量子力学の様々な構成方法 第4部 第5章 §4.5.5 ★★★ 2準位系に L^=Γσ− と位相緩和を足すと緩和つきの Bloch 方程式が出て、T1=1/Γ、1/T2=1/(2T1)+1/Tϕ。完全正値性から T2≤2T1。熱浴の中では定常状態が Gibbs 状態になる
緩和つきの Bloch 方程式
共通例題②のハミルトニアン H^=−2ℏΔσz−2ℏΩσx(回転座標・回転波近似の後。第4部第1章)に、自然放出 L^1=Γσ− と純粋な位相緩和 L^2=γϕ/2σz を足した Lindblad 方程式を考える。
まず緩和の項だけを成分で書く。L^1 については σ−ρ^σ+=ρee∣g⟩⟨g∣、σ+σ−=∣e⟩⟨e∣ なので
Γ(σ−ρ^σ+−21{∣e⟩⟨e∣,ρ^}+)=Γ(−ρee−21ρge−21ρegρee).
L^2 については L^2†L^2=2γϕ1 で、2γϕ(σzρ^σz−ρ^) は対角成分を変えず、非対角成分に −γϕ を掛ける。第4.5.4節の衝突模型の κ∣↓⟩⟨↓∣ は、γϕ=κ/2 と置いたこの形と同じ生成子を与える。Bloch ベクトル rz=ρee−ρgg=2ρee−1、rx+iry=2ρge に直すと、dtdrz=−Γ(rz+1)、横の成分は速さ Γ/2+γϕ で減る。ハミルトニアンの部分は第4部第1章の回転 h×r(h=(−Ω,0,−Δ))なので、合わせて
dtdr=h×r−(T2rx, T2ry, T1rz+1),T1=Γ1,T21=2Γ+γϕ=2T11+Tϕ1(4.5.11)
を得る(Tϕ=1/γϕ)。これが緩和つきの Bloch 方程式で、自然放出だけなら T1=1/Γ、T2=2/Γ である。T1(縦緩和)はエネルギーが環境へ逃げる時間、T2(横緩和)は重ね合わせの位相が失われる時間で、エネルギーを失えば位相も失われるので 1/T2 には必ず 1/(2T1) が入る。
γϕ≥0 なので T2≤2T1 が成り立つ。これは完全正値性の帰結である。仮に T2>2T1 の Bloch 方程式を書くと、γϕ<0 の「負の位相緩和」に当たり、初めの状態によっては、参照系ともつれた量子ビットに当てたとき全体の状態の固有値が負になる。z 軸まわりに対称な一般の2準位の緩和についても、Gorini, Kossakowski, Sudarshan (1976) は完全正値性から緩和の速さの間の不等式を導いており、T2≤2T1 はその1つである。
駆動があるときの定常状態は、(4.5.11) の左辺を 0 と置いて解ける。成分で 0=Δry−rx/T2、0=−Δrx+Ωrz−ry/T2、0=−Ωry−(rz+1)/T1 で、はじめの2式から ry=ΩT2rz/(1+Δ2T22)、3つ目に入れて
ρeess=21+rz=1+Δ2T22+Ω2T1T2Ω2T1T2/2 γϕ=0 Δ2+Γ2/4+Ω2/2Ω2/4(4.5.12)
になる。強い駆動 Ω→∞ でも ρeess→21 で止まり、2準位系は反転しない(飽和)。図 4.5.3 は共鳴 Δ=0、Ω=10Γ で (4.5.7) を数値で解いたもので、Rabi 振動が減衰しながら ρeess=25/50.25=0.4975 へ落ち着く。Ω≫Γ では振動の振幅が速さ (1/T1+1/T2)/2=3Γ/4 で減ることが、Bloch 方程式の生成子の固有値から確かめられる(回転の面 y–z の2成分が T1 と T2 の平均の速さで減るため)。

図 4.5.3 共鳴で Ω=10Γ の駆動を ∣g⟩ から始めたときの励起の確率 ρee(t)。実線:L^=Γσ− の Lindblad 方程式(Markov 近似)の数値解。点線:環境を切った閉じた系の Rabi 振動 sin2(Ωt/2)(共通例題②の正答)。破線:定常値 (4.5.12) の 0.4975。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの Γ/ω0→0 と Ω/ω0→0(緩和と駆動が遷移の角周波数に比べて遅い) | 証明 条件付き(駆動の有無で Lindblad 演算子が変わらないこと。Ω が浴のスペクトルの幅に比べて小さいことが前提で、強い駆動では Lindblad 演算子を駆動した系の固有状態の間の遷移で書き直す) | 行き先 近似の数理 第14章
T2 と T2∗:戻る減衰と戻らない減衰
第4部第1章の離調のばらついた集団では、各原子が純粋なまま回り、集団の ∣rˉ∣ だけが縮んだ。この減衰の時間を T2∗ と書いて T2 と区別する。2つの違いは Kraus 表示で見ると明らかになる。離調のばらつきは、各原子に確率 g(Δ) でユニタリ U^Δ を当てる写像 ρ^↦∫g(Δ)U^Δρ^U^Δ†dΔ で、「どの Δ だったか」の記録は原子ごとに固定された古典的な値として残っている。途中で全員を x 軸まわりに π 回すと U^Δ の位相が反転してたどり直され、元に戻る(スピンエコー)。Lindblad 方程式の位相緩和では、衝突ごとに位相の情報が新しい環境の量子ビットへ移り、その量子ビットは2度と系に戻らない。系だけに何をしても、環境へ移った情報を取り戻すことはできない。実験では、エコーをかけて回復しない減衰の時間が T2 で、1/T2∗=1/T2+(不均一な広がりの寄与)となるので T2∗≤T2 である。
例題 4.5.6 測った T1・T2 から位相緩和を取り出す ★★
オリジナルある量子ビットで、エネルギーの緩和を測って T1=40μs、エコーつきの横の緩和を測って T2=30μs を得た。
- (1) 純粋な位相緩和の時間 Tϕ を求めよ。
- (2) 別の報告に T1=40μs、T2=90μs とあった。この組は Lindblad 方程式で書けるか。
解答
(1) (4.5.11) から 1/Tϕ=1/T2−1/(2T1)=1/30−1/80=5/240μs−1 で Tϕ=48μs。自然放出だけなら T2=80μs になるはずで、それより短い分が位相だけを乱す環境(電荷や磁束のゆらぎなど)の寄与である。
(2) 2T1=80μs<90μs で T2≤2T1 に反する。1/Tϕ=1/90−1/80<0 となり、γϕ<0 の生成子からは完全正値な半群が得られない。測り方(エコーの有無・T1 と T2 を別の日に測った)か、緩和が Markov でないか(浴の相関時間が長い)を疑うべき組である。
熱浴の中の量子ビット
温度 T の熱浴では、振動子の (4.5.8) と同じ形で、実験室の座標の H^=2ℏω0σz にL^−=Γ(nˉ+1)σ−、L^+=Γnˉσ+、nˉ=1/(eβℏω0−1) を付ける。Γ(nˉ+1) は自然放出と誘導放出、Γnˉ は吸収の速さで、Einstein の係数の関係と同じ組み合わせである。占有の式は
dtdρee=−Γ(nˉ+1)ρee+Γnˉρgg
で、定常状態は ρee/ρgg=nˉ/(nˉ+1)=e−βℏω0、Pe=nˉ/(2nˉ+1)。これは第4部第4章の熱平衡の量子ビット(同じ章の KMS の例題の詳細つり合い)そのものである。縦の緩和は T1=1/[Γ(2nˉ+1)] に速くなり、横の成分は速さ Γ(2nˉ+1)/2 で減って T2=2T1 が保たれる。
例題 4.5.7 50 mK の量子ビットはどこまで冷えるか ★★
オリジナル遷移の周波数 5GHz の量子ビットが 50mK の熱浴に触れている。βℏω0・nˉ・定常の Pe を求め、T1 が温度 0 のときの何倍になるか答えよ。
解答
βℏω0=hf/(kBT)=6.626×10−34×5×109/(1.381×10−23×0.05)=4.80。nˉ=1/(e4.80−1)=8.30×10−3。定常の Pe=nˉ/(2nˉ+1)=8.17×10−3 で、待っていても約 0.8% の確率で励起状態に残る。これは e−4.80/(1+e−4.80) と同じ値で、熱平衡の Gibbs 状態である。T1=1/[Γ(2nˉ+1)] は温度 0 の 1/Γ の 1/(1+2nˉ)=0.984 倍で、1.6% 短くなる。
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