物理のための微分幾何入門 第14章 §14.2 ★★★ ιXHω=−dH で関数から運動が決まり、エネルギーの保存は ω の反対称性から出る
関数からベクトル場を作る
時間発展は相空間のベクトル場の流れで表したい。手元にあるのは Hamiltonian H という関数で、その外微分 dH は1形式である。1形式をベクトル場に直すには、ベクトルと1形式を結ぶ非退化な双線形形式が要る。
Riemann 多様体なら計量でこれを行い、勾配ベクトル gij∂jf を作る(第5章 §5.2)。相空間には計量が無いので、代わりに非退化な ω を使う。
定義 14.7(Hamilton ベクトル場)
シンプレクティック多様体の上の関数 H に対して、
ιXHω=−dH(14.8)
を満たすベクトル場 XH を H の Hamilton ベクトル場と呼ぶ。ω が非退化なので、XH はただ1つに決まる。
命題 14.8(正準座標での成分)
正準座標で ω=dpi∧dqi のとき、
XH=∂pi∂H∂qi−∂qi∂H∂pi(14.9)
である。したがって XH の積分曲線は Hamilton 方程式
q˙i=∂pi∂H,p˙i=−∂qi∂H(14.10)
を満たす。
証明
XH=ai∂qi+bi∂pi と置く。(14.6) から ιXHω=bidqi−aidpi である。右辺の −dH は次のとおりである。
−dH=−∂qi∂Hdqi−∂pi∂Hdpi
係数を比べると次を得る。
ai=∂pi∂H,bi=−∂qi∂H
符号を調和振動子 H=p2/2m+mω02q2/2 で確かめる。(14.9) から
q˙=∂p∂H=mp,p˙=−∂q∂H=−mω02q
である。1つ目の式は運動量の定義 p=mq˙ に、2つ目はばねの復元力に一致する。
もし (14.8) の右辺を +dH にすると、q˙=−p/m となって時間の向きが逆になる。角振動数は ω0 と書き、正準2形式の ω と区別する。

図 14.2 調和振動子 H=p2/2m+mω02q2/2(図は m=1、ω0=0.6)の Hamilton ベクトル場。灰色の楕円は等エネルギー線で、紺の矢印 XH はそれに接して時計回りに流れる。点に描いた2本の矢印は、dH の成分を並べた矢印と XH である。前者は座標をそのまま直交座標と見なしたときの「勾配」で、XH はそれを 90∘ 回したものになる。
命題 14.9(エネルギーの保存)
H は XH の流れに沿って一定である。
証明
流れに沿った H の変化率は XHH=dH(XH) である。(14.8) から
dH(XH)=−ω(XH,XH)=0
で、最後の等号は ω の反対称性による。
Riemann 多様体の勾配の流れは H を増やす向きに進むので、H は保存しない。同じ dH から出発しても、対称な計量を使えば勾配の流れになる。反対称な ω を使えば、等高線に沿う流れになる(図 14.2)。
Poisson 括弧
相空間の関数 f が流れに沿って変わる割合は XHf である。(14.9) を当てると
XHf=∂pi∂H∂qi∂f−∂qi∂H∂pi∂f
となる。この形の組み合わせに名前を付ける。
定義 14.10(Poisson 括弧)
相空間の関数 f,g の Poisson 括弧を、正準座標で
{f,g}=i=1∑n(∂qi∂f∂pi∂g−∂pi∂f∂qi∂g)(14.11)
で定める。
この符号は虎の巻『解析力学から様々な理論分野を組み立てる』第1部第11章と同じで、{qi,pj}=δij となる流儀である。
命題 14.11(括弧と正準2形式)
相空間の関数 f,g について次が成り立つ。
{f,g}=Xgf=−Xfg=ω(Xg,Xf)(14.12)
とくに XH の流れに沿って f˙={f,H} である。
証明
上の計算で Hamiltonian を g に置き換えると、Xgf={f,g} を得る。括弧は反対称なので −Xfg=−{g,f}={f,g} である。最後に、(14.8) を g について使うと
ω(Xg,Xf)=(ιXgω)(Xf)=−dg(Xf)=−Xfg={f,g}
となる。
括弧の符号の流儀
本や論文によって、正準2形式とベクトル場の定義の符号が違う。どの流儀でも、Hamilton 方程式 q˙=∂H/∂p と {q,p}=1 は同じになるように組まれている。変わるのは、ω(Xf,Xg) と {f,g} の関係の符号である。
| 正準2形式 | Hamilton ベクトル場 | 括弧 {f,g} (14.11) |
| ω=dpi∧dqi(この本) | ιXHω=−dH | ω(Xg,Xf) |
| ω′=dqi∧dpi | ιXHω′=dH | ω′(Xf,Xg) |
2つの流儀は ω′=−ω で結ばれ、ベクトル場 XH はどちらでも (14.9) になる。一方の流儀の2形式と、もう一方の流儀のベクトル場の定義を混ぜると、時間の向きが逆になる(確認テスト 14.2-5)。
定理 14.12(Jacobi 恒等式)
相空間の関数 f,g,h について
{{f,g},h}+{{g,h},f}+{{h,f},g}=0(14.13)
が成り立つ。
証明
左辺を J と書く。関数 u に対して作用素 Du を次で定める。
Duk=Xuk={k,u}
各 Du は1階の微分作用素である。
(14.13) の左辺のうち、h の2階微分を含みうるのは、h が内側の括弧に入っている2項だけである。その2項は次のように書ける。
{{g,h},f}+{{h,f},g}=−{{h,g},f}+{{h,f},g}=−DfDgh+DgDfh
1階微分作用素の交換子では2階微分の項が打ち消し合うので、J は h の2階微分を含まない。J は f,g,h の巡回置換で変わらないので、同じ理由でほかの2つの関数の2階微分も含まない。ところが (14.11) から、J の各項はどれか1つの関数の2階微分と、残り2つの1階微分の積である。したがって J のすべての項は打ち消し合っていて、J=0 となる。
系 14.13(Hamilton ベクトル場の括弧)
次が成り立つ。
[Xf,Xg]=−X{f,g}(14.14)
証明
任意の関数 h に当てる。(14.12) と Jacobi 恒等式から
[Xf,Xg]h=Xf{h,g}−Xg{h,f}={{h,g},f}−{{h,f},g}=−{{g,f},h}={h,{g,f}}
である。最後の式は X{g,f}h=−X{f,g}h に等しい。
この系は、第13章 §13.1 の Lie 括弧と Poisson 括弧を結ぶ。2つの関数の括弧が0なら、それらが生成する流れは可換になる。§14.6 の可積分系は、この事実の上に組み立てる。
保存量と対称性
Poisson 括弧は反対称なので、関数 F について {F,H}=−{H,F} である。左辺は XH の流れに沿った F の変化率である。右辺の括弧は、XF の流れに沿った H の変化率である。
命題 14.14(Hamilton 形式の Noether の定理)
H が時刻を陽に含まないとき、関数 F について次の (i) と (ii) は同値である。
- (i) F は運動の保存量である。すなわち {F,H}=0 である。
- (ii) H は F が生成する流れのもとで不変である。すなわち XFH=0 である。
さらにこのとき、2つのベクトル場は可換である。
[XF,XH]=0
証明
(i) と (ii) は XFH={H,F}=−{F,H} から同値である。(i) が成り立てば、系 14.13 から [XF,XH]=−X{F,H}=0 となる。
第13章 §13.4 の Noether の定理は、Lagrangian を保つ流れから保存量を作った。ここでは逆向きにも読める。保存量 F があれば XF という流れが出て、その流れは Hamiltonian を保つ。たとえば平面上の角運動量 Lz=xpy−ypx では、(14.9) から
XLz=−y∂x+x∂y−py∂px+px∂py
である。これは位置と運動量を同時に回す無限小回転である。
例題 14.2 調和振動子の流れと回る向き ★★
オリジナルH=p2/2m+mω02q2/2 とする。
- (1) XH の流れを、初期値 (q0,p0) の1次式として求めよ。
- (2) (q,p) 平面で流れが時計回りであることを示せ。
- (3) Φt のヤコビ行列の行列式が1であることを確かめよ。
解答
(1) Hamilton 方程式は q˙=p/m、p˙=−mω02q である。2つを合わせると q¨=−ω02q となり、初期値を合わせると次の解を得る。
q(t)=q0cosω0t+mω0p0sinω0t,p(t)=−mω0q0sinω0t+p0cosω0t
(2) 初期値を q0>0、p0=0 にとる。t が小さいとき p(t)≈−mω02q0t<0 である。点は q 軸の正の側から運動量が負の側へ進む。したがって q を横軸・p を縦軸にした平面で時計回りである。
(3) 流れは線形写像で、行列は次のとおりである。
cosω0t−mω0sinω0tmω0sinω0tcosω0t
行列式は cos2ω0t+sin2ω0t=1 である。この流れは面積を保ち、§14.3 の Liouville の定理の例になっている。
磁場の中の荷電粒子は、正準2形式が (14.5) と違う形をとる物理の例である。
例題 14.3 一様磁場の中の荷電粒子とサイクロトロン振動数 ★★
オリジナル電荷 e、質量 m の粒子が、一様な磁場の中で磁場に垂直な平面を動く。磁場を B=Bz^ とする。ベクトルポテンシャルを A=(−By/2,Bx/2) にとると、正準運動量は p=mv+eA である。運動学的運動量を πx=px−eAx、πy=py−eAy と置く。
- (1) 座標 (x,y,πx,πy) で ω=dpx∧dx+dpy∧dy を書け。
- (2) Hamiltonian H=(πx2+πy2)/2m の Hamilton ベクトル場を (1) の ω で求めよ。それが Lorentz 力の運動方程式になることを示せ。
- (3) 電子が B=1T の中で回る角振動数と振動数を求めよ。電気素量は 1.602×10−19C、電子の質量は 9.109×10−31kg とする。
解答
(1) px=πx−eBy/2 と py=πy+eBx/2 を代入する。
dpx∧dx=dπx∧dx−2eBdy∧dx,dpy∧dy=dπy∧dy+2eBdx∧dy
dy∧dx=−dx∧dy なので、和は次のとおりである。
ω=dπx∧dx+dπy∧dy+eBdx∧dy
最後の項が磁場の寄与で、(x,y,πx,πy) は正準座標でない。
(2) X=ax∂x+ay∂y+bx∂πx+by∂πy と置く。(14.6) の計算に磁場の項を足して、次を得る。
ιXω=(bx−eBay)dx+(by+eBax)dy−axdπx−aydπy
これを −dH=−(πx/m)dπx−(πy/m)dπy と比べる。
ax=mπx,ay=mπy,bx=eBmπy,by=−eBmπx
速度は v=(ax,ay) なので、運動方程式は次のとおりである。
π˙x=eBvy,π˙y=−eBvx
これは mv˙=ev×B の成分である。
(3) (2) から速度は角振動数 ωc=∣e∣B/m で回る。数値を入れると次のとおりである。
ωc=9.109×10−311.602×10−19×1s−1=1.759×1011s−1,2πωc=2.80×1010Hz
これは約 28GHz のマイクロ波の振動数である。
確認テスト
オリジナル
- 14.2-1 (14.11) から、正準座標どうしの括弧を求めよ。
{qi,pj},{qi,qj},{pi,pj}
2. 14.2-2 一様な重力のもとの鉛直方向の運動 H=p2/2m+mgq を考える。XH を書き、その流れを初期値 (q0,p0) で表せ。H が流れに沿って一定であることも確かめよ。3. 14.2-3 3次元の角運動量を次のように置く。{Lx,Ly}=Lz を示せ。
Lx=ypz−zpy,Ly=zpx−xpz,Lz=xpy−ypx
4. 14.2-4 関数 F と G がともに保存量だとする。このとき {F,G} も保存量であることを、Jacobi 恒等式を使って示せ(Poisson の定理)。5. 14.2-5 正準2形式に ω′=dq∧dp を使い、Hamilton ベクトル場を ιXω′=−dH で定めると、どんな方程式が得られるか。調和振動子でその解の回る向きを答えよ。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com