量子力学の様々な構成方法 第4部 第5章 §4.5.1 ★★★ 系と環境を合わせてユニタリに発展させ、環境を部分トレースで捨てると、系の状態の写像は ∑kK^kρ^K^k†(∑kK^k†K^k=1)の形になる
第4部第1章(第4部第1章)で密度演算子の構成の要請 (D1)〜(D5) を立てたとき、時間発展の要請 (D3) は孤立した系のユニタリな発展 ρ^↦U^ρ^U^† だけを書いていた。実際の系はほとんどいつも環境と触れている。原子は電磁場の真空へ光子を出し、超伝導の量子ビットは基板や配線と相互作用し、振動子は熱浴とエネルギーをやり取りする。この章は、そのような開いた系の時間発展を、密度行列の構成の中でどう書くかを扱う。部の型(出発点の要請 → 基本の対象 → 基準との同値 → 共通例題 → 得意な問題 → 限界)の中では、「得意な問題」と「共通例題」を受け持つ。開放系は密度行列の構成が最も得意とする問題で、状態ベクトルの構成では、環境まで含めた巨大な系の1本の状態ベクトルを追わない限り書くことができない。
この章では新しい公理を足さない。出発点は (D3) と (D5)、つまり「系と環境を合わせた全体はユニタリに発展し、系だけを見るときは環境を部分トレースで捨てる」ことだけである。そこから、系の状態を系の状態へ移す写像がいつも Kraus 表示 ρ^↦∑kK^kρ^K^k† を持つこと(第4.5.1節)、その写像の特徴づけが完全正値性で、逆にどの完全正値な写像も環境とのユニタリな相互作用で作れること(Stinespring の定理、第4.5.2節)、環境のほうを測ると射影でない一般の測定(POVM)が現れること(第4.5.3節)を順に示す。時間について Markov な場合、写像の族の生成子は Lindblad 方程式の形に限られる(第4.5.4節)。共通例題②の2準位系では緩和つきの Bloch 方程式と T1=1/Γ、T2=2/Γ を導き、熱浴の中では状態が第4部第4章の熱平衡 ρ^β へ近づくことを示す(第4.5.5節)。橋の節(第4.5.6節)では、開いた系の時間発展が基準の言葉では「大きな閉じた系の一部分」に当たることを両向きに示し、Heisenberg 描像・位相空間・学部の Bloch 方程式との対応を並べる。
この章では恒等演算子を 1、量子チャネル(系の状態を系の状態へ移す写像)を N、反交換子を {A^,B^}+=A^B^+B^A^ と書く。2準位系の記号は第4部第1章と同じで、σz∣e⟩=+∣e⟩、σ−=∣g⟩⟨e∣、σ+=∣e⟩⟨g∣、Bloch ベクトルは r=Tr(ρ^σ) である。
系の状態から系の状態への写像
系 S と環境 E が、初めに相関を持たない積の状態 ρ^⊗∣0⟩⟨0∣E にあるとする。∣0⟩E は環境の決まった状態(真空や、相互作用の前の装置の状態)である。全体は孤立しているので (D3) によりユニタリ U^ で発展し、系だけの状態は (D5) により部分トレースで
N(ρ^)=TrE[U^(ρ^⊗∣0⟩⟨0∣)U^†](4.5.1)
になる。右辺は ρ^ だけで決まり、環境の初めの状態と U^ を固定すれば、系の状態から系の状態への写像 N が1つ定まる。環境の正規直交基底 {∣k⟩E} で部分トレースを書くと
N(ρ^)=k∑⟨k∣EU^∣0⟩Eρ^⟨0∣EU^†∣k⟩E.
ここで ⟨k∣EU^∣0⟩E は、環境の側だけで行列要素を取った、系の上の演算子である。これを K^k と書くと
N(ρ^)=k∑K^kρ^K^k†,K^k=⟨k∣EU^∣0⟩E,k∑K^k†K^k=1(4.5.2)
を得る。最後の等式は ∑kK^k†K^k=⟨0∣U^†(∑k∣k⟩⟨k∣)U^∣0⟩=⟨0∣U^†U^∣0⟩=1 から出る。(4.5.2) を N の Kraus 表示、K^k を Kraus 演算子と呼ぶ(Kraus (1983), States, Effects, and Operations, Lecture Notes in Physics 190, Springer)。
この写像は次の3つの性質を持つ。第1に ρ^ について線型である。第2にトレースを保つ:TrN(ρ^)=Tr(∑kK^k†K^kρ^)=Trρ^。第3に正値を保つ:ρ^≥0 なら各項 K^kρ^K^k† が半正定値で、和も半正定値になる。したがって N(ρ^) はまた密度演算子である。Kraus 演算子が1つしかなければ K^0†K^0=1 で K^0 はユニタリになり、(D3) に戻る。環境が系と絡み合わない相互作用だけがユニタリな写像を与え、絡み合えば Kraus 演算子が2つ以上になる。
環境の初めの状態が混合 ρ^E=∑jqj∣j⟩⟨j∣ でも同じ計算ができ、Kraus 演算子は qj⟨k∣U^∣j⟩ の組(添字は (k,j) の対)になる。一方、系と環境に初めから相関がある場合、TrE[U^ρ^SEU^†] は系の初めの状態 TrEρ^SE だけでは決まらず、系の状態の写像という形に書けないことがある。この章では、写像を考える時刻の始めで系と環境の相関がないことを常に仮定する。
例:測定装置の指針は位相を乱す
第4部第2章(第4部第2章)では、量子ビット {∣↑⟩,∣↓⟩} を指針の量子ビットで測る相互作用を浄化の中で計算し、A の側だけにK^0=∣↑⟩⟨↑∣+cosθ∣↓⟩⟨↓∣、K^1=sinθ∣↓⟩⟨↓∣ の2つの Kraus 演算子が現れることを見た。これは (4.5.2) の最初の例である。ρ^ の成分で書くと
N(ρ^)=(ρ↑↑cosθρ↓↑cosθρ↑↓(cos2θ+sin2θ)ρ↓↓)=(ρ↑↑cosθρ↓↑cosθρ↑↓ρ↓↓)
で、占有の確率は変わらず、非対角成分(コヒーレンス)だけが cosθ 倍になる。Bloch ベクトルでは z 成分が保たれ、横の成分が縮む。このような写像を位相緩和(dephasing)の写像と呼ぶ。指針は ∣↓⟩ のときだけ回るので、指針の状態に「∣↑⟩ か ∣↓⟩ か」の情報が部分的に移り、その分だけ重ね合わせの位相が系だけからは読めなくなる。
例題 4.5.1 部分交換で光子を1個逃がす:振幅減衰の写像 ★★★
オリジナル2準位原子 S と、空の光のモードを2準位に切り詰めた環境 E(∣0⟩E が空、∣1⟩E が光子1個、b^=∣0⟩⟨1∣E)が、U^=exp[−iθ(σ+⊗b^+σ−⊗b^†)] で相互作用する。
- (1) U^∣e⟩∣0⟩ と U^∣g⟩∣0⟩ を求め、Kraus 演算子 K^0、K^1 を書け。
- (2) θ=π/6 として、初めの状態 ∣+⟩=(∣e⟩+∣g⟩)/2 の行き先の Bloch ベクトル・純粋度・光子が環境へ出た確率を求めよ。
解答
(1) G^=σ+⊗b^+σ−⊗b^† と置く。G^∣g⟩∣0⟩=0(σ−∣g⟩=0、b^∣0⟩=0)なので U^∣g⟩∣0⟩=∣g⟩∣0⟩。G^∣e⟩∣0⟩=∣g⟩∣1⟩、G^∣g⟩∣1⟩=∣e⟩∣0⟩ で、G^ は2次元の部分空間 {∣e⟩∣0⟩,∣g⟩∣1⟩} の上で σx と同じ働きをする。G^2=1(この部分空間の上)からe−iθG^=cosθ−isinθG^ で、
U^∣e⟩∣0⟩=cosθ∣e⟩∣0⟩−isinθ∣g⟩∣1⟩.
(4.5.2) から K^0=⟨0∣U^∣0⟩=∣g⟩⟨g∣+cosθ∣e⟩⟨e∣、K^1=⟨1∣U^∣0⟩=−isinθ∣g⟩⟨e∣。K^0†K^0+K^1†K^1=∣g⟩⟨g∣+(cos2θ+sin2θ)∣e⟩⟨e∣=1 である。γ=sin2θ と置くと K^0=∣g⟩⟨g∣+1−γ∣e⟩⟨e∣、K^1=γ∣g⟩⟨e∣(位相 −i は K^1ρ^K^1† で消える)で、これを振幅減衰の写像と呼ぶ。
(2) γ=41。ρ^=∣+⟩⟨+∣ の成分は全部 21 で、K^0ρ^K^0† の成分は ρee=21(1−γ)、ρeg=211−γ、ρgg=21、K^1ρ^K^1†=21γ∣g⟩⟨g∣。足すと
N(ρ^)=(83434385)(行と列は e,g の順).
Bloch ベクトルは rx=2Reρeg=3/2、ry=0、rz=ρee−ρgg=−41 で、純粋度は 第4部第1章 の式から (1+∣r∣2)/2=(1+43+161)/2=3229。光子が出た確率は Tr(K^1ρ^K^1†)=γ/2=81。原子は ∣e⟩ の成分の分だけ光子を失い、その結果、横の成分は 1−γ 倍、z 成分は基底状態の側へ動く。純粋度が1より下がったのは、全体の状態 U^∣+⟩∣0⟩ で原子と光子が絡み合ったためである。
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