量子力学入門 第1部 第1章 §1.1.4 ★★ Born 則・射影・測定後の状態。
公理3(測定):状態 ∣ψ⟩ にある系で観測量 A^ を測定すると、
- 得られる値は A^ の固有値 a のいずれかに限られる。
- 固有値 a が得られる確率はBorn 則
P(a)=∣⟨a∣ψ⟩∣2
で与えられる(a が縮退している場合は、その固有空間への射影 P^a=∑i∣a,i⟩⟨a,i∣ を使って P(a)=⟨ψ∣P^a∣ψ⟩)。
- 測定直後、状態は測定値 a に対応する固有状態 ∣a⟩(縮退時は P^a∣ψ⟩ を規格化したもの)に収縮する。
展開 ∣ψ⟩=∑aca∣a⟩ の係数 ca=⟨a∣ψ⟩ の絶対値2乗が確率——だから ca を確率振幅と呼ぶ。規格化 ⟨ψ∣ψ⟩=∑a∣ca∣2=1 は「どれかの値は必ず出る(全確率1)」の表現である。
期待値の公式はここから導かれる。測定値の平均は ∑aaP(a) で、完全性を挿し込むと
a∑a∣⟨a∣ψ⟩∣2=a∑⟨ψ∣a⟩a⟨a∣ψ⟩=⟨ψ∣(a∑a∣a⟩⟨a∣)∣ψ⟩=⟨ψ∣A^∣ψ⟩≡⟨A^⟩
となる(∑aa∣a⟩⟨a∣=A^ は固有基底での A^ のスペクトル分解)。つまり ⟨A^⟩=⟨ψ∣A^∣ψ⟩ は独立の公理ではなく、Born 則の帰結である。
「遷移確率」もこの言葉で言い直せる。時刻 t の状態 ∣ψ(t)⟩ に対し「系を状態 ∣n⟩ に見出す確率」とは、∣n⟩ を固有状態にもつ観測量(たとえば H^0)を測ったとき対応する値が出る確率であり、
Pn(t)=∣⟨n∣ψ(t)⟩∣2.
第8部『時間依存摂動論とダイナミクス』の Rabi 振動のスピン反転確率 ∣⟨−∣ψ(t)⟩∣2 も、強制振動子の Pn(t) も、すべてこの Born 則そのものである。
測定は「そっと覗く」ことができない
測定後の収縮は、量子力学の測定が古典的な「そっと値を読む」操作ではないことを意味する。A^ を測って a を得た直後にもう一度 A^ を測れば確実に a が出る(再現性)。しかし A^ と可換でない B^ を間に挟むと、B^ の測定が状態を B^ の固有状態へ収縮させてしまい、最初の a の記憶が壊れる。「非可換な観測量は両立しない」の操作的な意味がこれで、次節の不確定性関係が定量化する。
期待値・分散・波動関数の役割分担
1回の測定で出るのは固有値aそのものであって、期待値⟨A^⟩ではない。⟨A^⟩は「同じ状態を用意して測定を繰り返したときの平均値」という統計量で、分散(ΔA)2=⟨A^2⟩−⟨A^⟩2(次章のRobertsonの不等式で定量化する)はその分布のばらつきである。分散が小さければ結果は⟨A^⟩の周りに密集して古典的な「確定した値」に近づき、分散が大きければ平均だけでは実体を捉えられない——期待値と分散は、Born則が定める確率分布∣⟨a∣ψ⟩∣2の1次・2次モーメントに過ぎない。
では波動関数ψ(x)の形が必要なのはなぜか。∣ψ(x)∣2(確率密度)は全モーメントを再現するが、これはψの絶対値の情報だけであり、位相を落としている。ところが確率カレント j=mℏIm(ψ∗∇ψ)(トンネル電流)、干渉効果、遷移行列要素⟨f∣V^∣i⟩=∫ψf∗V^ψidx(Fermiの黄金律で使う)はすべてψの位相込みの形に直接依存し、∣ψ∣2だけからは再構成できない。さらに本質的な理由がEhrenfestの定理(§1.5.3)にある:⟨x⟩,⟨p⟩だけの閉じた運動方程式が成り立つのはVが2次以下(線形な力)のときだけで、一般にはdtd⟨p^⟩=−⟨V′(x^)⟩の右辺が⟨x^⟩だけの関数にならず、高次モーメントが次々に必要になって閉じない。束縛状態のエネルギー準位・トンネル確率・散乱断面積のような問題はまさにこの非線形な場合そのものなので、有限個の期待値では情報が原理的に不足し、Schrödinger方程式を解いてψの形を丸ごと求めるしかない。実測値の統計(期待値・分散)はBorn則が生む確率分布の要約であり、相互作用・トンネル・散乱を計算するには要約でなくψそのもの(絶対値も位相も)が要る、というのが両者の役割分担である。
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