物理のための微分幾何入門 第5章 §5.2 ★★★ 計量があるとベクトルと1形式を1対1に対応させられる。勾配ベクトルはこの対応で df から作る
ベクトルから1形式へ
計量に接ベクトル v を1つだけ入れると、線形写像 w↦g(v,w) ができる。これは、ベクトルを入れて数を返す線形写像なので、1形式である(第3章 §3.1)。この1形式を v♭=g(v,⋅) と書く。
成分は v♭(∂j)=g(v,∂j)=gijvi である。この成分を vj と書く。
vj=gjivi(5.8)
この操作を添字を下げると呼ぶ。
定理 5.6(計量はベクトルと1形式を同一視する)
計量が非退化なら、写像 ♭:TpM→Tp∗M は線形な同型である。逆写像 ♯ の成分は、行列 (gij) の逆行列を使って
αi=gijαj,gikgkj=δij(5.9)
と書ける。さらに gij は (2,0) 型テンソルの成分として変換する。
証明
♭ が線形であることは、計量の双線形性から従う。v♭=0 とすると、すべての入力に対して g(v,⋅) は0を返す。非退化性から v=0 となるので、♭ は単射である。接空間と余接空間はどちらも n 次元なので、単射な線形写像は全単射になる。
成分で書くと、♭ は行列 (gij) を掛ける写像である。全単射なので、この行列は逆行列 (gij) を持つ。逆写像は αj↦gijαj になる。
最後に変換則を調べる。(5.3) の逆行列をとると (g′)−1=J−1g−1(J−1)T である。J−1 の成分は ∂x′i/∂xk なので、成分で書けば
g′ij=∂xk∂x′i∂xl∂x′jgkl
となる。これは (2,0) 型テンソルの変換則である。
逆写像を添字を上げる操作と呼ぶ。上げてから下げると元に戻る。gijgjkαk=αi だからである。
直交座標で上付きと下付きを区別しない理由
Euclid 空間の直交座標では gij=δij である。
- このとき vi=vi となり、ベクトルの成分と対応する1形式の成分が数として等しい。
- 初等的な物理では、力(1形式 −dV の成分)と変位(ベクトル)を同じ矢印で描く。これは直交座標と Euclid 計量を暗に使っている。
- 斜交座標や極座標では vi=vi なので、区別を省くと計算を誤る。
反変成分と共変成分の図
斜交座標で、上付きの成分と下付きの成分を図で比べる。ベクトル v を2つの基底ベクトルの和に分けたときの係数が、上付きの成分 vi である。図では、v の先端から各軸に平行に線を引いて読む。
下付きの成分は vi=g(v,∂i)=v⋅ai である。基底ベクトルの長さは1なので、vi は v をその方向へ垂直に射影した長さになる。図 5.2 の例では、上付きの成分は (v1,v2)=(2,1) である。下付きの成分は (v1,v2)=(5/2,2) である。
(5.8) で計算すると v1=1⋅2+21⋅1=5/2 になる。同じく v2=21⋅2+1⋅1=2 となり、図と一致する。

図 5.2 角 60∘ の斜交座標でのベクトル v=2a1+a2。赤の破線は軸に平行な線で、上付きの成分 vi(係数)を読む。緑の点線は軸への垂線で、下付きの成分 vi=v⋅ai を読む。直交座標ではこの2つの線が一致するので、成分を区別しなくてよい。
勾配ベクトル
関数 f の微分 df=∂ifdxi は、計量が無くても定義できる1形式である(第3章 §3.2)。df はベクトルではない。ベクトルとしての勾配は、df の添字を上げて作る。
定義 5.7(勾配ベクトル)
計量のある多様体で、関数 f の勾配を gradf=(df)♯ で定める。成分は
(gradf)i=gij∂jf(5.10)
である。定義から、すべての接ベクトル v について次が成り立つ。
g(gradf,v)=df(v)=vi∂if
命題 5.8(勾配は最も急に増える向き)
Riemann 計量のもとで、点 p で df=0 とする。長さ1の接ベクトルの中で方向微分 df(v) が最大になるのは、v が勾配と同じ向きのときである。最大値は ∥gradf∥ である。また、勾配は、等位集合に接するすべてのベクトルと直交する。
証明
df(v)=g(gradf,v) に Cauchy–Schwarz の不等式を使う。長さ1の v について df(v)≤∥gradf∥ である。等号は、v が勾配の正の定数倍のときに限って成り立つ。
等位集合に接するベクトル w の方向には関数が変わらないので、df(w)=0 である。したがって g(gradf,w)=0 となる。
命題の2つの主張は、どちらも計量を使っている。「最も急な向き」は長さ1のベクトルの中で比べるので、長さを決める計量が要る。「等位集合と直交する」も、直交を決める計量が要る。計量が無い空間で言えるのは、df の核が等位集合の接空間になる、ということまでである。
極座標の勾配
極座標の逆計量は grr=1, gθθ=1/r2 である。(5.10) から
gradf=∂r∂f∂r+r21∂θ∂f∂θ
となる。動径に垂直な座標基底の長さは r なので、長さ1の基底 e^θ=∂θ/r で書き直す。
gradf=∂r∂fe^r+r1∂θ∂fe^θ
これが見慣れた ∇f の極座標の式である。
例題 5.3 極座標で求めた勾配を直交座標と照らし合わせる ★★
オリジナル平面の関数 f=x2−y2 を考える。
- f を極座標で書け。df の成分と、座標基底についての勾配の成分を求めよ。
- 点 (r,θ)=(2,π/6) で、(1) の勾配を直交座標の成分に直せ。直交座標で直接計算した (2x,−2y) と一致することを確かめよ。
- 同じ点で、df の成分と勾配の成分が異なることを確かめ、その理由を述べよ。
解答
(1) x2−y2=r2(cos2θ−sin2θ)=r2cos2θ である。偏微分して
df=2rcos2θdr−2r2sin2θdθ
を得る。逆計量を掛けると、勾配の成分は次のようになる。
(gradf)r=2rcos2θ,(gradf)θ=−2sin2θ
(2) この点では cos2θ=1/2, sin2θ=3/2 である。勾配の成分は (gradf)r=2, (gradf)θ=−3 になる。座標基底を直交座標で書くと、次のとおりである。
∂r=(cosθ, sinθ)=(23, 21),∂θ=(−rsinθ, rcosθ)=(−1, 3)
したがって
gradf=2∂r−3∂θ=(3+3, 1−3)=(23, −2)
である。点の直交座標は (x,y)=(3,1) なので、(2x,−2y)=(23,−2) と一致する。
(3) 同じ点で、df の成分は (∂rf,∂θf)=(2,−43) である。勾配の成分 (2,−3) とは θ 成分が異なる。両者の比は gθθ=r2=4 である。1形式の成分を計量で上げてベクトルの成分にしたので、計量の成分の分だけ値が変わる。
確認テスト
オリジナル
- 5.2-1 平面の極座標で、ベクトル ∂θ の添字を下げた1形式を、dr, dθ で書け。
- 5.2-2 半径 a の球面(例題 5.1 の計量)で、関数 f=cosθ の勾配の成分と長さを求めよ。長さが最大になる緯度も答えよ。
- 5.2-3 角 60∘ の斜交座標で、ベクトル v=∂1+∂2 の下付きの成分を求めよ。縮約 vivi から長さを出せ。その長さが、長さ1の2本のベクトルを 60∘ で足した和の長さと一致することを確かめよ。
- 5.2-4 添字を下げてから上げると元のベクトルに戻ること、すなわち gij(gjkvk)=vi を示せ。また、2つのベクトルの内積が g(v,w)=viwi=gijviwj とも書けることを示せ。
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