この定理は W. K. Wootters と W. H. Zurek、D. Dieks が 1982 年に示した1W. K. Wootters and W. H. Zurek (1982), Nature 299, 802; D. Dieks (1982), Phys. Lett. A 92, 271.下の脚注へ。BB84 の4つの状態には重なり 1/2 の組があるので、Eve は4つすべてを複製することができない。ただしこの定理は「完全な複製ができない」と言うだけで、不完全な複製や部分的な測定でどれだけ情報が得られ、どれだけ乱れるかは教えない。それを量で言うのがこの節の残りである。
測って送り直す攻撃
最も素朴な攻撃は、Eve が乱数で基底を選んで測り、測った結果の状態を作り直して Bob へ送るものである(測定・再送攻撃)。ふるい分けで残る回(Alice と Bob の基底が一致した回)について考える。Eve の基底が Alice と一致する確率は 1/2 で、そのとき Eve はビットを正しく知り、Bob にも正しい状態が届く。一致しないとき(確率 1/2)、Eve の結果は Alice のビットと無関係で、Eve が作り直した状態を Bob が正しい基底で測ると、半分の確率で誤る。したがって誤り率は
Q=21⋅0+21⋅21=41(3.10.8)
になる。Eve は基底の公開を聞いてから、自分の基底が合っていたかを知る。合っていた半分の回だけ Alice のビットを知っているので、I(A;E)=21ln2、つまり 0.5 ビットである。一方 Bob は誤り率 1/4 の2値対称通信路の出力を持つので I(A;B)=ln2−hb(1/4)、ビットで 0.189 である。Eve の方が多く知っているので、式 (3.10.7) の右辺は負になり、鍵は取れない。
Eve が全体の割合 λ の量子ビットにだけこの攻撃をすると、Q=λ/4、I(A;E)=2λln2 である。この攻撃に限れば ln2−hb(λ/4)>2λln2 の範囲、すなわち λ<0.682(Q<0.171)で鍵が取れる。しかし Alice と Bob は Eve がどの攻撃を使ったかを知らない。誤り率だけから、あらゆる攻撃に対して成り立つ上界を作る必要がある。
Bell 対角な状態での情報と乱れの関係
量子もつれで言い直した形(3.10.1節)で考える。Alice と Bob の対の状態が、Bell 状態の確率混合
ρ^AB=P∈{1,X,Y,Z}∑λP(1⊗P)∣Φ+⟩⟨Φ+∣(1⊗P)(3.10.9)
になっているとする(Bell 対角な状態)。(1⊗X)∣Φ+⟩=∣Ψ+⟩、(1⊗Z)∣Φ+⟩=∣Φ−⟩、(1⊗Y)∣Φ+⟩=i∣Ψ−⟩ なので、λP は Bob の量子ビットに Pauli の誤り P が起きた確率と読める。X は Z 基底の結果を反転させ、Z は X 基底の結果を反転させ、Y=iXZ は両方を反転させる。したがって2つの基底の誤り率は
ez=λX+λY,ex=λZ+λY(3.10.10)
である。ez をビットの誤り率、ex を位相の誤り率と呼ぶ。鍵は Z 基底の結果 Az から作るとする。
定理 3.10.6(Eve の情報は位相の誤りで押さえられる ★★★)
Bell 対角な状態 (3.10.9) の純粋化を Eve が持つとき、Alice の Z 基底の結果 Az について
ρ^ABE は純粋なので、S(E)=S(AB)=H(λ) である(Bell 状態は正規直交なので ρ^AB の固有値は λP)。Alice が A を Z で測って結果 a を得ると、残りの BE は純粋状態になる(純粋状態の一部を射影測定しても、残りは純粋のまま)。純粋状態の2つの部分のエントロピーは等しいので、S(ρ^Ea)=S(ρ^Ba) である。ρ^Ba を求める。∣Φ±⟩ では A が a なら B も a、∣Ψ±⟩ では B は a⊕1 で、ρ^AB は Bell 基底で対角なので、異なる Bell 状態の間の干渉の項は無い。したがって
不等号を示す。Pauli の誤り P を、ビットの反転の有無 F と位相の反転の有無 G の組に対応させる(1↦(0,0)、X↦(1,0)、Z↦(0,1)、Y↦(1,1))。この対応は1対1なので H(λ)=H(F,G) で、式 (3.10.10) から F と G の周辺の分布はそれぞれ ez、ex の2値分布である。劣加法性H(F,G)≤H(F)+H(G)=hb(ez)+hb(ex) を代入すれば式 (3.10.11) を得る。等号は I(F;G)=0 のときである。
この定理は、Z 基底の鍵について Eve が知ることができる量は、X 基底の誤り率だけで上から押さえられると言っている。Eve が Z の値を読もうとすれば、その分だけ X 基底の相関を壊すことになり、Alice と Bob はそれを ex として見ることができる。ex=0 なら I(Az;E)=0 で、これは 3.10.2節で純粋な対について示したことの量的な形である。測定・再送攻撃では Q=ex=1/4、I(A;E)=0.5 ビットで、上界 hb(1/4)/ln2=0.811 ビットより小さい。この攻撃は Eve にとって最良ではない。
Bell 対角の仮定は計算を見通しよくするためのもので、上界 hb(ex) そのものは一般の状態でも成り立つ。それは次の節で不確定性関係から示す。図 3.10.2 に、Bob の情報量 ln2−hb(Q)、Eve の情報量の上界 hb(Q)、測定・再送攻撃での Eve の情報量 2Qln2 を誤り率 Q(ez=ex=Q)に対して示す。
図 3.10.2 Bob の情報量 I(A;B)=1−hb(Q)/ln2(実線)と、Eve の情報量の上界 hb(Q)/ln2(点線、定理 3.10.6 で ex=Q)、測定・再送攻撃を割合 λ=4Q で行ったときの Eve の情報量 2Q(破線)。単位はビット。I(A;B) が上界を上回る Q<0.110 ではどんな攻撃に対しても鍵が取れ、破線を上回る Q<0.171 は測定・再送攻撃に対してだけ鍵が取れる範囲である。
例題 3.10.3 Bell 対角な状態での Eve の情報量 ★★★
オリジナルAlice と Bob の対が Bell 対角な状態で、(λ1,λX,λY,λZ)=(0.90,0.04,0.01,0.05) とする。Eve は純粋化を持つ。