解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第1章 §4.1.1 ★★★ 古典の観測量の代数(積と Poisson 括弧)を、演算子の代数(積と交換子)に写す。写し方への4つの要請を先に書き出す
第1部では、相空間の関数 A(q,p) を生成子 G で動かす操作を Poisson 括弧 δA=ϵ{A,G} にまとめ、時間発展 dtdA={A,H} も保存量の条件 {G,H}=0 も、この1つの演算で書けることを示した(第1部第11章)。第4部では、同じ Hamiltonian H を演算子 H^ に置き換えたものとして量子力学を読む。その最初の手続きが、Poisson 括弧を交換子に置き換える規則
{A,B} ⟶ iℏ1[A^,B^]
である。この規則は量子力学の授業の最初に正準交換関係 [q^,p^]=iℏ として与えられるが、「なぜ交換子なのか」「なぜ iℏ で割るのか」「古典の関数をどう演算子に直すのか」の3つは、ふつう説明されないまま先へ進む。
この章では、その3つを第1部の道具から順に確かめる。まず、交換子が Poisson 括弧と同じ代数(反対称性・Leibniz 則・Jacobi 恒等式)を満たすこと、そして Leibniz 則を保つ括弧は交換子の定数倍に限られることを示す(Dirac の議論)。並進の生成子が運動量であるという第1部第9章の結果を量子力学に持ち込むと、定数が iℏ に決まる。次に、[q^,p^]=iℏ を満たす演算子の組が、本質的に位置表示 p^=−iℏdxd の1通りしかないこと(Stone–von Neumann の定理)と、有限次元の行列では決して満たせないことを示す。最後に、自明でない部分が2つあることを示す。1つは qp や q2p2 のような積を演算子に直すときの順序の自由度で、もう1つは規則 {⋅,⋅}→[⋅,⋅]/(iℏ) がすべての関数について同時には成り立たないこと(Groenewold の定理)である。規則は q,p の2次以下の多項式では厳密に成り立ち、3次以上では ℏ2 の補正が残る。その帰結として、Ehrenfest の定理が古典の運動方程式に閉じるのは2次までのポテンシャルに限られる。
古典の観測量が持つ2つの演算
古典力学では、観測量は相空間の関数 A(q,p) である。位置 q、運動量 p、エネルギー H(q,p)、角運動量 Lz=xpy−ypx はどれもこの形をしている。観測量どうしには2つの演算がある。1つは普通の積 AB で、これは交換する(AB=BA)。もう1つは Poisson 括弧
{A,B}=i∑(∂qi∂A∂pi∂B−∂pi∂A∂qi∂B),{qi,pj}=δij(4.1.1)
で、こちらは反対称である。第1部第11章で見たように、運動を決めているのは括弧のほうで、dtdA={A,H}(時間を陽に含まない A)が Hamilton 方程式をすべて含んでいる。したがって古典力学の内容は、「どの H を選ぶか」と「括弧の値 {qi,pj}=δij」の2つで決まっている。
量子力学で選ぶものも同じ H である。ただし観測量は関数でなく Hilbert 空間 H の上の演算子 A^ になり、積が交換しなくなる。時間発展は Heisenberg 描像で
dtdA^H=iℏ1[A^H,H^](4.1.2)
と書け、古典の dtdA={A,H} の括弧を交換子 [A^,H^]=A^H^−H^A^ に置き換えて iℏ で割った形をしている。この章では、この置き換えを「古典の関数 f に演算子 f^=Q(f) を対応させる写像 Q」として扱い、その写像が何を満たすべきかを調べる。
量子化の写像への4つの要請
定義 4.1.1(量子化の写像への要請)
相空間の関数(少なくとも q,p の多項式)f に H 上の演算子 Q(f)=f^ を対応させる写像 Q に、次の4つを求める。
- (Q1) 線形であり、定数関数 1 を恒等演算子 1^ に写す。
- (Q2) 実数値の関数をエルミートな演算子に写す(観測値が実数になるため)。
- (Q3) 括弧を交換子に写す:Q({f,g})=iℏ1[Q(f),Q(g)]。
- (Q4) Q(qi)=q^i、Q(pi)=p^i の組が、H の中にそれらと交換する部分空間を持たない(既約である)。
(Q1) と (Q2) は観測量を演算子で表すための最小限の条件である。(Q3) が「括弧を交換子へ」という規則そのもので、これがあれば古典の時間発展 dtdf={f,H} が Heisenberg の運動方程式 (4.1.2) に写る。(Q4) は「q^ と p^ だけで系が記述し尽くされる」ことの数学的な言い方で、スピンのような余分な自由度を含めないという意味である。(Q3) を f=qi, g=pj に当てると、正準交換関係
[q^i,p^j]=iℏδij,[q^i,q^j]=[p^i,p^j]=0(4.1.3)
が出る。
この4つは自然な要請に見えるが、4.1.5節で示すように、(Q1)〜(Q4) をすべての多項式について同時に満たす Q は存在しない。正準量子化の自明でない部分は、ここにある。実際の量子力学は、(Q3) を q,p の2次以下の多項式に限って厳密に要求し、それより高い次数では ℏ2 の補正を許すことで成り立っている。
例題 4.1.1 2つの Hamiltonian で規則を確かめる ★★
オリジナル1次元の質量 m の粒子を考え、q^ は x を掛ける演算子、p^=−iℏdxd とする。
- (1) 調和振動子 H=2mp2+21mω2q2 について、{q,H}, {p,H} と [q^,H^]/(iℏ), [p^,H^]/(iℏ) を求めて比べよ。
- (2) 非調和振動子 H=2mp2+λq4 について、{p,H} と [p^,H^]/(iℏ) を求めて比べよ。
解答
(1) 古典では {q,H}=∂p∂H=p/m、{p,H}=−∂q∂H=−mω2q。量子では、関数 ψ(x) に当てて計算する。[q^,p^2]=p^[q^,p^]+[q^,p^]p^=2iℏp^ なので[q^,H^]/(iℏ)=p^/m。また [p^,q^2]=−2iℏq^ なので [p^,H^]/(iℏ)=21mω2(−2q^)=−mω2q^。どちらも古典の括弧の q,p に帽子を付けたものと一致する。
(2) 古典では {p,H}=−4λq3。量子では [p^,q^4]ψ=−iℏ((x4ψ)′−x4ψ′)=−4iℏx3ψ なので[p^,H^]/(iℏ)=−4λq^3 で、これも一致する。ここで比べた括弧は、一方が q か p の1次式である。この場合には H が何次式でも規則 (Q3) は厳密に成り立つ。両方が2次を超えると、規則は破れる(4.1.5節)。
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