電磁気学入門 第5章 §5.5 ★★ 小さな電流ループの遠方の場は磁気モーメント μ だけで決まり、電気双極子と同じ形になる。磁性体と原子の磁性の出発点
遠方でのベクトルポテンシャルの展開
第3章 §3.5 では、有界な範囲にある電荷分布の電位を 1/∣r−r′∣ の展開から多重極に分けた。ベクトルポテンシャルにも同じ展開を使う。
原点の近くにある細い閉じた導線に、電流 I が流れているとする。観測点 r は、導線上の点 r′ に比べて十分遠いとする。つまり r≫r′ である。展開
∣r−r′∣1=r1+r2r^⋅r′+O(r3r′2)
(r^=r/r)を (5.21) の線電流の形に入れると
A(r)=4πμ0I[r1∮dl′+r21∮(r^⋅r′)dl′+⋯](5.35)
となる。第1項の ∮dl′ は閉曲線を1周したときの変位なので 0 である。電位の展開で全電荷に当たる「磁荷」の項は現れない。第2項を計算するために、次の補題を用意する。
補題 5.12(閉曲線に沿ったスカラー関数の線積分)
閉曲線 C を縁とする面を S とする。滑らかな関数 f について
∮Cfdl=∫SdS×∇f.(5.36)
特に、定ベクトル c を使って f=c⋅r とすると
∮C(c⋅r)dl=a×c
である。ここで a=∫SdS は閉曲線のベクトル面積で、
a=21∮Cr×dl(5.37)
とも書ける。平面上の閉曲線なら、a は大きさが囲む面積、向きが周回の向きと右ねじの関係にある法線のベクトルである。
証明
任意の定ベクトル c との内積をとる。Stokes の定理を fc に使い、∇×(fc)=∇f×c を使うと
c⋅∮Cfdl=∮C(fc)⋅dl=∫S(∇f×c)⋅dS=c⋅∫SdS×∇f
となる(最後はスカラー三重積の巡回)。c は任意なので (5.36) を得る。f=c⋅r なら ∇f=c である。このとき右辺は a×c になる。
(5.37) を示す。c⋅(r×dl)=(c×r)⋅dl に Stokes の定理を使う。さらに ∇×(c×r)=2c(一様な磁場の例と同じ計算)を使うと
c⋅∮r×dl=∫2c⋅dS=2c⋅a
である。平面の閉曲線では面 S を平面の中にとれば、dS はすべて同じ法線を向くので最後の主張が従う。
補題を c=r^ として (5.35) の第2項に使うと、∮(r^⋅r′)dl′=a×r^ なので、次の定義と定理を得る。
定義 5.13(磁気モーメント)
ベクトル面積 a の閉じたループを流れる電流 I の磁気モーメント(磁気双極子モーメント)を
μ=Ia=2I∮r′×dl′(5.38)
と定義する。一般の電流分布では μ=21∫r′×J(r′)dV′ である。単位は A⋅m2 で、J/T と同じである。
定理 5.14(磁気双極子の場 ★★★)
磁気モーメント μ のループから十分遠い点のベクトルポテンシャルと磁場は、最も低い次数で
A=4πμ0r2μ×r^,(5.39)
B=4πμ0r33(μ⋅r^)r^−μ(5.40)
である。
証明
(5.35) の第2項に補題を使うと A=4πr2μ0Ia×r^=4πμ0r2μ×r^ である。磁場を計算するため A=4πμ0μ×g、g=r/r3 と書く。μ は定ベクトルなので、恒等式∇×(μ×g)=μ(∇⋅g)−(μ⋅∇)g が使える。r=0 では ∇⋅(r/r3)=0 で、
(μ⋅∇)r3r=r3(μ⋅∇)r+r(μ⋅∇)r−3=r3μ−r53(μ⋅r)r
((μ⋅∇)r=μ、∇r−3=−3r/r5)。したがって
B=4πμ0(r53(μ⋅r)r−r3μ)
で、(5.40) を得る。
磁気双極子の場 (5.40) は、第3章 §3.5 の電気双極子の電場
E=4πε01r33(p⋅r^)r^−p
で p/ε0 を μ0μ に置き換えたものと同じ形をしている。μ=μz^ とすると、極座標の成分は
Br=4πμ0μr32cosθ,Bθ=4πμ0μr3sinθ
である。磁力線の方程式は
rdθdr=BθBr=2cotθ
で、これを解くと r=Csin2θ の形の曲線になる(図 5.3)。
軸上の円電流の場 (5.20) で確かめる。磁気モーメントは μ=Iπa2z^ で、軸上の正の側では r^=z^ である。したがって (5.40) は
4πμ0z32Iπa2z^=2z3μ0Ia2z^
となり、(5.20) の z≫a の極限と一致する。

図 5.3 磁気双極子(μ=μz^)の磁力線 r=Csin2θ(C=1,2,3.5 の任意の長さの単位)。xz 平面での断面で、全体は z 軸のまわりの回転で得られる。磁力線は双極子の上側から出て、外を回って下側へ戻る。ループの内側を通る部分(原点の近く)は遠方の近似の外にある。
原点での磁場とデルタ関数の項
- (5.40) は r=0 での式である。小さなループを点状の双極子とみなすと、ループの内側を通る磁場は原点に集中した項として残り、全空間で B=4πμ0r33(μ⋅r^)r^−μ+32μ0μδ3(r) と書ける。
- 電気双極子の場合の原点の項は −3ε01pδ3(r) で、符号が逆になる。電気双極子の電場は内側で双極子と逆向き、ループの磁場は内側で μ と同じ向きだからである。この違いは、水素原子の超微細構造(21 cm 線)の計算に現れる。
磁場の中の磁気双極子:トルク・エネルギー・力
磁気双極子が外部の磁場 B から受ける作用を求める。一様な磁場の中では、ループが受ける力の合計は 0 である(確認テスト 5.2-4)。しかしトルクは 0 にならない。
定理 5.15(トルクとエネルギー ★★★)
一様な磁場 B の中の磁気モーメント μ のループが受けるトルク(原点のまわりの力のモーメント)は
N=μ×B(5.41)
である。磁気モーメントと磁場のなす角を θ とする。ループを回転させるのに要する仕事から定まるエネルギーは
U=−μ⋅B=−μBcosθ(5.42)
である。
証明
線素 dl が受ける力は Idl×B である。そのモーメントは r×(Idl×B) である。ベクトル三重積の公式から
r×(dl×B)=dl(r⋅B)−B(r⋅dl)
となる。第2項の r⋅dl=d(r2/2) は全微分なので、閉曲線を1周すると 0 になる。第1項は補題 5.12 で c=B とおいたものなので
N=I∮(B⋅r)dl=Ia×B=μ×B
を得る。トルクの大きさは μBsinθ である。向きは角を減らす向き、つまり μ を B にそろえる向きである。
角を dθ だけ増やすのに外から加える仕事は μBsinθdθ である。したがって、定数を除いて
U(θ)=∫μBsinθdθ=−μBcosθ
である。
磁場が場所によって変わる場合は、トルクに加えて力が働く。
定理 5.16(非一様な磁場の中の磁気双極子に働く力)
小さなループ(磁気モーメント μ)の位置の近くで磁場が緩やかに変わるとき、ループが受ける力は
F=∇(μ⋅B)(5.43)
である。ここで微分は μ を定ベクトルとして B にだけ作用させる。
証明
ループの中心を原点にとり、B(r)≃B(0)+(r⋅∇)B と1次まで展開する。一様な部分の力の合計は 0 なので、成分で書くと(同じ添字について和をとる)
Fi=I∮ϵijkdljrl∂lBk=Iϵijk∂lBk∮rldlj
である(∂lBk は原点での値で定数)。補題 5.12 で c=e^l とおくと ∮rldl=a×e^l となる。その j 成分は ϵjmlam である。第1章の公式
ϵijkϵjml=ϵjkiϵjml=δkmδil−δklδim
を使うと
Fi=Iam∂lBk(δkmδil−δklδim)=μk∂iBk−μi∂kBk.
第2項は ∇⋅B=0 により 0 で、第1項は ∂i(μ⋅B) である。
(5.43) は F=−∇U と U=−μ⋅B が一致することを示している。磁気モーメントが磁場と同じ向きにそろった双極子は、磁場の強い所へ引き寄せられる。Stern と Gerlach の実験(1922年)は、非一様な磁場で銀原子のビームを曲げ、原子の磁気モーメントの成分がとびとびの値しかとらないことを示した。
磁気モーメントと角運動量
電荷 q、質量 m の粒子を考える。この粒子が半径 r の円軌道を速さ v で回っているとする。1周の時間は 2πr/v なので、軌道を流れる電流は I=qv/(2πr) である。磁気モーメントの大きさは
μ=Iπr2=2qvr
である。軌道の角運動量 L=mr×v の大きさは mvr である。向きは、電荷が正なら磁気モーメントと同じなので
μ=2mqL(5.44)
が成り立つ。比 q/(2m) を磁気回転比と呼ぶ。電子(q=−e)では磁気モーメントは角運動量と逆向きである。量子力学では軌道角運動量は ℏ を単位とするので、電子の軌道運動の磁気モーメントの自然な単位は
μB=2meeℏ=9.274×10−24J/T(5.45)
になる。これを Bohr 磁子と呼ぶ。電子のスピンも磁気モーメントを持つが、その大きさは (5.44) の約2倍(g 因子 ≃2)で、古典的な電流ループの模型では説明できない。第6章では、物質中の原子が持つこれらの磁気モーメントの集まりとして磁化を扱う。
例題 5.6 地球の磁気双極子モーメント ★★
オリジナル地球の磁場を、中心に置いた磁気双極子の場で近似する。赤道上の地表(RE=6.37×106m)での磁場の大きさを Beq=3.1×10−5T とする。
- 地球の磁気モーメントの大きさ μ を求めよ。
- 磁極での地表の磁場の大きさを求めよ。
- この磁気モーメントを、地球の中心を中心とする半径 RE/2 の円電流で作るとすると、電流はいくらか。
解答
- 赤道上では μ⊥r^ なので (5.40) の第1項は 0 で、Beq=4πμ0RE3μ である。よって
μ=μ04πBeqRE3=1.2566×10−64π(3.1×10−5)(6.37×106)3 A⋅m2=8.0×1022A⋅m2.
磁極では r^=±μ^ なので ∣3(μ⋅r^)r^−μ∣=2μ である。磁場は赤道の2倍の 6.2×10−5T になる。
μ=Iπr2 で r=RE/2=3.185×106m とすると
I=πr2μ=π(3.185×106)28.0×1022 A=2.5×109A.
実際の地球の磁場は、外核の液体金属の流れが作る電流で維持されている。
確認テスト
オリジナル
- 5.5-1 磁気モーメントの単位 A⋅m2 が J/T と同じであることを確かめよ。エネルギーの式 U=−μ⋅B と Lorentz 力の式を使え。
- 5.5-2 水素原子の Bohr 模型で、電子が半径 a0=5.29×10−11m の円軌道を速さ v=2.19×106m/s で回っている。軌道の磁気モーメントの大きさを求め、Bohr 磁子 (5.45) と比べよ。また、角運動量 meva0 が ℏ=1.055×10−34J⋅s にほぼ等しいことを確かめよ。2つの結果の関係を (5.44) で説明せよ。
- 5.5-3 円電流の軸上の磁場 (5.20) を a/z について展開し、次の式を示せ。
Bz=2z3μ0Ia2[1−23(za)2+O((za)4)]
z=5a で、双極子の近似 (5.40) は正確な値を何パーセント上回るか。4. 5.5-4 xy 平面に長方形のループがある。x 方向の辺の長さは a である。y 方向の辺の長さは b である。ループには電流 I が、+z から見て反時計回りに流れている。一様な磁場 B=Bx^ の中で、4つの辺に働く力を求めよ。ループの中心のまわりのトルクを直接計算し、μ×B に等しいことを確かめよ。5. 5.5-5 磁気モーメントの大きさが μ1=μ2=1.0A⋅m2 の2つの小さな磁石がある。モーメントを同じ向きにそろえ、共通の軸の上に距離 z だけ離して置く。相互作用のエネルギー U(z) と力を求め、z=5.0cm での力の大きさを求めよ。引力か斥力かも答えよ。
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