量子力学の様々な構成方法 第4部 第6章 §4.6.2 ★★★ 系と環境を合わせた2本の経路積分から環境の経路を先に積分すると、系の経路だけの汎関数 F[x,x′]=TrE[U^E[x]ρ^EU^E[x′]†] が残る。これが Feynman–Vernon の影響汎関数で、環境が2本の経路をどれだけ区別して記録したかを表す
定義
系 S と環境 E の全体の Hamiltonian を H^=H^S+H^E+H^I とし、相互作用 H^I は系の側では位置 x^ だけを通じて入るとする(H^I=H^I(x^)、環境の演算子を係数に持つ)。初めの状態は相関のない積 ρ^(0)⊗ρ^E とする。全体を (D3) で発展させ、(D5) で環境を捨てる。系の側にだけ位置の完全系を挟み、環境の側は演算子のまま残すと、系の経路 x(s) を1本決めるごとに、環境には「その経路に沿って変わる Hamiltonian H^E+H^I(x(s))」による時間順序つきの発展
U^E[x]=Texp(−ℏi∫0t[H^E+H^I(x(s))]ds)
が掛かる(T は時刻の遅いものを左に並べる時間順序)。後ろ向きの経路 x′ には U^E[x′]† が掛かり、最後に環境のトレースを取るので、系の縮約密度行列は
ρS(xf,xf′,t)=∫dxidxi′∫DxDx′ei(SS[x]−SS[x′])/ℏF[x,x′]ρS(xi,xi′,0)(4.6.6)
F[x,x′]=TrE[U^E[x]ρ^EU^E[x′]†](4.6.7)
になる。F[x,x′] を影響汎関数(influence functional)と呼ぶ(Feynman and Vernon (1963), Ann. Phys. 24, 118)。系の作用 SS だけを持つ (4.6.3) に、2本の経路を結ぶ因子 F が掛かった形で、環境の自由度はすべて F の中に閉じ込められている。
命題 4.6.1(影響汎関数の性質)
(4.6.7) の F は次を満たす。(i) F[x,x]=1。(ii) F[x′,x]=F[x,x′]∗。(iii) ∣F[x,x′]∣≤1。(iv) 環境が独立な2つの部分 E1⊗E2 からなり、初めの状態も積で、相互作用も和 H^I=H^I1+H^I2 なら F=F1F2。(v) ρ^E=∣E0⟩⟨E0∣ が純粋なら、F[x,x′]=⟨E[x′]∣E[x]⟩、∣E[x]⟩=U^E[x]∣E0⟩。
証明
(i) x=x′ なら Tr[U^ρ^EU^†]=Trρ^E=1。(ii) Tr[A^]∗=Tr[A^†] から F[x,x′]∗=Tr[U^E[x′]ρ^EU^E[x]†]=F[x′,x]。(v) トレースを ∣E0⟩⟨E0∣ で取れば ⟨E0∣U^E[x′]†U^E[x]∣E0⟩。(iii) ρ^E=∑jpj∣ej⟩⟨ej∣ と固有分解すると、F=∑jpj⟨Ej[x′]∣Ej[x]⟩ で、各項は単位ベクトルの内積なので Cauchy–Schwarz の不等式により絶対値が 1 以下、重みの和が 1 なので ∣F∣≤1。(iv) 全体の発展が U^E1[x]⊗U^E2[x] に分かれ、トレースが積に分かれる。
(v) が影響汎関数の意味を与える。系が経路 x を通ったときと x′ を通ったときに環境に残る状態 ∣E[x]⟩、∣E[x′]⟩ の重なりが F である。2つが直交すれば F=0 で、その2本の経路の干渉は縮約密度行列から消える。環境が経路を区別できる記録を持つほど干渉が消えるという第4部第2章の指針の例(測定装置とのもつれ)を、経路ごとに言い直したものになっている。(iii) のとおり ∣F∣ は 1 を超えないので、lnF の実部は負で、2本の経路が離れているほど小さくなる。これをデコヒーレンスの減衰、lnF の虚部を環境が系に及ぼす力(摩擦など)の位相と読む。
環境が経路の区別を記録する例
例題 4.6.2 どちらの道を通ったかを記録する量子ビット ★★
オリジナル粒子が時間 t のあいだ x=+d/2 に留まる経路と x=−d/2 に留まる経路の重ね合わせにある(2つのスリットの後ろの2本の道を、位置の値だけで表した模型)。環境は量子ビット1つで、初めは ∣0⟩、相互作用は H^I=(ℏκ/d)xσy、環境の Hamiltonian は 0 とする。2本の経路の影響汎関数 F[+,−] を求め、縮約密度行列の非対角要素がどう変わるかを述べよ。κt=π/3 の可視度(非対角要素の絶対値の比)はいくらか。κt=π では何が起きるか。
解答
経路 x=±d/2 のあいだ環境に掛かる発展は U^±=exp(∓iκtσy/2) で、∣E±⟩=U^±∣0⟩=cos(κt/2)∣0⟩±sin(κt/2)∣1⟩ になる。命題 4.6.1 (v) により
F[+,−]=⟨E−∣E+⟩=cos22κt−sin22κt=cosκt,F[+,+]=F[−,−]=1.
系の作用は2本で同じなので、縮約密度行列の対角要素は変わらず、非対角要素だけが ρ+−(t)=cos(κt)ρ+−(0) になる。κt=π/3 では可視度 1/2。κt=π では F=−1 で可視度が 1 に戻り、符号だけが変わる。環境の2つの記録 ∣E±⟩ がふたたび同じ向き(∣E±⟩=±∣1⟩ は位相を除いて同じ状態)になり、どちらの道かの情報が環境から消えたからである。このように有限の環境では干渉が戻ることがある。第4部第5章の Lindblad 方程式は非対角要素を単調に減らすだけなので、この戻りを書くことができない。
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