量子力学の様々な構成方法 第4部 第6章 §4.6.1 ★★★ ρ^(t)=U^ρ^U^† の位置表示は伝播関数 K と K∗ の積で運ばれ、経路積分では前向きの経路 x と後ろ向きの経路 x′ の2本の積分 ∫DxDx′ei(S[x]−S[x′])/ℏ になる
第4部第5章(第4部第5章)は、環境と触れている系の時間発展を CPTP 写像として書き、環境が過去を覚えていない Markov な場合に Lindblad 方程式を導いた。その章の橋の節は、環境の相関時間が長い場合には Lindblad 方程式が立てられず、別の書き方が要ると述べて終わっている。この章はその書き方の1つ、Feynman と Vernon の影響汎関数を扱う。部の型(出発点の要請 → 基本の対象 → 基準との同値 → 共通例題 → 得意な問題 → 限界)の中では、同値性の地図の「経路積分 × 密度行列」の橋と、第4部全体の「限界」を受け持つ。
出発点に新しい公理は置かない。使うのは、第4部第1章(第4部第1章)の時間発展の要請 (D3) ρ^↦U^ρ^U^† と部分トレースの要請 (D5)、それに第3部第2章(第3部第2章)で基準から導いた伝播関数の経路積分表示だけである。U^ は左から、U^† は右から密度行列に掛かるので、密度行列の時間発展は「前向きの経路」と「後ろ向きの経路」の2本の経路積分になる(第4.6.1節)。系と環境の全体をこの形に書いて環境の経路を先に積分すると、系の2本の経路だけの汎関数が1つ残る。これが影響汎関数で、環境が系の2本の経路をどれだけ区別して記録したかを表す(第4.6.2節)。環境が調和振動子の集まりで系と線形に結合している場合(Caldeira–Leggett 模型)、影響汎関数は厳密に計算でき、摩擦の核と雑音の核の2つで決まる。高温でこれが時間について局所的になると、Caldeira–Leggett の主方程式が出てくる(第4.6.3節)。共通例題①の振動子と共通例題②の2準位系は、どちらも影響汎関数で厳密に解くことができる。振動子の定常状態は量子の揺動散逸定理で決まり、結合が弱い極限で第4部第4章の熱平衡に戻る。2準位系の位相緩和は、温度 0 で指数関数でなく冪で減衰する(第4.6.4節)。第4.6.5節では、Caldeira–Leggett の主方程式が Lindblad 形でないために正値性を壊すこと、強い結合の熱平衡が系の Gibbs 状態でないこと、初めの相関と記憶のある環境が写像の半群の外にあることを順に示す。橋の節(第4.6.6節)では、影響汎関数を基準・密度行列・古典の Langevin 方程式・位相空間の Kramers 方程式の言葉に書き直して並べる。
この章では、系の座標は共通例題の約束どおり x と書き、2本の経路 x(s)、x′(s) から重心と差
X(s)=2x(s)+x′(s),ξ(s)=x(s)−x′(s),Σ(s)=x(s)+x′(s)=2X(s)(4.6.1)
を作る(X・ξ は第4部第2章の混合した Gauss 波束と同じ記号)。環境の振動子の座標は qk、質量は mk、角周波数は ωk と書く。恒等演算子は 1、反交換子は {A^,B^}+ である。
伝播関数を2つ使う
孤立した系の密度演算子は (D3) により ρ^(t)=U^(t)ρ^(0)U^(t)†、U^(t)=e−iH^t/ℏ で発展する。位置表示の行列要素 ρ(xf,xf′,t)=⟨xf∣ρ^(t)∣xf′⟩ を取り、ρ^(0) の両側に位置の完全系を挟むと
ρ(xf,xf′,t)=∫dxidxi′K(xf,t;xi,0)ρ(xi,xi′,0)K(xf′,t;xi′,0)∗(4.6.2)
になる。K(xf,t;xi,0)=⟨xf∣U^(t)∣xi⟩ は伝播関数で、右側の ⟨xi′∣U^†∣xf′⟩=⟨xf′∣U^∣xi′⟩∗ から複素共役が出る。第3部第2章で示したとおり K は経路積分 ∫DxeiS[x]/ℏ に書けるので、(4.6.2) は
ρ(xf,xf′,t)=∫dxidxi′∫x(0)=xix(t)=xfDx∫x′(0)=xi′x′(t)=xf′Dx′ei(S[x]−S[x′])/ℏρ(xi,xi′,0)(4.6.3)
という2本の経路の積分になる。x は U^ から来る前向きの経路、x′ は U^† から来る経路で、作用の前の符号が逆になっている。x′ を「時刻 t から 0 へ戻る経路」と読めば、2本は時刻 t でつながり、時刻 0 の密度行列を挟んで閉じた1本の時間の道(図 4.6.1)を往復する。この読み方は Schwinger (1961), J. Math. Phys. 2, 407 が量子振動子の Brown 運動で用い、Keldysh (1964), Zh. Eksp. Teor. Fiz. 47, 1515(英訳 Sov. Phys. JETP 20, 1018 (1965))が非平衡の摂動論の図形の規則に組み上げた。この章では名前だけ挙げ、その図形の規則には進まない。

図 4.6.1 密度行列の時間発展 (4.6.3) の2本の経路。上の経路は U^ から、下の経路は U^† から来て、作用の符号が逆になる。2本を時刻 t でつなぐと閉じた時間の道になる。環境を積分して消すと、2本の経路を同じ時刻で結ぶ因子 F[x,x′] が残る(破線)。
重心と差の変数で書く
2本の経路を重心 X と差 ξ に書き直すと、作用の差が見通しのよい形になる。x=X+ξ/2、x′=X−ξ/2 を Lagrangian L=2mx˙2−V(x) に入れると
L(x,x˙)−L(x′,x˙′)=mX˙ξ˙−[V(X+2ξ)−V(X−2ξ)]=mX˙ξ˙−V′(X)ξ−24V′′′(X)ξ3−⋯(4.6.4)
になる。運動エネルギーの差は 2m[(X˙+ξ˙/2)2−(X˙−ξ˙/2)2]=mX˙ξ˙ で、ちょうど ξ について1次である。ポテンシャルの差は ξ の奇数次だけを含み、V が2次以下なら ξ について厳密に1次になる。この「2次の系では作用の差が ξ の1次で尽きる」ことが、第4.6.4節で振動子を厳密に解くときの要になる。
自由粒子では、古典の経路の作用 Scl=m(xf−xi)2/(2t)(第3部第3章、第3部第3章)の差が
Scl(xf,xi)−Scl(xf′,xi′)=tm(Xf−Xi)(ξf−ξi)(4.6.5)
になり、KK∗ の前因子は ∣m/(2πiℏt)∣=m/(2πℏt) である。対角要素 ξf=0 では指数が ξi について1次なので、ξi の積分は ρ(⋅,⋅,0) の ξi についての Fourier 変換になる。初めの状態の ξi 依存は運動量の分布を表すから、自由粒子では「各点から運動量の分布どおりに粒子が飛び出す」という古典の像が、KK∗ の積分から厳密に出てくる。
例題 4.6.1 混合した Gauss 波束を KK∗ で運ぶ ★★
オリジナル第4部第2章(第4部第2章)の混合した Gauss 波束ρ(x,x′,0)=(2πσ02)−1/2exp(−X2/(2σ02)−Δp2ξ2/(2ℏ2)) を、自由粒子の (4.6.2) で時刻 t まで運び、位置の分散 σ(t)2 を求めよ。Δp=ℏ/(2σ0) の純粋な場合に共通例題③の正答 σ02+(ℏt/(2mσ0))2 と一致することを確かめ、87Rb、σ0=1μm、t=1ms で、純粋な場合と温度 1μK の混合(Δp=mkBT)の場合の σ(t) を数値で出せ。
解答
対角要素 ξf=0 を取る。(4.6.5) から指数は −im(Xf−Xi)ξi/(ℏt) で、
ρ(Xf,Xf,t)=2πℏtm∫dXi2πσ02e−Xi2/(2σ02)∫dξiexp(−ℏtim(Xf−Xi)ξi−2ℏ2Δp2ξi2)
になる(dxidxi′=dXidξi)。ξi の Gauss 積分は 2π(ℏ/Δp)exp(−m2(Xf−Xi)2/(2t2Δp2)) で、前因子とまとめると
ρ(Xf,Xf,t)=∫dXi2πσ02e−Xi2/(2σ02)⋅2π(Δpt/m)2e−(Xf−Xi)2/(2(Δpt/m)2)
となる。これは分散 σ02 の Gauss 分布と分散 (Δpt/m)2 の Gauss 分布の畳み込みなので、
σ(t)2=σ02+(mΔpt)2
で、第4部第2章の結果と一致する。Δp=ℏ/(2σ0) を入れると σ02+(ℏt/(2mσ0))2 で、共通例題③の正答の形である。数値は、m=1.443×10−25kg で純粋な場合 ℏt/(2mσ0)=0.365μm、σ(1ms)=1.065μm。1μK の混合では Δpt/m=kBT/mt=9.79μm、σ=9.84μm になる。混合の場合の ξ の幅 ℏ/Δp=0.0747μm は位置の幅 σ0 よりずっと小さく、ξ の方向に細い密度行列ほど速く広がる。
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