相対論入門 第5章 §5.3 ★★★ 全4元運動量の保存と、その大きさ(不変質量)がどの系でも同じことを組み合わせると、反応の運動学は数行で解ける
全4元運動量の保存と不変質量
孤立した系で粒子が衝突したり崩壊したりするとき、粒子の種類と数は変わってよいが、全4元運動量 Pμ は変わらない(命題 5.4)。個々の粒子の質量は保存しない。保存するのは全エネルギーと全運動量で、例題 5.2 のように運動エネルギーが静止エネルギーに変わることも、その逆も起きる。
反応の計算で使う量は、全4元運動量の大きさ
M2c4=c2PμPμ=E全2−∣P∣2c2(5.22)
である。粒子物理ではこの Mc2 を不変質量、その2乗を s と書くことが多い。M は (5.20) の系の質量と同じもので、次の2つの性質を持つ。
- (a) 衝突の前後で変わらない。全4元運動量が保存するからである。
- (b) どの慣性系で計算しても同じ値になる。全4元運動量が4元ベクトルだからである。
反応の前の状態を実験室系で計算し、反応の後の状態を都合のよい系で計算して、両者を M で結ぶことが運動学の基本の手順である。
命題 5.6(重心系の存在 ★★)
全4元運動量 Pμ が次の2条件を満たすとする。
- (i) 時間的である(PμPμ>0)。
- (ii) P0>0 である。
このとき、全運動量が0になる慣性系(重心系)がある。その系は元の系に対して速度
βcm=E全Pc(5.23)
で動いている。少なくとも1つの粒子が質量を持てば、Pμ は時間的である。
証明
空間の回転で P を x 軸の正の向きにそろえる。すなわち P=(P,0,0) とする。Pμ が時間的なので P<P0=E全/c である。したがって
β=P0P=E全Pc
は 0≤β<1 を満たす。この β でブーストすると
P′1=γ(P1−βP0)=γ(P−P0PP0)=0
となり、K′ が重心系である。
後半を示す。各 paμ は、pa0>0 の時間的または光的なベクトルである。2つのそのようなベクトルを aμ、bμ とすると、
∣a⋅b∣≤∣a∣∣b∣≤a0b0
から aμbμ≥0 である。したがって
PμPμ=a∑ma2c2+2a<b∑paμpbμ≥a∑ma2c2,
で、質量を持つ粒子が1つでもあれば右辺は正である。
質量0の粒子だけでも、運動量の向きが2つ以上あれば Pμ は時間的になる。向きのそろった光子の集まりだけが PμPμ=0 で、重心系を持たない。
2体崩壊
静止した質量 M の粒子が、2粒子に崩壊する場合を考える。崩壊後の2粒子の質量を m1、m2 とする。崩壊前の4元運動量は Pμ=(Mc,0) で、崩壊後は p1μ+p2μ=Pμ である。運動量の保存から、2粒子は逆向きに同じ大きさ p の運動量を持つ。p2μ=Pμ−p1μ の大きさを計算すると
m22c2=(P−p1)μ(P−p1)μ=M2c2−2Pμp1μ+m12c2.
静止系では Pμp1μ=Mc⋅E1/c=ME1 なので
E1=2MM2+m12−m22c2,E2=2MM2+m22−m12c2(5.24)
である(E2 は添字を入れ替える)。運動量の大きさは p2c2=E12−m12c4 から
pc=2Mc2[M2−(m1+m2)2][M2−(m1−m2)2](5.25)
となる。この式は、次の変形を組み替えて導ける。
c44M2(E12−m12c4)=(M2+m12−m22)2−4M2m12=(M2+m12−m22−2Mm1)(M2+m12−m22+2Mm1)=[(M−m1)2−m22][(M+m1)2−m22]=(M−m1−m2)(M−m1+m2)(M+m1−m2)(M+m1+m2)
2行目で差の積に分解し、4行目で各因子をさらに分解した。p が実数であるためには M≥m1+m2 が要る。重い粒子は軽い粒子の組にしか崩壊しない。
例題 5.5 荷電パイ中間子の崩壊 ★★★
オリジナル静止した π+ 中間子が、μ+ 粒子とニュートリノ(質量0とする)に崩壊する。静止エネルギーは mπc2=139.570MeV、mμc2=105.658MeV である。μ+ の運動量・運動エネルギー・速さを求めよ。
解答
(5.25) で m1=mμ、m2=0 とすると、平方根の中の2つの因子が等しくなり
pc=2mπ(mπ2−mμ2)c2=2×139.570139.5702−105.6582MeV=279.14019479.8−11163.6MeV≈29.79MeV.
ニュートリノは同じ大きさの運動量を逆向きに持ち、エネルギーは pc=29.79MeV である。μ+ のエネルギー・運動エネルギー・速さは
EμTμcu=mπc2−pc=139.570−29.79=109.78MeV,=Eμ−mμc2≈4.12MeV,=Eμpc=109.7829.79≈0.271
である(Eμ は (5.24) から直接計算しても同じ)。崩壊で解放されたエネルギーは (mπ−mμ)c2=33.91MeV である。その大部分(29.79 MeV)を、質量0のニュートリノが持ち去る。
しきいエネルギー
加速した粒子 a を、静止した標的粒子 b に当てる反応を考える。入射粒子の質量を ma、エネルギーを Ea とする。標的粒子の質量を mb とする。反応で作る粒子の組の質量の和を ∑fmf と書く。
反応の後の粒子は、重心系で全部静止しているときにエネルギーが最小で、そのとき不変質量は ∑fmf である。したがって、反応が起きるためには、反応の前の不変質量が
M≥f∑mf(5.26)
を満たさなければならない。等号のときのエネルギーをしきいエネルギーと呼ぶ。反応の前の不変質量は、実験室系で
M2c4=(Ea+mbc2)2−∣pa∣2c2=ma2c4+mb2c4+2Eambc2
と計算できる(Ea2−∣pa∣2c2=ma2c4 を使った)。(5.26) の等号から
Eaしきい=2mb(∑fmf)2−ma2−mb2c2(5.27)
を得る。反応の後の粒子の質量の和の2乗に比例するので、重い粒子を作るほど、しきいエネルギーは急に大きくなる。しきいエネルギーでは反応の後の粒子は重心系で全部静止しており、実験室系では全部が重心系の速度 (5.23) で一緒に動いている。入射粒子のエネルギーの一部は、この重心の運動に使われて新しい粒子の静止エネルギーにはならない。
例題 5.6 反陽子を作るしきいエネルギー ★★★
オリジナル陽子を静止した陽子(水素の標的)に当て、p+p→p+p+p+pˉ の反応で反陽子 pˉ(陽子と同じ質量)を作る。入射陽子に要る最小の運動エネルギーを mpc2 の何倍か、また GeV の単位で求めよ(mpc2=938.272MeV)。同じ反応を、同じエネルギーの陽子どうしを正面衝突させて起こすとき、1本のビームあたりの運動エネルギーはいくらでよいか。
解答
反応の後の質量の和は 4mp である。(5.27) で ma=mb=mp とすると
Eaしきい=2mp16mp2−mp2−mp2c2=7mpc2,
運動エネルギーは T=Ea−mpc2=6mpc2=6×0.938272GeV≈5.63GeV である。新しくできる粒子の静止エネルギーは 2mpc2 だけなのに、入射粒子にはその3倍の運動エネルギーが要る。残りの 4mpc2 は、反応の後の4粒子が重心系の速度で一緒に動く運動エネルギーになる。
正面衝突では、実験室系がそのまま重心系である。各ビームのエネルギーを E とする。このとき P=0、E全=2E である。したがって不変質量は Mc2=2E で、しきいの条件は次のようになる。
2E=4mpc2⟹E=2mpc2,T=E−mpc2=mpc2≈0.938GeV
1本あたりの運動エネルギーはこの値でよい。2本合わせても 1.88 GeV で、静止標的の 5.63 GeV の3分の1である。高いエネルギーの加速器の多くが衝突型になっているのは、この差による。
Compton 散乱
光子が静止した電子に当たって散乱する過程を、4元運動量で計算する(A. H. Compton による X 線の散乱の実験で確かめられた)。記号を次のように置く(図 5.2)。
- 入射光子と散乱光子の4元運動量を kμ、k′μ とする。エネルギーは E、E′ とする。
- 静止した電子と反跳した電子の4元運動量を peμ、pe′μ とする。電子の質量は me である。
- 散乱角を θ とする。
ここだけ、光子の4元運動量に (5.19) の ℏ を含めて kμ と書く。第4章の4元波数とは ℏ 倍だけ違うものである。
kμ=cE(1,n^),k′μ=cE′(1,n^′),peμ=(mec,0),n^⋅n^′=cosθ.

図 5.2 Compton 散乱。エネルギー E の光子が静止した電子に当たり、角 θ の向きにエネルギー E′ で散乱される。電子は反跳する。
保存則 kμ+peμ=k′μ+pe′μ から、測らない量である反跳電子の4元運動量 pe′μ=kμ+peμ−k′μ を消去する。両辺の大きさをとり、kμkμ=kμ′k′μ=0、peμpeμ=peμ′pe′μ=me2c2 を使うと
me2c2=me2c2+2kμpeμ−2kμk′μ−2peμk′μ.
各内積は
kμpeμ=cEmec=meE,peμk′μ=meE′,kμk′μ=c2EE′(1−n^⋅n^′)=c2EE′(1−cosθ)
なので、me(E−E′)=EE′(1−cosθ)/c2 となる。両辺を meEE′ で割ると
E′1−E1=mec21−cosθ.(5.28)
光子の波長は λ=hc/E である(h=2πℏ)。両辺に hc を掛けて
λ′−λ=λC(1−cosθ),λC=mech≈2.426×10−12m(5.29)
を得る。λC を電子の Compton 波長と呼ぶ。波長のずれは入射光の波長によらず散乱角だけで決まり、最大は後方散乱(θ=π)の 2λC である。
可視光(波長 500 nm 程度)では、ずれの割合が 10−5 程度で測りにくい。ずれは、波長が λC に近い X 線やガンマ線で初めてはっきり現れる。古典的な電磁波の散乱(Thomson 散乱)では散乱波は入射波と同じ波長なので、この実験は光が pμ=ℏkμ を持つ粒子として電子と衝突することを示している。
100keV の光子の直角散乱
E=100keV の光子が直角に散乱されると、(5.28) から
E′=1+E(1−cosθ)/(mec2)E=1+100/511.0100keV≈83.6keV
で、電子は差の 16.4keV を運動エネルギーとして受け取る。
確認テスト
オリジナル
- 5.3-1 真空中で1つの光子が電子と陽電子の対に変わる反応 γ→e−+e+ が起きないことを、不変質量を使って1行で示せ。
- 5.3-2 静止した Λ 粒子が、陽子と π− 中間子に崩壊する。静止エネルギーは、Λ 粒子が 1115.683 MeV、陽子が 938.272 MeV、π− 中間子が 139.570 MeV である。陽子の運動量とエネルギーを求めよ。
- 5.3-3 光子を静止した陽子に当てて γ+p→p+π0 の反応で中性パイ中間子(mπ0c2=134.977MeV)を作るときの、光子のしきいエネルギーを求めよ。
- 5.3-4 1.00MeV の光子が静止した電子に Compton 散乱されるとき、電子が受け取る運動エネルギーの最大値を求めよ(mec2=0.511MeV)。
- 5.3-5 質量 m の粒子が、静止した同じ質量 m の粒子に当たって弾性散乱する(粒子の種類は変わらない)。散乱後の2粒子の運動量のなす角が 90∘ より小さいことを示せ。Newton 力学ではこの角が 90∘ に等しいことと比べよ。
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