など)までで、定数まで評価できる場合は限られる。
第三に、C 型には内部の評価が無く、その位置に「厳密に解ける極限での一致」と「満たすべき厳密条件」が入る。LDA が一様電子気体の極限で厳密になること、汎関数が Lieb–Oxford の下界を満たすことなどは、C 型の近似にとっての正当化の代わりである。
例題 11.1 Thomas–Fermi の比が 1 に近づく速さ ★★
オリジナル第6章の Lieb–Simon の定理は、原子の基底エネルギー について ()を保証する。ここで 、次の補正は Scott 項 、その次は Schwinger 項 である(Hartree 単位)。
- (1) ネオン(、)とヘリウム(、)で を求めよ。
- (2) Scott 項と TF 項の大きさの比が の形になることを示し、 を求めよ。ネオンでの値も求めよ。
- (3) TF 項だけで相対誤差を 1% 程度にするには、Scott 項の比を 0.01 にする必要がある。そのための を見積もり、この結果から B 型の定理について何が言えるかを述べよ。
解答
(1) ネオンでは なので 。ヘリウムでは で 。どちらも比は 1 から 30% 前後ずれている。
(2) なので 。ネオンでは を掛けて となり、(1) のずれ 28% と同じ大きさである。比が 1 からずれる主な原因は Scott 項で、そのずれは でしか小さくならない。
(3) を解くと 。周期表の原子は なので、TF 項だけで 1% に届く原子は存在しない。定理が言うのは「 で比が 1 に近づく」ことと近づく速さ までで、現実の でどれだけ近いかは、次の補正項の係数を求めて初めて分かる。実際、Scott 項と Schwinger 項まで足すとネオンで 、比 になる(検算スクリプト)。B 型の近似を使うときは、極限の定理に加えて補正項の大きさを実際の値で確かめる必要がある、という表の第二の点を、この数字が示している。
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