統計熱力学入門 第1章 §1.4 ★★★ 分配関数=ラプラス変換、ポテンシャル=ルジャンドル変換、橋渡し=鞍点法。この教材の白眉。
ここまでで、三つのアンサンブルがそれぞれ独立に熱力学ポテンシャルへ橋渡しされた:
S=kBlnW,F=−kBTlnZ,Ω=−kBTlnΞ.
本節の主張は、これら三者が孤立した事実ではなく、一本の変換の連鎖で結ばれていることである。鍵は「分配関数のレベルではラプラス変換、ポテンシャルのレベルではルジャンドル変換」という二層構造、そしてそれをつなぐ鞍点法(ラプラスの方法)である。
分配関数はラプラス変換で結ばれる
★★ Z=∫g(E)e−βEdE、Ξ=∑NzNZN。集団間はラプラス変換。
ミクロカノニカルからカノニカルへ。状態密度 g(E)=dW/dE を用いると、カノニカル分配関数は
Z(β)=i∑e−βEi=∫0∞g(E)e−βEdE.
これは状態密度 g(E) のラプラス変換に他ならない(共役変数の対:E↔β)。同様にカノニカルからグランドカノニカルへは、粒子数についての離散ラプラス変換(母関数):
Ξ(μ)=N∑eβμNZN(β)=N∑zNZN,z=eβμ.
鞍点法でラプラス変換がルジャンドル変換になる
★★★ F=minE[E−TS(E)]。F=U−TS が鞍点近似として導出される核心。
ラプラス変換の被積分関数の指数部を、示量変数(∝N)で書き直そう。g(E)=eS(E)/kB より
Z(β)=∫eS(E)/kB−βEdE=∫exp[−β(E−TS(E))]dE.
指数部 ϕ(E)≡S(E)/kB−βE は系の大きさ N に比例して大きい量である。このような「大きなパラメータ × 関数」型の積分は、ラプラスの方法(鞍点法)で評価できる:積分は被積分関数が最大となる一点 E∗ からの寄与で支配される。ϕ′(E∗)=0 すなわち
kB1∂E∂SE∗=β⟺∂E∂SE∗=T1.
これはまさに「温度の定義 ∂S/∂E=1/T」であり、鞍点 E∗ は与えられた β に対応する平衡エネルギーである。熱力学極限 N→∞ では、ガウス積分の前因子(2π/N… オーダー)は lnZ に対して O(lnN) の補正しか与えず、lnZ の主要項(O(N))には寄与しない:
lnZ(β)≃Emax[kBS(E)−βE]=kB1Emax[S(E)−E/T].
F=−kBTlnZ を掛けると、
title=★★★ ラプラス変換 N→∞ ルジャンドル変換
F(T)=Emin[E−TS(E)]
これは内部エネルギー(エントロピー表示の逆)E(S) の、S→T ルジャンドル変換そのものである。
すなわち第1.2節で天下り的に導入した F=U−TS というルジャンドル変換は、統計力学では「状態密度のラプラス変換を鞍点近似した結果」として導出される。同じ論理で Ξ から Ω へ、N→μ のルジャンドル変換が現れる:
Ω(μ)=Nmin[F(N)−μN].
こうして「ポテンシャルのルジャンドル変換の連鎖」は「分配関数のラプラス変換の連鎖+鞍点法」の影として理解される。
アンサンブルの等価性とその破れ
★★ 等価性の条件(揺らぎ 1/N)と、凸性の破れ=相転移での破綻。
鞍点法が正当化されるのは、鞍点が鋭い(ゆらぎが相対的に 1/N で小さい)ときである。このとき三つのアンサンブルは熱力学極限で同一の熱力学を与える:これがアンサンブル等価性である。カノニカルでエネルギーは ⟨E⟩ のまわりに ∼N の幅で集中し、事実上ミクロカノニカルと区別できない。どのアンサンブルを使うかは、固定したい変数(E か T か、N か μ か)に応じた計算の便宜にすぎない。
等価性が破れる場合
ルジャンドル変換が一価でない、すなわち S(E) が(局所的に)凸になる領域があると、鞍点法が単純には働かず、アンサンブル間で結果がずれることがある。これは一次相転移(共存領域)で起こる典型的状況である。このとき真の自由エネルギーは凸包(convex hull)をとったルジャンドル–Fenchel 変換
F(T)=Einf[E−TS(E)]
で与えられ、相分離・Maxwell の等面積則は、この凸包化の幾何そのものである。すなわち相転移とは「ルジャンドル変換の特異性」として統一的に捉えられる。
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