量子力学の様々な構成方法 第4部 第5章 §4.5.4 ★★★ 時間の各瞬間に新しい環境と触れる(Markov な)開放系では、短い時間の CPTP 写像を展開すると dtdρ^=−ℏi[H^,ρ^]+∑k(L^kρ^L^k†−21{L^k†L^k,ρ^}+) が出る
短い時間の写像を展開する
時刻 0 から t までの写像を Nt とする。環境が過去の相互作用を覚えていない(Markov)とき、t から t+s までの写像は t によらず Ns で、
Nt+s=Ns∘Nt,N0=id(4.5.6)
が成り立つ。このような写像の族を量子力学的半群と呼ぶ。微分すると dtdρ^=L(ρ^)、L=limdt→0(Ndt−id)/dt で、生成子 L の形を決めれば時間発展が決まる。
Ndt は CPTP なので Kraus 表示を持つ。dt→0 で恒等写像に近づくから、Kraus 演算子のうち1つ K^0 は 1 に近く、残りの K^k の寄与 K^kρ^K^k† は dt の1次で小さい。そこで
K^0=1+dt(−ℏiH^−G^)+O(dt2),K^k=dtL^k+O(dt)(k≥1)
と置く。H^、G^ はエルミートで、どの演算子もエルミートな部分と反エルミートな部分に分けられるので、これで一般の形である。トレースの保存 ∑kK^k†K^k=1 の dt の1次は−2G^+∑k≥1L^k†L^k=0 で、G^=21∑kL^k†L^k に決まる。Ndt(ρ^) を dt の1次まで書くと
dtdρ^=L(ρ^)=−ℏi[H^,ρ^]+k∑(L^kρ^L^k†−21{L^k†L^k,ρ^}+)(4.5.7)
を得る。これを Lindblad 方程式(GKSL 方程式)、L^k を Lindblad 演算子(跳びの演算子)と呼ぶ。第1項は (D3) の von Neumann 方程式で、第2項 L^kρ^L^k† は「時間 dt の間に確率 dtTr(L^k†L^kρ^) で環境に跡を残す跳び」、第3項は跳びが起きなかったことによる状態の変化である。
定理 4.5.4(Gorini–Kossakowski–Sudarshan・Lindblad ★★★)
有限次元の系で、Nt=etL がすべての t≥0 で CPTP になるための必要十分条件は、生成子 L が (4.5.7) の形に書けることである。
必要性は上の展開が示す内容で、厳密な証明は Gorini, Kossakowski, Sudarshan (1976), J. Math. Phys. 17, 821 と Lindblad (1976), Commun. Math. Phys. 48, 119 が独立に与えた(後者は有界な生成子を持つ無限次元の場合も扱う)。十分性、つまり (4.5.7) の発展が本当に CPTP になることは、次のように示せる。M^=−ℏiH^−21∑kL^k†L^k と置き、生成子をL0(ρ^)=M^ρ^+ρ^M^† と J(ρ^)=∑kL^kρ^L^k† に分ける。etL0(ρ^)=etM^ρ^etM^† は Kraus 演算子1つの写像で完全正値、J も Kraus の形で完全正値である。相互作用描像の展開(Dyson 級数)
etL=etL0+∫0te(t−s)L0JesL0ds+∫0t∫0se(t−s)L0Je(s−s′)L0Jes′L0ds′ds+⋯
の各項は完全正値な写像の合成を正の重みで積分したもので完全正値、和も完全正値になる。トレースは TrL(ρ^)=0(Tr[H^,ρ^]=0、TrL^ρ^L^†=TrL^†L^ρ^)で保たれる。有限次元ではこの級数は収束する。展開の各項は「時刻 s,s′,… に跳びが起き、その間は etM^ で発展した」経路の寄与で、量子軌道(跳びの記録)による Lindblad 方程式の読み方になっている。
衝突模型:Markov 性を作る環境
Lindblad 方程式を、近似をせずに得られる模型が1つある。系が時間 dt ごとに新しい環境の量子ビット(いつも ∣0⟩ から始まる)と相互作用し、使い終わった環境の量子ビットは2度と戻ってこない、とする。光の場で言えば、原子の前を次々に通り過ぎて二度と戻らない真空のモードがこれに当たる。環境が使い回されないので、各段の写像は前の段の結果だけで決まり、(4.5.6) が成り立つ。
各段の相互作用を例題 4.5.1 の部分交換にとり、sin2θ=Γdt と置く。Kraus 演算子は
K^0=∣g⟩⟨g∣+1−Γdt∣e⟩⟨e∣=1−2Γdt∣e⟩⟨e∣+O(dt2),K^1=−iΓdtσ−
で、上の展開と比べると H^=0、L^=Γσ−(21L^†L^=2Γ∣e⟩⟨e∣)の Lindblad 方程式になる。N=t/dt 段で、ρee は (1−Γdt)N→e−Γt 倍、ρeg は (1−Γdt)N/2→e−Γt/2 倍になる。同じく第4部第2章の指針を各段の環境にとり、θ2=κdt と置くと K^0=1−2κdt∣↓⟩⟨↓∣、K^1=κdt∣↓⟩⟨↓∣ で、L^=κ∣↓⟩⟨↓∣ の位相緩和の Lindblad 方程式が出る。
この模型で Lindblad 方程式が厳密になったのは、Markov 性を「環境のほうから」仮定したためである。現実の環境(電磁場・フォノン・電気回路)は使い回され、相関時間も有限で、Lindblad 方程式は系と環境の結合が弱く、環境の相関時間が系の緩和時間よりずっと短い極限で成り立つ近似になる。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの 結合の強さ λ→0、λ2t 一定(van Hove 極限。環境の相関時間÷緩和時間 →0) | 証明 条件付き(系が有限次元、環境の相関関数が時間について可積分、Bohr 周波数の差より遅い変化を平均する永年近似を含む。Davies 1974 の定理) | 行き先 近似の数理 第14章
例題 4.5.4 指針の衝突から位相緩和の時間を出す ★★
オリジナル量子ビットが τc=1μs ごとに新しい指針と相互作用し、毎回 K^0=∣↑⟩⟨↑∣+cosθ∣↓⟩⟨↓∣、K^1=sinθ∣↓⟩⟨↓∣(θ=0.1)の写像を受ける。
- (1) N 回の後のコヒーレンス ρ↑↓ を求め、e−t/Tϕ と書いたときの Tϕ を求めよ。
- (2) Lindblad 方程式で近似したときの Tϕ と比べよ。
解答
(1) 1回ごとに非対角成分が cosθ 倍、対角成分は変わらない(第4.5.1節)。N 回で ρ↑↓(Nτc)=(cosθ)Nρ↑↓(0)=exp(Nlncosθ)ρ↑↓(0)。t=Nτc と置いて Tϕ=τc/(−lncosθ)。cos0.1=0.995004、lncos0.1=−0.0050084 で Tϕ=199.7μs。
(2) κ=θ2/τc=0.01μs−1 の L^=κ∣↓⟩⟨↓∣ で、(4.5.7) の非対角成分はdtdρ↑↓=−21κρ↑↓(L^ρ^L^† の ↑↓ 成分は 0、21{L^†L^,ρ^}+ の成分は 2κρ↑↓)なので、コヒーレンスは e−κt/2 で減り、Tϕ=2τc/θ2=200μs。厳密な値との差 0.17% は −lncosθ=θ2/2+θ4/12+⋯ の2項目で、1回の衝突の回転角が小さいほど Lindblad 方程式は正確になる。1回の衝突ではコヒーレンスが 0.5% しか減らなくても、衝突が速く繰り返されると 200μs で 1/e になる。
共通例題①の振動子を熱浴につなぐ
振動子 H^=ℏωa^†a^ が温度 T の熱浴(周りの光の場など)と弱く触れているとき、Lindblad 演算子は
L^−=Γ(nˉ+1)a^,L^+=Γnˉa^†,nˉ=eβℏω−11(4.5.8)
になる(熱浴の微視的な模型からの導出は近似の数理 第14章)。L^− は量子を1つ浴へ渡す過程、L^+ は浴から1つ受け取る過程で、浴の占有数 nˉ に比例する誘導の分が両方に入る。
占有数の期待値を計算する。⟨n^⟩=Tr(ρ^n^) の時間微分で、(4.5.7) の各項にトレースの巡回性を使うと、L^ の項は Tr[ρ^(L^†n^L^−21{L^†L^,n^}+)] になる。L^=a^ では a^†n^a^=n^2−n^、21{n^,n^}+=n^2 で −n^。L^=a^† では a^n^a^†=(n^+1)2、21{n^+1,n^}+=n^2+n^ で n^+1。H^ の項は [H^,n^]=0 で消える。合わせて
dtd⟨n^⟩=−Γ(nˉ+1)⟨n^⟩+Γnˉ(⟨n^⟩+1)=−Γ(⟨n^⟩−nˉ)(4.5.9)
で、⟨n^⟩ は時定数 1/Γ で nˉ へ近づく。
状態そのものも熱平衡へ近づく。対角の状態 ρ^=∑npn∣n⟩⟨n∣ について (4.5.7) を書くと、pn の速さの式
dtdpn=Γ(nˉ+1)[(n+1)pn+1−npn]+Γnˉ[npn−1−(n+1)pn]
になる。隣り合う準位の間の流れ Γ(nˉ+1)(n+1)pn+1−Γnˉ(n+1)pn が全部 0 になる詳細つり合いの解は pn+1/pn=nˉ/(nˉ+1)=e−βℏω で、これは第4部第4章(第4部第4章)の熱平衡 ρ^β=e−βH^/Z の固有値 (1−q)qn、q=e−βℏω そのものである。熱浴との接触で状態が ρ^β へ近づく過程が、こうして密度行列の構成の中で書けた。第4部第4章が KMS 条件として期待値だけで書いた詳細つり合いは、ここでは速さの比 Γnˉ/[Γ(nˉ+1)] として現れる。
温度 0(nˉ=0)では L^=Γa^ だけが残る。コヒーレント状態 ∣α⟩ はこのとき特別で、純粋なまま振幅だけが減っていく:
∣α⟩⟨α∣ ⟼ ∣α(t)⟩⟨α(t)∣,α(t)=αe−(iω+Γ/2)t.(4.5.10)
理由は Stinespring 表示で見ると分かりやすい。衝突模型の各段を「振動子のモードと空の環境のモードを、ごくわずかに混ぜる半透明の鏡」と見なすと、半透明の鏡はコヒーレント状態の組を ∣α⟩∣0⟩E↦∣ηα⟩∣1−ηα⟩E(η は透過率)と積のまま移す。鏡を重ねると透過率は掛け算になるので、時刻 t までの全体は透過率 η=e−Γt の1枚の鏡と同じで、系と環境は絡み合わない。
例題 4.5.5 猫状態の干渉は光子1個が出るより速く消える ★★★
オリジナル温度 0 の振幅減衰(L^=Γa^)を受ける振動子が、初めに猫状態 ∣ψ⟩∝∣α⟩+∣−α⟩(α は実数)にある。
- (1) 時刻 t の ρ^(t) を、上の半透明の鏡の Stinespring 表示を使って求めよ。
- (2) 干渉の項の係数を c(t) と書く。α2=4 と α2=25 で Γt=0.01 のときの c を求め、同じ時間に失われるエネルギーの割合と比べよ。
解答
(1) 全体の状態は ∣α⟩∣0⟩E+∣−α⟩∣0⟩E↦∣αt⟩∣βt⟩E+∣−αt⟩∣−βt⟩E、αt=αe−Γt/2、βt=α1−e−Γt(自由な回転 e−iωt は省く。回転座標で見ている)。環境を部分トレースで捨てると、交差項に環境の重なり ⟨−βt∣βt⟩=e−2βt2 が掛かり、
ρ^(t)=Nψ[∣αt⟩⟨αt∣+∣−αt⟩⟨−αt∣+c(t)(∣αt⟩⟨−αt∣+∣−αt⟩⟨αt∣)],c(t)=exp[−2α2(1−e−Γt)]
を得る。Nψ=1/[2(1+e−2α2)] は初めの規格化定数で、時間によらない(トレースが保たれることから確かめられる)。
(2) 1−e−0.01=0.00995。α2=4 では c=e−8×0.00995=0.9235、α2=25 では c=e−50×0.00995=0.608。エネルギー(平均の量子数 ≈α2)は両方とも 0.995% しか減っていない。短い時間では c≈e−2α2Γt で、干渉が消える速さ 2α2Γ は2つの山の位相空間での距離 d=∣2α∣ の2乗に比例する(2α2Γ=Γd2/2)。環境に漏れた振幅 ±βt は、どちらの山から来たかの記録になっていて、その記録の重なりが小さくなるだけで干渉は消える。エネルギーで見れば平均で光子 α2Γt 個分が漏れるだけでも、2つの記録 ∣βt⟩ と ∣−βt⟩ が見分けられる程度に離れれば十分だからである。山が離れた(巨視的な)重ね合わせほど速く混合状態になることが、日常の物体に重ね合わせが見えない理由の1つで、この過程をデコヒーレンスと呼ぶ。

図 4.5.2 温度 0 の振幅減衰での猫状態 ∣α⟩+∣−α⟩ の干渉の係数 c(t)=exp[−2α2(1−e−Γt)](色の線)と、振動子のエネルギーの減り e−Γt(黒)。どれも Lindblad 方程式(Markov 近似)の厳密解で、実線で描いた。山の間隔 ∣2α∣ が大きいほど干渉はエネルギーよりずっと速く消える。
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