相対論入門 第7章 §7.2 ★★★ 自由落下する系では重力が局所的に消える。重力が残すのは潮汐力だけで、これが第10章で曲率になる
自由落下するエレベータ
一様な重力場の中の粒子を考える。鉛直上向きに z 軸をとり、重力加速度を g とする。粒子どうしは、相対位置だけで決まる力(第1章 §1.1)Fab を及ぼし合うとする。N 個の粒子の運動方程式は、重力質量と慣性質量が等しい(mg=mi=m)とき
max¨a=−magz^+b=a∑Fab(xa−xb)(a=1,…,N)(7.8)
である。
ここで、時刻 t=0 に静止していた箱(エレベータ)が綱を切られて自由落下するとし、箱に固定した座標を
x′=x+21gt2z^,t′=t(7.9)
で定める。箱の中の観測者から見た加速度は x¨a′=x¨a+gz^ であり、相対位置は xa′−xb′=xa−xb で変わらない。これを (7.8) に代入すると
max¨a′=b=a∑Fab(xa′−xb′)(7.10)
となる。重力の項が消え、重力のない慣性系での運動方程式とまったく同じ形になった。箱の中の観測者は、箱の中の力学の実験をどれだけ行っても、自分が重力場の中を自由落下しているのか、重力のない空間で静止しているのかを区別できない。
この打ち消しは、重力の項が質量 ma に比例し、左辺の慣性の項と同じ係数を持つことで起きる。仮に比 mg/mi が粒子ごとに違えば、(7.10) の右辺に (1−mg,a/mi,a)mi,agz^ が残り、粒子ごとに違う見かけの重力が現れる。一様な電場の中の荷電粒子では、どんな加速系に移っても全部の粒子の電気力を同時に消すことはできない。§7.1 で確かめた落下の普遍性があるので、重力は座標の取り替えで消すことができる。
逆向きの取り替えも考えられる。重力のない空間で、箱が上向きに一定の加速度 a で加速するロケットの中にあるとする。
箱に固定した座標 x′=x−21at2z^ では、自由な粒子の運動方程式が x¨′=−az^ となる。箱の中の観測者は、すべての物体が質量によらず加速度 a で床へ落ちるのを見る。これは大きさ a の一様な重力場とまったく同じである(図 7.2)。

図 7.2 等価原理。(a) 重力場の中で自由落下する箱の中では、物体は浮いたままで、光はまっすぐ進む。(b) 重力場の中で静止した箱と (c) 重力のない空間で加速する箱とは、中の実験で区別できない。(c) では、光は箱を横切るあいだに床のほうへ曲がって見える(曲がりは誇張して描いた)。
潮汐力と局所性
実際の重力場は一様でない。地球の重力は地球の中心を向き、大きさは中心からの距離の2乗に反比例する。そのため、箱が大きければ、箱の中の離れた2点で重力の向きと大きさが違い、1つの加速系への取り替えでは全部を消すことができない。消えずに残る部分を潮汐力と呼ぶ。
自由落下する箱の中心が X(t) にあり、X¨=−∇Φ(X) に従うとする。中心から ξ だけ離れた点を自由落下する粒子は X¨+ξ¨=−∇Φ(X+ξ) に従う。右辺を ξ について1次まで Taylor 展開して差をとると、箱の中で見た粒子の運動方程式は
ξ¨i=−j=1∑3∂xi∂xj∂2ΦXξj(7.11)
となる。右辺の行列 ∂i∂jΦ を潮汐テンソルと呼ぶ。一様な場では Φ が座標の1次式なので2階微分は 0 であり、(7.10) に戻る。
質量 M の球の外の点 X を考える。球の中心から X へ向かう向きに z 軸をとり、それと垂直な2つの向きに残りの軸をとる。Φ=−GM/r の2階微分を計算すると、X=(0,0,R) で
∂xi∂xj∂2Φ=r3GM(δij−r23xixj)(0,0,R)=R3GMdiag(1,1,−2)
となる(∂i(1/r)=−xi/r3、∂j(xi/r3)=δij/r3−3xixj/r5 を使った)。したがって
ξ¨z=+R32GMξz,ξ¨x=−R3GMξx,ξ¨y=−R3GMξy(7.12)
である。鉛直に並んだ2つの粒子は離れていき、水平に並んだ2つの粒子は近づく。自由落下する球形の粒子の雲は、鉛直方向に伸び水平方向に縮む。
3つの係数の和は 0 である。これは潮汐テンソルの跡が ∇2Φ に等しく、物質のない所では ∇2Φ=0(Laplace 方程式)が成り立つことの表れである(確認テスト 7.2-4)。
潮汐力の大きさは、箱の大きさを L として (GM/R3)L の程度である。L を小さくすれば潮汐力はいくらでも小さくなるが、0 にはならない。また、時間 t のあいだに潮汐力が生む変位は (GM/R3)Lt2 の程度なので、観測の時間も短く限る必要がある。こうして、重力を消すことができる範囲は、時空の中の十分に小さな領域(空間の広がりも時間の長さも限った領域)に限られる。
定義 7.2(局所慣性系)
時空の1点のまわりで自由落下する座標系のうち、その点の近くで潮汐力を無視できる範囲を局所慣性系と呼ぶ。局所慣性系では、自由な粒子は直線運動をする。どこまでを「近く」とみなせるかは、潮汐力 (7.11) の大きさと実験の精度の比で決まる。
弱い等価原理と Einstein の等価原理
ここまでの内容を原理として述べる。強さの違う2つの形がある。
定義 7.3(等価原理)
- 弱い等価原理:重力のほかに力を受けないテスト粒子(自身の重力を無視できる小さな物体)の軌道は、出発の位置と速度だけで決まり、物体の内部の構造や組成によらない。
- Einstein の等価原理:弱い等価原理が成り立ち、さらに、局所慣性系の中で行う重力以外のすべての実験(力学・電磁気学・原子の発光など)の結果は、その局所慣性系がいつどこにあり、どんな速度で動いているかによらず、特殊相対論の法則に従う。
弱い等価原理は、§7.1 の落下の普遍性を言い換えたものである。Einstein の等価原理はそれを大きく拡げる。Einstein の等価原理は、重力の中で光や時計がどう振る舞うかを、特殊相対論の知識だけから予言することを可能にする。
重力場の中のある点での物理を知りたければ、その点のまわりの局所慣性系に移り、そこで特殊相対論を使い、結果を元の座標に戻せばよい。§7.3 と §7.4 はこの手順の実例である。
強い等価原理
Einstein の等価原理は、テスト粒子自身の重力を無視できる場合(小さな物体・重力以外の実験)について述べている。地球や月のように自分自身の重力による結合エネルギーを持つ物体にまで落下の普遍性を拡げ、さらに局所慣性系の中での重力の実験も場所によらないとする主張を、強い等価原理と呼ぶ。
一般相対論は強い等価原理を満たす理論である。地球と月が太陽のまわりで同じように落下しているかどうかは、月面に置いた反射鏡までのレーザー測距で確かめられている。この本では強い等価原理には立ち入らない。
等価原理から、重力についての見方が1つ変わる。慣性系とは、自由な粒子が直線運動をする座標系のことであった。重力のある所で自由に(重力だけを受けて)運動する粒子は、自由落下する局所慣性系の中で直線運動をする。地上に静止した実験室は、重力に逆らって床から押し上げられているので、慣性系ではなく、上向きに加速する系にあたる。
そう考えると、重力は「力」としてではなく、局所慣性系どうしのつながり方として記述するのが自然になる。局所慣性系どうしを1つの大域的な慣性系にまとめることができない度合いが潮汐力 (7.11) であり、第10章 §10.2 ではそれを時空の曲率として定式化する。
例題 7.2 加速する車の中の振り子 ★★
オリジナル水平な道を一定の加速度 a で加速する車の天井から、長さ ℓ の振り子を吊る。地表の重力加速度を g とする。
- (1) 車の中で振り子が静止する向きの、鉛直からの傾き θ0 を求めよ。
- (2) その向きのまわりの小振動の周期を求めよ。
- (3) 次の値のとき、θ0 と周期を求めよ。
g=9.8m/s2,a=3.0m/s2,ℓ=1.0m
解答
(1) 車に固定した座標に移ると、§7.2 の取り替えと同じく、すべての物体に質量に比例する慣性力 −ma がはたらく。重力 mg と合わせると、車の中では
geff=g−a
の一様な重力場があるのと同じである。g は鉛直下向き、−a は進行方向と逆向きの水平である。したがって geff は鉛直から後ろへ角 θ0 だけ傾き、
tanθ0=ga,geff=∣geff∣=g2+a2
である。振り子は geff の向きに垂れ下がって静止する。
(2) 車の中の物理は、大きさ geff の一様な重力場の中の物理と区別できない。小振動の周期は通常の単振り子の式の g を geff に置き換えて
T=2πgeffℓ=2πg2+a2ℓ
となる。
(3) tanθ0=3.0/9.8=0.306 より θ0=17.0∘。geff=9.82+3.02m/s2=10.25m/s2 なので
T=2π10.251.0s=1.963s
である。止まった車での周期 2π1.0/9.8s=2.007s より約 2% 短い。
例題 7.3 国際宇宙ステーションの中の潮汐力 ★★
オリジナル国際宇宙ステーションが地表から高さ 420km の円軌道を回っている。GM⊕=3.986×1014m3/s2、地球の半径を R⊕=6.371×106m とする。
- (1) ステーションの中心から地球の中心の向きに 10m 離れた所に静止して置いた物体は、中心に対してどれだけの加速度を受けるか。水平方向に 10m 離れた場合はどうか。
- (2) 鉛直に 10m 離れた物体が、中心から見て 1cm ずれるまでの時間を、加速度を一定として見積もれ。
(ステーションの回転と軌道運動による Coriolis 力は無視し、(7.12) だけで考える。)
解答
(1) 軌道半径は r=R⊕+420km=6.791×106m である。
r3GM⊕=(6.791×106)33.986×1014s−2=1.273×10−6s−2.
(7.12) から、鉛直に ξ=10m 離れた物体は外向き(中心から遠ざかる向き)に
r32GM⊕ξ=2.55×10−5m/s2
の加速度を受ける。水平に 10m 離れた物体は中心へ向かう向きに、その半分の 1.27×10−5m/s2 を受ける。地表の重力加速度の約 10−6 倍である。
(2) 加速度 2.55×10−5m/s2 で静止から 1cm 動く時間は
t=2.55×10−52×0.01s=28s
である。この間に物体は ξ=10m から 1cm しか離れないので、加速度を一定とした近似は妥当である。ステーションの中を「無重量」とみなせる範囲は、この程度の精度と時間の範囲に限られる。
確認テスト
オリジナル
- 7.2-1 弱い等価原理と Einstein の等価原理の違いを、それぞれが何について述べているかで1文ずつ答えよ。
- 7.2-2 一様な重力場 g の中を自由落下する箱の中で、物体を水平に速さ u で投げる。地上の座標での運動を書き、それを (7.9) で箱の座標に移して、箱の中では等速直線運動に見えることを示せ。
- 7.2-3 地表の点で、月による潮汐加速度の大きさ 2GMmR⊕/dm3 と、太陽による潮汐加速度の大きさ 2GM⊙R⊕/d⊙3 を求め、比を答えよ。数値は次を使う。
GMmGM⊙R⊕=4.905×1012m3/s2,=1.327×1020m3/s2,=6.371×106m.dmd⊙=3.844×108m,=1.496×1011m,
4. 7.2-4 物質のない所で潮汐テンソルの跡 ∑i∂i∂iΦ が0であることを示せ。また、自由落下する小さな粒子の雲の体積の時間についての2階微分が、雲が最初に静止していれば t=0 で0になることを (7.11) から示せ。
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