物理のための微分幾何入門 第2章 §2.3 ★★★ ベクトル場・積分曲線・流れの3つを結び、相空間の時間発展を流れとして読む
ベクトル場
各点に1つずつ接ベクトルを置いたものがベクトル場である。流体の各点の速度や、相空間の各点での状態の変化の速さが典型例である。
定義 2.11(ベクトル場)
多様体の各点 p に接ベクトル Xp∈TpM を1つずつ対応させたものを、ベクトル場と呼ぶ。どのチャートでも、成分を使って
X=i=1∑nXi(q)∂qi∂(2.14)
と書いたときに成分が滑らかなら、滑らかなベクトル場と呼ぶ。関数 f に対して、各点で値 Xp(f) をとった関数を考える。この関数を Xf と書く。
変換則 (2.8) は点ごとに成り立つ。したがって、ベクトル場の成分は各点で X′j=∑i(∂q′j/∂qi)Xi と変わる。1つのチャートで成分が滑らかなら、重なりの上で別のチャートの成分も滑らかである。
平面の回転のベクトル場
平面のベクトル場 X=−y∂x+x∂y は、各点で原点の周りを反時計回りに回る向きを持つ。極座標に移すと、確認テスト 2.2-2 の式から X=∂θ となる。原点を除いた平面では、このベクトル場は1つの座標の座標基底そのものになっている。
積分曲線と流れ
定義 2.12(積分曲線)
曲線の各時刻の接ベクトルが、その点でのベクトル場の値に等しいとき、曲線をベクトル場の積分曲線と呼ぶ。式で書けば次のとおりである。
γ˙(t)=Xγ(t)⟺dtdqi=Xi(q(t))(i=1,…,n).(2.15)
ここで γ˙(t) は、曲線を時刻 t で見た接ベクトルである。すなわち、ずらした曲線 τ↦γ(t+τ) の速度である。
積分曲線を求めることは、1階の常微分方程式の連立系 (2.15) を解くことと同じである。解の存在と一意性は、常微分方程式の基本定理が保証する。
定理 2.13(積分曲線の存在と一意性)
滑らかなベクトル場 X と点 p をとる。このとき、0 を含む開区間の上で定義され、γ(0)=p を満たす積分曲線がある。2本の積分曲線が同じ時刻に同じ点を通るなら、2本は共通の定義域で一致する。さらに、解は初期点について滑らかに変わる。
証明の筋
座標で書くと (2.15) は、ユークリッド空間の常微分方程式 q˙=X(q) である。成分は滑らかなので、初期点の近くで Lipschitz 条件を満たす。
∣X(q)−X(q~)∣≤K∣q−q~∣.
積分方程式 q(t)=a+∫0tX(q(τ))dτ の右辺を、曲線から曲線への写像とみる。十分短い時間の区間では、この写像は縮小写像になる。縮小写像の不動点として、解が1つだけ得られる(Picard の逐次近似)。
一意性は、2つの解の差に Gronwall の不等式を使うと示せる。初期点への滑らかな依存も、同じ枠組みで示せる。完全な証明は常微分方程式の本に譲る。
点 p を通る積分曲線の、時刻 t での点を考える。この点を Φt(p) と書き、写像 Φt をベクトル場の流れと呼ぶ。流れを生むベクトル場 X を明示したいときは ΦtX と書く。すべての時刻とすべての点で流れが定まるとき、ベクトル場は完備であるという。
定理 2.14(流れは1パラメータ変換群)
完備なベクトル場の流れ Φt は、すべての実数 t,s について次の式を満たす。
Φ0=id,Φt∘Φs=Φt+s.(2.16)
特に、各 Φt は逆写像 Φ−t を持つ全単射である。
証明
式 Φ0(p)=p は定義そのものである。時刻 s と点 p を固定し、次の2本の曲線を比べる。
α(t)=Φt+s(p),β(t)=Φt(Φs(p)).
前者は、点 p を通る積分曲線を時刻 s だけずらしたものである。したがって、各時刻で α˙(t)=Xα(t) を満たす。後者は、点 Φs(p) を通る積分曲線である。
時刻 0 では、2本はともに点 Φs(p) にある。2本は同じ時刻に同じ点を通る積分曲線である。定理 2.13 の一意性から、すべての時刻で2本は一致し、これが (2.16) である。時刻を s=−t とおけば Φt∘Φ−t=id となり、逆写像が得られる。
逆に、(2.16) を満たす滑らかな写像の族 Φt(1パラメータ変換群)からは、ベクトル場が1つ決まる。各点で、次のように置けばよい。
Xp=dtdΦt(p)t=0.
群の性質から Φt+h(p)=Φh(Φt(p)) が成り立つ。これを小さな時刻 h で微分すると、曲線 t↦Φt(p) の各時刻の速度が、その点でのベクトル場の値に等しいことが分かる。
したがって、この曲線はこのベクトル場の積分曲線である。このベクトル場を、変換群の生成子と呼ぶ。
回転の流れ
回転のベクトル場の積分曲線の方程式は、x˙=−y と y˙=x である。解は次の式で与えられる。
Φt(x,y)=(xcost−ysint, xsint+ycost).
これは角 t の回転で、回転の合成が角の和になることが (2.16) に当たる。回転のベクトル場は、回転群の生成子である。
完備でないベクトル場
積分曲線が、有限の時刻で無限遠へ去ることがある。直線上のベクトル場 X=x2∂x の積分曲線は、次の式で与えられる。
x(t)=1−tx0x0.
初期値が正なら、時刻 t→1/x0 で発散する。このとき流れは一部の点でしか定まらず、(2.16) も定まる範囲でだけ成り立つ。コンパクトな多様体(円周・球面・トーラスなど)の上の滑らかなベクトル場は、いつも完備である。
物理の流れ:流体の速度場と相空間の流れ
定常な流体の速度場 u(x) は、空間の上のベクトル場である。その積分曲線は流体の粒子の軌跡で、流線と呼ぶ。流れ Φt は「はじめにある位置にあった粒子を、時刻 t の位置へ送る写像」である。
時間に依る速度場 u(x,t) は、空間の上の1つのベクトル場ではない。§2.2 のように時刻も座標に含めると、時空の上のベクトル場として扱える。
∂t∂+i∑ui∂xi∂.
このベクトル場の積分曲線は、粒子の世界線である。
1自由度の力学系の状態は、座標 q と運動量 p の組で決まる。Hamilton の運動方程式は、q˙=∂H/∂p と p˙=−∂H/∂q である。これは、相空間の次のベクトル場の積分曲線の方程式である。
XH=∂p∂H∂q∂−∂q∂H∂p∂.(2.17)
このベクトル場を Hamilton ベクトル場と呼ぶ。正準2形式を使った定義と符号の確認は第14章 §14.2 で行う。
Hamilton ベクトル場をハミルトニアン自身に作用させると、次のように 0 になる。
XHH=∂p∂H∂q∂H−∂q∂H∂p∂H=0.
したがって積分曲線の上でハミルトニアンは一定で、相空間の流れはエネルギーの等高線に沿う。

図 2.5 振り子 H=21p2−cosq(m=ℓ=g=1)の相空間の流れ。青の閉曲線は往復する振動、灰の曲線は回り続ける回転、赤は2つを分ける分離線 H=1。矢印は Hamilton ベクトル場 (2.17) の向きで、p>0 では q が増える。q=±π は同じ点を指すので、相空間は円柱である。
例題 2.4 調和振動子の相空間の流れ ★★★
オリジナル調和振動子のハミルトニアンを考える。
H=2mp2+21mω2q2.
質量 m と角振動数 ω は正の定数とする。
- Hamilton ベクトル場を成分で書け。
- 流れ Φt(q0,p0) を求めよ。
- 流れが (2.16) を満たすことを確かめよ。
- 流れが周期 2π/ω を持つことと、ハミルトニアンを保つことを確かめよ。
解答
- (2.17) に、偏微分 ∂H/∂p=p/m と ∂H/∂q=mω2q を入れる。
XH=mp∂q∂−mω2q∂p∂.
2. 積分曲線の方程式は、q˙=p/m と p˙=−mω2q である。1つ目を微分して2つ目を入れると、q¨=−ω2q となる。初期条件は q(0)=q0 と q˙(0)=p0/m なので
Φt(q0,p0)=(q0cosωt+mωp0sinωt, p0cosωt−mωq0sinωt).
3. 変数 Q=mωq を使うと、流れは平面 (Q,p) での時計回りの回転になる。
(Qp)↦(cosωt−sinωtsinωtcosωt)(Qp).
角 ωt の回転と角 ωs の回転の積は、角の和の回転である。したがって Φt∘Φs=Φt+s が成り立つ。時刻 0 では単位行列で、Φ0=id となる。4. 時刻 t=2π/ω では回転の角が 2π で、行列は単位行列に戻る。回転は Q2+p2 を保つので、ハミルトニアン H=(p2+Q2)/(2m) も保たれる。この結果は、一般の XHH=0 の特別な場合である。
確認テスト
オリジナル
- 2.3-1 平面のベクトル場 X=x∂x−y∂y を考える。点 (x0,y0) を通る積分曲線を求めよ。関数 xy がその曲線の上で一定であることを、ベクトル場をこの関数に作用させて確かめよ。
- 2.3-2 直線上のベクトル場 X=x2∂x の流れは、次の式で与えられる。
Φt(x)=1−txx.
これが積分曲線の方程式を満たすことを確かめよ。群の性質 (2.16) が、定まる範囲で成り立つことも確かめよ。3. 2.3-3 せん断流 u=γy∂x の流れを求めよ(γ は定数)。流れの写像のヤコビ行列式を計算し、流体の面積が保たれることを確かめよ。4. 2.3-4 1自由度の Hamilton ベクトル場 (2.17) を、平面のベクトル場とみる。その発散 ∂qXq+∂pXp が恒等的に 0 であることを示せ。
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