相対論入門 第2章 §2.4 ★★ ブーストを双曲線の角度で表すと、同じ向きの合成が足し算になる。向きの違う合成には回転が混じる
ブーストは双曲線の回転
γ2−(γβ)2=γ2(1−β2)=1 は、cosh2θ−sinh2θ=1 と同じ形の関係である。そこで、実数 θ を
tanhθ=β(2.25)
で定める。∣β∣<1 と実数 θ は1対1に対応する。θ は β と同じ符号を持つ。この θ をラピディティと呼ぶ。coshθ=1/1−tanh2θ=γ、sinhθ=coshθtanhθ=γβ なので、(2.15) の行列は
L(β)=B(θ):=(coshθ−sinhθ−sinhθcoshθ)(2.26)
と書ける。tanh の逆関数を対数で書けば
θ=artanhβ=21ln1−β1+β(2.27)
である(確認テスト 2.4-2)。β≪1 では θ≃β である。つまりラピディティは、速さを光速で割ったものとほぼ同じである。β→1 では θ→∞ となり、光速は有限のラピディティでは届かない値として現れる。
(2.26) は、平面の回転の行列 (cosϕ−sinϕsinϕcosϕ) で三角関数を双曲線関数に替え、符号を1つ変えた形をしている。回転は x2+y2 を保つ。これに対し B(θ) は (ct)2−x2 を保つ。
回転で点が円の上を動くのと同じように、ブーストで事象は双曲線 (ct)2−x2=一定 の上を動く。このためブーストを双曲線回転とも呼ぶ。第3章 §3.1 では、この双曲線を Minkowski 図の目盛りとして使う。
同じ向きのブーストの合成
B(θ1) に続けて B(θ2) を施すと、行列の積は
B(θ2)B(θ1)=B(θ1+θ2)(2.28)
になる。実際、積の (1,1) 成分と (1,2) 成分は次のようになる。
(1,1) 成分(1,2) 成分: coshθ2coshθ1+sinhθ2sinhθ1=cosh(θ1+θ2),: −coshθ2sinhθ1−sinhθ2coshθ1=−sinh(θ1+θ2)
残りの2成分も同じ加法定理でまとまる。
(2.28) の物理的な意味は次のとおりである。3つの慣性系が、どれも x 方向に次のように動いているとする(矢印の上は、左の系に対する右の系のラピディティ)。
K θ1 K′ θ2 K′′
このとき2段をまとめた変換のラピディティは、θ1+θ2 である。速度に戻すと tanh の加法定理から
β=tanh(θ1+θ2)=1+tanhθ1tanhθ2tanhθ1+tanhθ2=1+β1β2β1+β2(2.29)
となり、§2.3 の合成則 (2.21) がそのまま出る。速度は足し算で合成できないが、ラピディティは足し算で合成できる。有限のラピディティをいくつ足しても有限なので、∣β∣<1 が保たれることもここから直ちに分かる。
例題 2.4 多段ロケットの速さ ★★
オリジナルロケットが、それまでの自分の静止系から見て速さ 0.5c だけ加速する操作を、同じ向きに n 回くり返す。最初は地上の系 K に静止していたとする。
- 加速を n 回くり返した後の速さを βn と書く(速さは地上の系で測る)。βn を n の式で表せ。また、n=1,2,3,4 での値を求めよ。
- βn が 0.999 を初めて超える n を求めよ。
解答
(1) 1回の加速のラピディティは θ1=artanh0.5=21ln0.51.5=21ln3=0.549 である。各回の加速はその直前の静止系から見た x 方向のブーストで、(2.28) からラピディティは足し算になる。n 回後のラピディティは nθ1 で
βn=tanh(nθ1)=e2nθ1+1e2nθ1−1=3n+13n−1
である(e2θ1=3 を使った)。値は
β1=42=0.5,β2=108=0.8,β3=2826=0.929,β4=8280=0.976
である。β2=0.8 は、合成則 (2.21) で (0.5+0.5)/(1+0.25)=0.8 と計算した値と一致する。
(2) 条件 βn>0.999 を書き直すと
3n+13n−1>0.999⟺3n>1999
となる。36=729、37=2187 である。したがって n=7 である。
このとき β7=2186/2188=0.99909 である。速度は1回ごとに光速との差を縮めるが、差は 1−βn=2/(3n+1) で、どの n でも 0 にならない。
一定の加速を続けるロケットでは、ロケットの時計で測った時間(固有時)に比例してラピディティが増えていく。この運動は第5章 §5.4 で、運動方程式を解いて双曲線運動として求める。また第3章 §3.5 の Doppler 効果の周波数の比は e±θ の形をとり、光源と観測者のラピディティの差だけで決まる。
向きの異なるブーストの合成と Thomas–Wigner 回転
ここまでのブーストは、すべて x 方向であった。x 方向のブーストに続けて y 方向のブーストを施すと、事情が変わる。(ct,x,y) の3成分で書く。2つのブーストを次のように取る。
- x 方向に、速さ β1 のブーストを施す。
- y 方向に、速さ β2 のブーストを施す。
行列はそれぞれ次のとおりである。
Bx=γ1−γ1β10−γ1β1γ10001,By=γ20−γ2β2010−γ2β20γ2
である。どちらも対称行列で、回転を含まない純粋なブーストは一般にこの形(対称行列)になる。積を計算すると
ByBx=γ1γ2−γ1β1−γ1γ2β2−γ1γ2β1γ1γ1γ2β1β2−γ2β20γ2(2.30)
となる。第2行第3列の成分は0なのに、第3行第2列の成分は γ1γ2β1β2=0 である。したがって ByBx は対称でなく、1回の純粋なブーストではない。
線形代数の極分解を使うと、Lorentz 変換は「純粋なブースト」と「空間の回転」の積に一意に分けられる。ByBx はある向きへの純粋なブーストに、xy 面内の回転が掛かったものである。
向きの異なる2つのブーストを合成すると、空間の回転が1つ余分に現れる。この回転を Thomas–Wigner 回転と呼ぶ(L. H. Thomas と E. P. Wigner の名による)。2つの速度が直交する上の場合、回転の角 ω は
cosω=1+γ1γ2γ1+γ2(2.31)
で与えられる(導出は省き、数値の検算だけを付ける)。β1,β2≪1 では ω≃β1β2/2 で、2つの速さの積の大きさの小さな効果である。
円運動のように速度の向きが絶えず変わる物体では、各瞬間の静止系が、向きの少しずつ異なるブーストの合成でつながる。そのたびに小さな回転が加わるので、物体の静止系の軸は、外から見て回転しているように見える。これを Thomas 歳差と呼ぶ。
原子の中の電子のスピンの歳差を計算するときには、この効果によりスピン軌道相互作用の大きさが素朴な計算の半分になる(Thomas の因子 1/2)。この章ではこの現象の名前と存在だけを記し、計算は量子力学の本に譲る。
Lorentz 変換の全体
x 方向のブースト、ほかの方向のブースト、空間の回転を組み合わせたもの全体が、(ct)2−x2−y2−z2 を保つ線形変換の集まり(Lorentz 群)である。第4章 §4.2 では、この集まりを ΛTηΛ=η という1つの条件で特徴づける。上で見たとおり、ブーストだけの集まりは積について閉じておらず、回転と合わせて初めて群になる。
確認テスト
オリジナル
- 2.4-1 β=0.5 のラピディティ θ を求めよ。また、coshθ が γ に一致することを確かめよ。
- 2.4-2 tanhθ=β から θ=21ln1−β1+β を導け。また eθ=(1+β)/(1−β) を示せ。
- 2.4-3 x 方向の2つのブーストを合成する。速さはそれぞれ β1=0.6、β2=0.8 である。ラピディティの和から合成した速さを求め、合成則 (2.21) の結果と一致することを確かめよ。
- 2.4-4 (2.30) で β1=β2=0.6 とした行列を数値で書き、対称でないことを確かめよ。さらに、K の原点に静止していた物体が、合成した変換の後の系でどの速度で動いて見えるかを、行列の第1列から求めよ。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com