物理のための微分幾何入門 第13章 §13.1 ★★ 2つの流れを交互にたどると閉じない。そのずれの主要部が Lie 括弧で、座標基底は必ず可換になる
第2章 §2.3 では、ベクトル場 X から積分曲線をつなげて流れ ΦtX を作った。この章では、流れを使って2つのことを調べる。1つ目は、ベクトル場や計量や微分形式が流れに沿ってどう変わるかで、その変化率を Lie 微分と呼ぶ。2つ目は、流れで変わらない量(対称性)があるときに何が保存されるか、またその保存量が見えるような座標をどう作るかである。
道具は次の順に組み立てる。§13.1 で2つの流れを交互にたどったときのずれを測る Lie 括弧を定義し、§13.2 でそれを一般のテンソルの Lie 微分へ広げる。
§13.3 で計量を保つ流れ(Killing ベクトル)から測地線の保存量を出し、§13.4 で Lagrangian を保つ流れから保存量を出す(Noether の定理)。§13.5 では、対称性の流れを座標軸の1本に取り直す手順を示し、保存量の正体が循環座標の正準運動量であることを確かめる。
前の章から使う結果は次のものである。第2章の接ベクトル・押し出し f∗・流れ、第3章 §3.4 の運動量が1形式であること、第3章 §3.5 の Lagrangian が接束の上の関数であること。
さらに第5章 §5.4 の運動エネルギーの計量と、第10章 §10.1 の測地線の方程式を使う。第12章からは外微分 d と内部積 ιX、および引き戻しを使う。この章の結果は、第14章で相空間の流れ(Hamilton ベクトル場)と Poisson 括弧を扱うときにそのまま使う。
2つの流れを交互にたどる
平面の上で「横へ進む」流れと「縦へ進む」流れを交互にたどると、元の点に戻る。東へ1、北へ1、西へ1、南へ1と歩けば、出発点に戻るのと同じである。ところが、流れの速さが場所によって違うと、同じ操作で元の点に戻らなくなる。この戻らなさを測る量が Lie 括弧である。
まず記号を決める。ベクトル場 X の流れを、第2章 §2.3 と同じく ΦtX と書く。流れ ΦtX は、各点をその点から出る積分曲線に沿って時間 t だけ運ぶ写像である。第2章 §2.3 のとおり、流れは次の2つの性質を持つ。
dtdΦtX(p)=X(ΦtX(p)),ΦsX∘ΦtX=Φs+tX.(13.1)
ベクトル場は関数に方向微分として作用する(第2章 §2.1)。座標 xi での成分を Xi とすると、関数への作用は次の式になる。
Xf=Xi∂xi∂f.
Lie 括弧の定義と成分
2つのベクトル場を続けて関数に作用させる。X(Yf) も Y(Xf) も関数の2階微分を含むので、それぞれ単独ではベクトル場にならない。ところが差をとると2階微分が打ち消し、1階微分だけが残る。
定義 13.1(Lie 括弧)
ベクトル場 X,Y に対し、関数 f への作用が
[X,Y]f=X(Yf)−Y(Xf)
で与えられるものを、2つのベクトル場の Lie 括弧(交換子)と呼ぶ。
命題 13.2(Lie 括弧の成分)
[X,Y] はベクトル場であり、座標成分は次の式で与えられる。
[X,Y]i=Xj∂xj∂Yi−Yj∂xj∂Xi.(13.2)
証明
Yf=Yi∂if に X=Xj∂j を作用させ、積の微分を使う。
X(Yf)=Xj(∂jYi)∂if+XjYi∂j∂if.
2つのベクトル場を入れ替えた式を引く。
[X,Y]f=(Xj∂jYi−Yj∂jXi)∂if+(XjYi−YjXi)∂j∂if.
最後の項は、添字について反対称な係数と対称な2階微分の和なので0になる。残りは1階微分の線形結合で、係数が (13.2) である。したがって [X,Y] は方向微分、つまりベクトル場である。
定義から次の性質がすぐに出る。
命題 13.3(Lie 括弧の代数的な性質)
ベクトル場 X,Y,Z と関数 f について次が成り立つ。
- 反対称性:[X,Y]=−[Y,X]。
- 双線形性:実数 a,b について [aX+bY,Z]=a[X,Z]+b[Y,Z]。
- Leibniz 則:[X,fY]=f[X,Y]+(Xf)Y。
- Jacobi 恒等式:[X,[Y,Z]]+[Y,[Z,X]]+[Z,[X,Y]]=0。
証明
(i) と (ii) は定義の式から明らかである。(iii) は確認テスト 13.1-1 で示す。
(iv) を示す。作用素として次のように展開できる。
[X,[Y,Z]][Y,[Z,X]][Z,[X,Y]]=XYZ−XZY−YZX+ZYX,=YZX−YXZ−ZXY+XZY,=ZXY−ZYX−XYZ+YXZ.
3つを足すと、12個の項が2つずつ符号を反対にして現れ、和は0になる。
座標基底は可換になる
座標基底 ∂i=∂/∂xi の成分は定数 δik である。(13.2) の微分がすべて0になるので、次の式が成り立つ。
[∂i,∂j]=0.(13.3)
関数の言葉で言えば、偏微分の順序が交換できることにあたる。逆に、可換でない2つのベクトル場は、どんな座標を取っても2本の座標基底にはならない。この事実は §13.5 で座標を作るときの条件になる。
例
平面の極座標 (r,θ) の座標基底 ∂r,∂θ は、(13.3) により可換である。これを長さ1にそろえた正規直交枠を考える。
er^=∂r,eθ^=r1∂θ.
∂r が係数 1/r を微分するので、Lie 括弧は0にならない。
[er^,eθ^]=∂r(r1)∂θ=−r21∂θ=−r1eθ^.
したがってこの正規直交枠は、どんな座標の座標基底にもならない。第5章 §5.3 で「極座標の基底は直交だが正規でない」と書いた事情を、Lie 括弧の側から言い直した形になる。
流れの可換性と Lie 括弧
Lie 括弧は、冒頭の「交互にたどると閉じない」ずれと次のように結び付く。
定理 13.4(流れの交換子)
点 p から出て、次の順に4本の流れをたどる。
- X の流れで時間 t。
- Y の流れで時間 t。
- X の流れで時間 −t。
- Y の流れで時間 −t。
到着点を ψt(p) と書く。
ψt(p)=Φ−tY∘Φ−tX∘ΦtY∘ΦtX(p).
このとき任意の関数 f について次の式が成り立つ。
f(ψt(p))=f(p)+t2([X,Y]f)(p)+O(t3).(13.4)
つまり、4本の流れでできる「平行四辺形」は閉じず、すき間の主要部は t2[X,Y](p) である。
証明
写像 F による関数の引き戻しを F∗f=f∘F と書く。(13.1) を2回使うと、次の2式が成り立つ。
dtdf(ΦtX(q))=(Xf)(ΦtX(q)),dt2d2f(ΦtX(q))=(XXf)(ΦtX(q)).
したがって作用素として、時間について2次まで次の展開が成り立つ。
(ΦtX)∗=1+tX+2t2X2+O(t3).
合成写像の引き戻しは順序が逆になる((F∘G)∗=G∗F∗)。
ψt∗=(ΦtX)∗(ΦtY)∗(Φ−tX)∗(Φ−tY)∗.
4つの因子を2次まで展開して掛ける。1次の項は X+Y−X−Y=0 で消える。
2次の項は、各因子の2次の項と、異なる2つの因子の1次の項の積とに分かれる。各因子の2次の項の和は次のとおりである。
21X2+21Y2+21X2+21Y2=X2+Y2.
異なる2因子の1次の項の積は、左の因子を左に置いて6通りある。
XY−X2−XY−YX−Y2+XY=XY−YX−X2−Y2.
2つを足すと XY−YX が残る。これを関数に作用させて点 p で評価すれば (13.4) になる。
系 13.5
すべての時刻で流れが可換なら [X,Y]=0 である。ここで可換とは、次の式がすべての s,t で成り立つことをいう。
ΦsX∘ΦtY=ΦtY∘ΦsX.
証明
流れが可換なら、ψt=Φ−tY∘ΦtY∘Φ−tX∘ΦtX は恒等写像になる。(13.4) の2次の係数が0なので、すべての関数とすべての点で [X,Y]f=0 となる。
逆向きの主張「[X,Y]=0 なら流れは可換」も成り立つ。その証明には Lie 微分が要るので、§13.2 の定理 13.9 で示す。

図 13.1 X=∂x(青)と Y=x∂y(赤)の流れを交互にたどる(t=0.6)。灰色の矢印は Y の大きさで、x が大きいほど長い。右の辺を上る距離 (1+t)t が左の辺を下る距離 t より長いので、到着点は出発点の t2 だけ上にずれる。このずれは t2[X,Y]=t2∂y に等しい(例題 13.1)。
例題 13.1 閉じない平行四辺形 ★★
オリジナル平面のベクトル場 X=∂x と Y=x∂y を考える。
- 2つの流れ ΦtX と ΦtY を具体的に求めよ。
- 点 p=(1,0) から定理 13.4 の順に4本の流れをたどる。到着点を時間の式で正確に求めよ。
- (13.2) で [X,Y] を計算し、(2) の結果が (13.4) と合うことを確かめよ。
解答
(1) X=∂x の積分曲線は、次の連立方程式の解である。
x˙=1,y˙=0,よってΦtX(x,y)=(x+t,y).
Y=x∂y の積分曲線は、次の連立方程式の解である。
x˙=0,y˙=x,よってΦtY(x,y)=(x,y+xt).
横の座標が一定なので、縦の座標はその値の速さで一定に増える。
(2) 4本を順にたどる。
(1,0) ΦtX (1+t,0) ΦtY (1+t,(1+t)t) Φ−tX (1,(1+t)t) Φ−tY (1,(1+t)t−t)=(1,t2).
2本目の流れは横の座標が 1+t の位置を、同じ値の速さで上る。4本目は横の座標が1の位置を、速さ1で下りる。上った距離と下りた距離の差 t2 が、すき間として残る。
(3) 成分は X=(1,0)、Y=(0,x) である。X の成分は定数なので、(13.2) の第2項は0になる。
[X,Y]x=Xj∂jYx=0,[X,Y]y=Xj∂jYy=∂x(x)=1.
よって [X,Y]=∂y である。(13.4) で f=y とおくと、右辺は次のようになる。
y(ψt(p))=0+t2⋅1+O(t3).
(2) の正確な値 t2 と一致し、この例では3次以上の項がちょうど0である。
回転の生成子の括弧
3次元空間の座標軸まわりの回転を、反時計回りを正として生成するベクトル場を次のように書く。
Rx=y∂z−z∂y,Ry=z∂x−x∂z,Rz=x∂y−y∂x.(13.5)
たとえば Rz の流れは、鉛直の軸まわりに角 t だけ回す回転である。極座標で書くと Rz=∂θ になる(確認テスト 13.1-3)。(13.2) で括弧を計算すると、次の関係が出る(確認テスト 13.1-3)。
[Rx,Ry]=−Rz,[Ry,Rz]=−Rx,[Rz,Rx]=−Ry.(13.6)
右辺に負号がつく理由は、線形なベクトル場の一般の性質にある。
命題 13.6(線形なベクトル場の括弧)
n 次正方行列 A に対し、次の成分で定まるベクトル場を考える。
XAi=Aijxj.
このとき次の式が成り立つ。
[XA,XB]=X−[A,B],[A,B]=AB−BA.
証明
(13.2) に代入する。∂j(Bikxk)=Bij を使う。
[XA,XB]i=AjkxkBij−BjkxkAij=(BA−AB)ikxk.
右辺は行列 BA−AB=−[A,B] の作るベクトル場の成分である。
Rz は次の行列 Az の作るベクトル場である。
Az=010−100000.
流れは行列の指数関数 etAz で与えられる。回転行列の生成子は [Ax,Ay]=Az を満たすので、命題 13.6 から (13.6) の負号が出る。量子力学の角運動量演算子は L^i=−iℏRi で、これを使うと (13.6) は次の形になる。
[L^x,L^y]=(−iℏ)2[Rx,Ry]=ℏ2Rz=iℏL^z.
量子力学でおなじみの交換関係は、回転の流れが可換でないこと(定理 13.4)を作用素の言葉で書いたものである。
確認テスト
オリジナル
- 13.1-1 Leibniz 則 [X,fY]=f[X,Y]+(Xf)Y を、関数 g に作用させて示せ。
- 13.1-2 平面の拡大 D=x∂x+y∂y と回転 R=x∂y−y∂x の括弧を計算せよ。また2つの流れを具体的に書き、結果が流れの性質と合うことを確かめよ。
- 13.1-3 (13.5) の Ry,Rz について [Ry,Rz]=−Rx を成分で計算せよ。また、水平な平面の上で Rz を極座標に書き直すと ∂θ になることを示せ。
- 13.1-4 X=∂x と Y=ex∂y を考える。原点から定理 13.4 の順に流れをたどった到着点を、時間の式で正確に求めよ。その縦の座標を時間で展開し、(13.4) と合うことを確かめよ。
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