物理のための微分幾何入門 第5章 §5.1 ★★★ 計量は各点の接空間の内積。長さ・角・体積はすべて成分 gij と行列式 ∣g∣ で書ける
第2章で接ベクトル、第3章で1形式、第4章でテンソルを定義した。ここまでの道具では、1つの接ベクトルの長さも、2つの接ベクトルのなす角も言えない。接空間はただのベクトル空間で、ベクトル空間には内積が備わっていないからである。
各点の接空間に内積を1つずつ与える構造を計量と呼ぶ。この章では、計量の定義と座標変換の規則を書き、長さ・角・体積を計量で表す(§5.1)。続いて、計量を使ってベクトルと1形式を対応させる操作(添字の上げ下げ)を定め、勾配がベクトルになるには計量が要ることを示す(§5.2)。
§5.3 では、発散とラプラシアンの一般の公式を計量から導く。同じ節で、座標基底が正規直交になるのはどんなときかを調べる。§5.4 では、運動エネルギーの係数が配位空間の計量になることと、Minkowski 計量が正定値でないことを扱う。最後の §5.5 では、(x,t) 平面・熱力学の状態空間・相空間の3つを例に、計量が備わっていない空間を調べる。
この章が答える問い:座標基底は正規直交か
答えは「一般には正規直交でない」である。この章で次の3つを順に示す。
- 斜交座標の座標基底は直交しない(図 5.1)。二重振り子の配位空間の座標基底も直交しない(§5.4)。
- 平面の極座標の座標基底は直交する。しかし ∂θ の長さは r なので、正規ではない(図 5.3)。
- (x,t) 平面や熱力学の状態空間には、そもそも計量が無い。そこでは「直交」という語に意味が無い(§5.5)。
前の章から使う結果を1回ずつ書いておく。座標 xi の座標基底を ∂i=∂/∂xi と書く(第2章 §2.2)。双対基底は dxi と書く(第3章 §3.1)。別の座標 x′i へ移ると、基底と成分は
∂i′=∂x′i∂xk∂k,v′i=∂xk∂x′ivk,dx′i=∂xk∂x′idxk
と変わる。
(0,2) 型テンソル T の成分は、次のように変わる(第4章 §4.2)。
Tij′=∂x′i∂xk∂x′j∂xlTkl
和は第3章 §3.1 の総和規約で書く。
定義
平面の直交座標では、変位 (dx,dy) の長さの2乗は dx2+dy2 である。極座標で同じ変位を書くと dr2+r2dθ2 になり、係数が座標によって変わる。係数の組を、座標を取り替えても意味の変わらない1つの対象としてまとめたものが計量テンソルである。
定義 5.1(計量テンソル)
多様体の点 p での接空間を TpM と書く。各点の接空間に、対称な双線形形式 gp を1つずつ与える。座標 xi での成分を gij=g(∂i,∂j) と書く。成分が座標の滑らかな関数であるとき、g を計量テンソルまたは計量と呼ぶ。
- すべての点で、0でないすべての v について g(v,v)>0 なら、この計量を Riemann 計量と呼ぶ。
- 正定値の代わりに非退化だけを要求するとき、g を擬 Riemann 計量と呼ぶ。非退化とは、すべての w について g(v,w)=0 となるベクトルが0しか無いことである。
計量は、第4章の言葉では対称な (0,2) 型テンソル場である。接ベクトル v=vi∂i と w=wj∂j を入れると、双線形性から
g(v,w)=gijviwj(5.1)
となる。成分の対称性 gij=gji は、内積の対称性 g(v,w)=g(w,v) の言い換えである。
g をテンソル積で書くと g=gijdxi⊗dxj である。物理では、これを
ds2=gijdxidxj(5.2)
と書いて線素と呼ぶ。ds2 は「座標が dxi だけ変わる無限小の変位の長さの2乗」と読む。
座標変換の規則
計量は (0,2) 型テンソルなので、成分は第4章の変換則に従う。行列の形で書いておくと計算に使いやすい。
命題 5.2(計量の変換則)
座標 xi から座標 x′i へ移る。成分が Jki=∂xk/∂x′i の行列を J とすると、
gij′=∂x′i∂xk∂x′j∂xlgkl,行列でg′=JTgJ(5.3)
が成り立つ。
証明
定義から gij′=g(∂i′,∂j′) である。基底の変換則 ∂i′=Jki∂k を代入し、双線形性を使うと
gij′=JkiJljg(∂k,∂l)=JkiJljgkl
となる。右辺は行列の積 (JTgJ)ij である。
平面の極座標
x=rcosθ, y=rsinθ とする。直交座標の計量は単位行列で、
J=(cosθsinθ−rsinθrcosθ),JTJ=(100r2)
となる。したがって ds2=dr2+r2dθ2 である。
斜交座標
平面に長さ1の2つのベクトル a1, a2 を、角 0<α<π で置く。点を r=x1a1+x2a2 と表す座標を斜交座標と呼ぶ。座標基底は ∂1=a1, ∂2=a2 なので、
g11=g22=1,g12=g21=a1⋅a2=cosα,ds2=(dx1)2+2cosαdx1dx2+(dx2)2
となる。α=π/2 なら非対角の成分が0でなく、座標基底は直交しない。

図 5.1 斜交座標(α=60∘)の座標格子。灰色の線は x1 または x2 が整数の線である。座標基底 ∂1 と ∂2 はどちらも長さ1だが、なす角は α で、直交しない。色を付けた単位の平行四辺形の面積は detg=sinα である。
長さと角
曲線を xi(λ), a≤λ≤b と表す。その速度は x˙=x˙i∂i である(第2章 §2.1)。Riemann 計量があれば、速度の長さを積分して曲線の長さを
L=∫abgij(x(λ))x˙ix˙jdλ(5.4)
と定める。
命題 5.3(長さはパラメータの取り方によらない)
λ=λ(μ) を単調増加で滑らかな取り替えとする。曲線を μ で表して (5.4) を計算しても、長さの値は変わらない。
証明
連鎖律から dxi/dμ=(dxi/dλ)(dλ/dμ) である。根号の中は (dλ/dμ)2 倍になる。dλ/dμ>0 なので、この因子は根号の外へ dλ/dμ として出る。
∫gijdμdxidμdxjdμ=∫gijdλdxidλdxjdμdλdμ=∫gijdλdxidλdxjdλ
最後の等号は置換積分である。
長さは座標の取り替えにもよらない。被積分関数の gijx˙ix˙j は、計量に1つの接ベクトルを2回入れた値 g(x˙,x˙) で、座標に依らない数だからである。
0でない2つの接ベクトル v,w のなす角 φ は
cosφ=g(v,v)g(w,w)g(v,w)(5.5)
で定める。Riemann 計量なら Cauchy–Schwarz の不等式 g(v,w)2≤g(v,v)g(w,w) が成り立つ。そのため右辺の絶対値は1以下になる。斜交座標の ∂1, ∂2 を入れると、cosφ=cosα が出る。
体積要素
座標の小さな箱の「本当の体積」を計量で表す。まず、n 本の接ベクトルが張る平行体の体積を計量で書く。
補題 5.4(平行体の体積)
Riemann 計量のある n 次元の多様体の1点で、接ベクトル u1,…,un をとる。成分を並べた行列を Mia=uai とする。これらが張る平行体の体積は
Vol(u1,…,un)=det(g(ua,ub))=detg∣detM∣(5.6)
である。ここで detg は、成分 gij(p) を並べた行列の行列式である。
証明
接空間に、g についての正規直交基底 e1,…,en を Gram–Schmidt の方法でとる。正規直交基底での成分を ua=Cbaeb と書く。平行体の体積は、Euclid 空間と同じく ∣detC∣ である。
内積を並べた Gram 行列は、成分で書けば g(ua,ub)=∑cCcaCcb である。行列では CTC なので、その行列式は (detC)2 になる。
一方、座標基底で計算すると、Gram 行列は MTgM である。その行列式は (detM)2detg である。2つの計算は同じ Gram 行列の行列式なので、次が成り立つ。
(detC)2=(detM)2detg
平方根をとって (5.6) を得る。
補題で ua=Δxa∂a(和をとらない)とおくと、M は対角行列になる。座標の小さな箱の体積は detgΔx1⋯Δxn である。これを積分の形にしたものが体積要素である。
定理 5.5(体積要素は座標によらない)
計量の行列式を g=det(gij) と書く。擬 Riemann 計量も含めて、
dV=∣g∣dx1⋯dxn(5.7)
は座標の取り替えで形を変えない。すなわち ∣g′∣dnx′=∣g∣dnx が成り立つ。
証明
変換則 (5.3) の行列式をとると detg′=(detJ)2detg である。したがって ∣g′∣=∣detJ∣∣g∣ となる。一方、重積分の変数変換の公式は dnx=∣detJ∣dnx′ である。2つを合わせると、次のようになる。
∣g′∣dnx′=∣g∣∣detJ∣dnx′=∣g∣dnx
行列式の記号 g と計量 g は同じ字だが、添字の有無と文脈で区別する。極座標では g=r で、斜交座標では g=sinα である。3次元の球座標 (r,θ,φ) の計量と体積要素は次のとおりである。
ds2=dr2+r2dθ2+r2sin2θdφ2,g=r2sinθ
例題 5.1 球面の緯線の長さと極冠の面積 ★★
オリジナル半径 a の球面を、極角と方位角 (θ,φ) で表す。
- 球面の計量と g を、3次元の Euclid 空間の計量から求めよ。
- 北緯 λ の緯線は θ=π/2−λ の曲線である。その長さと、それより北の部分(極冠)の面積を求めよ。
- 地球を半径 6371km の球とみなす。北緯 35.7∘ の緯線の長さと、極冠が球面全体に占める割合を求めよ。
解答
(1) 埋め込みは次の式で、接ベクトルはその偏微分である。
r=a(sinθcosφ, sinθsinφ, cosθ),∂θr=a(cosθcosφ, cosθsinφ, −sinθ),∂φr=a(−sinθsinφ, sinθcosφ, 0)
内積をとると、成分は次のようになる。
gθθ=a2,gφφ=a2sin2θ,gθφ=0
したがって ds2=a2(dθ2+sin2θdφ2) で、g=a2sinθ である。
(2) 緯線は、極角を θ0 に固定して方位角を1周させる曲線である。速度は ∂φ で、その長さは asinθ0 である。緯線の長さは 2πasinθ0=2πacosλ になる。
極冠の面積は、体積要素 (5.7) を極冠の範囲で積分して
A=∫02π∫0θ0a2sinθdθdφ=2πa2(1−cosθ0)=2πa2(1−sinλ)
となる。
(3) cos35.7∘=0.8121 なので、緯線の長さは 2π×6371×0.8121km である。値は約 3.25×104km で、赤道の長さ(約4万 km)の約8割になる。極冠の割合は A/(4πa2)=(1−sinλ)/2 である。sin35.7∘=0.5835 を入れると、約 0.208 になる。
例題 5.2 斜交座標の長さ・角・面積 ★★
オリジナル角 α=60∘ の斜交座標(図 5.1)を考える。
- 原点から点 (2,1) までの線分の長さを、計量を使って求めよ。
- 同じ線分と x1 軸のなす角の余弦を求めよ。
- 領域 0≤x1≤2, 0≤x2≤3 の面積を求めよ。
解答
計量の成分は g11=g22=1, g12=cos60∘=1/2 である。
(1) 線分を xi(λ)=λ(2,1), 0≤λ≤1 と表すと、速度の成分は一定である。
gijx˙ix˙j=1⋅4+2⋅21⋅2⋅1+1⋅1=7
なので、長さは 7≈2.65 である。直交座標で書くと 2a1+a2=(2.5, 0.866) である。その長さ 6.25+0.75=7 と一致する。
(2) 線分の方向 v=(2,1) と ∂1=(1,0) の内積を計算する。値は g11⋅2+g21⋅1=5/2 である。(5.5) から cosφ=5/(27)≈0.945 となる。
(3) detg=1−41=43 なので、g=3/2 である。面積は ∫02∫0323dx2dx1=33≈5.20 になる。座標の上の面積6に、単位の平行四辺形の面積 sinα を掛けた値である。
確認テスト
オリジナル
- 5.1-1 2次元で成分が g11=g22=1, g12=g21=2 の対称な双線形形式は、Riemann 計量か。理由とともに答えよ。
- 5.1-2 3次元の円柱座標 (ρ,ϕ,z) を、x=ρcosϕ, y=ρsinϕ で定める。計量と g を求めよ。それを使って、半径 R・高さ h の円柱の体積を求めよ。
- 5.1-3 平面の極座標で表した曲線 r=eθ, 0≤θ≤2π の長さを求めよ。また、この曲線の速度と ∂r のなす角が、どの点でも同じ値になることを示せ。
- 5.1-4 変換則 (5.3) から、detg の符号が座標の取り替えで変わらないことを示せ。Minkowski 計量では detg<0 となる。このことと合わせて、体積要素の根号の中に絶対値が要る理由を述べよ。
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