量子力学の様々な構成方法 第4部 第6章 §4.6.3 ★★★ 環境が熱平衡の振動子の集まりで系と線形に結合するとき、影響汎関数はスペクトル密度 J(ω) の摩擦の核と雑音の核で厳密に決まる。Ohm 型・高温では時間について局所的になり、Caldeira–Leggett の主方程式が出る
模型
系を振動子の熱浴につなぐ模型として
H^=2mp^2+V(x^)+k∑[2mkp^k2+2mkωk2(q^k−mkωk2ckx^)2](4.6.8)
を取る。括弧を開くと、結合 −x^∑kckq^k と、系の側の2次の項 x^2∑kck2/(2mkωk2) が出る。後者は結合が系のポテンシャルを引き下げる分を打ち消すために入れた項(くりこみの項)で、これがあると熱浴をつないでも系の静的なポテンシャルが変わらない。振動子の分布はスペクトル密度
J(ω)=2πk∑mkωkck2δ(ω−ωk)(4.6.9)
でまとめる。古典の版は『解析力学から様々な理論分野を組み立てる』第3部第9章(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部第9章)で扱われ、振動子を消去すると記憶の核 K(τ)=π2∫0∞ωJ(ω)cosωτdω の一般化 Langevin 方程式が出ること、J(ω)=mγω(Ohm 型)なら摩擦 −mγx˙ になることが示されている。この章の記号はそれに揃える。この模型を量子の Brown 運動に使ったのは Caldeira and Leggett (1983), Physica A 121, 587 で、影響汎関数を閉じた形で計算した。
振動子1個の影響汎関数
まず環境が振動子1個(質量 mk、角周波数 ωk、温度 T の熱平衡)で、系の経路から力 f(s)=ckx(s) を受ける場合を計算する。相互作用描像の座標 q^k(s)=eiH^Es/ℏq^ke−iH^Es/ℏ を使うと、(4.6.7) は
F=Tr[Tˉe−ℏi∫0tf′(s)q^k(s)dsTeℏi∫0tf(s)q^k(s)dsρ^β]
になる(Tˉ は逆の時間順序、f′=ckx′。H^E の部分は前後で打ち消す)。指数を2次まで展開すると、前向きの2次の項は −ℏ−2∬u<sf(s)f(u)α(s−u)、後ろ向きの2次の項は −ℏ−2∬u<sf′(s)f′(u)α(s−u)∗、前後の交差の項は +ℏ−2∬u<s[f′(s)f(u)α(s−u)+f(s)f′(u)α(s−u)∗] である。ここで
α(τ)=Tr[q^k(τ)q^k(0)ρ^β]=2mkωkℏ[coth2βℏωkcosωkτ−isinωkτ](4.6.10)
は熱平衡の振動子の相関関数である(q^k(τ)=ℏ/(2mkωk)(a^e−iωkτ+a^†eiωkτ) と ⟨a^†a^⟩=nˉ から出る)。3つをまとめると
lnF=−ℏ21∫0tds∫0sdu[f(s)−f′(s)][α(s−u)f(u)−α(s−u)∗f′(u)]
になる。q^k(s) は a^、a^† について1次で、ρ^β は Gauss 型の状態なので、Wick の定理により3次以上のキュムラントはすべて 0 で、この式は2次で打ち切った近似でなく厳密である(verify では、振動子の Fock 空間で時間順序の積を直接計算した F とこの式を、折れ線の経路について6桁まで照合した)。α を実部と虚部に分け、f−f′=ckξ、f+f′=ckΣ と書けば、振動子を全部掛け合わせて(命題 4.6.1 (iv))、(4.6.9) により
lnF[x,x′]=−ℏ1∫0tds∫0sduξ(s)ν(s−u)ξ(u)+ℏi∫0tds∫0sduξ(s)η(s−u)Σ(u)(4.6.11)
ν(τ)=π1∫0∞J(ω)coth2βℏωcosωτdω,η(τ)=π1∫0∞J(ω)sinωτdω(4.6.12)
を得る(くりこみの項は別に扱う)。ν を雑音の核、η を散逸の核と呼ぶ。雑音の核は差 ξ の2次で実の減衰を、散逸の核は ξ と重心 Σ の積で位相を与える。温度は ν の coth にだけ入り、温度 0 でも coth→1 で ν は消えない(零点の揺らぎ)。
摩擦の核と、くりこみの項
散逸の核は記憶の核 K(τ) の微分 η(τ)=−21K′(τ) で、21K(0)=π1∫J/ωdω=∑kck2/(2mkωk2) はくりこみの項の係数に等しい。(4.6.11) の第2項の u の積分を部分積分すると
∫0sduη(s−u)Σ(u)=21K(0)Σ(s)−21K(s)Σ(0)−21∫0sK(s−u)Σ˙(u)du
となる。くりこみの項は2本の経路に ∓ℏi∫21K(0)x2、± で入るので、まとめて −ℏi∫21K(0)ξΣds になり、右辺の第1項とちょうど打ち消し合う。残るのは
lnF[x,x′]=−ℏ1∫0tds∫0sduξ(s)ν(s−u)ξ(u)−2ℏi∫0tdsξ(s)[∫0sK(s−u)Σ˙(u)du+K(s)Σ(0)](4.6.13)
である。最後の K(s)Σ(0) は初めの時刻に熱浴を急につないだことから来る項で、s が熱浴の相関時間を過ぎると消える(初めの滑りと呼ぶ)。Ohm 型 J(ω)=mγω(遮断周波数 ωc より十分低い周波数で)では K(τ)→2mγδ(τ) なので、∫0sK(s−u)Σ˙(u)du→mγΣ˙(s)(δ 関数の半分が積分区間に入る)で、位相は −2ℏimγ∫ξΣ˙ds になる。これは経路 x には摩擦の力 −mγx˙、経路 x′ には −mγx˙′ が掛かったときの作用の変化の、ξ について1次の部分に当たる。
高温の極限と Caldeira–Leggett の主方程式
温度が kBT≫ℏωc を満たすと、coth(βℏω/2)≈2kBT/(ℏω) がすべての ω で使え、雑音の核はν(τ)→πℏ2kBT∫0∞mγcosωτdω=ℏ2mγkBTδ(τ) になる。初めの滑りを無視すると、影響汎関数は時間について局所的な
F[x,x′]=exp[−2ℏimγ∫0tξΣ˙ds−ℏ2mγkBT∫0tξ2ds](4.6.14)
になる。局所的な因子は時刻の区間ごとに分かれるので、第3部第5章(第3部第5章)と同じく1区間 ϵ の核を展開すれば、密度行列の微分方程式が得られる。雑音の項は1区間で ρ に 1−(mγkBT/ℏ2)ξ2ϵ を掛ける。摩擦の項では、1区間の速度 (xn+1−xn)/ϵ に m を掛けたものが、K の Gauss 因子に掛かると −iℏ∂xn+1 と同じ働きをする(∂xn+1eim(xn+1−xn)2/(2ℏϵ)=ℏϵim(xn+1−xn)e⋯)。後ろ向きの経路では K∗ なので +iℏ∂xn+1′ になる。したがって mΣ˙↔−iℏ(∂x−∂x′) で、位置表示で
∂tρ(x,x′,t)=(系だけの項)−2γ(x−x′)(∂x−∂x′)ρ−ℏ2mγkBT(x−x′)2ρ
を得る。演算子に戻すと((x−x′)ρ↔[x^,ρ^]、−iℏ(∂x−∂x′)ρ↔{p^,ρ^}+)、
dtdρ^=−ℏi[H^S,ρ^]−2ℏiγ[x^,{p^,ρ^}+]−ℏ2mγkBT[x^,[x^,ρ^]](4.6.15)
になる。これが Caldeira–Leggett の主方程式である(Caldeira and Leggett 1983 の式を、摩擦の速さ γ を J=mγω で定める流儀に書き直した)。ξ を左右のどの時刻で評価するかの選び方は第3部第2章の評価点の問題と同じ形で残り、(4.6.15) は ρ^ のエルミート性を保つ選び方に当たる。
(4.6.15) の各項の役割は、期待値の式で確かめることができる。調和な V=mω02x2/2 では
dtd⟨p^⟩=−mω02⟨x^⟩−γ⟨p^⟩,dtd⟨p^2⟩=−2mω02C−2γ⟨p^2⟩+2mγkBT,dtd⟨x^2⟩=m2C,dtdC=m⟨p^2⟩−mω02⟨x^2⟩−γC(4.6.16)
(C=⟨{x^,p^}+⟩/2)が成り立つ。第2項が摩擦、第3項が熱浴からの加熱で、定常では ⟨p^2⟩=mkBT、⟨x^2⟩=kBT/(mω02) の古典の等分配になる。密度行列の非対角要素は、雑音の項だけで ρ(x,x′)∝exp[−(mγkBT/ℏ2)(x−x′)2t] と減る。間隔 Δx の2点の重ね合わせが干渉を失う速さは
Γdec=ℏ2mγkBTΔx2=γ2λth2Δx2,λth=2mkBTℏ(4.6.17)
で、摩擦でエネルギーが失われる速さ γ に比べ (Δx/λth)2 の桁で速い。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℏωc/(kBT)→0 と 1/(ωct)→0(高温で、熱浴の相関時間が系の時間に比べて短い) | 証明 条件付き(Ohm 型・初めの積の状態・初めの滑りを無視。この極限の主方程式 (4.6.15) は Lindblad 形でなく、第4.6.5節のとおり幅の狭い状態では正値性を壊す) | 行き先 近似の数理 第14章
抵抗でつないだ回路
第2部第5章(第2部第5章)の LC 回路では、節点の磁束 Φ が座標、静電容量 C が質量に当たる。並列に抵抗 R をつなぐと、古典の回路方程式は CΦ¨+Φ˙/R+Φ/L=In で、これは m→C、mγ→1/R の Ohm 型の熱浴そのもので、J(ω)=ω/R、γ=1/(RC) になる。高温の雑音の核 2mγkBT/ℏ⋅ℏ=2kBT/R は抵抗の雑音電流の相関 ⟨In(s)In(u)⟩=(2kBT/R)δ(s−u) で、片側のスペクトルで書けば Johnson–Nyquist の 4kBT/R である。抵抗は回路の量子化に摩擦を足す最も身近な熱浴で、Josephson 接合の巨視的な量子トンネル効果が抵抗でどう抑えられるかは、同じ模型を虚時間で解いた Caldeira and Leggett (1983), Ann. Phys. 149, 374 が扱った。
例題 4.6.3 干渉が消える速さとエネルギーが失われる速さ ★★
オリジナル(4.6.17) の比 Γdec/γ=mkBTΔx2/ℏ2 を、(a) 質量 1g の粒、T=300K、Δx=1cm、(b) 87Rb 原子、T=1μK、Δx=1μm で求め、それぞれの λth と比べて結果の意味を述べよ。
解答
(a) mkBTΔx2/ℏ2=10−3×4.14×10−21×10−4/(1.112×10−68)=3.7×1040。λth=ℏ/2mkBT=1.16×10−23m。摩擦の時間がたとえ宇宙の年齢ほど長くても、10−40 倍の時間で干渉は消える。日常の物体の位置の重ね合わせが見えないのは、エネルギーの散逸よりはるかに速く環境が位置を記録するからで、この見積もりの考え方は Zurek (1991), Physics Today 44(10), 36 が広めた。
(b) m=1.443×10−25kg で mkBTΔx2/ℏ2=179、λth=0.0529μm。冷たい原子でも、熱浴との結合があれば干渉は散逸より2桁速く消える。ただし真空中の冷たい原子では γ そのものが極めて小さいので、実験で干渉が見えるかどうかは γ の値で決まる。どちらの場合も、比を決めているのは Δx/λth だけで、Γdec/γ=Δx2/(2λth2) である。
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