量子力学の様々な構成方法 第2部 第5章 §2.5.1 ★★ 節点の磁束を座標に選ぶと、コンデンサのエネルギーが運動エネルギー、インダクタのエネルギーがポテンシャルになり、共役な運動量は電荷になる
行列力学の部の型(出発点の要請 → 基本の対象 → 基準との同値 → 共通例題 → 得意な問題 → 限界)の中で、この章は「得意な問題」を受け持つ。第2部第2章で、正準量子化を次の処方として定めた。古典の Hamilton 系を入力にとり、正準変数の Poisson 括弧 {q,p}=1 を交換関係 [q^,p^]=iℏ に置き換え、Hamiltonian の変数に帽子を付けて演算子にし、ヒルベルト空間はその交換関係の表現として後から得る。この処方は「何が粒子か」「波動関数は何の関数か」を問わない。Hamilton 形式で書ける系なら、何にでも当てることができる。
この章では、その処方を電気回路に当てる。回路の変数は電荷と電圧と電流で、粒子の位置はどこにも出てこない。それでも、コンデンサとインダクタだけの回路は Lagrangian を持ち、節点の磁束(電圧の時間積分)を座標に選ぶと、正準共役な運動量はコンデンサの電荷になる。処方を当てれば [Φ^,Q^]=iℏ が出て、LC 回路は共通例題①の調和振動子そのものになる。回路にはもう1つ、超伝導の Josephson 接合という非線形な素子があり、そのエネルギーは磁束の周期関数 −EJcos(2πΦ/Φ0) である。これを足すと、等間隔でない準位を持つ「人工の原子」ができ、その最低の2準位を切り出すと共通例題②の2準位系になる。
回路が正準量子化の得意な問題である理由は2つある。1つ目は、回路の Hamiltonian が「電荷だけの関数」と「磁束だけの関数」の和になり、第2部第2章で見た演算子の順序の曖昧さが起きないこと。2つ目は、回路の設計者が静電容量とインダクタンスを選べるので、量子化した結果(振動数・非調和性・結合の強さ)を設計の式として使えることである。回路の古典の Lagrangian の組み方は解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第1部第15章にあり、この章はそこで得た古典の系を量子化する側を受け持つ。
節点の磁束
回路の大きさが扱う電磁波の波長より十分小さいとき、回路は「集中定数」の素子(コンデンサ・インダクタ・接合)を導線でつないだものとして書くことができる。例えば振動数 5GHz の真空中の波長は 6cm で、チップ上の 100μm 程度の素子はこの条件を満たす。
基準の節点(接地)を1つ決め、ほかの節点の電位 V(t) を時間で積分した量
Φ(t)=∫−∞tV(t′)dt′,Φ˙=V(2.5.1)
を節点の磁束と呼ぶ。単位は Vs=Wb で、インダクタの両端にこの節点があれば、Faraday の法則 V=d(鎖交磁束)/dt によりインダクタを貫く磁束に一致する。この Φ を回路の座標に選ぶ。
静電容量 C のコンデンサのエネルギーは CV2/2=CΦ˙2/2 で、速度 Φ˙ の2次式だから運動エネルギーの役をする。インダクタンス Lind のインダクタのエネルギーは LindI2/2=Φ2/(2Lind)(Φ=LindI)で、座標だけの関数だからポテンシャルの役をする。インダクタンスに添字 ind を付けるのは Lagrangian L と区別するためである(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第1部第15章と同じ流儀)。
LC 回路の Lagrangian と Hamiltonian
コンデンサとインダクタを並列につないだ LC 回路(図 2.5.1 の左)の節点は1つで、Lagrangian は
L(Φ,Φ˙)=2CΦ˙2−2LindΦ2(2.5.2)
である。Euler–Lagrange 方程式は CΦ¨+Φ/Lind=0 で、これはコンデンサに流れ込む電流 CV˙ とインダクタに流れ込む電流 Φ/Lind の和が0という Kirchhoff の電流則そのものである。正準共役な運動量は
Q=∂Φ˙∂L=CΦ˙=CV(2.5.3)
で、コンデンサの節点側の板にたまった電荷である。Legendre 変換で Hamiltonian
H(Φ,Q)=QΦ˙−L=2CQ2+2LindΦ2,{Φ,Q}=1(2.5.4)
を得る。Hamilton 方程式 Φ˙=∂H/∂Q=Q/C は電圧の定義、Q˙=−∂H/∂Φ=−Φ/Lind はインダクタへ流れ出る電流の分だけ電荷が減ることを言う。角振動数は ω=1/LindC である。
力学の振動子 H=p2/(2m)+mω2x2/2 と並べると、対応は表 2.5.1 のとおりである。質量の役を静電容量が、ばね定数の役を 1/Lind が受け持つ。振動子の mω に当たる量は Cω=1/Z で、
Z=CLind(2.5.5)
は回路の特性インピーダンスである。古典の回路では Z は共振器の「鋭さ」に関わる量にすぎないが、量子化すると零点のゆらぎの大きさを決める(2.5.2 節)。
表 2.5.1 力学の振動子と LC 回路の対応(節点の磁束を座標に選んだとき) | 力学の振動子 | LC 回路 |
| 座標 | 位置 x | 節点の磁束 Φ |
| 運動量 | p=mx˙ | 電荷 Q=CΦ˙ |
| 慣性 | 質量 m | 静電容量 C |
| 復元力の係数 | ばね定数 mω2 | 1/Lind |
| mω に当たる量 | mω | Cω=1/Z |
| Poisson 括弧 | {x,p}=1 | {Φ,Q}=1 |
電荷を座標に選ぶ流儀
同じ回路を、コンデンサの電荷 q を座標にして書くこともできる。そのときは電流 q˙ が速度になり、インダクタのエネルギー Lindq˙2/2 が運動エネルギー、コンデンサのエネルギー q2/(2C) がポテンシャルで、運動量は Φk=Lindq˙(インダクタの鎖交磁束)になる。解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第1部第15章はこちらの流儀で {q,Φk}=1 と書いた。2つの流儀の関係は 2.5.6 節で調べ、Φk=−Φ であることを示す。この章が節点の磁束を座標に選ぶ理由は、Josephson 接合のエネルギーが磁束の関数だからである(2.5.4 節)。磁束を座標にすると、どの回路でも Hamiltonian が「運動エネルギー(電荷の2次式)+ポテンシャル(磁束の関数)」の形にそろう。

図 2.5.1 (a) LC 回路。接地以外の節点は1つで、その磁束 Φ が座標、コンデンサの電荷 Q が運動量である。(b) Josephson 接合(四角の中の×)と並列の静電容量 C、ゲート容量 Cg と電圧源 Vg。上の導体(島)は接合と容量だけで外とつながり、出入りする電荷は Cooper 対の単位 2e になる(2.5.4 節)。
例題 2.5.1 5 GHz の LC 回路を力学系として読む ★★
オリジナルLind=1nH、C=1pF の LC 回路を考える。
- (1) Lagrangian (2.5.2) から Hamilton 方程式を出し、Φ(t)=Φacosωt のときの Q(t) と、インダクタを流れる電流 I(t) を書け。
- (2) 振動数 f=ω/2π と特性インピーダンス Z を数で求めよ。
- (3) 電圧の振幅が 1μV のとき、磁束の振幅 Φa と電荷の振幅を求め、電荷の振幅を電気素量 e の何倍かで答えよ。
解答
(1) Hamilton 方程式は Φ˙=Q/C、Q˙=−Φ/Lind。Φ=Φacosωt なら Q=CΦ˙=−CωΦasinωt。インダクタを接地へ流れる電流は I=Φ/Lind=(Φa/Lind)cosωt で、Q˙=−I を満たす。ω2=1/(LindC) を使えば第2式の両辺が一致する。
(2) ω=1/10−9⋅10−12=3.162×1010s−1 で f=5.03GHz。Z=10−9/10−12=31.6Ω。
(3) 電圧は V=Φ˙ なので振幅は ωΦa。Φa=10−6/(3.162×1010)=3.16×10−17Wb。電荷の振幅は CV の振幅 10−12×10−6=10−18C で、e=1.602×10−19C の約 6.2 倍である。古典の回路の言葉では小さな信号だが、この大きさは次節で求める零点のゆらぎ(電荷で約 8e)と同じ桁にある。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com